keyA-2,D-2共通:無限想歌3:帰還と、逃走
絆により引き上げられたのは、過去より延びる現在。
そして、その現在は間違いの上に成り立つもので、つまりは。
keyA-2,D-2共通:存在確立0%:無限想歌3:帰還と、逃走:寿小羽&久遠 栞&峰岸燈火&シロ&猫
「情報流速安定!皮膜の強度も十分!
最終ゲーティングーーー確立。座標指定、完了。転移術式、起動します!」
救難信号が打ち上げられてから、もはや十数分あまり。それだけの時間をかけて、シロさんは転移魔法を起動させた。
そもそも、この転移術にはそれほどの時間はかからないはずだった。実際、寄生体を向こうに送ったときだって、ものの数秒だったんだ。
けれど、なにかしらのトラブルがあったらしく、それが十数分あまりにのびていた。
・・・・・・時間的には、学園の休み時間より、すこし長いくらい。けれど、今の私たちにとっては、その時が永遠のように感じられていた。
「おねがい・・・・・・・帰ってきて!」
私の隣には、ただひたすらに祈りを捧げる燈火がいた。
そして、その側には額に汗を浮かべたシロさん。彼女が、転移装置の画面を見つめーーーいや、空を見上げている。
「転移成功です。『全員』の帰還を、確認しました。
直ちに、ゲートを閉鎖します!」
ギン!と、甲高い音が耳を打つ。
大気の感度が徐々に上昇し、中にいる者の呼吸を圧迫する。
その圧迫感は転じて違和感となり、部屋いっぱいに膨れ上がった。
一瞬の浮遊感が、私の感覚を支配する。それと同時に、空から「彼ら」が降ってくるのを確認した。
「う、あ、おぇえええええ!!!」
「ゲホ! く、 あ!う、う!!!」
「ああああ、もう!マジでうぜぇええええええ!!!!なんだ、あいつ!もう、これ以上、くううううう!!!!!」
ヒュンと、大気を束縛していた何かが、切れる音が聞こえた気がした。
その後すぐさま、三つの声が上がる。
「うざぇええええ」と汚い言葉で喚き立てているのが、件の寄生体だ。
彼は向こうに渡った時と寸分違わぬ姿で、帰還していた。
彼の本体を見るのは、これが二度目だが、相も変わらず気持ち悪い。恩人であることは分かっているのだが、生理的に受け付けない・・・・・・光るのっぺらぼう、そのままだし。
まぁ、・・・・・・かなり、機嫌の方は悪くなっているみたいだけれど、無事と言えば、無事らしい。
そして、そんな元気いっぱいの彼とは対照的に咳き込んでいるのが、東君と伊吹さんだ。
さきほどまでベッドの上で「動かぬ管人間」と化していた彼らだが、今は体をのたうち回らせて、もがき苦しんでいるーーーおそらく、「舞い戻った魂」と「受け入れた躯」が互いに拒絶反応を起こしているのだろう。一時とはいえ、二つは別個の存在として、世界に在ったのだ。
・・・・・・私も幽体離脱をした際に、同様の症状に悩ませられることがある。もちろん、彼らを襲う苦しみの正体がそれであるとは限らない。世界を渡った副作用であることだって、考えられる。けれど、その線は薄いだろうと、私は思うんだ。
なぜなら。
「四面に立つ守護の者。内より芽吹く欺瞞を、殺ぎ落としたまえ」
ゆらりと頭を振って、祝詞を唱えた。
私の視線は、対象にしっかりと焦点を合わせている。
「あ・・・・・・」
息をのむ、念。
帰還者の一人であって、寄生体をのぞけば唯一、意識を有した目で私を認識しているもの。
ただし、万全の状態ではなさそうだ。体を甘く支えられずに、四つん這いの状態で私を見上げているのが、その証拠だ。
「念」は、私の詠唱が成立とすると同時に、四面を四より成る聖獣に取り囲まれていた。
彼ら四方(司法)の守り手は、規律を破った「対象」に対し、断罪の目を向けている。
彼らの役割は、文字通り、司法の守護。故に、この中に在って「存在が許されざる者」にーーーーこの世界の真理と秩序を遵守させるために、『対象』へと顎を開く。
結果として、そこには「念」の断末魔がーーー響くはずだった。
けれど。
「いいっつ、ううう!!!」
「あ、ああああああ!!!」
「GRRRRRUIAAAAAAAAAAA!!!!!!!1」
けれど、実際に悲鳴を上げたのは「念」以外のものたちーーー未だにベッドから起き上がれずに居る二人と、聖獣たちの方だった。
聖獣たちの苦悶の理由は、はっきりと分かる。彼らの顎は、「「念」を包む柔らかな青」に拒まれ、ぼろぼろにかけ落ちていた。
ーーーさすがに、司法の守り手程度では、歯が立たないようだった。時を超える偉大な「念」では、それもしかないように思う。 まあ、でも、私には翁が居る。
人が生み出した概念上の守護者でなく、絶対なる時の守護者が、私にはーーー
「おい、やめとけ。そいつの力場、向こうのガキどもと繋がってる。
下手に砕けば、連中も道ずれだぞ」
・・・・・・・・へたり込んで私を見上げている、「念」。
それを粉砕しようと一歩進みでた私に、寄生体が話しかけてきた。
ーーーいちいち、鼻につく物言いだ。馬鹿かお前という意図を隠そうともせずに、わたしに声を投げかけている。
「へ〜そうなの。大層なご助言、感謝痛み入るわ。でも、問題ない。
もう一度、翁に「社」を貸してもらえばいいだけの話だから。
あそこに閉じ込めたあとなら、これはすべてから「絶縁」される・・・・・・・その後なら、何の問題も無いはずよね?
