表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限想歌  作者: blue birds
122/145

無限想歌:true end:過酷に咲く、約束の花(とき)

いつかの日に、物語は還ります。

でもその前に、紡がれる約束が、あるんです。

無限想歌:true end:過酷に咲く、約束のとき



無限想歌:true end-key:相克する因果:寿小羽



 私は何の根拠も無く、明日が来ることを信じていた。

 日が沈めば月が昇り、その月明かりと夜闇の中で目を閉じれば、朝が来るーーーそんな、ふうに。


 春の息吹が世界を駆け抜ければ、その後ろには傲慢な夏が控えている。

 そんな夏も三月もすれば大人しくなり、静かで良識のある秋へと衣替えをする。

 そして、全てを眠りに誘う過酷な冬が来る。冷酷な季節は容赦なく弱った命を連れ去り、残された命に悲しみを残す。そして、その悲しみを埋めるように、新たな命が世界に芽を出す。



 それと同じように、明日が来ると信じていた。



 その明日では、あいかわらずのしかめっ面で父様が鎮座されていて、そして、その直ぐ横で母様が困った顔をなさっていて。もちろん、二人の前には、悪戯して婆やに捕まった私が罪人のごとく縛り上げられていて。


 私の横には、プンプンと怒りの収まらない婆やに、あきれ顔の兄さま。そこには、誰も私の味方はいない。でも、おしかりがすめば話は別。


 小言を言った後、必ず婆やは、こっそりおまんじゅうをくれたし、母様も、「皆には内緒ですよ」と言って優しく抱きしめてくれた。父様は何も言って下さらなかったけれど、静かに頭をなでてくれた。皆がみんな、他の人には秘密といいつつ、私を甘やかしてくれた。唯一、兄さまは例外だったけれど。



 兄さまは、決して私に優しくしてくれなかった。でもそれは、一国を背負う者の覚悟をお持ちだったからだ。それこそ、成人を迎えられるまでの兄さまは、わたしに甘甘だった。いっつも私をおんぶされていて、それまでの私は自分の足で廊下を歩いた記憶が無いくらい(すこし言い過ぎかな?)!



 でも、成人の儀を境に、兄さまは変わられた。一国の主として民を導き、守るために。だからこそ、厳しくなられた。自分自身にはもちろん、父様と母様をはじめ、家臣達、そして、私。



 変わっていく兄さまの背中を見ているのは、辛かった。兄さまの笑顔が過去の思い出になるのが、怖かった。だから、悪戯した。なんどもなんども、手を替え品を替え、何度も。




 ・・・・・・・今想えば、城の皆は私の心中を察していたのかもしれない。

 たぶん、私が何故悪戯をするのかを知っていたから、優しくしてくれていたんだ。そしてそれは兄さまも例外ではなくて、だから、兄さまが振り向いて下さることは、決して無くて。



 けれど、当時の私はそんなことに気も裂けないくらい必死に、兄さまの気を引こうとしていた。だからこそ、いつまでたっても厳しいままの兄さまに腹が立った。厳しいままで、一度も笑顔を見せてくれなかった、兄さま。

 そう、私の努力は徒労に終わるどころか、私から兄さまを遠ざけてしまっていたんだ。





 そんな折、兄さまに婚儀の話が舞い込んできた。

 妻をめとれば、その男は一人前と認められる。つまり、

 いよいよもって、兄さまが城主となる時が近づいていたのだ。




 そんなの、いやだった。

 いやだった。まだ、早すぎるとおもった。



 だからわたしは、兄さまの婚儀を台無しにしてやろうと我策した。

 所詮は童の私に大それたことは出来なかったけれど、それでも、ささやかな抵抗くらいは出来た。それは、姫さまに会わないこと。


 兄さまが妻として迎える、相手方の姫に、顔を見せないこと。それは本来なら言葉に言い表せないくらいに無礼なことで、一国の姫としては許されざる好意だった。

 でも、わたしは逃げた。相手方の姫が城を訪れるたびに、あるいは、わたしたちの方から出向く度に、何度だって、逃げ出した。



 逃げることで、私は必死に兄さまをつなぎ止めようとしていた。

 逃げることで、私が信じた明日を手元に引き戻そうとしていた。



 にげてにげて逃げて。




 逃げ続けて、そして、いつのまにか。





「ーーさまは、まだかな?きょうは、さすがに、ーーさまでも・・・・・・」





 その人から逃げ続けることを、選んだはずなのに。

 そすることで、その人と兄さまとの婚儀を破談に持ち込むはずだったのに。



「まだかな、ーーさま・・・・・・」



 そのひとを、「ーー」とよびたくなかったから、逃げ出していたはずなのに。

 それなのに、わたしは、その人を待ち続けていた。何度も逃げ出しては、その人が迎えにきてくれることを、待ち望んでいたーーーいや、いつしか、望むようになっていた。




「あ、ーーさま!」





 その人は、どんなことがあっても迎えにきてくれた。私がどこに隠れてたって、誰よりも最初に私を見つけてくれた。そして、胸がいっぱいになるような笑顔をくれるんだ。そしてそして、お話をする。昔のこと。今のこと。お花のこと。百姓のこと。武士のこと。国のこと。そして、姫として生まれた、自分たちの役割のこと。

