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マヨヒガと鬼姫

作者: 梅こぶ茶




むかし、むかしのお話です。


マヨヒガに住みついた鬼がいました。










「……やばい、迷った」


見渡す限り木ばかり。道もどう見ても獣道。人が歩いた形跡がない。

やはり先程の分かれ道は左が正解だったのかもしれない。案内板はひどく痛んだ板切れで字もほとんど見えなかった。しかも雨が降ってきていたので、視界も悪かった。もう何もみえなくて勘で進んだらこのとおり。一番の原因は山のガイドさんとはぐれたことだけど…。もう、今更何を言ったって遅い。

この広い山の中、自分は迷ってしまったのだから。



なぜ山にいるかと聞かれれば、それは山に登りたかったからと答える。

都会に上京して就職。覚えることはたくさんあり、忙殺される日々。コンクリートジャングルの中、ふと、思ってしまったのだ。山に登りたい。

田舎出身の自分は、子供時代、山に行っては探検し虫をとり小川で水遊び、海に行っては高いところから飛び込んだり魚つりをした。

それが懐かしく無性にあの頃に戻りたくなった。実家に里帰りすれば簡単にこの郷愁を解消できるが自分の実家は離島のため簡単には帰れない。しかも、大の大人がホームシックで帰るのもどうかと思う。なので僕はとても簡単な方法を選んだ。最近の世の中はとても便利でなんでもある。もちろん、近くの山を日帰り簡単山登りなんて僕の都合のいいツアーなんてものもある。


山を舐めていたわけではないのだが…本当に困った。迷子になったらその場で待機が常だが、いかんせんいまは雨だ。しかもここはちょっと斜面でただえさえ滑りそうなのに雨で地盤が緩い。そしてもう夕方に差し迫っている。ここにいられない。もう少し拓けた雨を避けれる場所までいかなければ夜は越せない。

今の季節、本当に冬でなくてよかった。冬の雨など自分は凍死している。そしてまた都合よく今は夏で、山の気候は変わりやすいと聞いていた僕は合羽を持っていた。雨で体温が奪われるこはない。しかし夜になると太陽が沈んでしまうのでやはり冷える。早急にどこか雨風が凌げる場所へいかなければ。


急ぎ足の自分にチカッと何か明かりが見えた。自然物の明かりではなくもっと人工的な光が。もしかして自分を捜している懐中電灯の光では?いや、捜索隊が出るには早い気がする。ならあれは小屋の光かもしれない。僕はその光に向かって歩きだした。





あの光は確かに家の玄関照明の光だった。しかし、想像していたような山小屋ではなく立派な門がある日本屋敷だった。こんな山の中にあるには違和感がありすぎるが…いまの僕には救いの神だ。僕は門を叩いた。


「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」


雨に負けないよう出来るだけ大きな声で呼び掛けたが反応がない。しかしここで引くわけにはいかない。もう辺りは暗くなっている。もう一度声を張り上げた。


「すみません、僕は怪しいものではなく、ガイドとはぐれて迷子になってしまったんです。少しお話しをさせてくださいませんか?」


ちょっと情けないことも暴露しながらそう言って門を叩いているとカチャという音が聞こえた。家の人が開けてくれたのかな?

僕は門に手を掛けた。木で出来た門は雨のせいか滑りが悪かったがなんなく開いた。しかし門の先には誰もいなかった。…おかしい。いま確かに誰か鍵を開けてくれたのに。ここに突っ立っていても仕方がない。家人の了承なしで心苦しいが僕は門の中へ足を踏み入れた。



「すみません」


家の玄関先、再び声を掛けるがやはり返事はない。そして鍵が開いている。

ためらいながらも僕は引き戸を開ける選択をした。


「すみません、この山で遭難した者です。助けてくださいませんか」


薄暗い家に自分の声が響くが時計の秒針の音しか聞こえない。参ったなどうやらお留守のようだ。どうすればいい。外はすっかり夜だ。出来たらこの家に泊まらせてもらいたかったんだけど…。

