Ⅷ
『赤猫さん、今日もお出かけ?』
蒼狐は本を開いたまま、赤猫さんの方へ向く。私達が赤猫さんの屋敷に忍び込んで以来、用がない限り、彼の屋敷に足を運ぶようになり、6年が経った。今年で、あいつは15で、私は17。そろそろ、私は自分の仕事を持たなければならない歳である。
『まあ、私も仕事をしなければ、食べてはいけませんからね。必要最低限は自分で稼がなくてはいけないのですよ』
彼は苦笑いを浮かべて、そう答える。彼は結構の頻度でこの屋敷を空ける。最初の頃はこんな屋敷に住んでいるのだから、貴族の両親の財産でも継いだのかと思いきや、自分でお金を溜めて、この屋敷を購入したらしい。
彼と知り合い、師事してから6年が経つわけだが、全くと言ってもいいほど彼のことを知らない。実際、彼がどんなことをしているのかも知らない。前に、尋ねてみたところ、傭兵みたいな仕事、とだけ答え、肝心な答えは返してもらえなかった。
金持ちでもないのに、私たち二人を無償で教えているところにも疑問が残る。彼ほどの実力のある魔法使いなら、弟子を何人かとって、その見返りに報酬を貰えば、遊んで暮らせるほどの金額になるはずである。
彼は掴みどころのない得体の知れない人物ではあるが、それでも、私は赤猫さんを尊敬しているし、信頼している。彼のお陰で、私は魔法について勉強し、魔法を扱うこともできるようになった。彼には感謝しきれないほどの恩があった。
だから、あの時、私はあの光景を信じることが出来なかった。
笑い声を響かせながら、全てを壊し続けていたあいつの目の前に立った彼があいつに剣を向け、
『……何があっても、貴方達を彼のもとに渡すべきではなかったのかもしれません』
後悔しているような表情を見せ、
『………これ以上、貴方が苦しまないよう、引導を渡しましょう』
そう告げた。
私達が慕っていた師匠である彼があいつを殺すと言った。
何故、彼とあいつが殺し合わなければならなかったのだろうか?
もし私が宮廷魔法使いになろうとせず、別の人生を歩んでいれば、こんなことにならなかったのだろうか?
私は変えられないだろう運命を呪うしかなかった。
***
鏡の中の支配者のところから来た道を戻って、青い鳥と別れ、自分の部屋に戻るとすぐに、ベッドに倒れ、夢の世界に誘われるようにして、旅立った。
『―――赤犬さん、こいつが青い鳥です』
赤犬さんに師事して間もない頃、青い鳥が自分も赤犬さんに弟子入りしたいと言ってきたので、赤犬さんの元へ連れて行き、紹介したことがあった。
『………魔法使いの真似ごとか?』
すると、何故か、赤犬さんは不機嫌そうに、青い鳥を見ていた。彼女の言う通り、一人前の魔法使いは自分の真名を隠す習慣が根付いており、今でも、家庭教師に一人前だと認められた時や魔法学校の卒業時に、魔法名と言われる親に貰う名前とは別の名前を貰うことになっている。
俺が彼女から魔法名を貰ったのはライセンス試験に合格した時だった。だから、こいつは一人前の魔法使いでもないのに、そう言った偽名を名乗ることは魔法使いを馬鹿にしていると捉えられてもおかしくはない。
『………そう言われても、仕方がありません。ですが、生憎、私は別に名乗る名前などありません』
こいつは頑なにそう言い通す。こいつがどうして名前を名乗らないのか知らない。こいつ曰く、名乗る資格がないそうだが………。
『別に、名乗りたくはないなら、それでもいい。だが、私は素性も分からない餓鬼に教えてやるほど優しい人間ではない。帰れ』
『………そうですか。それは残念です。貴女は凄い魔法使いだと聞いたので、教えを乞いたかったのですが、仕方ありません。せっかくですから、私は王都巡りします。何時くらいまでやるのですか?』
青い鳥は気分を害した様子もなく、俺にそんなことを尋ねてくる。
『いつも、四時くらいまでだけど………』
『そうですか。そのくらいの時間になったら、ここに戻って来ます』
こいつはそう言って、赤犬さんの家からいなくなってしまった。あんなに弟子になりたいと言っていたのに、その癖に、赤犬さんに断られたら、あっさりひいた。いつものあいつなら、あり得ないほど諦めが早かった。
