プロローグ
『 ちゃん、俺なあ、 ちゃんを守れるように、頑張って強くなるからな』
昔、あいつはそんなことを言っていた。
いつも、男共にいじめられっぱなしで、反撃もできずに、ピーピーと鳴くことしかできずにいて、いつも、私が助けに行っていると言うのに、良くそんなことが言えるもんだ、と私はそう思っていた。
『寝言は休み休み言いなさいよ。いつも、私に守れているあんたじゃ無理よ』
そう私が言い返してやっても、あいつはニコニコしたままで、
『大きくなったら、絶対、 ちゃんより強くなって、絶対守って見せる』
自信満々にそう言ってくる。その自信が何処から出てくるのか、私は不思議で仕方がなかった。
こんな奴が私より強くなって、守れるはずがない、と幼い頃の私はそう疑わなかった。
だけど、あいつは言ったとおりに、私より強くなった。私と彼の間に実力差が生まれてくる中、だんだん、私の心の中ではあいつに対する嫉妬心が生まれ始めた。
どうして、私があいつより弱くなければならない?必死に死に物狂いで頑張ってみたけど、その差は縮まるどころか、離れてくるばかり。それには私は焦ってしまった。
このままだと、あいつは私の手に届くところまで行ってしまうのではないだろうか?
そして、その焦りがあの事件を引き起こし、私は尊敬していた師匠を失い、あいつは二度と私の手の届かないところまで行ってしまった。
***
「―――で、貴方は何の魔法を披露するつもりですか?」
青髪青眼の少女、自称・青い鳥は俺にそんなことを尋ねてくる。こいつとは悪友であり、腐れ縁といった仲である。俺達を恋人同士だと勘違いする連中もいるが、それは絶対あり得ない。俺はこいつにそんな感情を抱いていない。むしろ、俺はこいつの保護者だと言ってもいいかもしれない。
ただ、こいつは俺のことを婚約者候補其の一と言っており、俺の彼女だったメアリーにとんでもないデマを流し、別れさせたという最低娘でもある。それでもなお、俺がこいつと一緒にいるのは救いようのないお人好しかもしれない。
「何の魔法を、か………」
俺達は王都にある魔法協会の本部にいる。普段なら、近づくことは滅多にないのだが、今日ばかりはここに来なければならない。
「一人前の魔法使いとして認められるのは本当に大変です」
こいつはそんなことを言ってくる。
確かにその通りである。今日は俺の魔法使いライセンスの査定の日である。もし今日受からなければ、そのライセンスは剥奪される。
そもそも、魔法使いのライセンスの試験は年に一人合格者を出せばいい方と言われるほど超難関試験である。しかし、その試験を受けたとしても、二年に一度ある査定を通らなければならないので、一度まぐれで通っても、二年後には剥奪されてしまう。
俺がライセンスを取った時、青い鳥は「私も取ります」などと言って、猛勉強し始めた。その結果、筆記試験だけなら、文句なしの満点をたたき出したが、こいつの特異体質の為、魔法を出すことが出来なくて、不合格となったという、ある意味、史上初の快挙を成し遂げた。
それ以降、ライセンスを取ろうと言う気を起こさなくなったかと言えば、そうではあらず。いつか、魔法が使える時が来るかもしれない、と、その日が来るまで、魔法の勉強はきちんとしていたりする。何とも、前向きな奴である。
俺も十四歳の時、ライセンス資格を取り、一昨年はどうにか通っているが、今年も通るとは限らない。
どちらにしても、この世界に現存する魔法使いの全てがそのライセンスを習得しているわけではなく、一握りの魔法使いしかそれを持っていない。それを取得していないから、魔法使いとして認められないと言うわけではない。ただ、持っていると、いろいろな待遇が付いてくる。新魔法開発や高度魔法の習得に必要な王国直属の図書館などの出入りを許可されていたり、申請さえすれば、いろいろな査定をされるが、それらの費用を国や協会から戴くこともできる。
