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無限想歌  作者: blue birds
98/145

keyB-2,3共通:歪曲する因果Q:ゲシュタルト崩壊:寿小羽(黒)

因果は、歪曲しますーーー悪意によって。

keyB-2,3共通:断罪のとき:贖罪の覚悟:伊吹由香



 両腕を、へし折られた。

 身体のなかを、グチャグチャにされた。




 それでも、死ななかった。

 いえ、死ねなかった。







「がっ!」





 世界は回転し、揺れる。

 肺からもれる空気はなんなんだろうか。




「ご安心ください、ねぇさま。

すぐには、終わらせませぬ故」



 苦しかった。

 息もできないし、身体のなかはグチャグチャ。

 それでも。




 それでも、目の前の少女は許してくれない。

 許すつもりは無いと嗤い、私に微笑みかける。



「覚えておいでですか、ねぇさま?

私たちが、初めてお会いした日のことを。

ねぇ様が初めて我が一族の城をお訪ねになった、あの日のことを・・・・・・」






 小羽ちゃんの声が、私のなかに染みこんでくる。

 それとともに、彼女のーーー記憶が?




「迎えにきて下さいましたよね。迷子になっていた、私を。

 ……あのときの私は、兄さまが誰とも知れない人に取られるのが嫌で嫌で仕方なくて。

 一国の姫である私は、あなたをお迎えする立場であったにもかかわらず、その責を投げ捨てて城を抜け出し、果てには、迷子に。

 ふふふ、本当に愚かですよね。姫として、失格です。普通なら、勘当ものです。実際、婆やからはこっぴどくしかられました。

 ……でも、そんな愚かな私をねぇ様は迎えに来てくださり、そしてーーーあのときの笑顔、今でも色鮮やかに思い出すことができます」





 



 私はもう、グチャグチャだった。

 死んでないとおかしい身体になっているのに、死なない。

 そのくせに、気が遠くなるほどの痛みに意識が混濁する。



 そして、その痛みと小羽ちゃんの声の間で、私は・・・・・・・




「目をつむれば、色鮮やかによみがえります。

あの日の、ねぇ様の微笑みを。あの日の、ねぇ様の言葉を。

……わたしはあの日を境に、姫になろうと決意しましたのですよ?

一国の姫として、恥ずかしくないようなーーーあなたを、ねぇさまと、胸を張って呼べるように!!!!」






 地面に叩き付けながら、私は幸せだった。

 幸せだったとーーーそんな感情が、私を満たしていた。




「愚かだった!愚かだった!

ただ一度の優しさにすがりつき!

かけられた甘い声色に身を委ね!」






 幸せだったーーんだと、思う。たぶん、幸せだったんだ。

 それはもう遠い過去で、今はもう手の届かないところにあって、そして今私は、その遠い場所にいる。







「世の理不尽より守られていた私は、気づかなかった!

お前が、女ギツネの類いであったことに!お前が、間諜として兄さまに近づいていたことに!!!!」





 再び地面に叩き付けられ、また気が遠くなる。

 ーーーそして、その分だけ、私は何かに近づく。





「影で笑っていたのであろう!さぞかし愉快であったろうな!

父様も母様も、兄さまも!私も!婆も!民も!皆、お前を信じていたのに!

そのすべてを裏切り、そして!」




 炎に沈む町の向こうに、何かが見える。

 でもそれがなんなのか、霞がかったかのようにーーー輪郭すらつかめない。






「これが、お前の罪だ。あの悲鳴と怨嗟の声を聞け!

あの、炎よりあぶれる民の姿をその目に焼き付けろ!そして、知れ!この痛みが、おまえの、罪だと!

民の苦しみに変えることは到底叶わぬが、それでも!」





 罪を償わなければという、声が聞こえる。

 罪を。罪を。



 私はーーー





「ときはきた。

ーーーミ忘れなどしなかったのだーーー笑っているのであろう!

