謳歌と怨火:歪曲する因果6:寿小羽&久遠栞
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謳歌と怨火:歪曲する因果6:寿小羽&久遠栞
月明かりの中、私と兄さまは手をつないで歩いていた。昨日今日と2人で多くの時間を供にしたけれど、そのどんなときよりも、楽しかった。
そんな私達の世界には、鈴虫の声がこだましていた。そして、夜がほのかなぬくもりを持って、私達を優しく包み込む。
夏が、過ぎようとしていた。
少しだけ、頬をなでる風が冷たい。でも、それと同時に、つながった兄さまの手のぬくもりが何倍にも暖かく感じられ、心が温かくなる。
「えへへ、兄さま!」
思わず、意味も無く笑みをこぼしてしまう。
だって、嬉しさが後から後からこみ上げてくるんだもん。
「なんだよ、急に……意味も無く、呼ぶな」
ぶっきらぼうな、その答え。でもそれは、兄さまなりの照れ隠しなんだと思う。
「にいさま、にいさま、にいさま!」
呼ぶなと言われたばかりなのに、なんどもその名を呼んでしまう。だって、どれほど待ち望んだことか。
私の隣には、「あの日の兄さま」が居てくれている。
顔も体つきも、言葉使いも。あの頃とは全然違い、優しくない!でも、優しい。
いつの間にか兄さまは、「あの日の兄さま」になってくださっていた。
なぜかは、分からない。でも、分かるんだ。
今私の手を引いてくださっているのは、「あの日の兄さま」だった。
たぶん、今日色んなお話をしたからだと思う。
2人で公園にも行ったし、アンパンマンも見た。そして、夕焼けの川縁で喧嘩だって……
今日だけで、本当に色んなことがあった。嬉しいことも、楽しいことも、悲しいことも、本当に、たくさん心が揺れ動いた。
だからその分だけ、私と兄さまは通じ合えたのかもしれない。魔法使いさんが言うには、私と兄さまは繋がっているとのこと。
だからきっと、私の想いが兄さまに届いたんだ!そして、兄さまがそれに答えてくれた!だから、私はこれからずっと、兄さまと一緒に……!
※
私の名は、久遠栞だ。性別は、女。ピッチピチの女子高生。何人も兄弟は居るけれど、私が末っ子。だから、私に妹なんて居ない。
ーーーそんな私の手の先には、「にいさま」と笑いかけるモノが一つ。
それは、無邪気な笑顔を私に向けながら、はにかんでいた。それを見て、私は苦笑するしかない。
この世界には本当に、救いが無い。でも、それが世界なのだ。それが、世界の心理。
「ほら、縁結びの神様のとこまで、もうすぐだ。ちょっと山を登らないと駄目だけど、おまえなら大丈夫だよな?」
優しく私は、念に問いかける。大丈夫かーーーかと。
たったそれだけのことなのに、「念」は破顔して「はい!」と元気よく答えた。
自分がこれから、どういう運命をたどるかも知らずに……
※
翁との契約を済ませてから(上手くは行かなかったけどね)、私はすぐさま東君のストーキングへと移った。彼の元のたどり着けたのは、だいたい15:00過ぎくらいだった。
彼は、私と燈火が意図した通りに、宿の外へと外出していた……といっても、こちらに関しては特に、私達は何もしてない。
最初こそ、なんとか彼の監督教官を買春して彼を外へと出さなければと頭をひねっていたが、なんてことなかった。監督者は、あの白銀教官だったのだ。
彼は相変わらず突拍子も無い人だった。東君の外出陽性は、家から圧力をかけるまでもなく、二つ返事で「がんばれよ」とのエールまで受けて、出されることになった。
まあ、なんにせよ、彼は外出した。尾行させた者の話からすれば、最初は自然公園で時間をつぶしていたらしい。でも、さすがに昼過ぎにはそれにも飽きたのか、あるいは、「念」を連れて歩くことに慣れたのか、彼は、大胆にも街へと歩を向けたらしい。
そして、まさかのアンパンマン鑑賞。彼は16:10分終了予定の上映に入ったらしく、追いついた私は映画館の前でしばし待たされることになった。
とは言っても、ただボーットしていたわけではない。
街を霊視しながら、策を練っていたのだ。そう、彼らの間に不和をもたらすために。
不和とは、嫌なものだ。
それは、一旦生じてしまえば絶対落ちないシミとして、縁に染み込む。そして、ときには絶縁のきっかけにすらなる。
……もちろん、今回の東君と「念」の絶縁には、不和程度ではこころもとない。というか、それだけは絶対むり。
だからこそ、力づくで臨まなければならないからこそ、翁となんてものまで担ぎだしたのだから。
しかし、不和は隙間になる。そう、私という「ニセモノ」が入り込む隙間をつくるための効率的な手段として、不和というのは、非常に有効なツールなのだ。
「縁結びに、行こう。これからは、ずっと一緒に居られるように.