いつもなら、もっと引き下がるはずなのに………。
俺はそんなことを思っていると、
『………あの餓鬼、舐めた真似をしてくれる』
赤犬さんが苦々しい表情を浮かべて、そう呟き、家の方へと入っていこうとしていた。
『………あの、赤犬さん、修行は?』
俺は恐る恐る彼女を見ると、
『気分が乗らない。今日はなしだ』
俺はそんなこと言われて、内心焦った。
『ええええ!!そんなこと言われても困ります。ここに来た賃金が無駄になってしまうじゃないですか。俺、今月のお小遣い、今日の電車賃で使い果たしちゃったんです』
我が家の小遣いは基本、月500エルだが、俺が赤犬さんのもとに通いに行くことになってからは1000エルにしてもらった。王都までの電車賃で小遣いがほとんど飛んで行き、残りを少しずつ溜めていた。魔法の勉強に必要なものはほとんど、赤犬さんのお古をもらっていたが、中には使い物にならない物もあったので、それは貯めたお金から出していった。
その為、今日、修行がなかったら、別の日にまた来ることになる。だが、生憎、俺には今月中に再びここに来るお金はない。
俺が泣きそうに言うと、彼女は溜息を吐き、懐から1,2枚の札を出し、
『……これで、帰ればいい。残りはあの餓鬼と何か買えばいい』
それだけ言うと、家に入ってしまった。一方、俺はどうすればいいのか分からず、おどおどしていたが、ここにいても、意味がないと言うことが分かっていたので、急いで、青い鳥の後を追った。すると、あいつは俺の姿を見て、驚いた様子を見せ、俺の話を聞くと、怒っているような雰囲気を漂わせていた。
こいつは普段から表情に出すことはないが、感情は豊かな奴だった。とは言え、怒ったり、笑ったりと言った感情を出すことはない。
あいつと会ってから初めて、こいつが怒ると言う感情出したと思う。そして、こいつは俺からお金をとり、俺を赤犬さんの家の前に待たせ、こいつは一人で赤犬さんの家に乗り込んでいった。
そして、三十分くらいたった頃、あいつは戻ってきて、
『貴方の師匠さんは修行をしてくれるようです』
私は用が終わったので、帰ります、とだけ言って、去っていった。俺は呆気に取られながら、あいつの後姿を眺めていると、
『………すまなかった』
赤犬さんがバツの悪そうにそう言ってきて、
『今から始めるぞ』
中庭の方へ歩いていった。俺は急いで彼女の後を追った。
俺はあいつと赤犬さんの間に交わされた会話のことは知らない。それ以来、彼女とあいつの関係は比較的友好的になっていた。
あいつが赤犬さんに何かしたのは分かるが、何をしたかまでは分からずじまいである。
翌日、俺は鳥の囀る音で目覚めた。何故、あの時の夢を見ることになったのだろうか?魔法使いが見る夢は自分に対して意味のある事柄であることが多い。
だが、あの夢が俺にとって、今後、大切な夢だとは思えない。
俺は眠気眼を擦りながら、起き上がる。早く朝食を済ませ、俺の先生役をしてくれる宮廷魔法使いのところへ行かなければならない。
俺は急いで、ローブに着替えて、食堂へと向かった。俺が食堂に向かうと、何故か人だかりが出来ていた。
俺には関係ないことだと思い、朝食を取りに行こうとすると、
「………もう一皿お願いします」
「俺ももう一皿だ」
聞き覚えの声が聞こえてくる。嫌な予感が過り、野次馬をかき分けて、その中心へと行くと、山になって重なっている皿達と、すごい勢いで料理を口にかき込んでいる青い鳥と黒龍さんの姿があった。
それを見て、俺は軽い立ちくらみに襲われた。
「………貴方達は朝っぱらから何をしているんですか?」
呆れ越えでそう言うと、彼らはその時、俺の存在に気付いたようでこちらを見て、
「俺はこいつに勝って、世界の摂理と言うものを叩き込む義務があんだ。邪魔すんじゃねえ」
「私は彼に勝って、全てが貴方の言う通りに世界が動きません、と証明しなくてはいけません。邪魔しないで下さい」
黒龍さんとは互いに睨みあい、そして、再び戦いの火蓋を切る。俺はその光景に呆気に取られていた。青い鳥もだが、黒龍さんがここまでむきになって争わなければいけないことがあったのだろうか?