 ーーーー遥かなる未来にて、自身のツミが問われることーーーきさまのーーー」



 こんどこそ、ぜったい私はーーーーそう、こんどこそ、ぜったいに!!!





keyB-2,3共通:歪曲する因果Q:ゲシュタルト崩壊:寿小羽(黒)





 

 私の前には、一枚の鏡。その名はーーー焰の鏡。

 これは、遠方を映し出す異能の力が、形を得たもの。




 

『ひめさま! ひめさま! おやめください、ひめさま!』






 この鏡は、私のなかの誰かが、私にくれた贈り物。

 今日のこの時を、万全なるものにするために。



 輪廻のより漂白され消えた罪を、当の罪人に、思い知らせるための、そのための力とーーーーーーそうなるはずだった、奇跡の鏡。

 それなのに。





『五郎、退きなさい! わたしは、行かねばなりません!』






 それなのに、これはどういうこと?

 なにが、おこっているの?




『ひめさま、なりませぬ! 後生ですから! どうか、どうか、お戻りを! 姫様!』---

---「これが、真実なのかもね」







 自分のなかから、「これが真実なのかもしれない」という声が上がる。この声が、わたしに鏡をくれたのではなかったろうか?それなのに・・・・・・・これが真実なんて、ありえない。

 そんなはずは無い。そんなことが、あるわけがないーーー「では何故、あの女は馬に乗ろうとしているの?この夜更けに、優雅にお散歩かしら?」





『もう寿家は終わりなのです、姫様! 今ごろ、彼の城は燃え落ちております!

そのような場所に、姫様!』




 静止する男を振り切り、ねぇ様は馬にまたがると、何も言わずに駆け出した。

 なんで?どうして?ーーー「あの姫は、危険を伝えようと馬に乗ったの。そうでなければ、おかしい話じゃない?」





 クスクスと、誰かが嗤う。

 誰かの笑い声が、私のなかから浮かんでは消える。





『急いで! お願い! もっとはやく!もっと、もっと!』





 身を低く構え、巧みに馬を操りながら女ーーーねぇ様は、どこかを目指す。ーーー「どこかなんて、白々しい。寿家の城でしょ?」




 ちがう。ちがう。ちがう。ちがう。ちがう。

 これは間違いなんだ。これは何かが、間違って!




「うっつ!」





 急に馬がよろめき、ねぇ様は地面に投げ出された。

 間髪いれず、闇より飛来した矢がねぇ様の足を射抜く---「急も何も、追っ手が放った矢が姫を捕らえただけじゃないの?」







 『あアアあああアアアああああああアアアああああああdjafdjalkfa!!!!!!!!!!!!!!!』



 

 (いや、いや、こんなの、嘘!だって……)




 どす黒い炎に身を焦がし、気がつけば私は、咆哮を上げていた。それは端から見れば、悪魔に取り憑かれた哀れな少女だったのだろう。

 されども、実際は私自身が悪魔だ。

 



(だって、じゃあ、私は何の為に!?

私は、何の為に数百年という時を呪って過ごしたのか!!!)




 私とねぇ様の前に展開されているのは、焰の鏡。これは、伊吹由香として新たな生を謳歌する、かつての「智代姫」を断罪する為の神器にーーーなるはずだった。




 鏡には、ここから数キロ先の事象が投影されている。正確には、桂藩が収めるーーー寿家が収める城下町の、数キロ先の山道。



 ……そこで、一人の少女が命を散らそうとしていた。それは、私となる前の「寿小羽」が「ねぇさま」と慕い、愛した者だ。


 鏡の向こうで。

 ねぇさまは落馬の衝撃を歯を食いしばって耐え抜き、ヨロヨロと立ち上がっていた。

 骨の数本は、折れているはずである。

 それでも、歩みを止めない。

 矢に射抜かれた足を引きずりながら、必死にどこかをーーー桂家の城を目指している。



『姫様、いい加減諦めたらどうです?