ふと、先程の門での出来事を思い出してしまい頭を振った。あれはきっと自分の勘違いだったのだ。この家に家人はいない。

時計の秒針の音だけが響く。途方にくれ僕は玄関に座り込んでしまった。やはり無断で上がれない。どうしようかこの際この玄関に泊まらせて貰おうか。そんなことを考えていると玄関正面に飾ってある屏風が目に入った。

筆で描かれた金魚と花の絵だった。白い花は可憐で金魚は2匹、大きいのと小さいのと描かれている。今にも金魚が泳ぎだしそうな勢いがある絵だ。小さめに描かれた金魚の方なんてさっきと位置が違うように感じる。きっと名人と呼ばれる人が描いたに違いない。そんなことを考えていると。ギョロッと大きい金魚の目が動いた。驚き過ぎて手で心臓を庇い飛びのく。心臓がバクバクいっている。ガイドからはぐれたと気づいたときより心臓がびっくりしている。絶望感は後者の方が上だが。

僕は注意深く絵を見る。何だか絵の様子が……。



「おや、珍しい。人間の客人かえ」



しんとした玄関に鈴を転がしたような声が響いた。

誰もいないと思っていた家に人がいたようで驚いて振り返ると紅緋色の着物を纏う平安時代のお姫様のような若い女性がいた。とても美しい人で陶器の様な白い肌と上下ともに白い袴が薄暗い廊下でぼんやり浮き上がっているように見える。そして薄い唇には紅をさしている。白い肌に紅色はとても映え目線を奪われる。

女性の格好は、二の腕や二の足を出す薄着が主流の若い女性の格好とはかけ離れた着物姿ではあるがその人にはぴったりの格好でかえってこの女性の現代の格好が想像できないほどだ。なので、僕はその着物姿の女性をすんなり受け入れた。

それより謝らなければ。意識していなかったとはいえ自分は不法侵入をしているのだ。しかも若い女性の家に。自分の家に知らない男が入り込んでいたら恐いにきまっている。


「すみません、雨に降られて…あの、悪気があったわけではないんです。…その、」


とにかく謝らないと思い口を開いたはいいもののなんと言えばよいのかわからなりはたっと言葉が止まってしまった。気がついたら入り込んでいたんです。なんて都合のいいこと口が裂けても言えない。

なんて言おう。何を言っても言い訳でしかない。僕がうんうんと唸っていると女性はクスリと笑った。


「客人よ、立ち話もなんだ。部屋に案内する。こちらへ」


女性はこちらに背を向け廊下をゆっくりと進みだした。

どうやら不法侵入者の僕を接待してくれるようだ。…なんていい人なんだ。でも、いいんだろうか。

この家はどうやらこの女性ひとりしかいないようだ。女性の家に知らない男が二人っきり。

自分はそんな気はないが、もし自分が悪い奴ならこの美しい女性が危ない。だから、尋ねてしまった。


「あの、いいんですか?僕の様な得体の知れない男を家に招いて」


自分に跳ね返ってきてもしかするとこの家を追い出されることになりかねない言葉を。

まだ大雨が降っている中だ。この家を追い出されたら明日確実に風邪決定だ。いや、風邪どころかこの山の中だ土砂崩れに巻き込まれて死ぬかもしれない。

そんな僕の不安などお見通しなのか、女性は振り返って笑った。


「其方より妾の方が強い。気にせずゆるりとすごされよ」


……なにやら複雑な気持ちになった。僕はそんなに弱そうに見えるのか。それともこの女性の場を和ます冗談なのか。

ふと気付くと、女性はいつの間にか手に提灯を持っていた。薄暗い廊下にその提灯はほのかに灯ってなんともいえない雰囲気を作り出している。


微笑みを湛える美しい女性とほんのり灯す提灯、そして不思議な家。


その光景は浮き世離れしすぎていて胸の内が不安に駆られる。

僕は一体どこに案内されるのだろう。案内されると元の生活に戻れないようなそんな気がする。









濡れている合羽を玄関に置かしてもらい泥だらけの靴と靴下を脱いで家に上がった僕はとある薄暗い一室に通された。客間なのだろうか。畳部屋で床の間に品のいい掛け軸かけられている。横を見ると一輪差し。あの花はなんという名前の花だったろうか。

