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無限想歌  作者: blue birds
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歪曲する因果3:迷走する想い4:東&峰岸

峰岸という、歴史についてのお話です。




歪曲する因果3:迷走する想い4:東&峰岸



 私は、峰岸燈火。名字が峰岸で、名が燈火。

 私自身、最近まで自分の名前について深く考えたことがなかった。


 名とはあくまでも呼称であり、記号。

 個人を識別するためのものであり、それ以上でもそれ以下でもないーーー本当に、最近までそう思っていた。そう、あのバカに出会うまでは。





 ……友人知人の多くは私のことを名ではなく、『峰岸』と呼ぶ。そのときの『峰岸』はあくまでも『峰岸』であり、峰岸ではない。

 『峰岸』とは私の名字である以前に、一族の冠だ。

 故に、他者が私を『峰岸』と呼ぶ時、ほとんどの場合、彼らは私ではなく、私の背景であるーーー『峰岸』を見据えている。



 

 そんな『峰岸』に、わたしは属している。この一族は世界でも有数の名家であり、実質的な干渉力を同時に併せ持っている。

 つまりは、歴史ある『峰岸』は生きた化石などではなく、現役で世界の最前線に立つ存在だということだ。




 だからこそ私は、瀬戸高校への入学を許可された。ここに集う学生には、様々なバックグラウンドがある。本当にそれこそ、無数に。

 そういった学生が集まる瀬戸高校にあっても『峰岸』という背景は異色を誇っており、皆から一目置かれている。


 ……私の一族の背景を一言で表現しろと言われた場合、そこには「仲介屋」以外に表現のしようがない。

 


 私たちは古来より、「他者と他者の中を取り持つこと」を生業として生きてきた。

 仲介するもの同士の素性は多岐に渡り、そこに制限はない。



 誰かが誰かを必要とすれば、その必要とされている誰かを見つけ出しーーーその者を欲する者へと導く。もちろん、そこには両者の需要が合致することが必須の条件とはなってくるのだけれど、逆を言えば、そこを取り持つ力に長けていることーーーそれが、『峰岸』の力となっている。



 『峰岸』が身を置く仲介産業と呼ばれる分野は、非常にデリケートだ。この領域は「信用のみ」で成り立っているもので、一度の失敗すら許されない。今の時代、もっとも強力な武器は「情報」だ。核兵器でもなく、ましてや魔法でもない。

 私たちは、私たちに対する信頼を保証として、他者同士を結びつける。

 その行為はうまくいけば、さらなる信用を生む。けれど、そこに少しでも齟齬が生じれば、とたんに信用は失われ、商いは廻らなくなる。


 

 もともと、「わたしたち」自身には、何の特異性もない。私たち自身には、何もない。けれど、他者の特異の凹凸を利用することを「自身の特異」とすることで、現在の地位まで昇り詰めた。




 もちろん、これは唯人が成せる者ではないし、ある意味では立派な特異だとも言える。けれど、この特異は元々私たち『峰岸』のものではない。正確には、『久遠』の一族のものだ。



 『久遠』は、私の親友である栞が属する一族の名であり、彼らは物事の背景を見通す『霊視』という異能を血筋的に有している。

 この力は「縁」という個人同士の繋がりを辿って、芋づる式に個人にまつわる情報を閲覧できるものらしい。しかも、それに時空間的な制約はなく、地球の反対だろうが100年前のことだろうが、繋がってさえ居れば、そこに至るまでの道筋も含めて、見つけ出すことが出来るというから驚き。そして、そんな久遠の異能に私のご先祖様が目をつけて商売に転用したことが、今の『峰岸』と『久遠』の始まりだと言われている。



 なんともまあ、あれなご先祖様だと思う。

 でも、そんなご先祖様だったからこそ、『久遠』は『峰岸』の手を取ったとも伝えられている。







 久遠の一族は、その力ためか、かつては酷い迫害を受けていた。そして、それを救い上げたのが、私の先祖である『峰岸』の者だったということだ。私のご先祖様は『久遠』の血を商売に転用するような人だったので、これっぽっちも彼らを恐れなかったらしい。というより、そこは商人として逞しく、一歩踏み込んだと言っていいのかもしれない。



 でも、これはあくまでも『峰岸』に伝わる言い伝えで、真相の程は定かではない。けれど、『久遠』の者達が永きに渡って無償の奉仕を捧げてくれる事実が、その証明かもしれない。




「あなたたちが忘れてしまっても、私たちは覚えている。

ほんの少し目を凝らせば、それは此処に在るの」




 初めて栞に引き合わされた時、彼女が私に向かって言った言葉だ。

 彼女は胸を押さえながら、そう言って、私に微笑みをくれた。


「皆が私たちに石と罵声を投げる中、あなたたちは笑顔とお握りを放り投げてくれた。

皆が私たちを化け物と呼ぶ中にあって、あなたたちはぶっきらぼうに名で呼んでくれた。

皆が私たちの死を願うに至ったときは、私たちと一緒になって逃げ回る惨めな生を選んでくれた」




 栞は、「よろしくね」と私の手を取った。

 対してわたしは「よろしく」と、ちょっとだけおどおどしながら彼女の手をとったのを、今でも覚えている。




 ……あれから、十数年の月日が流れた。そして、私の傍らにはあのころと変わらず、栞が居る。『久遠』として、『峰岸』である私の隣に。栞として、親友である燈火の横で、彼女は私に微笑みを投げかけてくれていた。