その代わり、国や魔法協会から要請があれば、動かざるを得ない。二か月前、先代の無能王が隣の国と再び戦おうとした時、人形兵器、つまり、あいつの友人である再生人形を投入しようとしていた。もしそれでも駄目だった場合、俺達ライセンス持ちの魔法使いを招集されると言う噂もあった。
とは言え、俺は未成年だったこともあり、余程の事態に陥らない限りは要請されることはない。ただし、今年から俺も一八歳なので、成人として数えられる。そしたら、俺への依頼はかなりの数に及ぶと、赤犬さんは言っていた。
俺が未成年とは言え、数々の偉業(実は青い鳥の後始末)を築き上げた為(そう解釈されているらしいが、そんなつもりはさらさらない)、大人の魔法使い以上の働きをすると判断されて、赤犬さんの元へたくさんの依頼が寄せられていたそうだ。だが、彼女は頑なに拒み続けているらしく、妥協案として、彼女が俺に寄せられた依頼をこなすことで双方合意しているようである。だが、今回査定を通れば、そんなことを言えなくなる。
「そうだな。無難に、召喚魔法で行くかな」
巷では、俺は召喚魔法が得意な魔法使いと言うことになっている。召喚魔法を扱える魔法使い自体稀な存在であるし、最年少でライセンスを取ったと言うこともあり、不本意ながら、“黒犬”という二つ名は結構知れ渡っているそうだ。
今回は青い鳥捜索犬化している黒い犬を召喚しようと思っている。面白みに欠けるとは思うが、この査定はライセンスを持つほどの魔法使いかを見るものであり、本当に実力があるなら、査定で落ちることはない。
「では、貴方は“複合魔法”を披露するつもりはないのですか?」
こいつはそんなことを訊いてくる。
「………あれは未完成の魔法だ。この査定でそんなものを使ったら、間違いなく、俺は査定落ちだ」
“複合魔法”は銀色狼の件で、ケルベロスから|青い不死鳥〈ブルーバード〉に進化を遂げたことがきっかけで思いついたものである。
どうやら、こいつの特異能力は魔法陣に違う波動を加えているようで、違う魔法陣へと変えてしまうものらしい。皮肉にも、こいつが違った波動を与えても、意味をなす魔法陣に変わることはなかったので、ほとんどが不発で終わってしまった。その為、魔法陣を無効化にすると間違った認識をされていた。
しかし、あの時、俺の魔法陣を触った時、こいつが違う波動を加えたことにより、かなり凄い召喚獣が生まれることとなった。それをヒントに、もしかしたら、二つの魔法陣をリンクさせて、違う魔法陣を作り上げることはできないかと考えた。それが複合魔法の原理である。もしかしたら、あの不死鳥を俺一人で呼ぶことが出来れば、これ以上、心強いことはないと言う考えもあった。
ただ、二つの魔法陣を組み合わせると言うことはかなり困難を極めた。時間を作って、何回も試みたが、一度も成功していない。
しかも、あいつが起こすマナの波動は特殊なものらしく、その波動を魔法陣で代用するのは不可能だということも分かってきた。やはり、俺一人では青い不死鳥を呼ぶことは不可能らしい。
不死鳥を呼ぶことはできなくとも、複合魔法は理論的には不可能ではないので、未だ継続中である。
そんな未開発の魔法を査定でやっても、意味がない。失敗すれば、合格が貰えるはずがない。この査定に、部分点など存在するはずがないのだから。
「そうですか。なら、“複合魔法”はまだ見せないのですか?」
「まあな。後で、赤犬さんに相談しようとは思っているけどな」
“複合魔法”を思いついたのはたった二週間前のことである。本来なら、その時、赤犬さんの協力を仰ぐべきだったのかもしれないが、一応、査定を控えているし、入院中だったこともあり、“複合魔法”のことはまだ話していない。
