エピローグ
大量出血でぶっ倒れた弟子の治療をし、あの少女達を先に返した後、あいつの姿を探した。
あいつはあの少年ほど大怪我をしているとは思えないが、あの少年の一撃で、少なくとも、肋骨数本は逝っただろう。
そんなことを思って、周りを探していると、あいつは蒼色の髪をたなびかせて、しゃがみ込んでいた。
いい歳した男がしょげている姿を見ると、思わず笑ってしまう。
「………あんな餓鬼に負けたことがそんなに悔しいのか?」
私がそう声を掛けると、あいつの身体はビクッと震える。
「あのクソ犬は私に内緒で、あんなすごい魔法を開発していたとは………。後でお仕置きをしなければならねえな」
私はそう呟く。こいつのあの能力を打ち消せるほどの魔法を黒犬が持っていたとは思わなかった。あの魔法を使われた時は、私も内心焦ったものである。
まあ、そのお陰で、皮一枚助かったわけではあるが。
「………俺は ちゃんの大事な弟子を殺そうとしたんだ。なのに、何も言わないのかよ!!」
あいつはそんなことを叫んでくる。久しぶりに、あいつが私の名前を呼んでくれて、心の中で嬉しいと思ってしまった。流石に、二十歳後半の女性になって、ちゃん付されるのは抵抗があるが。
「それを言ったら、お前を罵るのはあの青い鳥を説教してからだ」
黒犬がこいつと戦うと聞いてから、最悪の事態は頭の中から離れなかった。でも、それは必要なことだと分かっていたから、何も言わなかった。
だから、私は青い鳥を責める権利などない。この事態を引き起こしたのは全て私の所為と言ってもいいから。
とは言え、青い鳥をそのまま、お咎めなしにするわけにもいかないので、一応、青い鳥の師匠でもある私は叱る義務はあるだろう。
「どちらにしろ、怪我を治してやるから、怪我してる部分を見せろ。お前のことだ。明日に仕事でも入ってんじゃないのか?」
私がそう言うと、あいつは黙って俯く。どうやら、図星のようだ。私は溜息を吐きながら、あいつの服を捲って、怪我の部分を触る。すると、あいつは呻き声を漏らす。
どうやら、肋骨が折れていると見て、間違いはなさそうだ。
「………明日の仕事はキャンセルしろ。どう考えても、この身体で出来るはずがない」
黒犬との戦いで、魔力も半分くらい使ってしまった状態で仕事をこなせるはずがない。
「当分は安静だ。お前がやるはずだった仕事はてめえの弟子にでもやらせろ」
私がそう言うと、こいつは、
「そんなことしたら、エクちゃんに殺されるかもしれません」
そんなことを呟いてくる。
「なら、他の連中にでも押しつけろ。どちらにしても、こんな体で、仕事をしたら、死に行くようなものだ」
行ったら、お前を殺すぞ、と脅すと、あいつはシュンと大人しくなる。
「……… ちゃん」
「ああ?何だ?」
私は応急処置をしていると、あいつが呼ぶ。
「俺なあ、青い鳥ちゃんとの賭けに負けた」
「それは知っている。あの魔法を使った時点で、お前の負けだったらしいな」
私はそう返す。そうでもしないと、黒犬がこいつに勝てるはずがない。
「青い鳥ちゃん達は龍さんを倒そうとしてる」
「そうでもしないと、黒犬の自由が得られないからな」
そうでなかったら、青い鳥がこいつに賭けを提案するはずがない。
「………でさ、 ちゃん。俺達も賭けしない?」
「はあ?何を言っているんだ、お前は。私達が賭けをする必要性など何処にある?」
私は怪訝そうにこいつを見ると、
「まあ、あるといえば、あるけど、ないと言えば、何もない」
「それは賭ける必要あるのか?」
私は呆れた様子でこいつを見る。
「まあいい。その賭けの内容は何なんだ?」
興味なさそうに尋ねると、
「青い鳥ちゃん達が龍さんを倒せるかどうか」
「………それで、お前は黒龍さんに賭けるのか?」
普通、どう考えても、黒龍さんが勝つと考える。だが、
「いや、俺は青い鳥ちゃん達に賭ける」
予想しなかった答えに、私は目を見開く。
「お前らしくない答えだな。まあいい。私が勝ったら、どうすんだ?」
「やっぱり、 ちゃんの言うことを聞く?」
「何でクエスチョンなんだ。で、お前が勝ったら?」
「―――せて」
「は?てめえ、何て………」
「だから、俺は ちゃんを抱きたいです」
こいつは爆弾発言を投下してくれる。その瞬間、私は肋骨の部分を思いっきり叩く。
「ぎゃああああ!! ちゃん、そこはやめて下さい。骨折れてます」
こいつの叫びが聞こえてくる。
「………お前のその考えに至った経緯を教えてもらおうか?」
こいつがそんなことを言うからには、誰かの入れ知恵があるに違いない。
「………赤猫さんが想いはストレートに伝えた方が効果的だと言ってた」
赤猫さんがどう言う意味で言っていたか知らないが、どうやったら、そう言う発言に発展するんだ?
