夢想歌:汝の名を問う4:東利也&寿小羽
夢想歌:汝の名を問う4:東利也&寿小羽
「――――というわけで、お前の今日の宿は、このホテルだ。
監督者として、白銀先生が同行してくださる。問題は、起こすな。
あと、明日のUSJに関しては、各先生方との協議の結果、お前の参加は認められないとあいなった。明日のお前の処遇をどうするかに関しては、これより再び先生がたと検討する。以上だ」
そういってマイケル教官が去ったのは、三十分ほど前の話。
今俺は、学友達が泊まっているホテルの川向こうに立地する、寂れたホテルに身を寄せていた。
部屋には、俺と白銀先生の二人のみ。たしか、俺と一緒に「あいつ」もこちらに来ていたはずだが、姿が見えない。どこか、散歩でもしているんだろうか?
「にしても、お前は本当に面白いな。
認めるか、普通? あの場でよ?」
カランと、グラスの中で氷が転がる音が響く。音の主は、白銀教官。
この人は、マイケル教官がいなくなったと同時にウイスキーに手をかけ、すでにもう、いい感じに出来上がっていた。
「べつに、面白くはありませんよ。
それに、認めるしかなかったでしょう、あの場合」
俺は肴に手を伸ばすと、ウィンナーを選択。そのまま、口に放り込んだ。無性に、喉が渇く。
「ほら、飲め。のど湧いてるだろう?」
赤らめ顔の教師が、カクテルを進めてくる。ウィスキーと比較すればアルコール度数は控えめだろうが、いかんせん俺は未成年。
先ほどマイケル教官から釘を刺さればかりなのにも関わらず、この人はその釘を抜きに掛かっていた。
「マイケル教官との約束がありますので、遠慮させてもらいます。というより、俺が此処で飲んだのがバレたら、俺だけでなく先生もマズいんじゃないんですか?」
俺は水割り用の水をコップにつぎ、口に含ませた。
これだけで幾分、のどの渇きは潤せる。
「ははは、なるほどね。「マイケルとの約束」を守るために、お前は俺の酒を断わるわけか……」
くっくっくと、笑みをこらえながら、教官は一気にウィスキーを飲み干した。
俺もつられて、一気に水を飲みほす。
なんとなしに、教官と目が合う。
すると、それまでニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた教官は、突然真面目な顔になり、グラスをおいた。
そして。
「お前は、なんにも間違っちゃいねぇ。惚れた女を抱きたいと思ったから、抱いた。ただ、それだけだろう?」
突然何を言いだすのかという話だ。
口に運んでいたピーナッツを落としそうになった。
「お前は今、他人の強いた決まり事に縛られ、此処にいる。
……バカな話だ。お前が女を抱きたいと望むのは、生物としては、当然のこと。至極当たり前の生存本能として定められた、ある意味で世界の真理って言い換えたって良いかもしれねぇ。
そして、それを善しとしないのは、人が生み出した理の方で、どっちがより優先されるべきかって考えたら、スケール的には世界の方じゃねぇか?そう考えると、お前は何も間違っちゃいねぇ……
ただ、そんなバカらしいとしか言いようのない「人の理」ってもんが、今の世界を形作り、廻しているのも事実。
なぁ、東。お前は、間違っちゃいねぇ。だが、それだけだ。正しくはない」
白銀教官は、すぐそこを流れる川に視線を映した。俺も自然とそちらに目をやった。
もちろん、そこにあるのは川だ。川以外のものなんて、ありはしない。
「東、世界には流れがあるんだよ。それこそ川が流れるように、あるいは時が経つように、どうしようもないくらいに、世界には流れなんていうものが存在する。
ーーー多くの人間はその流れに身を任せ、生きる。それが正解なんだよ。限りなく正当に近い、正解だ」
だがやはり、それも完璧なもんじゃねぇけどなーーーそういって教官は笑った。
その笑顔はとても40を超えた男のものとは思えない程幼く、そして、痛々しかった。
「流れには、意味がある。たとえ、それがお前に幾分かの不自由をもたらすとしても、それは大きな視野でみれば、プラスになってる事もある。それこそ、社会規模ってばかでかい視野でみればの話だがな……
東、もうちっと視野を広く持てや」
可能である事と正しいという事は、イコールではない。
正しいということと、可能である事とは、イコールではない。
すなわち、可能であることは、可能であるからというだけでは、そこから派生するすべての物事に対する免罪符には、なりえないーーーそう教え諭そうとしてくれる教官の向こう側に、昼間の占い師の背中を幻視したような気がした。
「お前は流れに逆らったから、此処にいる。今日はそれだけ頭に叩き込んで、床につけや。
べつに、反省する必要なんかねぇぞ。お前は、何も間違った事はしてねぇんだからな。ただ、反省文はかけよ?また流れに逆らってグダグダするのは、うっとうしいだけだろ?」
話はこれでおしまいだと、教官は立ち上がった。そして、ちょっとばっかし小の方をしてくるから好きにしとけと。
面倒ごと起こさない自信があるなら、その辺ブラブラしてもかまわんとーーーそう言い残して、教官はトイレへと向かった。
たぶん、気を使ってくれたんだろうなと思う。さすがに、あんな話をされたあとじゃ、同じ部屋にいたくない。
だから、その好意にあまえて、俺は部屋を抜け出した。特に行きたい場所もないため、なんとなく川縁に出る。
少し肌寒い夜風の中、俺は対岸の旅館に目をやった。たぶん、今頃は学友達が大盛り上がりしているであろう、場所だ。
流れに逆らわなかったらきっと、俺も今ごろはあそこでばか騒ぎをしていたに違いない。ほんの少しだけ寂しいがちらつく。
けれどーーー
けれど、俺は此処にいる。それが、結果だった。
視線を少しずらすと、視界に入るのは川の水面だ。
それは宇宙に浮かぶ月の光を反射して、輝いていた。
美しくユラユラと、まるで水面にもう一つの月があるように思える。
そして、その川のど真ん中。
川に浮かぶ幻想の月に立つように、あいつがーーー人の理から外れた一人の少女が。
静かな目で、どこか遠くを見つめるように、宇宙に浮かぶもう一つの月を、一人で。
一人で、寂し気に、見上げていたーーーあれも。
あれも、結果だ。あれも、結果の一つ。人の理に逆らった俺が手に入れた、一つの結果。
昼間の俺は、後悔しない選択をしたつもりだった。けれど、その実、それから数時間しか起っていないにもかかわらず俺は既に、後悔し始めていた……自分でも、情けない事にな。
次回は、
夢想歌:月の明かりの下で太陽は涙を流す3:峰岸燈火&久遠栞
です