「………これは何事だ?」
そんな時、翡翠の騎士がこの騒ぎに気付いたようで、こちらにやってくる。
「こいつらはどうしてこんなことをしている?」
机に乗った皿と達を見て、近くにいた俺に訊いてくる。
「………俺も来たばかりなので、良く分かりませんが、互いに負けられない事情があるみたいです。世界の摂理を叩き込むだ、とか、世界が思うどおりに動くことはないだ、とか意味不明なことを言っています」
俺がそう言うと、彼は頭に手を当て、
「お前らは餓鬼の駄々っ子しているような歳か!お前はこの後に訓練があると言うのに、こんなに食べたら、動けなくなるに決まっているだろう」
彼はの襟元を掴んで机から引き剥がし、
「最強の魔法使いであろう貴方がただの小娘に挑発されて、意地を張って、恥ずかしいと思わないのか」
黒龍さんを睨む。そして、彼らはここに集まっていたヤジ馬達を見て、
「これは見せ物ではない。散れ」
凄みを見せると、野次馬達は四方八方へと散って行った。
「朝っぱらか馬鹿をしでかす元気が有り余っているなら、お前の為に特別メニューを作ってやろう」
彼はそう言いながら、青い鳥を引き摺って行く。一方、青い鳥は、
「私はまだ食べられます。思いっきり、お腹一杯食べることが夢だったんです」
怒られている最中だと言うのに、呑気な事を言ってくる。と言うか、青い鳥。あんなに食べて、まだ足りないのか?時々、俺はお前の胃袋が恐ろしく思える。
「お前の胃袋事情など知ったことない。そんなにお腹一杯食べたいなら、宮廷騎士と言う仕事をやめて、大食いチャンプでもなってろ」
彼は呆れながらそう言うと、
「私は宮廷騎士ほど食を愛する者の聖地はないと思います。食べ物はどれも絶品だし、食べたい放題です。私はここの料理を全品マスターするまではやめる気はありません」
こいつはそう反論する。
「本当にお前は一体、何の為にここへ来たんだ………」
彼のそんな呟きと共に、彼と青い鳥は食堂から姿を消した。
何故か、あの気真面目な翡翠の騎士がと話していると、コントをしているようにしか思えない光景になってしまう。もしかしたら、傍から見れば、俺もと話している時はコントをしているように見えているのかもしれない。
一方、黒龍さんはと言うと、
「………まだ肉が食べ足りないな」
あいつ同様、まだ食べ足りないようで、そんなことを言い、カウンターに行き、山ほどの肉を盛っていた。
「………本当に何の為に大食い競争をしていたんですか?」
俺がそう尋ねると、黒龍さんは大量の肉を机の上に置くと、
「ああ?あいつが『私は自分がしたいことをしているだけです』なんて、ほざいていたから、『世界は俺を中心に回っているんだから、お前のしたいことばかりさせるはずがない』と言ったら、あいつがたくさん食べた方が正しいのです、と言いだしたから、それに乗っただけだ」
黒龍さんは肉を口に放り込んで、そう言う。
お互い、自分勝手な言い分を主張しているな。黒龍さんの俺様ぶりも凄いと思うが、そんな彼と同等に張り合えるあいつの自分勝手さもなかなかのものだ。
「そんなことはどうでもいい。あの餓鬼が自分勝手な行動をしようとも、気に食わなかったら、喰い殺せばいいだけのことだ。あの餓鬼程度なら、どうにでもなる。それよりも、お前に言ったことを覚えているか?」
彼は脅すような目つきでこちらを見る。
「ここから逃げようとは考えるな。このことを知ったからにはここから出す気はない。そして、俺にお前を殺させるな、と。お前がどれだけ規格外な魔法使いだと言うことは分かっているはつもりだ。その歳で、あの執行者相手に引けを取らずに戦うことができる奴はそうはいない。とは言え、今のお前程度の魔法使いは腐るほどいる。お前を失っても、国にとってそれほど損失にはならない。お前は赤犬よりまだ弱いし、俺の相手にもならない。お前がどんなに無謀でも、それくらいのことを理解できないほどの無能ではないはずだ。俺に刃向かおうとせずに、大人しくしてろ。そうすれば、お前達の命は保証する。だが……」
「歯向かった場合、命はないと思え」
黒龍さんはそれだけ言うと、食堂を出ていこうとすると、思い出したかのようにこちらを向いて、
「………今日はマナー講座はねえから、城から出ないんだったら、自由行動を許す」
そんなことを言ってくる。
「………紅蓮さんは仕事でもしているのですか?」
俺にマナーや礼儀を教えてくれている鮮やかな赤色の髪をした青年のことを尋ねると、
「あいつは大臣共と会議をしている王に付けている」
彼は簡潔に答える。今、王が会議をしているのなら、側にいた方がいいのではないのだろうか?