「あと、龍さんが抱いてやれば、相手も好きになると」
やはり、あの人の入れ知恵か。あの人は何て言うことを吹き込んでくれる。というか、その前に、私は何か聞きのがしているような………。
「俺は ちゃんが好きだから、抱きたいです」
こいつは真っ直ぐ私の方を見て、そう言ってくる。こいつの気持ちは嬉しいが、こいつの健気さが何故か悪い方向へと進んでいるような気がする。
「………頭が痛くなってきたが、まあいい。それよりも、その賭けをやることによって、私のメリットはあるのか?」
私が勝った場合、あいつが私の言うことを聞くことになっているが、それだけのメリットでやるような内容ではない。
「その賭けをしてくれれば、青い鳥ちゃん達の協力の意欲がかなり増す」
こいつは真顔でそう言ってくる。確かに、私は黒犬が宮廷魔法使いから解放されることになったら、嬉しい。だが、その為に、自分の処女をあいつに捧げるようなことは正直したくない。だが………、
「………一応、考えておく」
黒犬には私の分まで幸せになって欲しい。その為なら、処女くらい……と思うが、もしその賭けに負けたら、殺される覚悟で、黒龍さんを暗殺しに行きたくなる。
だから、曖昧にしか返せないでいると、
「まあ、今のところはそれでいい」
こいつはニマッと笑みを浮かべる。それを見ると、ドキドキとしてしまう自分の心臓はおかしいのかもしれない。
そして、こいつは立ち上がり、
「………今回は貴女に迷惑を掛けてしまいましたので、貴方の家まで送ります」
先ほどまで昔のあいつの話し方だったのに、いつのまにか、いつもの話し方に戻ってしまった。それを見ると、内心寂しいような気がする。
「では、戻りましょうか?」
彼は魔法陣を展開して行く。
まだ、私達はあの頃と同じような関係に戻るにはまだ少し時間がかかるのかもしれない。いつか、あの頃のように、一緒に笑い会える日が来ますように。
私は心の中でそう願う。おそらく、いちばんそう望んでいるのは他ならぬ赤猫さんだと思うから。
***
「よ、黒いの。身体の方はどうだ?」
目の前に立って、笑みを浮かべる黒龍さんの姿は今の俺にとって、畏怖以外の何ものでもなかった。
鏡の中の支配者との激闘の末、ぶっ倒れた俺だが、目覚めると、自分の部屋にいた。どうやら、青い鳥が俺の部屋まで運んでくれたらしい。傷だらけだったはずの身体が綺麗に塞がっていたので、赤犬さんが治療してくれたと見ていいだろう。
今回は病院にお世話になることはなかったようだ、と良かった、良かったと思いながら、朝食を食べる為、食堂に向かっていた途中、突然、視界がブラックアウトし、気付いたら、ベッドに寝かされており、腕には点滴の針が刺さっていた。
よくよく考えれば、分かるはずだった。あんなに血を失って、無事なはずがなかったのだ。傷を塞いだら、失った血が元通りになると言うわけがないのだ。こんな結果になるのは当たり前と言えば、当たり前である。
周りを見回すと、薬などが入った棚や机の上にカルテなどがあるので、ここは城の中にある医務室だと思われる。
最近、俺はこう言った施設にお世話になるのがお決まりのパターンになりつつある。というか、運ばれる理由がいつも大量出血であることが、一番芸がないと思う。
とは言え、俺は前線で戦うことはないので、大量出血と、あとは魔力切れくらいしか病院にお呼ばれされる理由はないのだが。
そんなことを思っていると、タイミングがいいのか、悪いのか、この城のラスボスが俺の前に姿を現したわけである。
この医務室に勤務しているだろうや医者などの姿は見当たらない。おそらく、黒龍さんが追い出したのだと思われるが………。
「………で、どうして、お前はここにいる?」
