彼女が猫舌であった話
「「いただきます」」
2人声をそろえての食事の挨拶に孝太郎は少し驚いた。
「どうしました? 」
砂糖が加えられているコーヒーに手を付けながらサンドラが尋ねた。
砂糖の量はスプーン3杯。
「いやサンドラさんがいただきますって言ったからね、むこうでも食事前の挨拶とかあるんだ」
こちらも砂糖が加えらている紅茶を手に、孝太郎が答える。
量は1杯。
「いえ、ワタシの国ではそのようなものはありませんよ。ただニッポンの食事だとマナーでそう言うものだと勉強で知りまして。もしかして変でしたか? 」
トーストを食べながら彼女が答えた。かなり豪快な一口である。
「いや変じゃないよ、逆に感心した」
彼もトーストを食べた。さくりとした食感とマーガリンの風味が口に広がる。
いつもの、それでいて飽きのこない味が孝太郎の口に広がる。
「うーん、やはりこちらのパンは美味しいですね。これが一般庶民にも食べられるのですから……」
すでに彼女のパンは1枚目が食べ終えられていた。
「それで【異世界文化交流代表権利者】っていうのについて話してもらえる? 異世界とか魔法とかもそうだけど」
トースト1枚を半分食べ終わったところで孝太郎はかねてからの疑問を口にした。
「そうですね、ご説明いたします」
答えるサンドラはコーヒーを慎重にすすっている、猫舌のようだ。
「ワタシたちの住む世界……孝太郎さんからみた異世界とこちらの世界がはじめて接触したのがおよそ20年前だそうです。異なる世界がつながったのは魔法によるものなんですけど、その経緯がですね………」
「経緯が? 」
孝太郎も紅茶をすすった。ティーパックによって作られた紅茶はトーストと同様にいつもの味と香りである。
「ええ。この世界に学問を学ぶ学校があるように異世界にも学校があるんです。特に魔法を学ぶ学校はかなり難関で、数も多くないんです。その中でも各国から魔法に長けた者が集うのが魔法大学校といいまして、むこうでの最高学府になります」
2枚目も豪快に食べながらサンドラが言う。
「その魔法大学校での研究による副産物といいますか、なかば偶然によってこの世界と接触できるようになったんです」
「学校の研究による副産物ね、別段とやかく言う経緯ではなさそうだけど。」
1枚目を食べ終えて紅茶をすすりながら孝太郎が言った。
「そうですね……仮に大学校ではなく一個人の魔法研究が開発に成功して1人異世界へ行けたとします。その開発した彼ができることって実はそんなに多くはないと思うんですよ」
サンドラは2枚目も早々に食べ終わりコーヒーを飲んでいる。ほどよく冷めたのか飲み具合もさっきと比べ早い。
「魔法はこちらの世界だと扱いが難しくなってマナの消費も格段に増えるんで使いづらいですし。この世界への対策といいますか、研究も1人だと限界がありますから」
「たしかに一個人じゃできることは限られるね」
「でもその研究が個人から彼の住む国などへ移ったら。異世界への接触行動が一個人からより大規模な、国というものに変わったら」
「……より組織的な、人数も多くなるものになるね。そして僕ならその研究を他の国にはだまっているね、少なくとも核心部分は手放さない」
サンドラに遅れて孝太郎も食べ終わり、残りの紅茶をすする。
「はい、この世界のどの技術を持ち帰りどう活かすかはその国次第でしょうけど。少なくとも他国よりも優位になることは確実ですね」
コーヒーを飲む手を止めサンドラも答える。
「でも実際は……異世界への接触できたのは魔法大学校によって生み出された魔法によるものだった」
孝太郎も紅茶は手に持ったままになった。
「魔法大学校以外の魔法学校、各国に属するところなら国から資金などの援助を受けますからある程度は国に融通をきかせなきゃならないし、最悪国からの命令も受けるので一個人が発見したのと同じようになる可能性もあるんですが……大学校は違います」
残っていたコーヒーをサンドラは一気に飲み終えた。
「パンとコーヒー、ごちそうさまでした。おいしかったです。」
「お粗末さま」
孝太郎は空になった皿を重ねながら言った。
他人に食事を作るという行為が久しぶりである彼にはずいぶん言いなれない言葉であった。
「それで、大学校とそれ以外の学校と違いっていうのは……いったいなんなの?」
「その在り方自体から大学校は一線を画します。まずきんせんをはじめとする国の援助を受けてないんです」
「全部大学校だけで運営とかまかなっているってことなのか」
「はい……というより、そもそもがなんですが」
「そもそもが?」
「そもそもがどの国にも属していないんです、大学校は。立地しているのも各国の大陸ではなく独自の島ですし、その島内の自治も大学校が行っていますし防衛もです。島全体が大学校なんです」