死んだらやってみたい10のコト ④彼女を作る
「圭佑ー。暇ー、何か面白い話してー。」
ダラダラと寝そべってつまらなそうにしている自称美少女天使は
ここ数日やることがなく高層ビルの屋上で暇を持て余している。
俺が彼女と共にいるようになって13日が過ぎようとしていた。
何故天使にやることがないかというと彼女の仕事がないからであって、
その仕事というのはここにいる俺、丸山圭佑の願いを叶えるというものだ。
時間を遡ること13日前、俺はいきなりこの世を去った。
何が何だかよく分からないまま天国に旅立ちそうになったところを
天使みずからの提案により10コの願いを叶えるから大人しく成仏しろと。
そして俺はそれに乗り今に至っている。
「面白い話って、例えば何だよ。」
「んー、そうね。あんたの失敗談とかドジ話とか・・・。」
「人の不幸話を聞いて喜ぶ天使ってどんな天使だよ・・・。」
目の前にいるのは紛れもなく正真正銘不幸話を聞いて喜ぶ天使であった。
小声であったため天使には聞こえなかったのが幸い、この鬼畜天使は
自分をちゃん付けで呼ぶように強要している。
「あっ今までの彼女の話聞きたい!
いつの時代も恋バナって乙女をときめかせるものよね。」
パッと興味のある話題を思い付いた天使は早速目で話をするよう促す。
「あー・・、一応天使ちゃんって乙女なの?」
話の展開が不都合な方へ向き焦った俺は彼女の今の話の中で少し疑問に思ったことを天使にぶつける。
すると俺が苦し紛れに絞り出した質問に天使は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
そしてしばらくしてから口をパクパクとさせ怒ったように
口角から泡を飛ばし勢いよく喋り始めた。
「・・・・・おっ、乙女に決まっているじゃない!!
外見からして10代後半でしょーが!!」
「そうだけど、それって天使ちゃんの本当の姿じゃないんだろう。
ってことは実年齢も違うってことになるわけだし。」
どこからどうみても年若い娘の姿ではあるが
その容貌は偽りのモノであることは天使自らから始めに聞いていた。
「えっ!?あっ!あれよあれ・・・、そうといえばそうだし
そうじゃないかと言われればそうにもなるといういか・・・・・」
目をぐるぐる回し何を言っているのか分からないあからさまに天使はパニクっていた。
「・・・つまり幾つなんだ。」
天使は苦々しげな顔をしながらも腹をくくったのか深呼吸をした。
「――――――そうねぇ、初仕事で下界に来た時はイギリスの前身となる
グレートブリテン王国が誕生したり、日本では富士山が噴火してた時代だったわ・・・。」
「はぁ!?ってことはなんだ・・、確か富士山噴火って・・・そんなことあったのか?」
「馬鹿。」
「馬鹿っていうな!!俺は中卒の星だ!」
高校へ通わずろくに勉強してこなかった俺にとって歴史は未知のものであり、
富士山噴火がいつ起こった出来事は知らないが
それでもかなり前のコトということは俺にも理解できている。
「じゃあ天使ちゃんは俺のおばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃん世代なのか。」
いきなり脳天にガツンと衝撃が垂直落下してきた。
「おばあちゃんとかいうな!精神はまだまだピッチピチなんだからね!」
いや、ピッチピチとか言っている時点で既に若くないような気がするのは俺だけか。
「っていうかあんたまた話逸らしたでしょ、前回と同じ手を食うかってのよ。
さぁ、早くあんたの恋バナしなさい!!
