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無限想歌  作者: blue birds
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夢想歌:インターバル:遠き彼の地において、少女は想う

 高校にお留守番している由香さんのおはなし。





『お前は、誰だ?』


 私は突然、見知らぬ少女に問いかけられた。

 

 何の脈略も無い、その問い。

 けれど、私はその意味不明な問いに対し、何の戸惑いも無く–――答えた。



「伊吹 由香です」



 私は、答える。見知らぬ少女に、分けもかも分からないまま。

 しかも、敬語で。目の前の少女は明らかに私よりも幼い容姿であるにもかかわらず、それでも自然と、わたしは彼女に敬意を払っていた。



『模範的な回答だな、伊吹 由香。確かにこの場合、貴様は伊吹 由香以外の何者でもないのだろうな』



 虚空に浮かぶ少女はニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、私を見据える。


「では、もう一つ問う。

東利也とは、何者だ?」




 –――東利也とは、何者か。

 そんなこと、これまで一度も考えたことなんて無かった。なのに。



「利也は、私の大切な人です」



 ただの直感でしかないその答えに、少女は笑みを濃くする。

 少女の笑みに呼応するかのように、世界はその闇を濃密にし、同時に彼女の鮮やかな銀髪が輝きを放ち始める。



「然り、だ。ならば最後にもう一つ―――寿 小羽とは、何者だ?」



 表情を消して問いかける少女を前に、私は答えることが–――出来ない。

 寿 小羽とは、何者か。


 私は、寿小羽なんて人物は知らない。そんな名を私は全然聞いた覚えがない。

 だから、当然ながら、私の答えはただ一つ。



「分かりません

      ……分かりません

            ……分かるはずがないのに、でも……」



 でも、たぶんきっと、私にとってその人は、大切な人なんだろうと思う。

 この、胸を締め付けるような、この感覚が本物なら、私にとって「その娘」はかけがえのない、大切な人のはず。





「分かるはずが無くとも、分かることがある。翻って、逆も然りだ。

 ……覚えておけ、伊吹由香。近々、貴様のいい人が「災厄」を抱えて帰還する。やつが持ち帰るのは、間違いなく、「伊吹由香」にとっては災厄でしかない。

 ただ、貴様と貴様の恋人の胆力次第では、「災厄」と定義されたそれは自ら「災厄」以外の選択肢を選びとるはずだ……せいぜい、あがけ。あがき、つかみ取れ–――それが」





ポコン!




 私の後頭部を襲う突然の衝撃と、違和感。

 それらは突然私の目の前の幻想を霧散させ、一気に深淵にあった私の意識を上層へと引き上げていく。


「はいい!?」


 気がつけば、そこは見慣れた3-3の教室だった。先ほどまで私が居た漆黒の空間も、銀髪の少女も、当然ながらどこにもいない。


 

 現在の時刻は、午前10時15分で、授業の真っ最中。

 ちなみに科目は歴史で、教官は亜田部総一郎氏。

 


 穏やかな気質と熊みたいな強面が妙にあいまって、女学生の間では結構な評判だったりするその総一郎教官が、私の前に立っていた。


 そして、「おまえが居眠りとは目ずらしな、どうした?」と、心配そうに覗き込んでいる。

 彼の右手には、丸められた結構な厚さの教科書が握られており、さきほどの後頭部を襲った衝撃の正体はアレだろう。



「しかも、なにか寝言で「コハネ」がどうのこうのと呟いていたが、何か夢でも観ていたのか?」



 ……コハネ?

 ああ、小羽のことか。夢にでて来た、unknownな「女の娘」の名……?

 女の娘? あれ、娘? 娘を、利也が連れて帰ってくる?



 ……寝起きなせいか、思考がまとまらない。

 なんだか、「娘」という文字と利也の顔がぐるぐると頭を廻っており、気がつくと、私は自分の腹部に自らの手を押し当てていた。


 そして。




「先生、わたし妊娠してるかもしれないので保健室に行ってもいいですよね?」


–――と。

なぜ、自分でもそんな結論に達したのか分からなかったけれど、気がつくと、そんなアホみたいな台詞を教官に向けて発していた。




 一拍の静寂が、教室を満たす。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 遠くからひびく雀のチュンチュンと言う可愛らしい声が、後の大騒音のトリガーだったように思う。





 バサリと、教科書を取り落とす教官。

 

 『いやーーーん!うそーーー!!!』と、黄色い歓声を上げる同性の同級生。



 『ぬぅぁあああ!東、絶対殺す!!!!』ーーーと叫ぶ異性の同級生。


 

 なんだか、地に足がついていない感じだ。それでも確かめるためには、とりあえずは保健室へ–――言ったところで、妊娠検査薬があるわけは無いか……




 私は、そんなフワフワした思考を奏でる頭を抱えながら立ち上がると、これまたフラフラと保健室に向かって歩き始めた。



 後ろから、「先生、私たち伊吹さんを保健室まで連れて行くので、授業抜けます!」という声が響き、友人である清香と刹那の二人が教室を飛び出してきた。


 そして、わたしは両サイドの腕を二人にガッチリとロックされたまま、保健室へ。






ーーーーーーーーーーー




 これが、後に「想像妊娠娘ドナドナ」と銘打たれるこの事件のあらましである。


 実際のところ、妊娠検査薬を「たまたま」もっていたらしい保険医の荒島教官にすぐさま調べてもらった結果、普通に陰性。


 それでも、念には念をと然るべき科の病院まで連れて行ってもらい検査するも、やはり陰性―――と。



 結局、妊娠なんかしてませんと分かるまで、一日と掛からなかったけれど。

 それでも、今回のちょっとしたドナドナ事件は多いに瀬戸高の学生を湧かせ、さらには修学旅行で京都へと旅立っている、私の恋人の利也達にまで――――


 


 

 次回はキヨ視点でお送りします。

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