昨日、お前はここに運ばれる予定を作るようなことは何もしていないはずだと思ったが、と、彼は冷ややかな目で俺を見る。
「………俺、生まれつきの貧血持ちで、時々、倒れてしまうことがあるんですよ」
口から生まれた青い鳥のように、平気で出まかせを言うことが出来るほど、俺は口が達者ではない。むしろ、俺は生まれつき、嘘を吐くのは苦手だ。だが、黒龍さんに本当のことを言ったら、間違いなく殺されるので、しらを切るしか俺には道が残っていない。
「それは初耳だな。もし、お前が貧血だったら、必要なのは輸血パックではなく、鉄製剤だな」
じゃあ、これはいらねえよな?と、黒龍さんは輸血パックを引き抜こうとしている。これは俺の大切な生命線です!!それを抜くのだけはやめて下さい!!!
「実は昨日の夜、吸血鬼に襲われて、血を抜かれたんです」
俺は苦し紛れで、幻獣種である吸血鬼に罪をなすりつける。はっきり言って、吸血鬼はお伽噺の中の架空の生き物で、おそらく、この世界には存在しないだろうと言われている。現に、吸血鬼を召喚したという魔法使いの話は未だ聞いたことがない。
「それは世紀の大発見だな、黒いの。だが、遭遇したと言うのなら、死んでも捕まえておくべきだろ。そうすれば、お前の名前が後世に残っただろうに」
黒龍さんはそんなことを言ってくる。
「だが、安心しろ。そのお前を襲った吸血鬼野郎はさっき、俺が退治してやったから」
「………はい?」
この人は居もしない吸血鬼をどうやって、退治したというのだろうか、と首を傾げていると、
「その吸血鬼は寝どころで、生死の境を彷徨っていることだろう。餓鬼如きに負けたんだ。それくらいのお仕置きは当然だ」
黒龍さんはそう呟く。その話からすると、吸血鬼さんは鏡の中の支配者?黒龍さんの話からすると、鏡の中の支配者が生死を彷徨っている?確かに、彼はしばらく動くことはできないと思うが、まさか、彼がそんな目に遭わされたと思わなかった。
と言うか、彼の次に、そう言う目に遭うのは俺なんじゃ………。そう思うと、背筋が凍る。
昨日、皮一枚でどうにか生き残ったと言うのに、今、殺されたんじゃ、俺の昨日の苦労が水の泡じゃないか。
「………あのう。黒龍さんの予定ではこの後、俺はどうなるのでしょうか?」
どうして知ったのかは分からないが、黒龍さんは昨日の出来事を既に知っていると思って間違いない。なら、俺達が何をしようとしているのかも知っているはず。
そして、鏡の中の支配者を倒した今なら、俺と青い鳥を危険分子と判断するのに十分すぎる証拠がある。今、彼が俺達を殺しても、なんらおかしくない。
「………いつもなら、お前らを灰と化して、存在を抹消するところだが………、お前はここから逃げようとしなかったことだけは評価して、俺が城を空けていた夜、しでかしたことは目を瞑ってやる。だが……」
「次、俺に牙を剥いた時には覚悟しろ。それ相応の報いは受けてもらう」
お前が生きていることを後悔させてやる、と、彼はそう言い放ち、
「てめえみたいに暇じゃねえから、俺は帰る。てめえは早く身体を治すことだけ考えろ」
さっさと医務室から姿を消した。あの人は荒らすだけ荒らして、用が無くなったらさっさといなくなる、まるで嵐のような人である。そんなことを思っていると、黒龍さんに追い出されていた医者が挙動不審になりながら戻ってきた。
彼は異質な存在である宮廷魔法使いの中でも、もっと異常な存在だ。そんな人物が目の前に現れたら、彼のような行動を起こしても、おかしくはないと思う。
今回はお咎めなしと言う結果になったが、この後、俺達がやろうとしていることは流石に無傷で事なきを得ることは不可能に近いだろう。