それともあんたの不幸話で私が甘ーい蜜でも啜ってあげまょうか。」
とうとう話の軌道を戻されてしまった、逆上している天使に
こんな話をすると馬鹿にされるに決まっているがここでまた
話を逸らすようならば今度こそ半殺しにされてしまう・・・、
何度も言うようだけれど俺死んでいるんだけどね。
言葉尻を濁しながらも羞恥心を抱きながらも俺は告白した。
「その・・・・・、俺付き合ったことない・・・。」
「・・・付き合ったこと、ないの?」
俺は恥ずかしすぎて俯いたまま首肯した、穴があったら入りたいぐらいだ。
あーあ、これでまた天使に弄られる種を自らまいてしまった。
「じゃああんたって、もしかしてどうてっ――――――――」
「それ以上言うなーーーーー!!!」
驚きのあまり俺を指さしまさか天使にあるまじき発言をしようとしたので
俺は噛みつかれながらも口を塞ぎ後の言葉を遮った。
というか俺がこの先の言い逃れのきかない事実を言われたくなかったんだ。
「まさかねぇ~へぇ~、生なのね。ふぅ~ん、ほぉ~。」
最高の不幸話を聞き天使はここぞと言わんばかりのにんまり顔でこちらを見てくる、
これは彼女と過ごしてきた中でも1、2位を争う最大の屈辱である。
「いっいいだろう!俺は職人としての道をひたすら走ってきたんだ!!
彼女なんて作っている暇なんかなかったんだよ!」
「まぁまぁ負け犬の遠吠えはそのへんにしておきなさいな。」
俺の正当な理由を飛んできた虫を除けるかのように軽くあしらい全く取り合ってもらえない。
「くっそぉ・・、バカにしやがって。」
「大丈夫、バカにしているのはいつものことだから。」
からかうのがこの上なく愉しくて仕方ないとでもいいそうな嘲笑がビルの屋上一帯に響く。
彼女の耳障りな笑い声が鼓膜を突き通して頭痛を与える。
だがその痛みが俺に気力と意欲を沸かせた。
俺もやるときはやるということを天使に見せつけなくてはならない
こうなったら一泡吹かせてやる。
「いつまでもバカにされている俺じゃない。ここで見返してやる。」
「あら、じゃあ具体的には何をして鼻を明かすつもりなのかしら。」
「それはもちろん、念願の彼女を作るぞー!つーことで協力してくれ、
それこそが4つ目の願いだぜ。」
「・・・結局は私に叶えてもらおうっていう魂胆じゃない。」
「人の話は最後まで聞くもんだぞ、確かに俺は協力を要請したが
今回は俺を幽霊から実体化させてくれるだけでいい。これは俺の男としての大一番なんだ。
一人の男として俺の魅力に惹かれる女子を見つけて彼女と
甘美なるアバンチュールを二人で過ごすんだ。」
天使はやれやれといった風に俺の話しにあきれ果てる。
「別に構わないけど、女関係の願いこれで3回目よ。どれだけ女に飢えているのよ。」
「まるでハイエナ扱いだな、俺は満足に過ごせなかった青春を取り戻そうと
死してやっと謳歌しているだけじゃないか。」
「すでに自分で自分の辛い過去のコト持ち出しちゃうくらい図太い神経になっちゃったのね。
・・・まぁそこは置いといて意外ね、てっきり万事私の力をあてにしているものだと思っていたわ。」
「彼女を作るのに天使ちゃんの力を使うのは良くない、仮にそれで彼女が出来たとしても
俺は彼女のことを愛せないだろう。だから自分自身で努力して彼女を作りたいんだ。
時間はかかるかもしれないけど恋ってそういうもんだろう。」
「一度も付き合ったことのないあんたが偉そうに私に恋を語るんじゃない。」
俺の恋愛に対する自論を語るのが癪に障ったようで天使は口をとがらせる。
いつもながら俺のすることやること言うこと全てが気に食わないのである。
「じゃあ天使ちゃんは恋したことあるのかよ。」
軽口を叩いたつもりであったのだがそれは触れてはならないことだったのを
彼女の様子を見て後に気付いた。
天使は蒼い瞳を曇らせ口を真一文字に固く結んだままそれっきり喋らなくなってしまった。
「・・・えっと・・・・・・」
本日2度目の地雷を踏んでしまったのか、けれど天使の表情が先程のものとは
明らかに違うので俺が戸惑っていると天使が口を開いた。
「あんたに、関係ないでしょ・・・・・」
その声は喉元からやっと絞り出したかのような掠れた声であった。
こうも物憂げな天使など今まで見たことがなかったので
それ以上は追及しなかった、いや出来なかった。
「ここにいても時間の無駄だし、とりあえず下に降りましょう。」