 本当に色んなお話を、二人で交わした。





「小羽姫、こちらでしたか・・・・・・」





 困ったような、うれしいそうな、そんな、笑顔。

 その人のそれを見て、私も胸の奥がくすぐったくなって、おもわず笑ってしまう。そして、声を上げるんだ。自分が、此処にいることを伝えるために。



「「ねぇ」さま!」



 私から、兄さまを奪っていく人。私の大切を全てを変えてしまう人。目の前にいるこの人は、そんな悪い人なんだと、そう、感じていたからこそ、私は大嫌いだったーーーはずなのに。

 それなのに、わたしはそんな人の腕の中にいた。

 ねぇ様の腕に飛び込み、その顔を見上げていた。




「そのように走り回れば、また婆やに叱られますよ?」



 腰を落とし、そう笑いかけてくれるねぇ様。そんなねぇ様に、「ここに婆やはいませんから」と、口へんぱくを返す。



 此処にいるのは、私とねぇ様だけ。

 それがたまらなくワクワクして、幸せだった。



 そう、幸せだった。そんな、日々が。

 いつしか、ねぇ様が私の本当にねぇ様になって、もっともっと幸せになれる、そん日々が直ぐそこに迫っていることを、私はーーー






 信じていたからこそ。









「あの文様を見ろ!智代姫の家門ではないか!!?」










 信じられなかった。











「お逃げ下さい、小羽姫!婆が時を稼ぎます!その隙に!」









 私は、信じたくなかった。









「あの女狐め、時継様の信頼を裏切りおって・・・・・・刀を取れ!民に指一本触れさせるな!!!」








 信じられるわけが、なかった。

 信じたくなかった。たとえ、自分が殺されたって、信じたくなかった。






 怖かった。いたかった。寂しかった。苦しかった。

 でもそれは、大丈夫なんだと自分に言い聞かせた。





「大丈夫、ねぇ様が迎えにきてくれる。だから、絶対に大丈夫」




 信じなかった。

 自分が死んでしまったことも、幸せな明日が失われたことも、そして、ねぇ様が私たちを裏切ったなんてーーーー

 だから代わりに、この過酷はすべて嘘っぱちの悪い夢だと、そう、信じた。




 私は、待った。

 いつもみたいに、待った。待って待って待って待ち続けて、私はひたすらに無為な時を過ごした。





「さみしいよ」







 信じていた。信じていた。

 明日がまた来ると、信じていた。ねぇ様は私たちを裏切ってなんか無い。だったら、明日は来るはず。


 その明日では、いつも通りねぇ様が迎えにきてくれるんだ。

 困った顔で、「お転婆なんですから」と笑いながら。「みーつけた!」と、悪戯っぽく微笑みながら。





「さみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしい・・・・・・」





 まってた。

 ーーーまってたのに。なのに、ねぇ様は来てくれなくて。

 寂しくて、怖くて、苦しくて、なのに、ねぇ様は来てくれなくて。

 そしたら、誰かが言ったんだ。




『それが答えでしょう?』って。




 私は違うって叫んだ。違うって。ちがうちがう違うって!




『そなたに会わせる顔が無いのだ。まあ、会う気すら無いのが本当のところだろうが』





 違うって、何度も言った。それは違うって、何度だって言い返した。

 こうして待ってれば、ねぇ様が迎えにきてくれるって、何度だって、私は!




 ーーーでも、どれだけ待っても、ねぇ様は迎えにきてくれなかった。

 



『受け入れるのだ、そなたの痛みを。それがどれだけ辛い真実であろうと、我らがいる。痛みとは比べるものではない。分かち合うものなのだ。さあ、我らを受け入れろ。我らを。そなたは、一人ではない。』




 

 苦しくて、悔しくて。さみしくて、その、孤独に耐えられなくて。

 だから、わたしはーーー










「なんで、今さら?ずっと、まってたのに!

