夢想歌:縁を紡ぐ、久遠の園2:久遠栞
夢想歌:縁を紡ぐ、久遠の園2:久遠栞
道なき道を進むのが人間という生き物なら、今の自分は間違いなく、人間だと思う。
「さてさて、久遠の末姫よ。これがーーー其方の最善かの?」
頬を伝う汗を軍手で拭いつつ、地面においてリュックに手を伸ばす。
すでに温くなってしまった水を、喉を鳴らしながら飲み干した。
……私が今居る場所は、朽ち果てた神の社のーーーその、境内。
草木は無造作に生い茂り、そこに神の息吹は、もはや感じられない。
それでも、そこに「神に準ずるモノ」を「呼ぶ」ことは出来る。
私は粗くなった息を整えながら、さきほど投げかけられた精霊の問いに、短くーーー「はい」とだけ、答えた。
その答えに同調するように周囲の草木がざわめき、空気が位相を変える。
「ふむ……なれども、儂はそうは思わんでな。
なに、術式が不完全というわけではない。ただただ、つまらんというだけじゃ」
私の目の前には、小柄な老人が浮かんでいた。顔は、能に用いられる翁のそれだ。そのまま、翁の面を冠った翁がーーーそこに、神の使いとして存在していた。
彼は地面の少し上空で静止し、私が描いた術園を眺めている。
そして、「かかか」と快活に笑い、私を見据えた。
「末姫よ、其方は、そなたの力について考えたことはあるか?」
唐突の問いだ。
通常の精霊種なら、契約儀式の外様のことに口を出すなど、あり得ないーーーが、この翁は例外だ。
彼は、『神となる権利』を放棄した存在。その辺の精霊とは、格が違う。
「私の力は、「事象の背景を読み取る」ことに研磨されたものです。
ここでの事象とは、『現在』は勿論のこと、引いては世界録に記録された『過去』すらも見渡すことを可能としますーーーしかし、それが、なにか?」
私は一歩だけ、術園から身を引く。契約儀式には、基本的に例外はない。然るべき手順を踏み、然るべき対価を払い、それに見合うだけの奇跡を受けるーーーそれが出来なければ、失敗ということだ。
ただし、その失敗の代価を支払うのもまた、術者自身。
つまりは、この場合は、私自身だ。
翁は再び「かかか」と声を出して笑うと、仮面の奥の瞳を怪しく光らせた。
私自身、最悪の展開を考慮し、迎撃態勢に入る。
すると。
「争う気はないさね。
剣を収めよ、久遠の紡ぎ手よ。我は、其方らのことを気に入っているのだ」
翁はゆるりと頭を振ると同時に、私が描いた術園の中央に一握りの力を投擲した。
リンっという鈴の音が響き、世界が静止するーーー因果が、凍結された瞬間だ。
「人の言う因果とは、ときおり、「時」と共に語られることがある。
そなたの言い分ならば、「過去が因」であり、「現在が果」となるのであろうな。あるいは、「背景が因」で、「眼前の事象が結果」か? 実に、狭いモノの見方だの」
パンパンと翁が手を叩く音が、静止した世界に響くーーー結果として、それは世界を僅かに振るわせた。小刻みに震える世界は、自身の一部をキラキラとした結晶として、私のもとに降り積もらせる。
私はふわりと手のひらを開き、そこに世界の結晶を積もらせた。それは、ひんやりと気持ちよく、併せてほのかな温もりを秘めていた。
「世界が複数あることを知る者は、「時」という概念を重視せん。
なぜならな、末姫よ。「そなたの過去」は、「別の世界の現在」でもあるからじゃよ」
翁はこちらを見据えたまま、キセルでタバコを吹かしていた。
一服吸い込んでは、毎回異なる色の煙を吐き出している。
「彼の「超えるモノ」は、4次元と呼んでいたか?
あるいは、可能性軸であったか……? まあ、どちらでも良いわ。肝心なのは呼び名ではなく、因果とは、実に曖昧なものであるということじゃよ」
虹を描く煙が、朽ちた神社へと吸い込まれていくーーーそれが描くのは、厳かなる神の社。
朽ちた社に合わさるカタチでそこには、神の域が存在していた。私の瞳は、朽ちた社と、神により祀られた、「神の為の社」が重なって見える。
「そなたが危険視する彼の娘子も、其方から見ればーーー結果のひとつであろう。ただな、末姫よ。
彼の娘子を生み出した因とは、そなたが想うところのモノだけではないのじゃよ。なあ、末姫よ。あの娘子は、「愛」を知る者じゃ。それだけで、十分其方らにはーーー勝機があるように想えるのじゃよ」
光が世界を満たし、爆ぜた。
瞬間、世界は音と熱を取り戻しーーー元の、朽ちた世界へと回帰した。
儀式は、成功だ。社には、念を捕獲できる神の域が形成されており、私の手ものとには、その結界を開く為の鍵の結晶がーーーない……?
術園に鎮座する翁を、睨みつける。
なぜなら、彼の手には契約上、私が手にするはずだった「鍵」が握られているのだ。
これでは、燈火と私の計画がーーーー
次回、
次回は、夢想歌:縁を紡ぐ、久遠の園3:久遠栞
です。