とは言え、俺は逃げだすことはできない。青い鳥が自分の命を掛けてまで、俺を助けようとしているのに、自分だけ逃げることなど許されることではない。
だから、俺はどんな結末を迎えても、甘んじて受け入れる覚悟はある。それがハッピーエンドだとしても、バッドエンドだとしても、俺は進み続けなくてはいけないと分かっているから………。
「暗い顔をしていると思ったら、割かし元気そうです」
黒龍さんと入れ替わるように、青い鳥が入ってくる。こいつのことだから、タイミングを見計らっていたのだろう。
「今のところは、な。それより、俺は勝ったのか?確か、あの時、さきにぶっ倒れたのは俺だったはずだが?」
「貴方がそう思うのも無理がありません。ですが、彼は貴方がぶっ倒れる前に、ルールを破りました。だから、その時点で、彼の負けなんです」
こいつはそう告げる。鏡の中の支配者が先にルールを破った?確かに、あいつが設けたルールの中には俺の勝利条件が彼を倒す以外に二つあった。一つは一時間過ぎたら、自動的に俺の勝ちと言うものだが、あの時はまだ一時間も経っていないはずだ。すると、彼が破ったルールは…、
「彼はいわゆる特異能力を使いました。あの時、貴方が魔法を使っても、彼に届くことはありませんでした。あれは彼の特異能力の一つです」
こいつはそう言う。あの時、空間が歪んだように見えたのも、俺の魔法が彼の前で打ち消されたのも、彼の持つ能力の一つだったようだ。
「彼が鏡の中の支配者と言われる所以がそこです。彼は鏡の中の世界に誘うことが出来る案内人であり、その世界は絶対神とも言える存在になれます。だから、その世界の中では彼はどんなことだってできるのです。ただ、彼の能力は“創造”ではなく、“模倣”なので、世界の摂理を変えるようなことは無理です」
こいつはそう説明する。それを聞くと、彼の恐ろしさが良く分かる。だが、そんな彼でも、足元にも及ばない存在である黒龍さん相手にただの人間でしかない俺達はどうやって対抗していけばいいのだろうか?
「貴方が言いたいことは分かります。ですが、今はそんなことより、体調を万全にすることが重要です。この話は貴方の体調が戻ってから話します」
ちょくちょくお見舞いに来るので、安静にして下さい、とこいつはそう言って、医務室から出ようとしていた。
「………なあ、一つだけ聞いてもいいか?」
俺は帰ろうとしていた青い鳥を引き止める。これは黒龍さんの件とは別件である。今聞く必要はないのだが、今聞いておきたいことでもある。
「王の推薦を受けたのは鏡の中の支配者ではなく、赤犬さんだったと言う話は本当なのか?」
確かに、赤犬さんは凄い魔法使いと思うし、尊敬できる師匠だと思っている。だが、鏡の中の支配者の能力を目の当たりにした今では彼より赤犬さんの方が強いとはあまり思えない。
「………確かにその通りです。本来は彼ではなく、彼女が推薦を受け取るはずでした。ですが、彼は黒龍さんに気に入られ、王に彼女ではなく、彼を推薦するよう進言したようです。貴方が知りたいのはそんな経緯ではないと言う事は分かっています。どうして、王が彼女を宮廷魔法使いとして、傍に置いておこうと思ったのですか?それは彼女の特異体質に関係があります。貴方は前、彼女の能力のお陰で一命を取り留めたことがあります。覚えていますか?」
こいつは尋ねてくる。銀色狼の件で、俺が生死を彷徨っていた。大量出血の上、魔力がほとんど残っていないのだから、当たり前の結果と言える。
その時、朧気ではあるが、赤犬さんの声が聴こえたような気がした。その声がした瞬間、口の中に液体が入り込んだような気がした。
まさか、あれが彼女の特異体質と関係があると言うのだろうか?