それと、きょうの、仲直りの意味も込めて」
目を覚ました「念」に、そう、私は笑いかけた。膝を折って、手を差し伸ばしながら。
そんな私向かって「念」は、うっすらと目に涙を浮かべながら、「はい、にいさま」と、はにかみながら答えた。
そして、その小さな両の手を私の首に回し、ギュッと、抱きついて来た。そして、一言、「ごめんなさい、にいさま」ーーーと。
もちろん、私は「念」を抱きしめ返した。「もう、いいから」と、そんな優しい言葉を添えて。
そのとき、私の胸が「念」には当たっていたのだけれど、「念」はまるで気づかなかった。
綺麗に、術に取り込まれている証拠だ。
術の名は、「逃げ水」。
これは、「念」を手ごまとして使えるように調教するときに使われるもので、要は、飴と鞭の、飴にあたる。
「念」となったものは、基本的にこの世界の物質に影響を与えない。それは、かれらの本質が、此岸よりも、彼岸寄りであるということが大きい。故に、彼らにとってこの世界で大事なのは、「現在」ではない。それは、「過去」なのだ。
彼らは、見たいものを見ようとする。見たいものを、「現在」にもとめるのだ。
それは、もう本能と言っても良い。彼はこの世界に在りながら、この世界への干渉権を剥奪された存在。どれほど彼らが望もうとも、彼らの願望が此岸で叶うことなど、あり得ないのだ。
……とはいっても、本来の「念」は、ただの力場だ。それには、固有の形は無い。だから、「念」が何かを望むということは無いのだけれど、なぜか彼らは、自信の原型である「過去」をちらつかせれば、そこに流れ込もうとする。
私の一族は、霊視により、物事の背景を読み取ることが出来る。しかも、かなり詳細にだ。
そして、この力といくらかの技術を応用すれば、「念」をある一定の形をもった、「霊」へと作り替えることが出来る。
この「霊」は擬似的ではあるが、固有の意識を持ち、私達の意図を理解することが出来るだけの知能がある。
多くの場合、こうして作られた「霊」は式神と呼ばれ、用途に応じて、久遠と峰岸のために使役されることになる。
……ある意味では、非人道的と言われるかもしれない行為だ。しかし、「念」はもはや人ではない。人で、「あった」モノだ。
彼らは、私達無しでは、その身を維持できない。ひとたび術を解けば、彼らはもとの無形の「念」に逆戻りすることになる。
話を戻すと、この一連の式神作りの手順を、私は今回の「念」に応用した。目の前の「念」に、見せてやったのだーーー彼女が望む、「兄さま」を。
そして、予定通り、このモノは飛びついた。その、自信の「理想」に。やさしい、「虚無」に……
目の前の「念」はイレギュラーながら、自信の世界を持っている。それを含めて考えれば、正確には、「霊」と呼ぶべきなのだろう。
……しかし、それでも目の前の娘を「念」と呼ぶのは、ただの言葉遊びだ。ただ、罪悪感を薄めたい。ただただ、その、一心でしかないーーーなんて、卑怯な考え方だろうか。
しかし、なんにせよ、このモノは捨て置けない。
これが息吹先輩と八会わせれば確実に、「念」へと回帰する。しかも、500年ものだ。
通常の存在は、そんなモノを受け止めきれない。だからこそ、目の前の娘は、「念」に飲まれて終わる。そして、この娘とパスが繋がっている彼だって、同じ運命をたどるはず。そして、息吹先輩も、ただでは済まない。
仮に、学長の妄想通りに、東利也という原石が強大な可能性を秘めた存在だと過程しても、この「念」の存在圧を凌駕する程ではない。もし、彼が単騎でそれだけの力を持っているなら、学長が望むように、彼はヒーローの座へと席を置いているだろう。
……いずれにせよ、この娘には、破滅しか無い。東利也から引き離されようが、彼と添い遂げようが。
どちらにせよ、このモノは「念」となり、破綻する。であるならば、一人犠牲になるか、三人犠牲になるかだ。
「にいさま、縁結びの神様は、この小山の上でしょうか?」
気づけば、私達は社への登山口へと到達していた。
その間、私は「念」と会話していたらしいが、一切記憶に無い。
それでも、いっこうに構わない。なぜなら、この物語は此処で終わるからだ。
ここで、このモノは終わる。そう、「縁をきるため」に、私はーーーー此処へと、歩を進めたのだから。
次回は、歪曲する因果3:迷走する想い5:東&仲間(男子)&M4です。
小羽が大変なことになってますが、東君気づかず。
お馬鹿な話になります!だって、それが彼の、日常のかけらなんですから。