「黒龍さんは王の傍にいなくてもいいのですか?」
不思議に思ってそう尋ねると、
「俺には別件がある。その為、一日空ける。だが、その間に逃げようとしても、俺以外にもお前を監視する目があることを忘れるな」
彼はそう言って、食堂から姿を消した。
「………他にも監視がいる、か」
それなら、今夜、この城を抜け出すのは危険ではないだろうか?とは言え、あいつは今日やると決めてしまったので、今日は無理ですなんて言えるはずがない。
あいつはどうやって、黒龍さんや他の監視者を掻い潜るつもりなのだろうか?
運がいいのか、はたまた、悪いのか、俺の予定が白紙になってしまった。城の中なら、なにしてもいいと言われたが、城の中ですることは何もない。
そんなことを思っていると、無意識的に、欠伸が出る。相手に、寝不足のまま、戦うのは無謀としか言いようがない。
丸一日、暇になったのだから、身体を万全の状態にして置く必要がある。俺は自分の部屋へ向かって、歩き出した。
「………貴方には緊張と言うものがないのですか?」
何度目かの昼寝をし終えると、あいつがそんなことを言ってくる。王を目の前にして、緊張しないお前には言われたくない。
俺は起き上がり、窓の外を見ると、日はとっくに沈み、数多の星が光り輝いていた。
あいつは「姿が見えないので、夕飯を食べていないと思いましたので、持ってきました」と、俺の部屋の備え付けの机に料理を置く。もし、俺が夕飯をすませていたらどうするつもりなのだろうか、と思うが、こいつの場合、その時はその時で、こいつの胃袋に納まるのだろう。
俺はこいつの心遣いに感謝しながら、料理を平らげていく。
「そう言えば、黒龍さんは今日、城に不在らしいが、お前知っていたのか?」
俺は朝の出来事を思い出して、そう尋ねると、
「知らなければ、今日にはしません。そう言う情報は万事抜かりがありません」
こいつは自信満々に言ってくる。いつも思うことだが、こいつはどうやって、そう言う情報を仕入れてくるのだろうか?おそらく、城の使用人やシェフと仲良くなり、ごく自然に聞き出したと思うが。
「後、黒龍さんが言っていたのだが、俺を監視しているのは黒龍さんだけではない、と言っていたのだが、その状態で、抜け出しても大丈夫なのか?」
最悪の場合、俺達が抜け出す前に、その人物に捕まることになるのではないだろうか?
「その辺は大丈夫です。おそらく、彼は脅しでそう言ったのだと思います。はっきり言って、彼は私達をさほど危険視していません。逃げだそうとするなら、話は違うかもしれませんが、私達は賭けをしにいくのです。その賭けは私達が勝てば彼にとって不利にはなるものの、が勝てば、彼にとっていいことづくめです。おそらく、彼はそのことをから聞いており、それで、敢えて、私達を泳がしておくつもりです。私達の相手は彼が信頼している元部下です。彼は鏡の中の支配者が貴方のような餓鬼に負けるとは思っていません。それが誤算だということを思い知らせます」
「闘いの勝ち負けは実力差だけで決まるのではないと言うことを」
こいつは自信満々の様子でそう言う。
何故だか、こいつがそう言うと、何でも出来てしまうような気がする。それは錯覚かもしれないが、今はそれでもいいと思う。
俺が遅い夕食を食べ終わると、昨日と同じようにのもとへ行く。談話室の仕掛けが何もいじられた形跡はないので、あいつの言う通り、俺達は黒龍さんに泳がされていると判断して間違いはないだろう。
そんなことを思いながら、俺達が彼の部屋へ行こうとすると、既に部屋の前におり、
「………本当に、貴方達には怖いものと言うものはないのですか?」
彼は半ば呆れ、半ば関した様子で言ってくる。
「私達はここで逃げだそうとも、貴方に負けようとも、ほぼ同じ運命が待っています。なら、一縷の希望に賭けた方がずっとましです」
青い鳥はそう言いきる。
「そうですか。この先、何があっても、お兄さんのことを恨まないで下さい。それで場所は何処にするんですか?」
彼がそう尋ねると、
「それはこちらの台詞です。貴方達が戦う場所はここからでは到底行くことのできる場所ではないので、とある人に協力してもらって、そこへ連れて行ってもらうことになっています」