まってた・・・・・・まってたのに!!!!」





 紅の世界で差し伸ばされた手を見て、私は声をからした。

 押し込められていた感情が、思い出とともに吹き荒れる。

 500年も経って紡がれた切望なんて、絶望でしかなかった。

 わたしはもう、ぐちゃぐちゃだった。




 自分の中で入り乱れる、過去と現在。

 あのとき信じた、夢の光景。

 嘗ての私は、このときを待ち望んでいたはずだった。

 あのときの切望が、やっと私の前にカタチをもって現れたというのに。





「あなたはねぇ様じゃない!ねぇ様の皮をかぶった、化け物でしょう!?それに、その人だって、ねぇ様じゃない!わたしだって、もう、あの時の私じゃない!」





 歪んでいた。何もかもが歪んでいた。

 間違いだらけだった。一個だって、ただしいところなんて無かった。





「なのに!なのに!なんで、わたしは!」





 大嫌いだったんだと、思い出す。最初は、大嫌いだったんだ。

 けれど、いつのまにか、その感情は、大好きなそれになっていて。





 そして、大好きだったその感情は、今や・・・・・・






「う、うぁんっく、あぁぁああーーー!!!!」




 ぐちゃぐちゃになった私は、声を上げることしか出来なかった。

 自分がどうしたいのか。自分がどうしたかったのか。



 目の前の、殺したほど憎くて、そして、大好きな人。

 その人を前にして、わたしはーーー泣くことでしか、自分の気持ちを伝えられなかったんだ。







無限想歌-link-猫と日常:true end-key:因果の、意味:マイク





 目の前で「なんでいまさら」と、わんわん泣きじゃくるガキを前に、俺はため息をつくしか無かった。

 



 そりゃ、そうも言いたくなるわと思う。

 まあ、人づてにこいつらの事情を聞いた俺がそれを言うのも何だがな。




 『旅も道連れって言うじゃない?だから、あと少しだけ協力してあげてよ、マイク!』



 これは、本の数日前に、青空を背負った女から言われた言葉だ。

 ほんの数日前、袂を分ち決別した、嘗ての師に懇願されたーーー願いの、言の葉。奴はいつものように何の予告も無く俺の前に現れ、この呪を俺にかけていった。




『何してんだよ、お前?なんで、おまえは・・・・・』




 ちっとも変わらない笑顔で微笑みかけるバカに、おれは問うた。

 もちろん、全うな返答を期待してのもんじゃない。目の前にいる青空の魔法使いは、「終焉」へとたどり着いた存在だった。「弱者の盾」という、「信念」をいたき続けるーーー永久の、罪人。








 ーーー魔学において「終焉」と「信念」は、ときに同義語として扱われる。その筆頭が、俺の師だ。


『人は限られた時の中で、自分の進むべき道を自ら選ぶものでしょう?無数に枝分かれする未来のどれを選ぶか。当然それには基準となる、いわゆる信念と呼ばれるものが必要になる。

・・・・・・といっても、それが終焉と呼ばれるに至るには、かなり強固なものでなければならないけどね。でも、もしそういったものがあれば、それを持つ存在は、どれだけの時 を生きようと、同じ選択をし続ける。

 なにがあろうと、同じ場所へと、歩みを進める。つまり、そこから先は同じことの繰り返し。そんなの見ていても面白くないでしょう?だから終焉と呼ぶの、そう いった生き方を、あるいは信念を』


          


 それは、自虐的な告白だったように思う。

 ・・・・・たしかに。

 たしかに、奴が言うように、人は限られた時の中で自身の進むべき道を自ら選ぶ。


 無数に枝分かれする未来のどれを選ぶか。

 当然それには基準となる、いわゆる「信念」と言い換えてもいいかもしれないものが必要になることがあるのも確かだ。

 そしてそういった「信念」が強すぎた場合に、それは「終焉」と呼ばれることもあるだろう。


 「強すぎる信念」を「終焉」となることも、あるのかも知れない。

 だが。






「おまえは、何がしたいんだよ?これは、お前の望んだ結末なのか?」



 だが、俺はそうは思わない。


 なぜなら、「終焉」という言葉はあまりにも「終わり」のみ言及しすぎていて、「始まり」に触れていないように感じるからだ。


 ものごとは「始まり」があって、「終わり」がある。これは当然のことだ。

 それならばもし、強力な信念をもつ存在が、その「終わり」ーーーつまり自身の終着地点にのみ意識をとられるようになった場合、はたしてそれは信念といえるのだろうか。


 俺は当然言えないと考える。強いてそういった信念を表すとしたら「妄執」だろう。


「始まり」を見失い、「終わり」にのみ意識を占領された「信念」。


 それを「妄執」といわずになんと言うのか・・・。

 ましてや、どれだけの道筋を辿ろうと同じ場所にいきつくなんて、そんなもの、「悪意」と何ら変わらない。


                