「彼女は、いや、正確に言えば、彼女の一族は特殊な魔法を操ることに長けていたそうです。彼女の一族が作り出すものは秘薬にも、毒薬にもなったそうです。その為、彼女の一族を欲しがる連中はどの時代にも絶えることはなかったそうです。そう言った経緯から、彼女の一族はほぼ滅んでいると言えると思います。おそらく、彼女は運良く生き残った最後の生き残りだと思います」
こいつはそう言うが、赤犬さんが魔法薬を作っているところなど俺は見たことがない。そもそも、赤犬さんが医療魔法と言った補助魔法系を使っているところなど見たことがない。
「俺は赤犬さんが魔法薬とか、それに準ずるものを作っているところなど見たことがないが?」
「彼女は勿論、彼女の一族も魔法薬なんて作ったことがない人の方が多いはずです。なんせ、そんなものを作る必要はないのです。貴方に問います。私達の身体の中で、万能薬と揶揄されるものが何だか分かりますか?」
こいつはそんなことを言ってくる。これは魔法使いになろうとしている者ならだれでも知っている常識中の常識だ。
「血液だ。それがどう……」
どうした、と言い終わらないうちに、俺はこいつの言いたいことが分かってしまった。血液と言うものは魔力が溜まりやすい場所の一つで、血を使うことによって、魔法を発動しやすくしたり、すご腕の魔法使いなら、たくさんの血を使うことによって、魔法陣を使わずに、発動することも可能だと聞いたことがある。
「そうです。彼女は自分の血液の中に魔力を通すことによって、人体に毒になるものを作り出したり、身体を活性させるものを作り出すことなどが出来るそうです。とある一節では、彼女の一族は不老不死の薬を作ることが出来ると言われています」
俺はそれを聞いた途端、不老不死である再生人形を思い出す。彼女は何らかの魔法を施されて、不老不死になったと思われる。もしかしたら、赤犬さんの一族の誰かの血を呑んで、そうなったのではないだろうか?
「再生人形がその所為で、不老不死になったかは分かりません。そもそも、彼女達が不老不死の効力を作り出すことが出来たかさえ、不明です。どうして、王が彼女の能力を知り得たのかは分かりませんが、王は彼女の能力がとても魅力的だったのだと思います。ですから、彼女を自分の手元に置いておこうとしました。彼女はその能力がなくても、十分、宮廷魔法使いとしてやっていける実力はありました。ですから、結果、王は彼女を手に入れることが出来なくなって、悔しがっていたところ、一年後、彼女が宮廷魔法使いの試験に出た時はとても歓喜していたと思います。おそらく、蒼狐は王に彼女が試験に出てきても、通さないように懇願したと思いますが、王がそんなことを聞くことはなかったと思います」
だから、王は彼に恨みを持たれてもなんらおかしいことではなかったのです、とこいつは言う。
二か月前、先代の王はに殺された。だが、それは遅かれ、早かれ、こうなる運命だったのだろう。彼がここまで長生きできたのは黒龍さんのお陰と言っても過言ではない。
そこまで考えると、何故、黒龍さんは先代の王に忠誠を誓い、彼に仇なすものを片っ端から排除してきたと言うのに、今になって、掌を裏返すような行動に出たのだろうか?と言う疑問が残る。
どうして、彼は鏡の中の支配者に協力したのだろうか?何故、それが2か月前だったのか?