そんなことをぼんやり考えていると。上座に座った女性が声を響かせる。


「火を灯せ」


すると薄暗かった部屋がぱっと明るくなった。誰かが蛍光灯のスイッチをつけてくれたのだろうか。

なるほど、家人は女性ひとりだけではなかったらしい。すこし安心した。


明るい部屋の下、座布団の上に座る女性を緊張が解けた僕はじっくりと見てしまった。

薄暗い廊下ではわからなかったが紅緋色の着物は裾の方になるにつれ白くなるグラデーションは綺麗で、柄は鳥獣戯画のような動物が金の糸で刺繍された見事なものだった。そして、女性の容姿。見事な緑髪で畳に広がるほど長い。首もとにひとつに括られ簪をふたつ差している。肌は廊下で感じたように陶器のように白く美しく、薄い唇にさした紅は妖艶に感じる。眼は切れ長で日本では見ることがないべっ甲飴のような金色で――――そして、そして。


頭から二本白い角のようなものがちょこんと生えているように見える。


角に見える何か…飾りをつけているのかもしれない。銀細工のピアスをつけた耳の先がちょっと尖っているように見えるのも個性的な耳だというだけだ。

そう考え直し、馬鹿な考えを捨てた。突っ立っていても仕方がない。彼女の前に出された座布団に自分もとりあえず座ることにした。

失礼しますといって座った僕に彼女はちょっと眼を見張り何が面白いのか薄い唇をテシャ猫のように釣り上げた。


「其方はなかなか胆が座っておるようじゃな。面白い、気に入った」

「え?あ、どうも…」

「妾の名は『鈴鹿すずか』客人よ歓迎しようようこそ『マヨヒガ』へ」


折角美しい人の名が知れたのに僕の頭の中は疑問符が飛び交う。これといった言動はしていないと思うが…いま何がどうなって気に入られたのだろう。

そして彼女――鈴鹿さんが言った気になる言葉『マヨヒガ』これを僕は知っている。


『マヨヒガ―迷い家』屋敷自体が妖怪で迷い人がたどり着く家。誰もいないが家には火鉢の火はついたままで、囲炉裏には沸いたばかりのお湯がかけてある。この家自体に害はなく迷い人はこの家で寛ぎ休息をとることができる。そして、この家から出るにはこの家のモノをひとつだけ持っていかなけれなならない。その選んだモノが迷い人を幸せにする――と言われている。座敷わらしにも似た屋敷妖怪のことだ。


僕は先程の玄関で見た屏風を思い出した。もしかして僕の目の錯覚ではなかったのかもしれない。と、なるとこの家に住んでいる目の前の女性は…やはり、人ではなく鬼、なのかもしれない。

美しい彼女。浮世離れしていると思ったが、人ではないのならそれは納得だ。


「客人、名を聞かせてはくれまいか?妾は豪胆な其方の名が知りたい」

「あ、これは失礼いたしました。僕の名前は田村智彦たむらあきひこと申します。しがない会社員です」

「田村…智彦か、田村……よい名じゃな」


考えごとに気をとられ過ぎて自己紹介をするのが遅れてしまった。先に名乗ってくださったのに申し訳ない。

鈴鹿さんは僕の名前を噛みしめるかのように呟くとにっこりと微笑んでくれた。気を悪くなされなかったらしい。よかった。


「さて、迷い人の智彦よ。妾は其方が気に入った。この屋敷のモノをひとつだけ土産として持って帰るのを許そう。好きなモノを選ぶがよい」

「この家のモノを?……それはやはりココがマヨヒガであるから…ですか?」

「おや、智彦はマヨヒガを知っておるようじゃの。近頃の若者にしては造詣が深いようであるな」


そう言った鈴鹿さんはからだを崩し脇息にしな垂れる。脇息なんて先程なかったような気がするが…。そしてこれまたいつの間にか持っていた扇子で口許を隠す。その様子は本当に平安貴族のお姫様のようだ。ま、本当に平安貴族のお姫様がタイムスリップしてここにいると言われても違和感ないが、本物ならこのように面を直接見ることはできなくて、御簾越しの対面になる。それはもったいないので現代でお願いします。