「あっ、うん。」
先までの話など無かったかのように天使は本題に戻しビルの外へ出るよう促す。
俺たちは高層ビルの屋上からそのまま空中落下した。
屋上から一気に地上へと飛び降りても俺には重力なんて関係なく
ただ単にゆっくりと自由落下する。
最初はこの降り方に恐怖しっ放しだったが今じゃこんなに便利な
手段が使えるなんて夢のようだと感じている。
一方天使も同様に重力なんてものに縛られず地面を目指していたが
天使のそれは実に優雅であった。
背にある大きな真っ白い羽根を羽ばたかせ落下速度を下げている錯覚をみせる。
まるで大気がたおやかな少女のからだを包むようであった。
また地へ舞い降りる様も美しくその軽やかな着地にも思わず見惚れてしまった。
「なに。」
「いや、なんでもない・・。」
俺の視線に気づき怒ったかのようにきつく問いかけられ
褒めようとして思った言葉が出てこずそのまま口を閉ざしてしまった。
「で、実体化してどうやって恋人探しするの。
まさかナンパでもしようっていうことじゃないでしょうね。」
「ナンパはさすがに・・。」
「チキンね。」
「どうせ意気地がないですよ。」
「あれば一度や二度は付き合っているはずだものね。」
唇を尖らせ不貞腐れた俺を見ていつもの毒舌が天使に少しずつ戻ってくる。
やっと天使が本調子になってきたのでホッとする、やはり天使はこうでなくてはならない。
まぁ、元気の素が俺を弄ることってのがムカつくけど。
「あんたのタイプってどんな子よ。」
「う~ん、優しくて清楚な感じかな。あと巨乳。」
「・・・男ってみんなそう、何よ乳がでかけりゃ偉いのかっての・・・。」
天使が自分の胸を虚しく見つめながらぶつぶつと言っているが
俺のところにまでは届かなかったのでさらに話を進める。
「詳しくいうと黒髪ロングで背はちっちゃめ色白、可愛らしい感じなのに
よく食べる子がいいんだよね。カレー大盛りー、みたいな。例えば・・・・・、
そうちょうどあんな感じの子が―――――」
具体的に言おうと俺のイメージに大体合う女の子をきょろきょろと探す。
その先にはカフェテラスでこれでもかというほどの大皿にライスとルーがたっぷり乗った
カレーをとても美味しそうに食べている小柄な黒髪の女性がいた。
「ビンゴ!天使ちゃんあの子ストレートで俺のタイプ!!」
彼女は大きな黒い瞳にふっくら色白の肌、長い黒髪をハーフアップにして留めている。
そして何と言ってもカレーを食べた後の満足そうな微笑み、揺れる乳
その笑顔がその胸が俺の心をズキューーンと撃ちぬいてしまったのだ。
「今カレー?午後3時よ、こんな時間から食べているなんて
どれだけ食いしん坊なのよ。カレーがおやつなのかしら。」
「あっちょっと――――――――」
俺の制止も聞かず天使は小柄な彼女の方へ飛んでいく。
テーブルの上に降りるとそのまま腰かけ真正面から女性を見つめる。
当たり前のことだが普通の人間である彼女には天使と幽霊である俺は
全く視えていない、だから天使は言いたい放題やりたい放題である。
「へぇー、こういうのが好みなのね。」
「悪いかよ、俺は大和撫子みたいなのが好きなの。」
「へぇー、じゃあ私とは正反対の感じね。」
「当たり前だろ、逆に天使ちゃんみたいな口が悪くてツンしかないのが
好みなんて奴いたら見てみたいよ。レア中のレアだからね。
まぁ胸も正反対ちゃそうだよな、うん、大丈夫そっちもそっちで需要はあるさ。」
「へぇー、私は外見のしかもスタイル抜きの話をしていたのだけれど。」
横から殺気としか捉えようのないオーラが徐々に俺を侵食していく。
メラメラと天使の金色の長い髪が触手のように俺の視界を遮る。
天使がこちらを見ているのが分かった、だからチラリと俺も見る。
一瞬見た天使の顔は満面の笑みがこぼれていた、こんな天使の笑顔見たことない。
だがやたらと笑顔なのが逆に怖い、やばいこれは死刑宣告が下される。
「て、天使ちゃん?」
「じゃあホルスタイン女にチャッチャッと告白して玉砕してこいや。」
天使は笑顔のまま人差し指と親指を目の前に出し
俺は額に思いっきりデコピンを喰らわされた。
「イッテ!ちょっと――――――――――」
「あの、何でしょうか。」
先程まで大盛りカレーを食べていた女性は不審げにこちらを見ている。
・・・つまり俺が視えている、何の準備なしに天使に実体化された。
