夢想歌:占いの館へ3:眼球をつぶす女
電車に乗れなかった……
情けない顔で親友に助けを求める男を前に、わたしはいら立ちと幸福感を隠せないでいた–——イライラするのに、幸せ。
そんなの、『峰岸』である私にはふさわしくない感情だ。
「う〜ん、そうよね……」
東に縋り付かれた栞は、真面目な顔で、しばし沈黙。そして、口元を緩めた次の瞬間には、私にしか分からないくらいの小さな微笑を。
私が怒気を向けなければ、クスリと笑ってしまっていただろうその微笑みを私に向け、口にも出さず、こう、問いかけてくる。
『もう、十分じゃない?』–——と。
私は。
私は栞から反射的に目をそらし、そっぽを向く……別に。
別に私は、どうだってよかった。東という人間が私たちのような人間と一閃を隔した場所にいるのは知っているし、二重の意味での免罪符が彼にはある。それでも、そうはいっても、私はただただ単に人として、人を待たせた東が気に食わないだけであって、それ以上でも、それ以下でもない―——と、自分に言い聞かせていた矢先に。
「やきもち」
栞は、一言ーーー私にか聞こえないような小さな声で、呟いた。
わたしは直感で、ヤバいと想った。栞の一言は、私の脳髄に妙な信号を入れたらしく、ほぼ間違いなく、私の顔は熟れたリンゴのように———
「あああぁぁぁxっqわっふぃおjf!!!!!」
気がつくと、なぜか東の目を無意識につぶしていた。彼は魂の咆哮をあげながら、人目の多い旅館前で、のたうち回っている。
「うわ、今第一関節は、いってたぞ……」
若干引き気味につぶやく坂石を眼光で黙らせ、ふたたび東を見下ろす。
涙を流し、「やっぱ、疫病神かなんかだよ、あいつ〜」とよく分からないことを呟く東を見て、ちょっとした罪悪感が芽生えなかったかと言われると、そうでもない。
……たしかに、第「2」関節まで眼球に埋め込むことはなかった。けれど、この顔の火照りをどうにかする手段としては、私は最適な手段を選んだと思っている。だから、彼の目を潰したことはこの場合正しい判断だったし、要は、程度の問題だ……帰結としては、私はそんなには悪くない。
「ポンポカポン! ポンポカポン!」
私の携帯が、間抜けな音を立てる。職業柄というか家柄、私はすぐに携帯を取り出すと、先の名を確認した―——タッチパネルには、「瀬戸神流」と表示されている。
視線を少し上げ、瀬戸の位置を確認する……彼女は、朝影の横でいつものように–——というか、それはつまり私から数メートルしか離れていない場所から、別に携帯など経由しなくても絶対話が出来るような距離から、わざわざ携帯に電話をかけてきていた。
わたしは、若干腑に落ちないモヤモヤ感を胸に、応答ボタンを押し、「はい、峰岸燈火です」と、一応名乗る。
本来なら、受話器の向こうからも然るべくして名乗りがあるはずなのに、聞こえてきたのは、時報だった。しかも、小声で。
「ぽ〜ん、9時25分をお知らせします〜」
問1: 消毒薬のオキシドールを必要以上に傷口に掛けると、どうなるか。
問2: 一週間くらい変な液が止めどなく溢れてくる(組織液?)。
次も、電車に乗れなさそう……