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事の顛末(てんまつ)

 まるで旧約聖書にある「出エジプト記」のような光景だ。

 通勤客でごったがえす東京駅構内。人の海が真っ二つに裂け、私から遠ざかろうとする。

 目が合えば慌ててそむけるくせに、手に持ったスマホのカメラは私を捉えて放さない。


「危険ですから、乗客の皆さんは駅構内から退避してください!」

 天井付近から大音量でアナウンサがされたが、好奇心の強いやじうま達は容易に立ち去ろうとせず、遠巻きに私の姿を追い続けている。


「校長はこっちや。早う!」

 背後から追いかけてきた我が校・教員の宮原が警官に向かって叫んだ。

 やつにすれば、今こそ積年の恨みを晴らす千載一遇のチャンスと考えているのだろう。

 しかし追いかけてくる警察官も私と距離を取り、安易に取り押さえようとはしない。

 私のボストンバッグの中身を警戒して、特殊処理班の到着を待っているのだ。


「違う。私は危険物など何も持ってない!」

 大声で無実を叫んだが、誰も分かってくれなかった。

 とにかく早くトイレに駆け込むことだ。人目を避けられる場所で担当の警察官にだけ中を見せ、事情を話せば容疑も晴れるだろう。


 前方約20メートル。そこにトイレの表示がった。

 私は息を切らせながら、重いボストンバッグを引きづり、そのトイレを目指す。

 だが、あと少しというところで間に合わなかった。


 目の前にいた好奇心旺盛な連中が警察官に即され退避すると、そこにはすでに機動隊が先回りして道を塞いでいるのが見えた。東京駅は桜田門に近い為か、さすがに行動が早い。さらに機動隊員を掻き分けて、ものものしい格好をした特殊処理班も入ってきた。

「おとなしく手を上げて投降しなさい!」

 一人の警察官がハンドマイクで怒鳴った。もはや万事休すだった。


 何故こんなことになったのだろう。



 四十代で、府立の受験校・校長職に就いた私は、有名塾のシステムも取り入れ、学生達の学力を飛躍的に伸ばした。


クラブ活動も盛んにし、文武両道を目指すと同時に徹底的な管理教育を実践。服装を厳しくチェックすることは勿論、学生達がスマホを保持することも禁止。学内外を問わず恋愛も禁止。学校行事以外のスポーツ観戦や映画館に行くのも禁止して学習しやすい環境を作り上げた。


 その結果、我が校は国公立大への進学率が上がり、知事からも表彰され、モデル校として全国から注目を浴びるようになった。


 だが、厳しすぎるという声は、学生のみならず教職員からもあがった。

 ことに古株の宮原は、事あるごとに教職員を束ねて盾ついたので、彼を担任や学年主任から外して影響力を削いで行った。

 宮原が私を恨んでいるということは聞いていたが、それは仕方の無いことだった。


 その宮原と先程、思わぬ所(東京駅)で出会ったのだ。

 私は都内のホテルで開催された、文科省の主催する全国校長会議に出席する為に。宮原は彼の所属する教職員組合の会合に出る為に東京に来ていたらしい。


 指導に対する考え方も、人生哲学も水と油という相手なので、車中を共にするのは嫌だなと思ったが、宮原は自由席だそうで、グリーン車の私とは別車両ということなので一安心をした。

だが、この後とんでもない危機が待ち受けていたのだ。


「おや、大っきななボストンバッグですね。日帰りやのに、こんな沢山荷物を持ってこられるんですか?」

 この宮原の言葉に、私はドキリとした。

 実はこの中には、私の趣味に関する品物が大量に詰まっていたからだ。


 教師は一種の聖職と考える者にとって、あまり吐露したくない事なのだが、要するに私は、イタリアの元首相・ベルルスコーニの様に色を好む傾向にある。

 とはいえ、妻や結婚を控えた娘もいる私が、情婦を持つなどは道義的にも許されない事。そこで、職場近くに部屋を借り、いわゆるアダルトDVDの鑑賞をしていたわけだ。


ただし、府下では誰が見ているか分からないので、そういった物は購入しない。また記録の残るパソコン通販も避け、東京や地方都市に出張した時にだけ、大量に買い込むことにしていたのだ。


『巨乳女子大生、裸でお散歩』『美人教師・悶絶地獄』『美人女将・恥辱の温泉宿』。どれもこれも、他の人間(特に職場で敵対する敵対する宮原)には絶対に見られてはならない物だった。それなのに・・・、


「乗降客の皆様には大変ご迷惑をおかけします。ただいま、新幹線を利用される方々の手荷物チェックをしています」

 などという、アナウンスがあったのだ。


 少し前、新幹線車内で乗客が油をかぶって自殺するという事件があった。

 この事で、時折手荷物検査が行われるようになったとは聞いていたが、まさか今日だったとは。しかも隣に宮原のいるこの時に・・・。


「悪いけど宮原君、土産を買い忘れた。先に行っててくれ」

 私はそう言って、その場を離れようとした。

「けど校長、指定席なんでしょう? 後、5分しかないですよ」

 宮原が怪訝そうに言った。

「それでも買いに行かんとあかんのや」


「あ、分かった。バッグの中に、危険ドラッグとか、見られたないもんが入ってんですね」

「アホなこと言うな!」

 宮原は冗談のつもりで言ったのだろうが、このやり取りを手荷物検査していた駅員が聞き逃さなかった。

 駅員は、すぐに警察に通報し始めた。


 まずい! とにかくこの場を離れなければ・・・。

 私はUターンして、急ぎ足で飲食店の立ち並ぶ方向に向かった。

「ちょっと、そこ!」

 近くを巡回していた警官が異変に気付きこちらに向かってくる。


 どうすればいいか分からず、とにかく私は足を速める。

 すでに回りは大騒ぎになっていて、スマホで撮影しようとする連中まででてきた。

「撮るな。撮るんやない!」

 私は大声で怒鳴ったが、それがよけいに人々の関心を集めることになる。

 これが事の顛末だった。



「よ~し、そのまま手を上げて荷物から離れなさい」

 銃に手をかけながら、警察官が叫んだ。


 私は仕方なく投降した。

「15時16分、容疑者確保」

 私は手錠をかけられながら、その声を聞いた。周りから歓声があがる。

 なんだかまるで遠い世界で起こった事件の様な錯覚を覚えるが、これはたった今、我が身に起きている現実なのだ。

 

「爆弾等、危険物は見当たりません。中身はポルノ。中身はポルノ。封鎖解除願います」

 処理班が発した声と共に駅はいつもの賑わいを取り戻し、人々は何事もなかったかのように家路に着く。

 その群集に混じって宮原が新幹線の改札口に急ぐ姿が見えた。

 

 駆けつけてきた記者達のフラッシュを浴びつつ、一応事情聴取の為に警察に連行される、(二度と元の生活に戻れない)私を残して・・・。

 

 


        ( おしまい )


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