査定が終わったら、本格的にその魔法に取りかかるつもりである。その時にはちゃんと赤犬さんに声をかけなければならない。あの人は俺が目立つことと抜け駆けをすることを嫌う。
俺は“複合魔法”を開発して、有名になりたいとは思っていない。赤犬さんが発表したいなら、彼女に譲ってもいい。とは言っても、彼女は発表したがらないだろう。赤犬さんが凄腕の魔法使いであることは認める。だけど、彼女はあまり表舞台に出ようとしない。有名になるのを恐れている傾向がある。いつも、彼女が俺に目立つなと言っているのは、俺が目立てば、必然的に、彼女が目立つことになるからだろう。
なら、何故、彼女は俺にライセンスを、しかも、最年少で取らせようとしたのだろうか?もう少し時期を見送ってから、とっても良かったような気がする。彼女に師事して、一年も経たないうちに、受けさせようとしたのだ。これは後から聞かされた話だが、周りは反対したそうだ。それなのに、彼女は聞く耳を持たず、ライセンス取得試験を受けさせた。結果、俺は試験に受かり、有名になってしまった。勿論、彼女の名前も知れ渡るようになる。今振り返って見ると、それは彼女にとって、都合が悪いことではないのだろうか、と思ってしまう。
それなのに、何故、彼女は俺を急かすようにして、試験を受けさせたのだろう?まるで、何かから逃げるようにして………。
「………貴方は難しい顔をしています。考え事ですか?」
青い鳥は俺の顔をのぞいて、そんなことを言ってくる。
「………ん、まあな。そろそろ時間だから、終わるまで待合室にいろ。おそらく、赤犬さんもそこにいるだろうから」
待合室には試験を終えた受験者や受験者関係者がいる。そこから、実技試験は見ることが出来る。赤犬さんの査定は来年なので、今年はない。ここに来るまで会わなかったので、もうすでに待合室に行ってしまった可能性が高い。赤犬さんは俺の師匠なので、すんなり通してもらえる。
なら、俺の師匠でも、家族でもない青い鳥が受験者関係者になるのか、と言う疑問が発生するが、一応、あいつは赤犬さんの弟子扱いされている。あいつがライセンス資格をとろうとした際、魔法の知識を授けたのは彼女である。ちなみに、彼女はあいつが来ると、組み手をしている。だから、赤犬さんがの師匠であることはあながち間違っていない。
「分かりました。頑張ってください」
試験が受かったら、貴方のおごりで食べに行きましょう、などと言って、青い鳥は待合室の方へ行ってしまった。
普通、俺じゃなくて、あいつが奢るものなんじゃないのか、と思うが、あいつに常識を求める時点で間違っている。
そんなことを思いながら、俺は試験会場である部屋に行き、扉を開けると、
「やあ、黒犬。やっと来たかい。さあ、今回も私を恋焦がしてくれたまえ!!」
青い鳥以上に常識がぶっ飛んだ異世界人と遭遇した。俺は反射的に閉めようとすると、
「何故、閉めるんだい?」
彼はそんなことを尋ねてくる。
「おそらく、現実逃避しようと勝手に動いたんだろ。無意識的に、あんたとの関係をなかったことにしようと」
出来ることなら、今すぐ、彼との関係を白紙にしたい。
「そんなことを言わないでくれ、私の恋敵手。君との関係がなかったら、私の青い鳥と会うことはなかったのだよ」
「なくて結構だ。俺はいつ、あんたと、しかもよりによって、あいつを取りあいっこしなくてはならないんだよ」
決して、俺はあいつにコイゴコロなど抱いていない。抱いてたまるか。
「つれないことを言ってくれる。まあ、君が無愛想なのはいつものことだ。気にしない方向でいこう」
彼は酷いことを言っているが、本人は気付いていない。まあいい。この男に空気を読め、と言っても無駄なことは分かりきっている。
この白髪の青年は俺と同じ年にライセンスを取った、いわゆる同期である。と言っても、彼は俺より5、6歳上であるが。