天使につっかかろうとしているのがほかの人間には視えていないので
小柄なカレー女性に声をかけているようにしか見えない。
いきなり声をかけられたと思い女性は俺を見て戸惑っている。
「ふん、いい気味ね。不審者。」
天使は下種っぽい笑顔で愉快そうに俺の悲惨な状況を愉しんでいる。
「いえ、その・・・・・。すごく美味しそうに召し上がっていらっしゃったから。
つい声をかけたくなっちゃって。」
無理やり口元を引き上げ作り笑顔でこんなことに言っている自分は
客観的にみても主観的にみても一体何なのだろう、やはりナンパ男にしか見えない。
本当にあのクソ天使はいつも突然なのだから
それに合わせるこちらの苦労も理解してもらいたいものだ。
「いやだわ、大口開けて食べているはしたないところ見られていたなんて・・。」
彼女は頬を真っ赤にしてさらにそれを両手で隠している・・・・・、可愛い。
おっ、なんだ意外と好感触。こんな不審度100パーセントの男にまでそんな笑顔見せちゃうなんて。
このままいけばもしかして・・・・・。
「あのっ!」
「はい?」
「えっと・・・あっ相席してもよろしいですか。」
彼女は見た目通りのおっとりお嬢様みたいだからそのまま隣の席に座れる確率は高い。
「えぇ・・・、ですけど席ならほかにも空いてますよ。」
だが思ったより壁は割と高かった、目ざとい、というか俺が間抜けなだけか。
「あっうっ・・・・・そうですね・・・そうですよね。」
失敗か、こんなドストライクの女性なかなかお目にかかれないのだから
この機を逃したのは痛かった。
そんな俺の悲痛な表情を見ていた彼女は荷物をどかし空間を作る、
それはちょうど人ひとり分座れるスペースだった。
「どうぞ。ここでよろしいのであれば。」
はにかみながらも隣の席を勧めてくれる彼女。
「もちろん!喜んで。」
女性は柔らかい陽射しのような微笑みで俺を招き入れてくれた、もう最高。
「それで―――。」
「はい!聞きたいことがあったらなんでもどうぞどうぞウェルカム。」
どんな質問でもどんとこいっ、初ナンパでまさか女性から話しかけてくるなんて
案外積極的だなと思いながら俺は待ち受けた。
「それで何食べます?」
「え?」
「あっそれとも何か飲みますか?」
「あっ、えーとじゃあコーヒーを。」
「コーヒーですね、すいませーん。」
色々と期待していたがちょっと抜けている彼女はそれでそれでOKだ、問題ない。
呼ばれたウェイトレスが俺たちのもとにやってくる。
「はい、お呼びでしょうか。」
「注文したいのですけど、コーヒーひとつとチキンカレー、グリーンカレー、ドリア、グラタン
オムライス、ペペロンチーノのそれぞれサラダセットを一つずつお願いしますね。」
笑顔で注文するには多すぎる量に俺とウェイトレスは呆気にとられた。
「か、かしこまりました。」
つまりながらもなんとか注文を繰り返しその場を去っていく店員は
一度こちらを振り向いてから厨房に注文を伝えに行った。
数十分後次々とテーブルに並べられる皿の数は二人で食べるにしても
多すぎるしそれを小柄な女性が一人で全部食すのだと
周りの人が知れば大変な驚きを示すだろう。
「本当に気持ちのいいくらいよく食べますね。」
「・・・私初めてです、そんな嬉しいこと言われたの。」
実にうれしそうな顔を向けるので俺までも自然と笑顔になってしまった。
すると彼女はその倍も威力抜群の笑顔を向けスプーンを片手に
山盛りの料理の数々をペロッと平らげていった。
その後カフェテラスで何時間も話し込んで(主に食べ物の話で)
彼女との談笑を楽しむ夢のような時間を過ごしていたが
ふと何気なく腕時計を見た彼女はそろそろ帰らないとと言い席を立つ。
「それなら俺途中まで送っていきますよ。」
「えっ、でも悪いですし。」
「いいの、いいの、そんな気にせずに。ねっ。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
これで何とか彼女といられる時間が伸びた!やったー!内心の喜びを
隠し俺は彼女と二人店を出ることにした。
残された時間はあとわずか、その間に告白しなければ!いや、
いきなり告白はまずいのだろうか今度会う約束をこぎつけた方が良いのか。
恋愛初心者の俺にとっては順々の段階というものがいまいち
理解できておらず苦悶の表情でいると彼女は心配そうに聞いてきた。
「どうしましたか、お腹空いたんですか?