 こればっかりは仕様がないんですよ。この戦国の世、きれいごとばかりじゃぁ、和平はもたらされません。

 桂家を差し出さなければ、家が潰されるんです。そこんとこ、了承くださいよ』



 へらへらと笑いながら、一人の男がねぇさまに近づく。

 ねぇさまを姫と呼ぶ男であったが、そこには一切の敬意は感じられない。それどころか、男は刀を抜くと、ねぇさまの無事であった方の足を斬りつけた。


 溜まらず、ねぇ様は地面に身を放り出す。

 それでも。



(いや、ねぇさま!ねぇさま、いやああああああああああ!!!!!)



 それでも、ねぇ様は諦めない。

 無様にも地面を這いずりながら、必死に……


 ……そんなねぇ様の長髪を男は鷲掴み、力任せに引き上げた。

 ねぇ様は、「うっ」と声を詰まらせながら、歯を食いしばる。



 夜の世界に、美しく無防備な喉が晒された。そして、一線。

 月光にきらめく刃がねぇ様の喉を切り裂き、水鉄砲のように、断続的な血の噴出が起る。



『冥土の土産に、教えといてやりますわ、御姫さん。

 今夜桂家が落ちれば、次はあんたんとこです。お父上が桂家との約定を破られたように、金剛家も、あんたんとことの約定を破るつもりなんですよ』


 愛を囁くように、男はねぇ様の耳に口を寄せている。しかし、そこから漏れ出るのは、愛の言葉などではない。


 ねぇ様は、悔し気に唇を噛み締めると、コポッと血を吐き出した。



『ん? 恥を知れ? この、裏切り者? 武士の風上もおけない卑怯者?はは、俺は忍びですよ、姫様。武士道なんてもの、俺たちの管轄外です。

 ……お姫様。長いものには巻かれろっていうでしょう?最初から金剛家と組んでりゃ良かったものを、カビの生えた武士道でおじゃんにするからこうなる……って、もう、聞こえてないか』



 男は、「さて、仕事に戻りますか」と呟くと、ねぇ様を束縛から解いた。

 残された躯は、ぴくりとも動かない。気丈に耐えていた涙が、弛緩した瞳から流れ出るばかりだ。その開いた瞳孔の奥は、深淵を思わせる程の闇のそれで。


 そして、その闇を鏡越しに覗き込んでいた私ーーーいや、寿小羽は。




(あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!)





 頭を掻きむしりながら、咆哮を上げていた。

 理解できなかった。受け入れられるはずが無かった!






(ちがう!ちがう!ちがう!)

「これが真実よ。智代姫は、知らなかったの。そして、最後の最後でそれを知り、あなたたちを守ろうとーーーして、失敗した」






(なら、どうして? わたしは、なんの・・・・・・)

「お門違いだったんじゃないの?すくなくとも、彼女に罪は無いわ」






 私のなかから、声が上がる。

 私を責め立てる声が。




(じゃあ、だれが! なぜ! なんで、こんなことに!?)

「罪の在処を突き詰めれば、一番近いのは姫の父親ね。でも、彼にもいろいろあったのよ。今回の城攻めを断れば、彼に問って命にも代えがたい人物が殺されてしまうっていうーーーでも、それはあなたたちには関係のない話か」






わけがわからない。

声が真実なら、ねぇ様に罪はない。その、父親にも。


(なら、黒幕は誰!? その者に、今度の罪を償わせてやる!報いを、与えて・・・・・・)

「でも、その黒幕にも、事情があるの。そして、さらには黒幕の奥にいる黒幕にもね」





 くすくすと、声がワラう。

 ほんとに、救われない話よねと、嗤う。



「あなたが求める罪を、個に求めることはできないの。これは言うなれば、「人」の罪。

それぞれの者たちが、それぞれの大切な者を守りたいと願った結果ーーーその一つの形が、これなの」




 群れをなした人は、その個々より切り離された一個であるーーーと、声は言う。

 そして、それこそが、罪の本体であると。




(あ、う、ちがう! だれかが! 何者かが、いるはず! このような悲劇を生み出した何者かが、きっと、どこかに!!!!)




