夢想歌:月の明かりの下で太陽は涙を流す3:峰岸燈火&久遠栞
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川は、境界なんだよ。
あの世とこの世を隔てる、境界線ーーー君は、そこを超える覚悟があるかい?
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夢想歌:月の明かりの下で太陽は涙を流す3:峰岸燈火&久遠栞
川は、あの世とこの世の境界だ。
そこを超えてしまえば、辿り着くのは対岸———つまりは、死者の世界。
「あれが、寿小羽の成れの果て。
体裁としては人の形を保っているようだけれど、視ての通り、押さえきれていない」
境界線に立つのは、一人の少女。彼女は、川に浮かぶ月の上に立ち、宇宙を見上げていた。
そして、その少女からは絶え間なく、黒い黒煙が漏れだしては川へと沈んでいる。
「今朝から此処に帰ってくるまでのアレは、ただの霊のようにも想えた。けれど、やっぱり「名」の縛りが無い限りは、安定しないみたいね……あの黒煙が生じ始めたのは、由香さんの妊娠騒動を耳にした直後からなの。今はこの程度で済んでいるけれど、アレが由香さんの前世ーーー知世姫を知覚した瞬間に、反転現象が生じるはず」
燈火は顔をしかめながら、念を見つめていた。私と燈火は今、主従の契りでもって、共感覚を行使している。そのため、今の燈火はかりそめながら、霊視能力者のように振る舞えるのだ。
「彼女を救う方法は?
呪詛で縛りあげれば、彼女は今のカタチを維持できるんじゃないの?」
燈火は、「峰岸」ではなく、峰岸として答えた。
アレを「彼女」と呼んだのが、その証拠。以後は私も、アレを人として扱うことにする。
「霊視による呪詛は、「主従の関係」を「名」に込めたものなの。あの二人の場合、東君が主で、小羽ちゃんが従者になるわけね。でも、呪詛が発現した時点であの二人は「主従の関係」に固定されてしまうし、そんなの、本末転倒もいいところでしょ?」
燈火が救おうとしているのは、二人の兄妹だ。
けっして、ネクロマンサーや霊媒師の類いを生み出そうとしているわけじゃない。
「でも、今の彼女を「念」からくみ上げているのは「兄妹の縁」なんでしょう?
それを強化するとかはできないの?」
燈火は慣れない霊視に眉を寄せながら、頭をトントン叩いている。
「霊視分与の法」でモノを視るというのは、度の合わない眼鏡をかけてい必死に何かを視ているようなもの。要は、相当な目眩と頭痛を伴う所行。
燈火は、収まるはずも無い頭痛をごまかそうと、先ほどから必死に頭をトントンしている。
「縁はあくまでも個と個を結ぶものだから、それを第三者がいじるというのは原則ムリ。
いじるも何も、触れることすら出来ないはず……
それに、問題は東君じゃなくて、由香さんとあの娘よ。「真実」がどうであれ、あの娘は由香さんに尋常じゃない恨みを抱いている。現状が、その証拠。
もし、あの娘が由香さんを直接認識すれば、確実に念に飲まれて終わるのは目に見えてる」
目を細める、燈火。
そして。
「クリスさんの霊視結果をあの二人に伝えたら、どうなると想う?
そもそものーーーあの娘が念へと変貌した事の発端は、悲しいすれ違いにあるのだし、それをあの娘が理解すれば、あの娘の恨みは……」
そして、燈火は。
そして燈火は、峰岸故の、希望的観測を口にした。
でも、それは。
「私がクリスさんに東君を霊視してもらうのに払った対価は、そこそこだった。燈火にも話したはずだけれど、意図した霊視は対象との間に縁を生んでしまうのーーーその対価が、そこそこしたってこと……
それだけの対価を払わなければ、熟練の霊視能力者でも、あの二人に関わりたいとは想わないわけよ。その理由、わかるよね?」
母親は仔を産み、仔は母親により産み落とされる。故に、二人のは他をモノともしない、強力な縁により結ばれるのが常だ。
けれど、産み落とされた仔はもはやただの一個であり、母親とは独立した存在。
恨みもまた、然り。しかも、あの娘の恨みは数百年間、無秩序に他者のそれを取り込み、膨れ上がっている。
もはや、それは人がどうこうできるレベルではないのが、現実なのだ。
「ねぇ、燈火。わたしは、あの娘にはあの館で消えてもらおうと考えてんだよね。私自身、クリスさんに霊視を委託するまで、あの二人をきちんと霊視はしていなかったし、でも、それでも、パッと視、通常の浄化方法では、あの娘の業は祓えないーーー私では、あの娘を彼岸へと誘うことは不可能だと、思ってたから。
だから、異界の技術師にあの娘をどうにかしてもらおうと思ってたんだけど……」
でも、異界の技術士はあの娘を一人の存在として認めた。そして、あの娘を祓う事を望んだ東君を説得してまで、あの娘をこの此の岸に止まらせたーーー予想できなかった事態ではない。
ただ、できることなら、あの館で事が済めばとは思っていたーーーただ、それだけのこと。
「もはや、選択肢は二つに一つかな?
あの娘か、由香さんか。
二人が出会えば確実に悲劇は起るのだから、どちらが消えるべきかーーーそういう話になる」
対岸に、人影が見えた。
私たちは遠目だったが、それでもそれが誰かくらいは識別できた。
川を挟んで、対の岸に。境界を司る川の向こう側に一人、私の友人で、燈火の想い人が。
ただ一人ぽつんと、旅館の方を眺めているようだった。こちらにはまだ、気づいていない様子。
「なら、急いで。
どちらか一人しか守れないなら、答えは出てるーーー場所を変えましょう。
このままじゃ、あいつに気づかれる」
隠れ蓑が隠してくれるのは、死者の視界からのみ。
「まだ」生者である東君からは、私たちの姿は丸見えなわけで。
燈火はすぐさまきびすを返し、この場を後にした。もちろんわたしも、燈火に続くカタチで彼らに背を向け、歩き出す。
一歩先を行く、燈火。私の親友は気高く、優しい。それに美しくて可愛くて、私の大切な人。そして意地っ張りで横暴で、すぐにすねる子供みたいな、でも、絶対に涙なんて流す事の無い私の大好きな親友の肩が、震えている。
たぶん、彼女は涙を流していないはいないだろう。でも、きっと、ココロは泣いているはず。
惚れた男は他の女に夢中だし、何の因果かその女を救う為に、その男の家族を手にかけなければならない、この現状。相も変わらず、現実には救いが無い。
ーーー心では泣いてるくせに、涙を流せない私の親友。彼女は、器用なのか不器用なのか。
それは結局わたしには分かりかねる事で、私に出来ることは。
(アレを、破壊する。
破壊して、燈火の日常を守り抜くーーーそれが、私の務めであり、「願い」)
私は今日も幸せだと、思う。だって、やるべき事とやりたい事が、一致しているのだから。
だから、その過程がどうあれ、私はーーーー
次回は、夢の話です。
夢の中で、
東君は、問われます。「おまえは、だれだ」と。
はたして、彼はそれに答える事ができるのでしょうか。