「………では、私は訓練があるので、失礼します」
訓練に遅れると、あの人はガミガミと説教がうるさくて、困ります、とこいつはそんなことを呟いて、医務室からいなくなった。
俺はそれを聞いて、こいつがあの翡翠の騎士に怒鳴られている光景を想像する。こいつにはそう言った人間が近くにいないと、すぐ調子に乗る。だから、たまにはこってり絞られた方がいい。
俺はそんなことを思っていると、急に睡魔が襲ってくる。まだ、俺の身体は万全とはいかないらしい。
睡魔に逆らう理由も、体力も残っていないので、俺は睡魔に誘われるように、眠りにつく。
俺が夢の世界に誘われて、何時間が経っただろうか?俺は身体を揺すられて、目を覚ますと、
「思っていたより元気そうだな」
何故か、赤犬さんがいた。これは幻覚だろうか?それとも、寝ぼけているだけなのだろうか?
俺は目を擦るが、赤犬さんの幻は消えることはなかった。
「ど、どうして、赤犬さんがいるんですか?」
赤犬さんがかつて、宮廷魔法使いだったとは言え、今はただの一般人だ。そんな彼女が城の中に入れるわけがない。
「あいつが馬鹿なことをしてないか、見に行ったんだが、何故か、昨日より怪我が酷くなっていたがな。その時、あいつに城に繋がる抜け道を教わった」
どうやら、青い鳥もそこから抜けて来たみたいだな、と赤犬さんがそんなことを言ってくる。
それなら、納得できる。あの抜け道は俺達がに会う為に使用し、おそらく、鏡の中の支配者も仕事の関係上、そこを何回も使ったのだろう。
「このくらいなら、じっくり休めば大丈夫だ。しばらくは無茶するんじゃないぞ」
彼女はそう念を押す。黒龍さんが無茶なことを言わなければ、そんなことはないと思う。
「私の用はそれだけだから、帰るぞ………と言いたいことだが、私にはお前に言わなくてはならないな」
彼女はそう言うと、頭を下げてくる。彼女は滅多に頭を下げるような人ではないので、それには驚きの表情を隠せない。
「………お前にはとんでもないことをさせたと思っている。すまなかった。謝ったって、許して貰えるとは思わない。私を罵っても、恨んでも構わない」
そんなことを言ってくる。確かに、黒龍さんからこのシステムを聞いた時、彼女のことを憎まなかったとは言えない。
だけど、俺は彼女を恨むことはできない。
彼女がそうできなかった理由も知っている。そして何よりも、彼女が一番自分自身を責めていることも知っているから。
「俺は赤犬さんを罵ることもできないし、恨むこともできません。まだ、俺達は何も失っていません」
だから、今は彼女のことを恨むことはできない。もし俺達がどんな結末を迎えても、俺にとっての師匠は赤犬さん以外しかいない。
「………そうか。そう言えば、お前には赤猫さんのことを話してなかったな」
彼女はそう言い、ベッドの近くにある椅子に腰かけ、そんなことを言ってくる。
「赤猫さん、ですか?」
「………そうだ。私とあいつに魔法やいろいろなことを教えてくれた師匠だ」
それを聞いた時、俺はの話を思い出す。
「鏡の中の支配者が殺めてしまったと言う人ですか?」
俺が恐る恐る尋ねると、彼女は苦笑いを浮かべ、
「あいつはそんなことを言っていたのか。それは真実であり、真実ではない。お前はあいつから何処まで聞いた?」
「王の推薦を受けたのは彼ではなく、赤犬さんだったくらいしか……」
そう俺が答えると、
「まあ、あいつらしいと言えば、あいつらしいな。どうして、私があの王に目を付けられたかは知っているか?」
「それは青い鳥から聞きました」
「だろうな。私もまさか、あいつではなく、自分に推薦を受けていたとは思わなかった。しかも、私の体質が先代に知られていたなんて思いもしなかった。あれは赤猫さんとあいつくらいしか知らなかったことだ。あいつは私の身代わりとしてなったと言うことも知らなかった。なのに、私は宮廷魔法使いになった。今思うと、私は大馬鹿者としか言えないな」
彼女は自嘲するかのように鼻で笑う。