「その通りマヨヒガではこの屋敷のモノをひとつ持ち帰れねばならぬ。それがこの屋敷の理じゃ。精々吟味し気に入りを選べ智彦」

「え、いまから選ぶのですか?」

「クックック、別に急かしてはおらん、いつまでも居ってよいぞ。久方ぶりの人の客人じゃ、いろいろ話も聞きたい」

「・・・・・・」


いつまでも居る訳にはいかない。有給が切れてしまう。

いまのところ気になるのは玄関の屏風だけど…。でも、それよりもっと気になるのは眼の前の美しい人だった。


「僕も、鈴鹿さんとお話、したいです」

「そうか妾とおしゃべりしてくれるか」


鈴鹿さんは先程のように喉をクックと鳴らした。


「何が聞きたいことがあるのではないか?智彦よ」

「そうですね…、ずっと気になっていたのですが、鈴鹿さん以外にもこの家に住んでいる人はいるんですよね…?」


本当に聴きたいのはこのことではなかったがいきなり聞くのも失礼ではないかと思い回りくどく尋ねてしまった。いや、無関係ではないが…。

僕の愚直でプライベートに踏み込んだ失礼な質問に鈴鹿さんは嫌な顔もせず…どちらかというと笑顔で答えてくれた。


「フフ、気づいていたか…あぁそういえば、妾としたことが智彦に茶を出すこと忘れていたな。いま温かい茶を持ってこさそう」

「え?」


なぜいまお茶なのか。いや、お茶を出してくれるというのは正直ありがたい。なんせ合羽を着ていたが夜雨の中にいたため体が冷えている。疑問は残るがここは素直におもてなしを受けよう。そう思い温かいお茶を少し胸を弾まして待つことにした。

そんな僕をやはり笑顔で鈴鹿さんは見守っている。


「えっと、僕の顔に何かついてますか?」

「いいや、整った顔があるだけじゃ。いやなに柔和なご仁だなと思うてな、妾らをどこまで受け入れてくれるのやら」

「?受け入れる?」

「無自覚か。いやはや鈍感なのか器が広いのか…。おや、茶が来たようじゃ」


鈴鹿さんが何をいっているのよくかわからなったが聞くタイミングを失った。お茶がきたようだ。カタリカタリと戸の向かう側から聞こえる。ん?カタリカタリ?足音にしては硬く小さな音だ。しかし茶器の擦れる音はするので家人がお茶を持ってきてくれているのには違いない。茶器の音が戸の前で止まった。さっと音もなく戸が開く。

カタリカタリ。

僕の眼前に現れたのは茶器をのせた大きなお盆を持っている豪華な着物を着た小さな人。小さな小さな人だ。子供ではない。いや、子供を模った人形だ。肌は白く黒い髪は肩より下まである。大きさは50センチくらい。あの人形は女の子の家でみたことがある。確か『市松人形』だ。その市松人形がお盆を持って歩いている。カタリカタリとぎこちなくゆっくり歩き、鈴鹿さんの前でとまってお茶を出す。その一連の動作を喰い入るように見てしまった。


「これこれ、茶は先に客人に出すものじゃ」


そう鈴鹿さんが市松人形に言って聞かせたところで僕は我に戻った。どうやら思ったより衝撃を受けたようだ。市松人形は一端動作が止まり僕を見た。黒いつぶらな瞳と眼が合う。友達の家で見たものより可愛らしい顔立ちをしてる気がする。一瞬で絆された僕は茶を鈴鹿さんから僕へと運んでくる市松人形の動作が可愛くて仕方ない。

市松人形の彼女がようやく僕にお茶を運び終えた。僕はもうすっかりちいさい子を見守っている親の気分だ。彼女に「ありがとう」と言ってまだほのかに湯気が出ているお茶を口にした。