 ・・・・・・選択するためには、あるいは、己の望んだ未来を手元に引き寄せるためには、確固たる「信念」が必要となる。それは、確かだ。


 しかし、なぜ自分がその未来を望んだのか。


 なぜ、自分がその「終わり」を望んだのか。


 それが無くなってしまえば、それはもう意味のない選択だろう。だから・・・


 「始まり」を忘れてはいけない。


 すべての存在は、「始まり」という点を背に、「終わり」という点を目指して突き進む。


だからこそ見失いそうになる。


 一度も振り返ることなく、その理想を追っていく者ほどに。


 見失い、そして・・・








「こいつらは、お前の代替物か?こいつらを救えば、救われなかった自分自身も救われるなんて、お前はーーー本当に、そう、思っているのか?」





 目の前で泣きじゃくる霊と、寄生体である俺に躯を明け渡した女、そして、その番。

 こいつらと、俺の師であるあいつは、ある意味で良く似ている。

 あいつも、こいつらも、時によって「始まり」と「終わり」を引き裂かれた存在だ。


 いや、生の「因」と「結」を絶望的なまでに遠ざけられた、哀れな道化と言った方がいいだろうか。





「十分だろうが?これ以上に、何を望む?もう、十分のはずだ」







 あとは、目の前のこいつを再びシロに引き渡せばいい。あいつなら、絶対に悪いようにはしないだろう。伝えるべきことは、伝えたのだ。

 すくなくとも、こいつが今まで以上の孤独を背負う可能性はーーー限りなく、小さくなった。それが、こいつの、精一杯のはず。そして、その手助けが、俺の役割。

 そう、それで、俺の役割は終わる。そう、それで、終わりなんだ。

 


 そして、この女の覚悟が本物なら、いつの日か、こいつらが手を取り合って再び笑い合える日が来るのかもしれない。






「十分だと、思うんだがな?」





 俺は、自身に問いかける。

 自身に問いかけ、そして、俺の無意識に問いかける。これで、いいのかーーーと。


 



「−−−−」






 これで、いいのか。

 それに対する返答は、無言だった。当たり前だ。この躯の主は、完全に俺の存在圧に押しつぶされ、眠りについているはずなのだから。



 それでも、そこには確かに意思がある。つぶされてしまっただけで、消えたわけじゃない。





「・・・・・・どうせ、ここまで来たんだ。助力はしてやる。ただ、下手すりゃ死ぬ。

それを覚悟して、それでも、おまえはーーーー選ぶか?その、下らん「終焉」を?」








 透明な声は、透明なまま、薄く微笑んだ。

 それは見ることも聞くことも、ましてや、感じることすら出来ない、五感の外ざまの気配。



 だが、伝わった。

 その先を、望むと。当たり前じゃないかと。だって、なぜなら、そう、こいつはーーー





無限想歌:true end-key:大嫌い、大好き、大嫌い、そして:息吹由香&寿小羽






 すこしずつ、世界が戻ってくる。

 頬をなでる風に、世界に木霊す草木の音色。


 川辺の湿った匂いは私の意識をさらに引き上げ、そして、紅い紅い、紅の光が、世界を私に返してくれる。



 代わりに、あの人の意識が沈んでいく。

 私が浮かび上がったんだから、当然だ。・・・・・・当然なんだと、感覚的に、理解できる。そして、それに随伴するように、私を守る光が薄れていくもの感じた。代わりに得られるのは、焦げ付くような、痛みだ。



 小羽ちゃんから漏れだす黒煙がもたらす、熱を帯びた痛み。

 それが私の皮膚をなめるように這いながら、伝えてくれる。





「つかまえた!」




 声をあげ、何の断りも無く、わたしは想いっきり小羽ちゃんを抱きしめた。

 あまりの突然のことに、それまでワンワン鳴いていた小羽ちゃんもびっくりした様子。びっくりしすぎて、涙と声が止まってしまっている。


 それを肌で感じながら、私は抱きしめる。

 そう、わたしは、抱きしめる。

 愛しくて愛しくてたまらない、小さな小さな少女を。私の大切な、妹を。


 そして、彼女の痛みが伝えてくれる。

 痛みがーーー生きている、証を。


 彼岸とか、此岸とかの問題ではなく、熱という生を、伝えてくれる!




「なにを・・・・・・されて?あなたは、ねぇさま?