青い鳥並の変人奇人体質だが、彼の実力だけは認めざるを得ない。医療魔法や補助魔法などを得意とする魔法使いである。医療魔法を得意とする魔法使いは数少ないこともあり、重宝されている。国立病院で勤務しており、俺が入院する時には顔を出してくる。そして、青い鳥に熱烈アプローチをして帰っていく。
苦手なタイプではあるけど、同期のよしみで、軽いスキンシップだけなら付き合っている。
「まあ、私として、聞きたいことがあって、待ってたわけなんだ。試験が始まるまでのんびりと話そうではないか」
「………普通、待っている時間に査定で使う魔法陣のチェックとか緊張をほぐしたりするもんじゃなかったか?」
俺は呆れた様子で彼を見る。この男には緊張と言うものはないのか、と言いたくなる。
「今さら、慌てふためいても意味がないのは分かっているからね。それに、話すと言うことは緊張を解すのに最適と言うものだ。さあ、座りたまえ」
彼に受験者用の待合室にあるソファーに座らされる。
「で、単刀直入で訊こう。前に、君を病院に運んだ人は君の知り合いかい?」
「………は?」
彼の言葉に絶句した。前と言うと、銀色狼と死闘を繰り広げて、病院に入院した時のことか?俺を運んで来た人と言うのは鏡の中の支配者のことを言っているのか?
「2,3週間前、君が病院に運ばれる際、付き添いが赤犬さんや青い鳥でなく、その人物が付き添いだったからね」
彼はそんなことを言ってくる。
「なるほどな。俺だって、そいつのこと、知らないぞ。たまたま俺が怪我しているところに現れて、たまたま運んでくれただけなんだから」
本人がたまたまだと主張していたので、嘘はついていない。
「そうか。君の師匠と彼が顔なじみのように見えたものだから、もしかしたら、君の知り合いかと思ったよ」
いつも思うことながら、彼の洞察力や観察眼はに鬼気迫るものがある。俺は詳しくは知らないが、と赤犬さんは同じ師匠の元で学んだ同士らしいので、顔なじみであることは確かだ。とは言え、赤犬さんはのことをあまり良く思っていないので、おそらく、彼女に鏡の中の支配者の話でもしたら、殺されることは間違いない。
「この話はここまでにしよう。そう言えば、君は今年で18じゃないかい。もう就職先とか決めたのかい?」
18となれば、青い鳥のお守りばかりやっているわけにもいかない。ちゃんと就職先を見つけて、稼がなければならない。今までは両親たちも、俺が何処にも就かなくても文句一つも言ってこなかったが、これからはそうはいかないだろう。16歳で軍に志願していたり、宮廷騎士として仕えていたりする者もいる。
俺もちゃんとした仕事をしなければならない。一瞬、脳裏にあいつの寂しそうな様子を見せる姿が過ったが、あいつの為に無職を通すわけにもいかない。俺には二人の弟達がいるのだから、彼らのお手本になるような人間にならなくてはならない。
「………いや、まだ決めていないけど、何かあるのか?」
俺がそう尋ねると、彼は呆れた表情を浮かべ、
「やはり、君はライセンス持ちの魔法使いとしての自覚はないのかい?ただでさえ、君は他のライセンス持ちの魔法使いとは立場が違うと言うことが分からないのかね?天才魔法使いは仕事をしなくてもいいと、世間に思われたら、どうするつもりなんだい?」
ガミガミと説教をしてくる。彼の言うことは一理あるのだが、人にそんなことを言われると、ムスッと不機嫌になってしまう。
「そんな君に、私からのお薦めだ。私の可愛い従妹の家庭教師に………」
「謹んでお断りします」
俺が即答する。
「どうしてだ?私の従妹は可愛いし、いい子だ。あの子以上の聞き分けのいい子は存在しないと思うがね」
「あんたの従妹がどんなにいい子でも駄目だ。俺はあんたとの接点をこれ以上作る気はない。というか、家庭教師になるというのは、つまり、俺がお前の従妹の師匠になれってことだろ?」
