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無限想歌  作者: blue birds
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謳歌:相克する因果7:不和と衝突:東利也&寿小羽

 大好きな人にだからこそ、我がままが言いたくなるものですーーーよね?

 たぶん……

謳歌:相克する因果7:不和と衝突:東利也&寿小羽



 電車を降り、私と兄さまは宿までのあぜ道を歩いていた。

 先ほどまで空高くあった太陽は既に傾きかけ、代わりに夜の気配が私たちに滲みよっている。



 けれど、地平線に沈み行く太陽は相変わらず私たちを優しく包み込み、温めてくれていたーーーそれでも、私と兄さまの間に、会話はない。







 あれからーーーにいさまが、彼のものを見捨ててから、私たちは一言も口をきいていなかった。



(あんなの、にいさまじゃない)


 私の知るかつて兄さまは、もの静かで武力を好まない人ではあったけれど、臆病者ではなかった。

 いざとなれば非力な民を守るべく、刀を携えて戦場に望まれることだってあった。


 もちろん、それを出来るだけ避けて通ろうとする人ではあったけれど、それは自身の命が惜しいというような、そのような、自分本位な理由なんかではなかった。




(あんな臆病者が兄さまなわけが……)



 ……自分のどこからか沸き上がってくる嫌なものに、必死に蓋をする。

 けれど、わたしの非力ではその蓋を閉じることは叶わず、空いた隙間から色んな感情が漏れだしてくる。




( あんな臆病者、にいさまなわけがない


             非道をみてみぬふりするなど、武士の名折れ  


 かつての兄さまはもっと強く聡明で、あんな、卑屈で卑怯者の影など、微塵もありはしなかった )




 自然と、歩みが止まっていた。必死に気持ちを落ち着けようとすればする程、体が固まって身動きが取れない。

 それに悔しくて悔しくて、思わず涙がこぼれた。



 兄さまは、尊敬できる方だった。

 父上も母上も、そして婆やも、兄さまのことを誇りに思っていらっしゃった。そして、それだけでなく、城下に住まうもたちもまた、未来の城主である兄さまを慕い、尊敬の念を抱いていた。

 それも一重に、兄さまの人徳の賜物だと私は思っている。



 そして、そんな兄さまの妹である私は、兄さまの妹であるというーーーただそれだけで、多くの者達から愛を貰える立場にいた。

 私は姫である前に、国に住まう皆にとっては、敬愛する次期城主の妹だったのだ。




「おい、どうしたんだ。

ホテルはすぐそこだぞ。早くしないと、教官との約束の時間が……」





 立ち止まっている私に気づき振り返った兄さまは、『私を直視せぬまま』に、帰路を促した。たったそれだけのことなのに、私の中にまた暗い想いが沸き上がる。



(あれが、あなたの大切な兄さまなの?まるで恥を知らないのかしら?

よく平気でいられるわよね?)



 頭をよぎる、断続的な思考。まるで別の自分が、私の中に居るみたい。

 私は必死にそれらを押さえ込もうと、再び蓋を押さえに掛かった……けれど、押さえきれない。つぎつぎと湧き出てくる黒い靄が私の中にしみ出し、私を吞み込もうとする。





「にいさま、なぜ、彼のモノを見捨てたのですか?」




 思わずついて出た言葉だった。

 そして、それは決して答えを望んだ問いではなく。





「……教官に迷惑をかけるわけにはいかなかったからだ。

『問題を起こさない限り、自由にして良い』ーーーそう言って、教官は俺に一日の自由をくれたんぞ」




 多少の間はあったけれど、兄さまは、迷わず答えた。

 なんのためらいもなく、そう、言って退けた。




「俺は今日、本当ならホテルから一歩も外に出られないはずだったんだ。

それを教官が……」





「もう止めて下さい、兄さま。それ以上は、恥の上塗りです」




 兄さまの言葉を遮って、私は言い放った。

 その一言に、嘘偽りはない。『ワタシ』は、たしかにそう想ったからこそ、口にした。



 でも、それは兄さまも同じ。兄さまの言葉にも、一変の嘘偽りはない。だからこそ、兄さまとて、引きさがれるわけがなかった。





「だったら、なんで聞いたんだよ?

 おれだって、自分がとった行動が恥ずべきものだって分かってる。だけど、好きでああしたんじゃない。

 教官との約束さえなければ、あいつらと一悶着起こしたって、どうってことなかった。

 でも、おれが……」



 


 なぜ、聞いたのかーーーそんなの、きまってる。ただの、八つ当たりだ。ただの、いじわるだ。

 自分の中で暴れるモノが押さえられず、その行き場を兄さまに求めたーーーただ、それだけのこと





「にいさまは、恥ずかしくないのですか?