 だめ!離れて下さい!そんな、だめ!!!」




 ブスブスと何かがこげるような匂いが世界に充満する。

 そしてどうやら、その匂いの発信元は、私の服のようだ。



 肌はまだ、「熱い」程度。焦げまではしていない。でも、それも時間の問題かもしれない。




「離して下さい!離して、ください!はなして!」





 小羽ちゃんは、「離して」と叫びながら、必死に私を押しのけようとする。

 もがいて、なんとか私の腕から抜け出そうと暴れる。でも、そうはいかない。





「ダーメ、逃がさない。ほら、うりうり〜小羽ちゃんのほっぺって、柔らかいんだね?」




 小羽ちゃんが私を押しのける力は、年相応の子供のもの。黒煙を使えばあるいはーーーとも思うけれど、小羽ちゃんはそれをしなかった。

 だから、私は彼女の抵抗以上の力で、彼女を引き寄せる。そして、ほおずり。

 「こいつめ、こいつめ」といいながら、いやいやと抵抗する小羽ちゃんに、力一杯、頬をーーー気持ちを、押し付ける。





「やめて!もう、やめて!もう、もう、もう・・・・・・やめてよ!!!」





 鼓膜を打つ彼女の叫びは、耳にとんでもない痛みを走らせた。

 しばし、キーンという無音の世界が訪れる。でも、離さない。離せない?

 いや、離さない。




「やめない!だって、そのために来たんだから。迎えにきたんだから。

だから、一緒に帰るの。一緒に」


 「遅れてごめんなさい」と、私は言葉を零した。


 それを聞いた瞬間、小羽ちゃんは再び火ついたように泣き出し、今まで以上に腕に力をこめて離れようとした。服をつかみあげ、しっちゃかめっちゃかに抵抗する。

 同時に、黒煙の勢いが増したのが分かった。それはまるで、小羽ちゃんの心の混乱を投影しているかのようだった。



 頬に、チリチリとした痛みが走る。



「もう、おそいんです!もう、おそい!だって、私はこんなにも!」




 泣きじゃくる少女を腕に、私は「うん、うん」とだけ答える。



「なんで、今なんですか?なんでこんなにも、今になって?なんで、こんなにも、わたしを・・・・・・!!!」




 わたしは「うん」を繰り返しながら、うんと腕に力を込める。

 こんなにも「今」になったぶんだけ。こんなにも「今」になるまでを、埋めるように。



「だいきらい!だいきらいだいきらいだいきらい!あなたなんて、だいきらいなんだから!!!!」





 繰り返される、「だいきらい!」。その声を上げるたびに、小羽ちゃんは服を掴んだまま、私の胸に拳を振り下ろした。

 ぎゅっと、彼女に握りしめられていた結果、そこの服は完全にこげて黒化してしまっている。




「きらいきらいきらいきらいきらい!あなたなんて・・・・・ねぇさまなんて、きらい!!!」




 きらいと、小羽ちゃんは言う。でもそのたびに、私は彼女のことを愛しいと思う。だから、「うん」とだけ、こたえる。

 今日までの自分が、そうしてもらったように。大きい家族にそうやって甘やかしてもらったように、私も。他ならない、この、私が。姉であることを、選んだ私が。

 他でもない、大切な妹を。




「知ってる。でも、私は大好きだよ。だから、迎えにきたの。ごめんね、待たせて。本当に、ごめ、ん、な・・・・・さい!」





 気がつくと、私も涙を流してた。あふれる感情が。幾千の想いが。いつかの想いと、これまでの私を支えてくれた、この世界での家族の想いが。

 抱え込んだ傷が、青の力となって、私の中から溢れ出していく。



 私の中から溢れ出す、青の想い。

 小羽ちゃんから溢れ出す、黒の想い。 




 二つの色はお互いを内に取り込みながら膨れ上がり、境界をあいまいにしていく。大好きと大嫌いが、解け合っていく。






「きらい!まってたのに!わたしはずっと、まってたのに!」






 私の胸の中で、小羽ちゃんは声を小さく震わせていた。

 静かに、涙を流しながら。きらいなんだからと、零しながら。

 だから。





「うん。わたしも、だよ。やっとここまでこれたの。やっと、ここまで。ここまで、来れたんだよ?」







 私も、小羽ちゃんを抱きしめたまま、彼女に甘えるように声を零した。

 声を零し、涙をこぼした。




 紅の世界で。

 世界が眠りにつく、その、前に。





 そんな、静かな世界を向かい入れる、あたたかな光が降り注ぐ世界で、私たち姉妹はーーーお互いの傷を埋めにるように、強く。



 つよく、相手の心を、想い、そして、声と涙を涸らしたのだった。

来週が、最後です。

題名は、無限想歌:想いの還る場所ーーーです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