連想歌:遠き彼の地で少女は再び夢を見る
連想歌:遠き彼の地で少女は再び夢を見る:伊吹由香
吹き抜ける空に、広がる草原。
空気は湿った土の臭いを孕んでおり、世界に木霊するのは自然の伊吹のみ。
現代では、まず観ることの叶わない世界で私は、一人きりだった。
「ん〜……夢?
また……なのかな?」
見渡す限りの大自然。どうやら、昨日に続けて、わたしは夢の中に放り込まれたようだ。
でも、今私が居るこの夢の世界はーーー昨日のモノとはすこしだけ、違う気がする。
『小羽姫、こちらでしたか……』
背後に生じた突然の声に、私はびくりと振り返った。
そこには、長髪の少女。歳のころは、14,15歳くらいだろうか?
歳不相応な艶やかな赤い着物を身にまとっている。
少女は少しの幼さが残る笑みを浮かべ、こちらへと近づいてきていた。
『ねぇさま!』
答える声は、再び背後から発せられていたーーーわたしは再び、振り返り、見る。
はたして、少女の声に答えたのは、おかっぱ頭の、とても可愛らしい女の子だった。
歳のころは、5,6歳くらいだろうか?
(小羽姫?
小羽って、たしか……)
小羽と呼ばれた女の子は少女に駆け寄り、おもいっきり、少女の腕の中へダイブした。たいして、少女は女の子を優しく受け止め、クスクスと笑ている。
『そのように走り回れば、また婆やに叱られますよ?』
腰を落とし、女の子の目線で少女は笑いかける。
たいして女の子は、『ここに婆やはいませんから!』と、コロコロ笑い返していた。
二人には、どうやら私は見えていないようす。
そして、混乱する私を余所に、事態はさらに進行する。
『小羽姫、こちらにいらしたのですか……
今日は智代姫が来られる日だと、あれほど言いきかせたはずですが?』
手をつなぐ二人の前に、一人の少年が現れた。少し困った様子で、女の子を見下ろしている。
何となくだけれど、少年の口から小言がこぼれ出るような気がした。
そんな雰囲気を感じ取ったのか、「うぅ、にいさま……」と呻きながら、少年の視線から逃げるように、女の子は少女の後ろに身を隠した。
すると、それを見た少年はさらに困ったように顔をしかめ、反して、少女は朗らかな笑みをこぼしながら、少年に縋り付く。
『時継様、どうか、このおてんばな義妹をお許しください。
後から、私がきつく言い聞かせますので、どうか、なにとぞ……』
顔は笑っているのに、口からこぼれる台詞は大層秋爽なもの。
そんな少女の後ろに隠れた女の子は、嫌らしい笑みを浮かべて笑っている……そして、そんな二人を前にして、少年は眉間に寄せるシワをさらに深くした。
ため息をつく、少年。
そして。
『ふたりとも、そこになおりなさい』
そして、少年の小言が始まった。むろん、それは智代姫と小羽姫の二人に対するもの。
小羽姫はおてんば過ぎる旨と、約束を守る事の大切さをトクトクと。
あわせて、智代姫は身内に対して甘過ぎる旨をコンコンと。
二人の姫は、二人して、吹き抜ける空の下ーーー少年に諭されるように……説教されていた。
なかなか、シュールな光景。
『時継様、私はまだ桂家に嫁いではおりませぬ……ですから、私と小羽姫が身内というのは、いささか的を外れた表現ではありませぬか?』
そんなふうに、
智代姫は時折茶々を入れるようにして、少年に反論していた。
そんな少女を前にして、アタフタすることしかできない少年。
そして、そんな少年の姿を見て、笑う小羽姫。そして、そして、そんな二人を包み込むように、微笑む智代姫ーーー。
(ああ、そうか。
わたしは、この夢を知っている。この夢は、幸せの夢なんだ。幸せだった、夢の話……)
わたしは、目の前で繰り広げられる物語を、「知っていた」。
誰かに習ったわけでもない。だれかに、読み聞かせられたわけでもない。
強いて言えば、自身の内に沈んでいた想い出が、何かのひょうしに浮かび上がってくるような、そんな、感覚。
故に。
(わたしは、この物語を知っている。
だったら……この物語が、私の知るものなら、その、結末は……)
私は気づかぬ内に、涙を流していた。
頬を伝うそれが風で飛ばされるまで、自身が涙している事に気づかないでいた。
声をかければ、三人は届く場所に居る。
ほんの少し駆け寄れば手の届く場所に、彼らは居る。
今なら、今の私なら。
この夢の結末を悲劇ではない、別のカタチに変えられるはず!
(……!)
未来を変えようと、私が一歩を踏み出した瞬間だった。
その瞬間、ものすごい突風が私の脇を吹き抜けた。私は溜まらず歩を止め、目をつむってしまう。
……次に私が目を開いた時には、三人の姿はどこにもなかった。
果てしない草原と高い空が、延々と続く世界が在るばかりだった。
次回は、連想歌:仲介人inUSJです。
ヒーローを探している、あの人の視点に移ります。