 どれほど言い訳したところで、あのものを救う手はあったはずです。それこそ、兄さまが隠れて警察に通報してもよかった!あの不敬の輩に隠れながら、そうすることも出来たはずです!」



 自分で言っておきながら、その滑稽さに嗤いそうになる。

 仮に、兄さまが警察に通報するにしても、それは無駄に手順を増やすだけで、結局のところ、兄さまの先生に迷惑をかけてしまう可能性は、無視できない。




「あの先生なら、にいさまが彼のモノのことで問題を起こしても、一緒になって罪を冠るくらいのことはして下さるはずです。あの方は、兄さまが思う程度量の小さい方ではないと、私は感じました」



 口から出るのは、屁理屈ばかり。それは蓋の隙間から止めどなく溢れ出し、私の口を通して兄さまへと流れ出していた。


 私は、もう涙なんて流していなかった。むしろ、清々しさえ感じていた。



「兄さまは、けっきょくご自身の体裁を守りたかっただけではないのですか?それを、恩師との約束を守る為などと、そのように取り繕って……生まれ変わった兄さまは、新しい母上のなかに恥を置き忘れになられたのでは?」





 兄さまの顔が、苦痛に歪んだ。そして同時に、そこには憤怒の色が見て取れる。




「そこまで、言うことか?

だから俺は、別に自分が正しいとは一言も……」




「なら、言い訳などしないはずです。兄さまは、自分のことを正当化する為に、さきほど口を開かれたのでしょう?

 私は幼くとも、それくらいは分かります。

 あああ、情けない!そんなの、兄さまらしくもない!前の兄さまはもっと優しくて、強かった!

 気高く、尊敬に値する方でした!なのに、今の兄さまは!」





 嬉々として、私は兄さまを責め立てていた。そのことは私にこれまで感じたことのない高揚感をもたらし、「臆病な私」を脇に追いやって、今や、弱い私はすでに……




「いいかげんにしろ!

なんなんだよ、いったい!おまえ、いったいなにがいいたんだ!?」





 突然放たれた怒気に、私を包んでいた熱は跡形もなく吹き飛ばされた。はたと、私は自分に還る。

 そして同時に、あれほどまでに暴れていた蓋は今や虫の息もたてず、まるで何事もなかったかのように、静寂をもって私の中に鎮座していた。



 急に、足下がぐにゃりと歪む。足下が不安定になり、自分がどこに居るのか分からなくなる。





「ふざけるなよ、お前に俺の何が分かるって言うんだ!

なにが恥知らずだ! なにが、情けないだ! かってに取り憑いて

前の兄貴が、なんだって!? 今の兄貴が、なんだ!? そんなに前の兄貴がいいなら、そいつのとこに行けばいいだろうが!

 そもそも、俺はお前の……!!!」



 心臓が、握りつぶされるかと思った。

 最後の一言ーーー兄さまが寸でのところで吞み込んだ一言が、もし私の中に響いていたのなら。

 それは、実際には兄さまの中に吞み込まれてしまったもので、わたしはそれを想像するしかないのだけれど、それでも。


 


 その言の葉は、私の心の臓を抉っていたはず。


 いや。

 ぜったいに、「わたし」は死んでいた。





「ごめんなさい、にいさま、わたしは……!わたしは、にいさま……!」





 ぐにゃりと歪む世界を前に、私は大声で泣き出してしまった。

 とても悲しくて苦しくて、そして、恐ろしくて。


 悪いのは私で、兄さまは何も悪くないのに、こんなのは、最悪だと思う。

 恥知らずなのは、私だ。こうして泣いてしまえば、兄さまはきっと許してくれるーーーきっと、なかったことにしてくれる。

 そう分かっているからこそ、私は泣いて泣くことーーーしか、出来なかった。






「っつう!なんだよ、もう!

あああもう、泣くな!頼むから、泣くなって!」





 しゃがみ込んで泣きじゃくる私のもとに、兄さまはどかどかとやってきた。

 そして、私を抱き上げてしまった。下を向いて泣いていたはずなのに、私の目には兄さまの顔が映っている。



 その表情は、私に酷いことを言われたときよりも、さらに。

 



「泣くな!悪かったから!それに、大人げなかった。

でも、だからといって、お前だって悪いんだぞ!?

だれだって、あそこまで言われたら……」




 なぜかは分からないけれど、兄さまも泣いているように見えた。

 実際は、涙なんて兄さまは流していなくて、私からぽたぽたと落ちる雫が兄さまの頬を伝っているだけだったのだけれど、それでも、兄さまは今にも泣き出しそうな顔をしていた。




「ううう、ええぇぇん〜

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」




 兄さまの胸に顔を埋めて、私はひたすらに泣きじゃくった。

 その間兄さまは、人目もはばからず、ずっと私の背中をさすり続けてくれていた。

 


 私を抱きかかえてくれる兄さまの腕は力強く、背中をさすってくれる手からは、温もりが感じられる。

 それは、色あせることなく私の中にある、かつての兄さまが宿していたものとーーー同じ輝きを秘めていたとうに、思えた。



















 





 それからしばらくして、にいさまは眠ってしまった私を連れて、ホテルに戻られたらしい。でも、私自身は、そのときのことをよくは覚えいない。だから、何時から私の兄さまが「偽物」と入れ替わっていたのかなんてーーーこのときの私は知る由もなかった。



 

謳歌:歪曲する因果3:迷走する想い1:東利也&峰岸燈火



この辺から、東君のテーマです。すなわち、『汝の名を問う』です。

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