その人には教会で待ってもらっています、とこいつはそう言ってくる。すると、彼は怪訝そうな表情を浮かべ、
「………連れて行ってもらう、とは………、どういうことですか?」
そう尋ねてくる。
「言葉通りです。空間魔法で、その場所へ連れて行ってもらいます」
彼はその言葉を聞いて、信じられない表情を見せて、
「まさか、貴女は龍さんに頼んだわけじゃ………」
「そんなことをしたら、私は確実に殺されます。その人に会えば、嫌でも分かります」
こいつはそれだけ言い、歩き始めると、聖堂に繋がるだろう大きな扉の前に止まり、その扉を開くと、
「………遅えぞ。てめえが頼んできたんだから、もう少し早い行動をしやがれ」
聞き覚えのある声が響き渡る。一方、彼はその人物を見て、凍りついた。
「すみません。彼が熟睡していたり、が駄々をこねていたりしていましたので、遅れました」
青い鳥は悪びれた様子もなくそう言い返す。
「まあいい。私は早く家に帰って、寝たいんだ。で、さっさとやるぞ」
深紅の髪をなびかせて、俺達の前にやってきた赤犬さんは魔法陣を描き、入口を出現させる。
「早速、入って下さい」
青い鳥は俺達にそう言ってくる。
「………まだ行き先は教えてもらえないのですか?」
彼は怪訝そうに言うと、
「言ってからのお楽しみと言う奴です」
こいつはそう言うと、その入口に入って行く。そこへ行く直前になってもなお、教えないことに何の意図があるのだろうか?
「………テメエらも入れ。私はそこまで魔力がある方じゃないんだ。無駄に消費させんじゃねえ」
赤犬さんは不機嫌そうに言う。
「お兄さん的には知らない場所には行きたくないのですが?」
何の意図が隠されているのか分からないまま行くのはただの愚か者だと思いますが?と彼は赤犬さんの方を見てそう言うと、
「なら、ただの愚か者にでもなってろ」
赤犬さんはを蹴っ飛ばして、無理矢理、その中へと突っ込ませ、
「………お前も突っ込まれたい性質か?」
そう言って、俺の方を見る。
「自分で入らせていただきます」
俺はその入口に踏み込もうとした瞬間、
「………あいつを救ってやってくれ」
赤犬さんのそんな囁く声が聞こえた。
そして、一瞬、視界がホワイトアウトし、次の瞬間、雲一つない漆黒の闇の中、三日月が朧気な光を照らし、閑散とした空虚となった村が現れる。
「………ここは一体……」
おそらく、この村が壊滅したのは最近の話ではない。少なくとも、十年は経っていると思われる。どうして、青い鳥がよりによって、こんな場所を選んだのか真意が掴みとれない。
「………ここはかつて“アレフ”と呼ばれた小さな村ですよ」
鏡の中の支配者はそう呟いてくる。
「お兄さんと貴方の師匠さんが生まれ育った場所であり、お兄さんが自ら壊した場所です」
俺はそれを聞いて、ぎょっとし、思わず、青い鳥の方を見る。
お前は知っていて、敢えて、そこを選んだのか?
「悪趣味としか言いようがありませんね。お兄さんの気を散らそうとして、ここを選んだのなら、流石としか言いようがありませんが………」
「悪趣味とは失礼です。一つだけ誤解を解いておきますと、これは私の提案ではありません」
青い鳥はそんなことを言ってくる。では、お前以外に、誰がここを提案したと言うんだ?
「………そうに提案したのは私だ」
赤犬さんはそう言って、この地に踏み入れる。彼女は村の方を見ようとせず、こちらにやってくる。
「勝負をつける場所としてはここほどふさわしい場所はないはずだ」
「………そんなに弟子に勝って欲しいのですか?貴女も人が悪いですね」
鏡の中の支配者は苦笑いを浮かべてくる。
「………確かに、黒犬には勝ってほしいと思う。だが、私はお前にも勝ってほしいと思っている。だから、ここにした」
赤犬さんがそう言うと、彼は目を見開く。
「ルールは昨日言った通りです。ルール違反さえしなければ、何でもありです。では、始めますか」
誰が勝っても悔いがありませんように、青い鳥のその声と共に、俺との命運を掛けた一大勝負が始まる。
感想、誤字・脱字等がありましたら、よろしくお願いします。
次回投稿予定は9月22日となります。