それって、金にならないだろうが、と俺がそう返すと、彼は信じられない表情をし、
「………君は赤犬さんに授業料とか払っていないのかい?」
そんなことを尋ねてくる。
「はあ?何で、俺が赤犬さんに金を払う必要があるんだよ?俺の家、そんな余裕ないし」
俺の家は貧乏ではないが、金持ちではない。いわゆる、一般階級。もし赤犬さんに師事することによって、お金を払わされることになったら、俺は彼女の元へ行っていない。
昔、赤犬さんに魔法を教えてやると言われた時、両親にそれを話したら、習い事に金は出せないと言われた。その時はとても落ち込み、赤犬さんの所に行き、「両親に金を出せないと言われたから、習い事はできない」と言ったら、赤犬さんは大爆笑し、金なんていらねえよ、と言ってくれた。そう言う経緯から、彼女にお金は1エルすら出していない。たまに、赤犬さんのお手伝いとして、魔物退治や旅人の護衛などをしたことくらいのものである。
「………なあ、普通は魔法使いに師事する場合、払うのか?」
恐る恐る尋ねてみると、
「それは一般常識だと思うがね?一般的、月に5万エルが普通だ。有名どころになると、10,20万エルは軽く飛ぶ」
彼はそう言う。俺はと言うと、彼の言葉により、顔が真っ青になっていく。赤犬さんは実力のある魔法使いだけど、実際、どれくらい払わなくてはならなかったのだろうか?
「実際、赤犬さんに師事したい魔法使いはかなりの数にあがる。君をここまで仕上げたのだから、そう思ってもおかしくない。彼女は19歳で宮廷魔法使いになり、20歳と言う若さで王の側近にまで登りつめた。その後、24歳で辞めてしまったわけだが、彼女は超が付くエリート魔法使いだ。君はその人の弟子であったにもかかわらず、そんなことも知らなかったのかい?」
彼の言葉は確実に俺の胸をグサ、グサッと抉っていく。あの人が凄い人だと言うことは頭では分かっていたものの、そこまでとは思いもしなかった。だから、赤犬さんに連れられ、ライセンス試験に行った時、視線が痛かったわけだ。
「………もし、赤犬さんくらいの魔法使いに師事する場合、どれくらいかかるのか?」
あまり訊きたくはない話だが、この話を赤犬さん本人に聞くわけにもいかないので、彼に尋ねると、
「月100万はくだらないな」
つ、月100万ということは………、俺が今まで赤犬さんに師事して6年だから、12×6×100万=7200万エル。そんな金額を払ったら、間違いなく、我が家は家なき子の仲間入りだ。しかも、それが最低ラインなのだから、恐ろしくて目眩がする。
「とにかく、君はちゃんと仕事に就くことをお勧めしよう。君なら、何処でも雇ってくれるとは思うがね」
確かに、その通りかもしれない。そんなことを思っていると、
「おいおい、聞いてくれよ。何か知らねえけど、会場に、“眠れる龍”がいんだって!!」
さきほど試験を受けていた魔法使いがそんなことを言ってくる。
「“眠れる龍”?」
“眠れる龍”。この国最強の魔法使いと言われている宮廷魔法使いである。彼一人で、隣国の一兵団を壊滅させたとか、彼の武勇伝は数多くある。普段、彼は白いフードで顔を隠している為、彼の顔を誰も見たことがないそうだ。それは彼の顔を見たら、殺されると言った噂が真しやかに語られるくらいである。
彼は国王の傍から離れないので、彼がここにいると言う事は王もここにいると言うことになる。
「眠れる龍がここに来ているとはどう言った吹き回しだろうね。私の知り合いに、城務めしている者がいるのだが、彼の話だと、眠れる龍が公の前に出ることは珍しいと言う話だ」
誰目当てだろうね、と彼は俺を見てくる。
「………ちょっと待ってくれ。流石に、俺目当てはないだろ」