「くっくっくっ!智彦!其方は大物じゃの!くくっ、」

「え…、その、それほどのものではないです」

「いいや、それほどの者じゃ。―――智彦は『九十九髪つくもがみ』を知っておるか?」

付喪神つくもがみって、あの大切にしていたモノに命が宿るという、あの付喪神ですか?」

「そうじゃ、この屋敷にあるモノは長い年を経ているので魂が宿っておる。ほれ、この扇子も脇息も」


鈴鹿さんがそう言うと扇子が僕の方へ飛んで来た。鈴鹿さんは投げる動作はしていない。鈴鹿さんの手の中から僕の手へ飛び込んできたのだ。

…なるほど。僕の中で先程から感じていた違和感が解消された。パズルのピースが次々にはまっていく。つまり、あの門の鍵も玄関の屏風も提灯も部屋の明かりも全て付喪神の仕業だったのだ。そして、そんな処に住んでいる鈴鹿さんもきっと――――あれ?じゃあ、この屋敷に住んでいるのは…。


「彼奴ら勝手に動き回る。妾の命の通り動くモノもあるが…概ね自由気ままじゃな。慣れれば便利じゃ」

「あの、鈴鹿さん」

「ん?なんじゃ智彦」


僕の推測が正しければ…。


「鈴鹿さんはこの屋敷におひとりで住まわれていらっしゃるんですか?」


鈴鹿さんは動きを止めた。じっと僕を見る。じっと僕の瞳を見て僕の真意をはかる。


「―――智彦は心根が優しすぎるようじゃな。妾が人ではなく鬼だともう気づいておるじゃろうに。人外に心配るのはよせ。喰われるぞ」

「…僕は鈴鹿さんに生命の危機を覚えません。貴女は僕を食べない。そうでしょ?」


僕は眼を見る鈴鹿さんから視線を外さす断言する。この屋敷に入ってから驚きはしたが命の危険を感じたことはない。それに僕はどちらかといえば命を助けれらている。この屋敷に招いてもらわなければ、きっといまも雨が降る夜の山中、僕はひとりだ。

心が揺るがない僕に鈴鹿さんは観念したように溜息をこぼす。


「確かに…妾は人は喰べぬ。だが、この世の中、少なくはなったが人を獲って喰う輩はまだ生き残っているぞ。其方が心配になってきたわ」

「では、僕は幸運なのですね。鈴鹿さんに会えてよかった」


鈴鹿さんはちょっと眼を見開いた。そして指をちょいちょいと動かし僕の手にある扇子を招き寄せた。そして、さっと手慣れた様子で扇子を広げ顔を隠す。


「智彦は光の君なみに口が上手いと見える。妾を口説いても良いことはないぞ」


え?口説く?僕は一瞬頭の中が真っ白になった。先程の会話がリフレインする。

そんな流れだったかな?そのようにとられた?誤解されている?

僕は慌てて口を開いた。


「そんなつもりじゃあ!確かに鈴鹿さんは綺麗だなっと思いましたが!そうじゃなくて、その、友達になれたらと思いまして」

「(こちら方面も天然か)……ともだち?」

「そうです。ですからその、こういうのはダメでしょうか?」















不動産会社のとあるオフィス。


入社三年目の彼は、定時に自分の席を立った。

それを見かけた彼の先輩が声をかける。


「なんだ?もう帰るのか?」

「ええ、自分の仕事は終わりましたから」


最近の彼はすぐに帰る。仕事が夕方までにもつれこまないように上手く調整をしているし、残業をしなくてもいいように昼間に我武者羅に働く。(それでも向こうの都合で夜までかかる物件もあるようだが)

そんな彼の様子に彼の先輩はピンと来た。ニヤリと笑って彼の肩を抱く。


「なんだなんだ!朴念仁と噂されるお前にもとうとう彼女が出来たか?!」


からかう調子の先輩に若干彼は眉を寄せるが、思いついたように口の端を釣り上げ微笑んだ。


「そうですね。先輩の推測は的外れてはありません。女性に会いに行くのですから」


先輩はピシリと固まった。まさかこの女子社員にストイックでカッコイイ!なんて噂されても知らん顔で我が道を行く頑固天然不思議系男が。最近、山に登りたいと急に言い出したかと思ったら有言実行ツアーで山登り、しかし不幸なことに不慮の雨でガイドからはぐれ一時の間山で行方不明になったと思ったら普通に自宅に帰ってたというわけわからん実はこいつ宇宙人ではないかと疑っていた男が……女性に会いに行くだってぇ?!

