夢想歌:月の明かりの下で太陽は涙を流す2:峰岸燈火&久遠栞
―――gold gate:「名を呼ぶ」ということ―――
ねぇ、あなたは覚えてる?
初めて自分の名前を呼んでもらえた時のことを、覚えてる?
―――私は、覚えてる。はっきりと、覚えてる。
それは、桜が舞う季節だった。
託された使命の大きさに不安を抱えながら、まだ見ぬ学園生活に期待の片鱗すら抱けなかった、あの、始まりの季節に。
「おい、峰岸!
いくら家がボンボンでも、他人をないがしろにしていいってことは無いぜ」
私は初めて、「私」という名を呼んでもらえたんだと、思う。
そして、同時に初めて、心の底から喧嘩なんてできる相手を見つけたんだ。
「……あんたに呼び捨てにされる筋合いなんて無いんだけど?」
あのとき。
あの、初めて名を呼んでもらえたあの日に、私は―――同じように初めて、他の誰かの名を呼べた。
名前なんて、単なる個人の識別記号でしかないと思っていた当時のバカな私は、そのとき初めて、名を呼ぶことの―――
「名を呼んでもらえる」ことの意味を、信じることが出来たんだと思う。
だから、私は。
だからこそ、私は―――峰岸燈火という名を。引いては、私という存在を、誇りに思えるんだと思う。
※
夢想歌:月の明かりの下で太陽は涙を流す2:峰岸燈火&久遠栞
あの占い師の巣窟で私は、宣告を受けた。
「僕の見立てでは、君の恋は決して成就することはない。なぜなら、君はすでに峰岸という真名を受け入れているからね。そして、どちらかというと、こっちが一番の問題点なんだが―――非常に残念なことに君は、不器用だ」
占い師は、言った。私の恋は実らないと。
そして、その原因はあくまでも私という人間によるところが大きく、「許嫁」や「家」というような存在は、些細な問題だとも。
「君が彼をモノにしたいと望むのであれば、それは「可能」だよ。例え、「家」がその選択を許さなくとも、そんなものは大した脅威にはならない。君には、それだけの力がある。だから、「許嫁」なんてものはなおさらだ。
……断わっておくけど、君の許嫁は「当たり」の部類に入る好青年だよ。彼と契りを結べば恐らく君は、幸せを手にすることが出来る……けれど、それは「今の君が望む幸せ」とは、別の幸せだろうけれどね」
占い師は「可能」だと、言い切った。私は「峰岸」と戦争をしても、勝利を手にすることが出来ると。そして、同様に断言した。
たとえ、私は「峰岸」を手中に収めることは出来ても、それでも、やはり私が「彼を手にすること」は「不可能」だと。
「君は、「峰岸」ではなく、峰岸だ。そうであることに君自身が喜びを見いだしている時点で、結果はほとんど決まっているようなもの。もし、君が本当に彼の恋人となる権利を望むのなら、君は全力で伊吹由香さんを排除しなければならない」
「前世からの因縁」で結ばれた二人の恋人を引き裂き、その片割れの座につく。
それさえ出来れば私は、彼を手にすることが出来る。たったそれだけの、伊吹由香という「個人」を排除するだけで、私は、彼の隣で笑うことが―――
「だから、不可能なんだよ。君は、峰岸だ。「峰岸」としての君なら「可能」だったろうけれど、峰岸である君には、「不可能」だ。要は、いい具合に表と裏がひっくり返ってるのさ。もちろん、それは僕から言わせれば必然なんだけれど」
「峰岸」である私なら可能とすること。それは、峰岸である私には、不可能なこと。
「念を押しておくけれど、何も僕は、君が「家」としての「峰岸」を使わなければ、伊吹由香に勝てないと言っているわけじゃない。「峰岸」として振る舞わなければ、勝てないと言ってるんだ。そしておそらく二三日内に君は、どちらの君として振る舞うかを問われることになる―――たぶん、君の親友であり「盟友」でもある久遠嬢からね」
そして。
そして、そんな宣託を受けた数時間後に、私は問われた。
「由香さんはたぶん、数日内に命を落とす。
私たちが何もしなければ確実に、由香さんは彼のもとを去るわ……どうする、燈火?そうなれば、きっと、太陽すらも焦がすあなたの太陽は―――あなたのものになる」
占い師の宣託どおりに、わたしは問いかけられた。
……ここまでは、あの占い師の手のひらの中。こころから、さすがだなぁと思う。
でも、あの占い師は未来視を担い手ではなかったらしい。あくまでも、普通の霊視能力者でしかなかったみたいだ。
「……答えなんて決まってるでしょう、栞。
私は、峰岸燈火よ。あなたが、久遠栞であるように。少なくとも、今この時だけは、私たちはそう振る舞えるはず」
私は、親友である栞に問いかけられた。盟友である久遠にではなく、親友に問いかけられたのだ。
つまりは、その問いに答えなんて必要ないということ。
「……詳しく話を聞かせて。今日一日で色んなことが起き始めていたことは分かるけど、それがどういう「背景」を持っているかまでは、私じゃ分からない。
だから、力を貸して、栞。私は、友人が悲しむ顔なんて、視たくないの」
次回は
夢想歌:月の明かりの下で太陽は涙を流す3:峰岸燈火&久遠栞
です