それならあそこに美味しい和食屋さんが――――――」
「いいえ、大丈夫ですよ。さぁ行きましょうか。」
ここでちょっとした余談、恥ずかしいことに天使には金を作る力は持ち合わせておらず
当然俺は一文無しなため俺の分のコーヒー代も彼女に出してもらってしまった。
彼女は全然気にしてませんと言ってたが俺がすごい甲斐性なしの
ダメ男みたいにみえるのでこの上なく悔まれた。
夕闇が迫る中、空には星がちらほらとお出ましになってくる時間帯だ。
隣にいる彼女は小さいため俺の横に立つとつむじしか見えない、
闇に吸収される黒髪の中の白いつむじをニヘヘと鼻の下を伸ばしながら見下ろす。
と、いきなり彼女がこちらに顔を向けたので素早く真顔に戻す。
「こういうの俗で言うナンパ、というんですよね。私初めてでドキドキしちゃいました。」
「いやぁ俺もこういうのしたことなかったから内心どうなるかと思ったよ。」
「でもナンパしてくれた方があなたみたいな人でよかったです。」
「えっ!?それはどういう・・・・・・。」
そこから彼女は俯いたまま喋らなくなり俺と彼女はそのまま一言も話さずに
駅に到着してしまった、彼女はこちらに振り向くとペコリと頭を下げた。
「今日は楽しかったです、ありがとうございました。」
「うん・・・俺も。」
「それじゃあ、これで。」
まだ彼女に大事なことを言ってないのに、小柄な背中は駅の中へと向かっていく。
「あっ待って!」
何も考えずとにかく彼女を呼び止める、こうなったら覚悟を決めろ!男だろ!
「俺、あなたに言いそびれたことがありまして。」
「はい、何でしょう。」
「俺と、俺と、俺と・・・・・・・・・・」
「落ち着いてください、待ってますから。」
彼女の言葉を聞き俺は一度大きく呼吸して心を静める。
「会って1日しか経ってないしお互いのコトよく知らないけど
もしよかったら俺とお付き合いしてくださいませんか。」
人生で初の告白は上々の出来だと思ったが出来栄えが良くても
結果がそれに伴わないと全く意味をなさない。
今俺は彼女を見るという行為に全神経を集中させていた。
「私も、貴方が声をかけてくれた時から何だか目が離せなくて・・。
それでもっと貴方のコトが知りたくなりました。」
耳の穴をかっぽじって彼女の言葉を一言一句聞き逃さないようにしていたのだが
あまりにも俺にとって都合の良い返事に聞こえてしまったので一時脳の機能が停止した。
「その、聞いてますか?」
「って・・・もしかして・・・。」
「はい、よろしくお願いしますね。」
望んでいた言葉だったのにまさかこうもうまくいくとは思っておらず
口をぱっくり開けて間抜けな顔で彼女を眺める。
「あの、えっとそれでですね、お名前を―――大丈夫ですか?」
「あ?あぁ・・・、えっと俺は丸山圭佑と申す者でござる。」
「ふふ。丸山さん・・、圭佑さんって面白い方ですね。」
彼女の口から自分の名前を呼ばれる、なんてこの上なく幸せすぎる状況なのだ。
目じりを下げて彼女が何やらもじもじとしている姿を楽しく見つめる。
「その・・・あと連絡先の交換してもらってもいいですか?」
連絡先の交換という言葉に俺ははたとして我に返る。
「あ・・・、すいません。俺ケータイ持ってなくて・・・・・。」
かつて持っていた携帯電話はすでに処分されていることだろう、
当然幽霊である俺には連絡手段など一つも持っていない。
一人につき一台ケータイを持っている現代においてそれを持っていないというのは