 私は、叫ぶ。心の中で。罪を持つ者が、必ずどこかにいると。

 だって、そうで無ければ。そうでなければ、私は!




「罪を「人」に求めず「個」に求めるなら、確かにいるわね。さしずめ、それに一番近いのはあなたよ・・・・・・寿小羽ちゃん?」









ーーーー思考が、停止する。

すべての思考が、停止する。今、この声は、なんと言った?私よりわき上がる声は、なんと?





「時を超える、偉大なる者。次元を超え、世界の多様性を拡大させる、進化の火種。

あなたが、この世界に示したんでしょう?ーーーあるべき、未来の形を・・・・・・次元の門を、つなげることで」





 ーーーちがうと、言いたかった。

 それは、まちがいだと。でも。






「過去を変えて未来が変わるなら、未来に出会った過去は、そのあり方を定めるわよね。

だって、道しるべがあるのだもの。あなたがいた世界にとって、この世界は過去。でも、この世界にとってあなたが居た世界は未来。

 あなたは、この世界に進むべき道を示したの。そう、例えば、この城攻めの終わり方もーーーー」



 気がつけば、「あのとき」が近づいていた。


 今私たちがいる丘には、私たち以外は、誰もいない。

 もとより、人気の多いもばしょではない。


 民も、皆殺しにあったのだ。だれも、この丘にたどり着けなかったのだ。






 そう、たった一人をのぞいては。

 ーーーー人気の無い丘に、誰かが走って

 だれかが、走ってくる。

 ぱたぱたと、たどたどしい音を立てて。



「この物語の結末を定めたのは、あなたなのよ、小羽ちゃん。いえ、偉大なる、時間旅行者。

これからこの世界でおこる悲劇、喜劇、その他有象無象のすべて、あなたが定めたの。

 それは、神のみが許される、偉大なる所行ーーーようこそ、伝説の領域へ。

 私は、あなたを歓迎するわ。寿小羽さま?」






 瞳に、かつての私が映る。

 婆やから逃がされて、必死に走った記憶がよみがえる。


 そして、そう、こんなふうに、殺された。

 婆やが食いとどめていてくれた、あの、武者が、私の首を一刀両断にしーーーだから、この男がここにいるということは、婆やは殺されてしまっていて。



 そして。

 婆やを殺したのはこの男だけれど。それを成させたのは私で。

 ねぇ様は兄さまと幸せになりたかったけれど。それを台無しにしたのも私で。

 日々を懸命に生きていた民を皆殺しに導いたものも。

 父様と母様が命をおとされたのも。

 忠義を尽くしてくれた家臣たちを、戦火に向かわせたのも。




 すべて。










 すべて、まちがっていた。

 そもそもが、まちがいだった。





 もう、どうでもいい。未来も過去も、そんなことよくわからない。

 くだらないことで形を変えてしまう、あやふやな過去も。救いの無い、あるかどうかも不確かな未来も。

 何が真実かなんて、わからない。



 でも、確かなものだって、ある。それは、「現在」だ。

 「現在」だけは、確かに私と居てくれる。どこにもいかずに、私と。




 そう、この「怨」という今さえあれば、私には何もいらない。

 もう、なにも!!!!




『もういい……関係ない……どうなろうと、もう、どうでもいい!!!』




 幽鬼のように、ゆらりと私は頭を振った。

 先ほどの声は、聞こえない。代わりに、みんなの声が聞こえてくる。

 『我らがそばに居る』と。『がんばって、お姉ちゃん』と。みんなが、わたしの背を支えてくれれる。









  ならば。








『おまえを、ころす。

ころして、私も死のう。こんどこそ、本当の意味で、私は『死』ねる』




 私は笑った。ケタケタと笑い、そしてーーー心の底から嗤える化け物へと、変異を遂げた。










 小羽ちゃんは、次回以降が「相克する因果」ですね。そろそろ、伊吹さんと東君の出番です。

 でも、次回は現世組のお話。

 かれらには、時間を稼いでもらはないといけないので。

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