夢想歌:占いの館へ1
夢想歌:占いの館へ1
きょとんとした兄さまの目の前で、わたしは顔を真っ赤にしていた。
「にいさまが一緒にいて下さったら、小羽は、十分です」
一緒に居たいーーーそれ以外に望むものなんて無かった。
たしかに、わたしはもう「姫」としての自覚を持つ年だ。一国の「姫」たるもの、いつまでも誰かに甘えるなんてことは許されない。
それに、兄さまにはすでに「城主」として、「許嫁である」姉様をーーー
ーーー下らないノイズが、意識に引っかかる。
ねぇ様も何も、それらは全て既に、過去の話……「あの女」のことを考える必要など、無い。
「おい、おまえ大丈夫か?」
ふと見上げると、兄さまが、心配そうに私を覗き込んでいた。
……こうしてよくよく見てみると、今の兄さまは、かつての弥生兄さまとは違う顔つきをしていた。前の兄さまは清楚というか、気高いというか、なんていうか、ほんとうに透き通った空色の人だったーーーでも、今の兄さまは違う。なんていくか、もっと荒々しくなっている……
強いて言うなら、百姓だろうか?
あんなに白くて綺麗だった肌は日にお日様色に焼けてしまっているし、美しかった四肢も筋肉隆々で熊みたいだ。背丈も、昔より幾分ーーー高くなっている気がする。
「ううん……いえ、なんでもありません、兄さま」
静かに私は頭を振り、兄さまを再び見上げる。
逆光のため、兄さまの表情はよく見えない。
でも。
「あのな、俺はお前のアニキじゃ……まあ、いいや。何でもないなら、いい。
で、一緒に居たいだっけ?なんでお前がそんなに俺と一緒に居たいのか知らんけど、それもいい。
けど、俺は今からやらなきゃならんことがあるからーーーその間おとなしくしてくれるなら、俺は別にいい」
ふわりと私の神をなでてくれるその仕草は、今も昔も変わらない。
わたしは、兄さまの暖かさと優しさに目を細めながら、静かに「はい」と答えた。
「兄さまがお忙しいのは、重々承知しております。けっして、兄さまにご迷惑はおかけしません」
兄さまに迷惑をおかけするなて、とんでもない話だ。
だから私は、「ぜったいにおとなしくしています」と誓い、兄さまに同行する許可をもらった。
※
時間がなかったというのが、正直なところだ。
キヨたちとの待ち合わせは9:00丁度の、玄関前。
やたら走り回って此処がどこかよく分からん状況では、時間までに戻れるか分かリはしない上に、変なのに取り憑かれた。
……なんとなく、こいつ自身は俺に害意がないのは分かる。
だからといって、なんでこいつが俺を兄さまと呼ぶのかは分からんが、まあ、それもいい。
「おとなしくしてくれるなら、俺は別にいい」ーーーそれが、妥協案だった。
幽霊は幽霊で大事だが、峰岸達を待たせることの方が、現実問題として、実害がでかすぎるーーー気がする。
さすがに、「いや〜幽霊に取り憑かれてさ? とりあえずドロップキックとか禁的とか止めてくれって言うのに手間取っちゃってさ〜」とは言えないだろうよ。
「ぜったいにおとなしくしています」ーーーと、キラキラした瞳で言う幽霊を前に、俺はため息一つ。
なんか、さっきやたら不穏な空気を出し始めたから、「正直やっぱ、ヤバいやつ?」って思ったのは、勘違いだったらしい。
「ああ、あと、人前で話しかけるなよ……?
話しかけないでほしいんだけど、大丈夫か?てか、お前が嫌いとかじゃなくてな、ほら、こっちに色々とあるからさ?」
峰岸達の前で「一人会話」をするってのは、さすがにハードルが高すぎる上、適当に携帯で空電話でごまかしても、携帯をまっ二つに折られて速攻で怒られるのが目に見えている。
……だからといって、幽霊に「話しかけるな」って言うのも、だいぶ勇気がいる。
俺はハードルの高い二つの苦行を天秤にかけて、「聞き分けが良さそうな方」に掛けてみた。
すると、案外すんなり「はい」と一言。
そう答え、俺の横に立つ。
「・・・・・・なら、いい。いくぞ」
おれは、幽霊が憑いて来れるくらいの速度で走り出す。
目的地は、旅館の玄関前。タイムリミットは、あと5分。
急がなければ、「瀬戸の鬼姫」にしばかれることになる……それだけは勘弁だな〜。