夢想歌:縁を紡ぐ、久遠の園3:久遠栞
第八部の「少しだけ先の未来」の経緯に、繋がりました。
ーーー見かけ上のハッピーエンドーーーーー
救えぬならば、切り捨ててしまえば良い。
そうすれば、盤上に残されたものはすべからく、幸せであろう。
ーーーーーーgold turning pointーーーーーー
夢想歌:縁を紡ぐ、久遠の園3:久遠栞
どちらか一方しか救えないのならば、どちらか一方を切り捨てなければならない。それが、私と燈火が考え抜いた末に至った、私たちの最善だった。
「鍵を渡して下さい、奏上の翁。よもや、精霊種である貴方が、契約を違えるつもりですか?」
久遠と翁の縁は、奈良時代より続く古きもの。
翁が言う所によれば、この関係は、異端として人に追われていた久遠の祖を、彼の精霊が保護したことに始まるらしい。
–――つまりは、古い間柄と言うこと。
だからこそ、私たちは互いのことを熟知している。つまりは、今回のこの事態も、不服ながら、想定の範囲内でもある。
「彼の娘子を救ってやると、其方が確約してくれるのならば、この鍵は其方に譲ろう。どうじゃ、久遠の末姫よ?」
奏上の翁という、この「時の精霊種」は偉大ではあるが、気まぐれ屋だ。それこそ、猫の目のように、コロコロと気分を変える。
例えば、今がそうだろう。契約の儀は神聖なるもので、例外などない。儀式の途中で契約内容を変えることなど許されることではないのが、「世界の理」だ。
なぜなら、契約儀式とは、「ある価値」を「別の価値」に変換する儀式。その二つは互いに等価であり、故にこそ、相互の行き来が成り立つ―――天秤が傾くことは許されないのだ。もし、それが成されるようなことがあれば、「それ」は理を外れることなる。そんなことは、「世界」が許さない。
「前提が、覆ることになります。私は、「彼のモノを救えぬ」と判断したが故に、御身に助力を願い出たのです。
私が御身に求めたのは、彼のモノを世界より隔離する術。そして、御身はその術として、「社」を私に譲渡して下さると―――その対価として、向こう一年分の精気を、私は御身に差し出す。
それで、契約は完了のはずです」
詰め寄る私に、翁はひょうひょうとして返す。
「彼の娘子は、このような檻に閉じ込められれば成らぬ程の罪を犯したのか?
彼の娘子は、それほどまでに罪深き存在であるか?なあ、末姫よ。
汝は、彼の娘子から笑顔を奪うだけの権限を、有しておるのかの?」
翁はキセルを吹かせながら、背後の社を指差した。
そこに在るは、「社」とは名ばかりの、「檻」。寿小羽に擬態した念を封じ込めることが出来る、神の奇跡だ。
「彼のモノは、一時的に人としてのカタチを「くみ上げられている」だけです。そして、それを可能としているのは、我が友人と彼のモノに結ばれた、縁の流入―――その一言に尽きます。
しかしその奇跡も、もうじき破綻するでしょう。事実、彼のモノが「個」として成熟するに連れて、縁の力は弱まっています。併せて、念が彼のモノを取り込みつつある」
私は、続ける。一歩も譲れぬのだと、翁に伝える為に。
「彼のモノの根源である念は、「怨念」です。しかもその起源は、我が友人の恋人に対するもの……起源と念が接触すれば、そこに待つのは悲劇以外の何者でもありません。
しかも、彼の念は数百年もの間、他者のそれを取り込み膨れ上がっている。どれほど彼のモノを説得し、彼のモノが真実を受け入れ、起源を許そうとも―――
他者の念が、それを許さない。悲劇は、不可避なのです。ですから……」
ですからと、私は続けようとした。
しかし、翁のゴホゴホという咳に阻まれてしまい、最後まで続けることが出来なかった。
翁は呵々かと笑い、キセルを袖にしまいこんだ。
そして、宙であぐらを組むと、膝に肘をついて私を見据える。
「悲劇を避けて通るのも一手であろうが、「悲劇を超える」も、同様に取り得る一手ではないか?」
そう言うと、翁はつまんでいた「鍵」をクルリと廻した。それに呼応して、低い音を立てながら、檻の門が徐々に開いていく。
門は、数秒で完全に開ききっていた。そして、それを確認した翁は満足気にうなづき、次の瞬間、持っていた鍵を真っ二つにへし折る。
あまりのことに、私がその光景を呆然と見ていると、翁は折られた鍵の内の一方を、私へ。そしてもう一方を、宙へと放り投げた。
宙へと放たれた鍵は弧を描きながら落下し、地面に衝突する前に掻き消える。
「其方に渡した鍵は、「檻を閉める為の鍵」での。
そしてもう一方は、檻を開く為の鍵―――さて、見ての通り、もう一つの「開門の鍵」はどこかへ行ってしもうた。儂の見立てでは十中八九、御主の友人のもとであろうがの……ああ、そうそう。これで、契約は完了じゃ。つまりは、この契約は其方の友人も含まれておるで、そこを図り間違えば、エラいことになるかもの?」
やることは全てやったとばかりに、翁は背伸びすると、世界から消失した。
私の手ものとに残されたのは厳かなる「檻」と、それを「閉じるためだけの鍵」。そして、「檻」を開く為の鍵は、東君のもとにあると……
「あの、糞爺。
契約内容を勝手に書き換えて話をややこしくした上に、ドロンかよ……ぜったいに後で、コロス」
翁を有無言わせず従わせる力があれば、このような事態は避けられたんだと思う。しかし、現実は厳しい。
……思わず呟いた汚い言葉だったけれども、それはしょうがないことだと思う。
それにしても、本当にややこしいことになった。一度成された契約は、施行されなければならない。
書き換えられら契約内容の詳細は分からないが、推測は出来る……ようは、彼に任せろということなんだろう。
私たちのような第三者ではなく、彼らに。彼らに、この物語りの行く末を、任せろということなんだろうな……
次回
連想華:太陽 in USJ:峰岸燈火