 まあ、こんな背景を持つ、『峰岸』の一族だ。

 もし、成功者が本気で「持たざるヒーロー」の力とするために、自身の後継者というエサで名家の子息を学園に集めているのならば。



 『峰岸』という力は、喉から手が出る程欲しかったはずだ。だからこそ、入学当日直々に私と栞を呼び出して、自身の意図を伝えたのだろう。

 しかし、それは一歩間違えれば、学園の崩壊にも繋がる行為だったはず。私たちが有するコネクションは広大で、その上結びつきは強い。私がこの事を家に上げ、他のものに広めた場合ーーー。





「そのリスクを背負ってでも、君たちが欲しかった。

なに、強制するつもりはないよ。ただ、会ってみてはくれないか?どちらでもいい。

ただ、私のオススメは、そこの少年だね。きっと、君は気に入るはずさ」



 



 強制するつもりはないと、成功者は言った……『群』としての私たちの力を知っていながら、それでも、彼は自身が上であると暗意にほのめかしていた。

 ……それは、『個』として最高位に至った者の、矮小な力のへの情けだったのかもしれない。







『あの人の背景、やっぱり全然見えない。

直視したのに、5分も遡行視できなかった。範囲も、あの理事長室が精一杯』




 栞の霊視も、万能ではない。稀にだが、見透かす事の出来ない人間というのも存在するのだ。

 それは、周りの世界を歪ませる程に我が強い人間だったり、あるいは、栞のような存在に対して「対策」を設けている人間。前者は代表はウチの理事長で、後者は異世界の技術士なんてものが該当する。




 そう言って、苦笑しながら隣を歩く栞に、私はなんて言っただろう。




『いいわよ、そんなの。

彼から正式に『峰岸』に対して依頼がなされたわけでもないし、このことを知ったからといって報告する理由も、私にはない』




 当時、私は末っ子のため家督が継げないという理不尽に合わせて、家の勝手なご都合(コネのとっかかりにはなるだろ的発想)で、この学園に放り込まれた事に不満を抱いていた。

 たぶん、相当荒れていたと思う。そこそこな理不尽を周りにまき散らした。家の力をタテに、今では頭を抱えたくなるようなことを、そこそこやらかしていた。



 ……栞は基本的にこういうとき、私に何も言わない。

 私が自分で気づいて反省するのを待つーーーそれが、私たちの十数年の付き合いの中で築き上げられた、二人の距離だった。










 そんなとき、私に踏み込んできたのが、あいつだった。





「おい、峰岸!

 いくら家がボンボンでも、他人をないがしろにしていいってことは無いぜ」





 あのとき、私が何をしていて、あいつにそんな事を言われたのかは覚えていない。ただただ、腹が立ったことはお覚えている。

 それまで人から叱られた事は無数にあった。そのときの悔しさとかとは、全然違った。


『まあ、お嬢様!

そのようなこと、『峰岸』にはふさわしくありませぬ!』


例えば、教育係の池田とか。



『『峰岸様』、そのようなことを申すものではありません。

お父様も、お母様も、本当にご多忙が故に、こたびの……』



それは例えば、使用人の鶴田とか。

本当に色んな者達に、人としてのーーー『峰岸』としての作法を叩き込まれる為に、叱られた。





でも、腹が立った事なんて、一度もなかった。悔しかったり恥ずかしかったり、悲しくなった事は何度もあったけれど、腹が立つなんて、一度もなかった。





「……あんたに呼び捨てにされる筋合いなんて無いんだけど?」






 私を峰岸と呼ぶバカに対し、私は威圧的に返した。大概の者が、それで引く。小心者なら、誤りだすところだ。なのに。



「こっちこそ、あんた呼ばわりされる筋合いはねぇよ。ちゃんと、東利也って名前があるんだ」





 あいつは引き下がらず、食って掛かってきた……それからのことは、全然覚えていない。でも、大喧嘩に発展はしたはず。たしか、お互いを罵倒し合って、誰かが呼んだ先生の取り押さえられた記憶があるから。

 でも、そんな喧嘩の間に交わした言葉は中身がスッカスカで、だからこそ、覚えていないんだと思う。




 でも、あのときーーーーわたしが腹を立てた理由は、今になってだけれど、少しだけ分かる。いや、受け入れられると言った方が、正しいもしれない。





 あのときあいつは、峰岸を叱ってくれていた。『峰岸』の為ではなく、峰岸のためにーーー峰岸燈火の為に、あいつは私を叱ってくれていた。あのとき、わたしは初めて、『私が私であるという理由』で叱られたんだ。


 つまりは、私という個人を否定された。なんの付加物もなく、ただただ、私という個人を否定された。




 背景をもたない、ヒーローの原石である、東利也。

 そんな彼だったからこそ、私たちは大喧嘩し、何時しか友達になり、そして。







 いつの間にか、私はそんな持たざる男を、好きになっていったんだと思う。

 数は、力です。たとえ、個々が矮小な存在であっても、それらが手を取り合うことで、より大きな力ーーーあるいは、うねりを生み出すことを出来ます。


 ただし、その個々を結びつけた結果生じる流れは、それ自身粘性が高く、それこそ、一度動き始めれば、その行方を変えることは容易ではありません。

 


 個々を繋ぐ絆と、それらが集積し、結果、生まれたモノ。

 そのふたつには、どうしようもない亀裂があります。


 

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