布団から引き離された話
太陽の光がまぶしい晴天の朝、伊藤孝太郎は軽い胃痛により目が覚めた。
彼の起床時における胃痛は、ここ最近多いのだが理由は明白で夜遅くにとる脂質過多の食事によるものであった。
これほどまでに原因がはっきりとしているので、対策はとれやすいかと思われるが、そうは問屋がおろさないワケがあって、というのも彼はコンビニバイトの深夜勤の間に食事をとっているからである。
「アホか。そういうことなら深夜勤務中に食事をとらなければいいじゃねえか」
「いやいや深夜のコンビニってけっこう大変でさ、おにぎりやらパンやら雑貨やら雑誌が深夜に一斉にくるから客が頻繁に来ずとも重労働でねえ……。腹が減ってしかたがないんだよ、時間も長いしさ」
「それで我慢できなくて休憩中に食事をとって、また起き抜けに胃痛だろ? 本当アホだな」
今は田舎へ帰省している知り合いとの、そのようなくだらなないやりとりを暖かな布団の中で彼が思い出していると胃痛もだいぶましになり。
「胃薬買っておくかなあ」
などと彼が暖かく心地いい布団の中でつぶやいた時、家のチャイムが鳴った。腕時計を見やると午前7時をすぎたところを長針がさしている。
本日は3月の26日、学校は春季休業中である。ただでさえ少ない彼の知り合いの中でも訪問の約束もせずにこの時間から訪ねてくる者など片手であまる人数しか思い浮かばないが……。
まあ、もしかしなくとも気合が入り、早朝から仕事をしている新聞勧誘員か、はたまた宗教勧誘だろう。新聞なら間に合っていると言えば大抵引き下がってくれるが後者なら長々と玄関を占領する輩もいるから厄介だと、思いながら彼は暖かく心地よい、今日の午前中大半をすごす予定の布団から断腸の思いで出ていき、玄関の扉を開けた。
「…………」
ドアを開けた孝太郎の目の前には女性がいた。
身長はかなり小柄であり髪は茶色でくせのあるショートヘア。
容姿は幼めながらなかなか端麗であって………などとその人物を失礼ながら観察し、なかば見惚れているのは彼の生来からの癖もあるにはあるのだが、それ以上に彼が彼女の服装に目を奪われたからだ。
見事な着物姿であったのだ。
いや反物に詳しくない彼が見事というのもいささか不適切ではあるが、少なくとも成人式において目にするものよりも見事であると彼は思った。|(彼が最近見た着物姿がそれであったのだ)
「ええと、どこへいきましたか、たしか底には入れてなかったはず……」
孝太郎が見惚れて黙っている間、その女性|(というか少女であろうか)はこう呟きながらカバンの中をかなり豪快に探っていた。
「す、すみません、ご用件をうかがってもいいですかね? 」
見惚れていたところから我に返り孝太郎は尋ねた。
「少し待って下さいね、今カバンからとりだしてて……あ、ありました」
と言いながら彼女が取り出したのは……クラッカー。
「せーの! 」という彼女の掛け声でクラッカーのヒモが引っ張られ、よく耳にする破裂音が孝太郎の目の前で響いた。起き抜けには若干強すぎる鼓膜への衝撃に、思わず彼は目をつぶる。
そしてそんな彼に構わずその音を出した張本人は
「【異世界文化交流代表権利者】へのご当選、おめでとうございます」
と可憐な微笑みでそんなことを言い放ったのであった。