夢想歌:占いの館へ4:500年前は殿様だった。
目を、潰された。
待ち合わせに5分そこら遅れただけなのに、20分強に渡る説教の末に、目を潰された……
俺がいったい何をした?
なんで、目を潰されなきゃならない?目には目を、歯には歯をの理屈か?
……いや、いくら何でもそれはないだろう。
「やっぱ、疫病神かなんかだよ、あいつ〜」
止めどなく溢れる涙を拭いながら、意味のないぼやきをしてしまう。
でも、それでも、そんな意味のないぼやきがこぼれるくらいに、昨日から散々な目に俺は会っている。
ことの始まりは、昨晩の「金縛りから始まる心霊体験」だった。
普通なら、それで十分参るようなことだと思うけれど、そんな不幸の連鎖は終わることなく、今朝も早朝から「幽霊を無視するノーリアクションゲーム」に強制参加させられた上……さらには、よく分からない理由で幽霊に旅館を追い回せされたあげくに、禁的攻撃。
そして、それら全ての苦行を乗り越えた俺を待ってましたとばかりに、鬼姫の説教から繋がる目潰しが襲った・・・・・・
(……あれ? また、涙があふれてくるよ?)
目の痛みが引いても溢れる涙に際限はない。
そして、際限がないのは、何も俺の涙だけでなくーーーー
『兄さまに、よくも、この、無礼者ーーー!!!!』
俺にしか聞こえない声でわめき散らすのは、俺をここまで追い込んだ張本人であるはずの、幼女の霊。こいつは、峰岸の俺に対する行為に大変ご立腹らしく、ものすごい形相でわめき散らしながら、目の前の峰岸に食って掛かっていた。
しかし、峰岸は気づかない。
なにやら、しかめっ面で携帯の画面を見つめながら『はい、峰岸燈火です』と名乗り、受話器の向こうの誰かと話し始めたーーー放置プレイかよ、このドSが……と思ったことは、もちろん、口には出さない。
放置された俺は、こんなことは峰岸相手ならいつものことなので、耐性がある。けれど、幼女はそうではないらしい。
座った目で、「口で言っても分からないようならーーー」と、その可愛らしい顔にお似合いな、これまた可愛らしいグーを作って、峰岸の足やら腰やらを叩こうとしているーーーのだが、如何せんすり抜ける。
まあ、そうだろう。旅館であれだけ通行人を通り抜けたやつが、今さら『他人様』に触れられはずもない。
そんな、なんとなく予想できた展開に、俺は思わず笑ってしまう。
すると。
『兄さま、何を泣きながら笑ってらっしゃるのですか!!!
寿家の、ひいては桂藩城主としての責務がその肩にはあるというのに!!!』ーーーと。
……幼女の霊がまた、訳の分からないことを言いだした。
もう、勘弁してください。ほんとに、勘弁してください。俺は、城主とかなんとか言う者じゃありません。普通の、男子高校生です。女が好きで、友人とバカやって騒ぐのが大好きな、一階の男子高校生なのですーーーという旨の念を、幼女にアイコンタクトで伝える。
『にいさま……この女にハッキリと言ってやってください!この方が瀬戸の鬼姫だろうがなんだろうが、兄さまは十六万國を治める桂藩の城主なのです!!!何も、この女に遠慮することなどありません!!!』
アイコンタクトでは、何も伝わってないって言うことが、幼女の叫びから伝わって来た。
これは、どうしよう。なんかこのままだと、『にいさま、なんとかいってください、にいさま〜』とか訳の分からんことをまくしたてながら、肩をつかんでガックンガックン揺さぶられそうなんだが。
それは、ぜったいに回避しなければならない。いくらなんでも、一人でガックンガックンしだしたら、明日の修学旅行が潰れるだけでなく、俺のメンツは地のそこまで落ちてしまう。
……俺はぼそりと、『城主違う、俺高校生』ーーーと、つぶやいた。
言葉足らずだが、どうにかこれで伝わってほしい。というか、伝わってくれないと困る。
「うん? 東、なんか言ったか? おまえ、大丈夫か?」
俺のつぶやきは、友人達にとっては全く持って意味不明だったのだろう。
みんな(男性陣のみ)、若干引き気味に俺の肩を叩きつつ、「大丈夫、大丈夫、もう大丈夫だから、多分……」と、優しい声をかけてくれる。
まあ、いい。もう、いい。
これで、十分だろう? もう、俺は十分苦しんだ。 さあ、あとはお前が納得してくれるだけだ。
納得して、当初の約束通り大人しくしてくれれば、何の問題もないんだ。 さあ、幼女。
どうか、俺の気持ちを汲み取ってくレーーーーと。
そう、止まらない涙を流しながら、やつの目を覗き込んだ。
すると、やつは「ふっ」と本当に優しそうな目を細め、俺に近づいてくる。
そして、着物を綺麗に折りかがみ込んで、這いつくばる俺と同じ目線まで「分かっています、おにいさま……」と、返してくれた。
俺は、思った。これで、大丈夫だと。
ああ、これで大丈夫だと、心底思った。
すくなくとも、この場はこれで収集がつくと、本気で思ったのに。
目の前のくそガキは、慈愛のこもった瞳で、「全てを理解し私は共感しています」というような眼差しを向け、こう、全てを台無しにする一言を付け加えた。
それは。
「お兄様。
もう覚えておいでないかもしれませんが、にいさまは、500年前はーーー、桂藩の城主様だったのです。今は一階の男子高校生であっても、500年前は、一国の主であらせられたのです。
ですから、胸を張ってください、にいさま。さあ、そして、あの女にーーー」
俺は。
俺は、「俺は500年前は殿様だったんだ!!! 全員、俺を敬い尊敬しろ! そして、峰岸、お前はこれまでの数々の無礼を地に伏せて謝り倒すと良い!」と。
そんな、男として最も言いたくない「あの頃の俺は〜」のセリフに電波をねじ込んだ虚言を吐かせられるくらないなら。
いっそのこと、たたり殺してくれて構わないと、今度こそ、心から本気の涙を流して、笑った。
次は、電車にのって移動します。だぶん。