俺目当てだったら、一昨年の査定の時とか来ているはずだ。
「確かにその通りだ。なら、何目当てだろうか?」
彼は首をひねってくる。
「そういや、王って、変わったんだったよな」
二か月前、国王と大将が病死した。事実は違うようだが、その為、新しい国王が即位したと言う話を青い鳥から聞いた。国王の後継者として、先代が押していた王子が即位したそうだ。あの無能王が押していたと言うのだから、先代そっくりな無能な王かもしれないが。
「………君は浮世離れし過ぎだと思うよ」
その話は一か月前の話題だと思うがね、と彼は言う。だが、その頃、俺は青い鳥と娼婦館にいて、銀色狼と戯れていた。あそこで、そんな話題が耳に入るはずがない。
「その頃は遠くにいたんだよ」
あそこが何処なのか分からずに、鏡の中の支配者に拉致られたので、そう言うしかない。
「………まあいい。話題の波に乗れなかった君の為に、私が教えてあげよう。流石の君でも、先代と大将が不幸になったのは知っているだろう。先代には10人の皇子と、8人の皇女がいたそうだ。正室はちゃんといたようだが、気に入った女性がいると、誰でも側室に迎えたそうだ」
「何ともまあ、よくそんなにできるもんだ」
田舎は大家族が多いと言われるが、俺の知っている家族でも、8人の子供が最高だ。
「王はたくさんの子供を作るのが責務でもあるからね。とにかく、彼が死んでも、次には困らなかったのだろうね。話を進めると、彼は次世代のことなんかどうでも良かったみたいだよ。大臣達がそれぞれの皇子を押していたみたいだ」
私から言わせれば、誰がなろうと、ろくでもなさそうだがね、と彼は言う。確かに、先代の血を引いていて、まともな子供はいないだろう。
「今回も、先代と同じだろうと、思っていた矢先、即位したのが末の皇子で、エイル三世陛下」
「末の皇子って」
「その通り。彼は庶子だ。だから、王位継承権はないと誰もが思っていた。だけど、彼には強力な後ろ盾がいた」
無能な先代でも、彼を敵にはできなかったようだね、と彼は言う。
「それが“眠れる龍”。どうしてかは知らないが、彼はエイル三世陛下のことをえらく気に入っていたみたいだ。それに、彼は他の皇子達なんか比べようもないほど優秀だったのも確かだ。“眠れる龍”とどんな契約を交わしたかは知らないが、遺言書にもそう書かれていたそうだ」
どんな事情であれ、民としては希望が持てそうな話だ、と彼は言う。一方、俺は眉を顰める。あれは病死と言われているが、教会側が暗殺したものだ。先代は自分の死期など悟っていたはずがない。それなのに、どうして、遺言書が出てくる?
もしかして、エイル三世陛下は教会と繋がっているのではないだろうか?
とは言え、国王が教会と繋がっていようと、いまいと、俺にはどうしようもないことだ。教会は得体のしれないものがある。これ以上、無意味に関わり合うのは避けたいものである。
俺は首を振った瞬間、アナウンスが流れ、俺の名前が呼ばれる。急いで試験会場へと足を運び、ガラス張りになっている部屋を見ると、らしき人物がこちらに手を振ってくる姿と、その隣には俺の師匠である赤犬さんが腕を組んでこちらを見ている姿が見えた。
VIP専用の席を見ると、確かに、豪華なマントに身を包んだ青年と、白フードの男がいる。さっきの話は本当のようだ。国王もだが、眠れる龍が査定に姿を現すなんて珍しい。本当に、何しに来たのだろう。
そんなことを思いながら、試験管達の方へ向く。そして、俺は試験管達に促されるまま、相棒を呼び出す為、魔法陣を描く。
だから、俺は気付くことはなかった。俺へと視線を向けている人物の存在がいたことを。
そして、それが俺を不幸に導くことになることなど知る由もない。
今だから、言える。青い鳥、俺に不幸ばかり呼ばないでくれ、と。その悲痛の叫びが響くのはもう少し後のことだ。