動揺しまくった先輩は思ったことそのまま口に出して尋ねてしまっていた。


「えぇっと、その方は地球人かな?」

「……………地球人です。彼女が待ってますから放してもらっても?」

「あ、はいどうぞ。引き留めてごめんね……」


智彦くん、その微妙な間はなんなのかな?って聞けない俺はチキンかな…。



彼の先輩は退社する智彦の背中を見送った。







会社でも特にうるさい…賑やかで明るい先輩を振り切った智彦は、カチャリと音をたて鍵を開けた。無言で自分の家に入る。手慣れたもので冷蔵庫の中に寄り道して買ってきたコンビニ弁当を入れた。

智彦は間取り1DKのマンションに住んでいる。最初はワンルームマンションに住んでいたが、物が増えてきたこととお金に余裕ができてきたため引っ越したのだ。

智彦は自室でスーツを脱ぎ、ラフな格好へと着替えた。そして食事所兼居間に移動する。居間にはこの部屋には似つかわしくないものが置かれている。洋風な部屋に金魚が描かれた屏風だ。しかし智彦は戸惑いなく屏風の前まで来る。そして、屏風に一言。


「鈴鹿さんのところへ」


すると描かれていた大小二匹の金魚がぐるりと円を描くように泳ぎ出した。ぐるりぐるり。円は淡く光だし屏風全体へと広がっていく、智彦はそれに動じることなく見つめ、なんと光に向かって手を差し延べた。光は智彦の手をなんなく飲み込む、それでも智彦は怯まず歩みはとまらない。体全部を飲み込んだ。




「また来たのか?智彦」



智彦が眩しさを堪えるために閉じていた瞼を開けると眼前にはあの鬼姫が鎮座していた。

マヨヒガに住みつく美しく孤独な女性。智彦が遭難した山で出会った人外である。鬼姫はいきなり現れた智彦に驚くことはなく、どちらかといえば呆れていた。

智彦があの時所望したのは『扉』。智彦の部屋とマヨヒガを繋ぐ扉。この魑魅魍魎が跋扈する裏の世界に懲りずまだ出入りしようという智彦に鬼姫は面白半分にその願いを叶えてしまったが……このように頻繁に訪ねてくるとは…。

鬼姫は軽々しく了承し対屏風の片割れとともに智彦の家まで送ってやった自分を後悔していた。智彦はそんな鬼姫の心中を察して笑った。


「僕は最初に言いましたよ?貴女と友達になりたいと」

「人外とか?」

「人外だろうと妖怪だろうと関係ありませんよ、僕がなりたいと思ったんですから」


智彦はにっこりと笑う。考えを変えないというアピールだ。

鬼姫は美しい顔に苦渋の皺を寄せる。


「このような場所に入り浸っておったら人里で迫害されるぞ」

「大丈夫です。最近の世は隣人縁は薄いのでバレませんよ」

「妾の妖気にあてられて体調を崩すやもしれん」

「それは僕の自業自得ですのでお気になさらないでください」

「………」


ああいえばこういう。智彦は引き下がる気はないようだ。

そもそも鬼姫が対屏風を介して異空間を繋げてしまったのが悪い。智彦がこうも簡単にマヨヒガに来れるのはこの『扉』のせいだ。鬼姫はとうとう折れた。


「好きにすればよい」




智彦は鬼姫と友達になった。




1作品だけだと寂しいと思ってぱっと思いついた話を短編にしてみたんですが…。すみません。本当によくある話のネタですね。誰かの作品とかぶってるかも…。


きっとこの後のふたりはお互いの家をいったりきたりするんだろうなと思います。智彦が妖怪事情に巻き込まれたり、鬼姫が人界でテレビ買ってみたり。


稚拙な物語を読んでくださってありがとうございます。



(誤字訂正文章追加 2012.10.6)


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