やはり変に思われてしまうのだろうか。
申し訳なく思っていると彼女が手帳から一枚紙を破り取りサラサラと何かを書いていく。
「でしたらこれ私の連絡先なのでどうぞ。」
小さな紙片には望月杏樹という名前とケータイ番号が記されていた。
「望月・・あんじゅさん?」
「あ、ごめんなさい。これであんじぇって読むんです。」
「アンジェ、イタリア語で天使って意味よ。
例えばアンジェリカを略してよくアンジェとかって呼ぶのよね。」
一体今の今までどこをほっつき歩いていたのか天使がひょっこりと顔を出してきた。
そして突然現れたかと思ったら横から口を出してきて、偉そうに自分の知識を披露してくる。
杏樹はまるで天使のような女性である、まさに彼女に相応しい名前だ。
どこかの名ばかり天使とはえらい違いである。
「恋人同士になってからお互いの名前を知るなんて何かおかしいですね。」
「だね、ん?ってことは恋人同士だから敬語もおかしいんじゃ・・・。」
「あ、そうですね。ううん、そうだね。」
恥ずかしそうにこちらを上目遣いで見上げる杏樹は・・もう言葉に表せない悶絶必至だ。
「じゃあおやすみなさい、圭佑さん。」
杏樹はそのまま改札口へ向かう人ごみの中へと消えていった、
俺は彼女の姿が見えなくなってもずっとその後を見つめていた。
「うん・・・おやすみ杏樹さ―――――イテッ。」
後ろから誰かに叩かれた、ってかそんなことする人物一人しか思い当たらないけど。
いやいやながら振り向くと背後の人物はやはり天使だった。
みると俺は再び幽霊の姿に戻っていた、さっき叩かれたのと同時に解かれたのだろう。
「うまくいきすぎでしょ、どう見ても有り得ないちゅーの。」
開口一番、天使は妬みの言葉を連ねる。
「なんだよ、ひがみか、ひがみなのか。」
「誰がひがむかっ!客観的に考えてもみなさいよ。
今日知り合ったばかりのナンパ男と付き合う女なんているのかって話よ。」
「きっと杏樹さんとの出会いは運命で決まっていたんだよ。
彼女も一目で気になったって言ってたし、それなら納得もいくだろう。」
「あんただけでなくあのホルスタイン女もネジ1本どころか2、3本外れてるんじゃない?」
「その呼び方は明らかにひがみだよな。」
天使の拳は今までのがお遊びだったのかというくらいの力で鉄槌を下され
あまりの衝撃で俺はノビた、がそれは一瞬で2発目の
鉄槌より酷い合金製の槌を下されノビきるのを越して完全に目が開いた。
こんなことならあの時素直に成仏してればなぁ、なんて思わせるくらい
天使称する愛の鉄拳は破壊力が半端ない。
「そんなに俺と杏樹さんが付き合うのがおかしいのかよ。」
天使はふくれっ面のまま先をずんずんと歩いていく。
「そりゃあ最初は杏樹さんも不審がってたけど俺が本気だってこと
分かってくれたからこそこうして今付き合えるわけだし。」
頭の後ろで腕を組みながらずんずん歩く天使の後を渋々ついていく。
「いつの時代も人々の心を動かすのは同じ人の心なんだよ。人の心は変わるものさ。」
突然彼女の足がピタリと急に止まったから危うく天使にぶつかる一歩手前だった。
「あっぶね・・・」
「・・・そうね、心というものは本当に移ろいやすいものね。」
それは俺にかけられた言葉ではなく誰に言うのでもなくただポツリと天使は言った。
瞳からはもの悲しそうな感情が読み取られその目はどこか遠くを見つめていた。
そんなこんなで俺が無事成仏するまで残り6コ。
こんなうまい話あるわけないだろうがっ!