「その所為で、あいつが壊れた。その時、あいつに残っていた理性がぶっ飛んだのかもしれないな。私はそんなあいつの姿を見ていることしかできなかった。そんな時、王から命令を下された。とある町の住人を殺して来い、とな。それが皮肉にも、私達の故郷だった。壊れたあいつは躊躇いもなく、壊そうとした。そんな時、あいつの目の前に現れたのは赤猫さんだった」
おそらく、彼女もその光景を見ていたのだろう。その時の彼女の心情は計り知れない。
「あいつは自分の師匠である赤猫さんを殺めようとした。だが、皮肉にも、赤猫さんはあいつを殺す為にあいつの目の前に現れた。彼は前の道化師だった。私も後で、その事実を知った時は驚いた。まさか、そんな人に師事することなんて、普通ではありえないことだ」
俺は赤犬さんの告白に絶句するしかなかった。
「はっきり言って、私は彼の正体を知った時、あいつが殺されると思った。道化師と言えば、執行者の中でも、非道で有名だった魔法使いだったらしい。しかも、当時の道化師は黒龍さんに匹敵、いやそれ以上の実力を持っていたそうだ」
俺はそれを聞いて、疑問が浮かぶ。鏡の中の支配者は確かに強い。だが、彼は黒龍さんの足元も及ばないと言っていた。なら、黒龍さんと同じかそれ以上の赤犬さんの師匠を殺せるはずがない。
「………普通、あいつが殺されていてもおかしくない。だが、あいつは生きて、赤猫さんは亡くなった。そして、あいつは執行者となった。これは私の推測だが、赤猫さんはあいつの為に人柱になったのではないか、と思う。赤猫さんはあいつを圧倒していた。そして、赤猫さんは敢えて殺されにいったように見えた。彼の死に際はとても穏やかだった」
俺は赤猫さんを知らない。彼がどんな人間なのかも知らない。彼がどんな非道な人間だったとしても、彼にも自分の命よりも守らなければならなかった人達がいた。それが赤犬さんと鏡の中の支配者、いや、蒼狐だった。
「私がお前を弟子とした時、お前はこう言ったな。私に払う金はない、と。私達ももともと孤児だったものだから、当然、赤猫さんにも一エルも払っていない」
彼女はそう言って、立ち上がり、
「昔、私も赤猫さんにお金を払わなくていいのか、と聞いたことがある。その時、彼はこう言ったよ。『なら、お前が弟子をとる時は気に入った子を取りなさい。その時、金は取ってはいけませんよ』と。だから、お前も莫大な金額を乗せられても、気に入らない奴を弟子に取るな。気に入った奴ができたら、無償で見てやれ」
いいな、と、そう念を押す彼女の声はとても優しく耳に届く。
その後、彼女は医務室から去っていた。
赤犬さん達が何を思って、赤猫さんに師事していたのか?赤猫さんが赤犬さん達に教えていたのか?俺は知らない。おそらく、一生知ることはないだろう。
もし俺が自由の身になり、赤犬さんが俺を弟子にとった時のように、俺も弟子をとる時は彼女たちの礼儀に従って、気に入った奴を見つけた時、無償で、俺が赤犬さんからいろいろなことを学んだように、俺もいろいろなこと教えていこうと思う。
その為には俺はまだ知らなければならないこと、やらなければならないことがある。
だけど、今だけは休ませてほしい。
俺があいつに最後まで付き合うことが出来るように………。
そして、あいつが再び飛翔し、幸せを呼びよせる為に………。
今、この時だけ、羽根を休めさせて欲しい。
青い鳥が幸せを運ばなければいけない相手は赤犬さん達だけではない。休息が終わったら、あいつは次なる幸せを求める人のもとへ飛ぶことだろう。
そう、今は束の間の休息。力一杯飛ぶことが出来るようにする為の充電時間。
まだ、俺達の闘いは始まったばかりなのだから………。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
次回からは《青い鳥と嘆きの騎士》に入ります。シリーズにアップしておくので、そこから、興味がある方はどうぞ。
今日中にアップする予定です。
2014.1.12 誤字脱字修正