そうでしょう?」
「社」という言葉に、ビクンと反応する念。どうやら、先日の記憶がよみがえってきているらしい。
プルプルと震えながら、小動物を思わせる目で私を見つめ、訴えている。
ーーーー助けてくれと。
「ちょっと!なんで「それ」がここに居るの?あなた、連れ帰ってきたの!?「これ」を!?」
東君と伊吹先輩に掛かり切りだった燈火が、こちらの様子に気づいたみたいだ。
彼女の口からは、「信じられない」とか「ありえない」とか、この場にあって至極真っ当な言葉がこぼれ出ている。
そんな燈火の横では、「そんな言い方!」と、シロさんが悲鳴を上げていたーーー寄生体と言い、魔術師といい、どういう神経をしているのだろうか?彼らは、現状が分かっていないのだろうか?
それよりも、彼女はゲートを閉じ終えたのだろうか?世界の修復は?いったいどうなった?
・・・・・・いや、どうでもいいことか。この世界が修復された世界だろうが、以前より続く世界だろうが、問題は「目の前に」在る。
「今の彼女は安定しています! それなのに、あなたは何をしようと!?
そんなことは、この私が許しません!」
念と私の間に体を滑り込ませ、シロさんは両手を広げた。
凛とした目つきで、私の冷えきった視線を受け止めている。
「そこの馬鹿に同調するつもりは無いが、大筋賛成だな。そいつを殺す以外に、やるべきことは山ほど在るぞ。
とりあえず、状況の整理が最善だろうが。
そいつは、いつでも殺せる。なんなら、責任とって俺が手を下してやる。ただ今は、状況を整理するのが先決だ。
とりあえず、そいつは隔離しとけ。なんかしらんが、できるんだろ?」
やれやれといった体で、寄生体がこの場をおさめようとする。
私はその態度に若干の怒りを覚えたが、それよりもさらにはらわたを煮えくり返らせたのが、シロさんだった。
「ちょっとマイク! あんたまで!」
シロさんは、「だからなんで殺す殺さないの話になるのか」と顔を真っ赤にしておこっている。
・・・・・・本当に、その、「殺すべき」理由が分からないのだろうか?
私は、シロさんに逆に問い返した。
「今回のようなことが再び起らないと、シロさんーーーあなたは断言できるのですか?
さきほどシロさんは、この念が「安定」しているとおっしゃいましたが、私にはそうは見えません。シロさんの瞳に「そういう風に」映るのは、シロさんがこの分野の門外漢だからでしょう・・・・・・
この「念」は何一つ、変わっていませんよ?兄の幻想を追う盲目さも、そして、お門違いから始まった怨嗟の渦も、なにひとつーーー変わらずに、この「念」は有しています」
私の言葉は、シロさんにだけに向けたものではない。
当然ながら、「念」に対しても、同様の意図を持って、言葉を放ったのだ。
そして、「念」はその意図をしっかりと受け取ったらしい。
ゆっくりと、「念」は視線を上げる。
その先には、ベッドでうめいている東君と、そしてーーーーー
「っっっっっっ!!!!!!」
ベッドに横たわる彼女を視界に捕らえた念は、声を押し殺してうずくまった。
歯を食いしばる、念。
必死に自身の身を縛り付けるように、量の腕を抱きかかえる。
そんな念からは、ほろりと、黒煙がまろびでた。
それら黒煙は幾分粘性が落ち、影も薄くなっているように見える。
しかし、黒煙は確実に伊吹先輩へと惹かれているのが見て取れた。
それに気づいたのか、「念」はゆっくりと立ち上がると、「外」を目指して歩を進め始めた。
ーーー逃げているのは、明白だった。ただし、よけいな邪心を入れなければ、その行為が「自信の命惜しさ故ではない」ことくらいは、見て取れる。ただただ、必死に遠ざけているているのだろう。自信という「化け物」から、「罪なき二人」を。
・・・・・・あれなら、あるいは「自制」も可能であるかもしれないと、思う。ただし、「現在」が「未来永劫」つづくものだと、仮定した場合だ。
「いずれ、破綻する運命でしょう?そもそも、「現在」だって間違いなのだから。
そもそもが、間違っている。「あれ」が生まれたこと自体が、間違いなの。だから、それを正すだけ。
そこに、なにか問題でも?」
壁の向こうに消えようとする念を補足しようと、私は手を伸ばした。
多少乱暴になるが、それでも、いたしかたない。
そう、仕方なの無いことなんだ。なのに。
その、わたしの行動は、馬鹿な魔術師の「起動!」の一言で、台無しにされてしまった。彼女の右手には、奇麗な石ころが握られている。そう、内に何かを秘めた、神秘の意思を片手に、彼女は・・・・・・
まさかというか、ほんとうにありえないというか、この、魔術師はーーーー
「小羽ちゃんを、遠方に飛ばしました。東君と伊吹さんの警護には、マイクが付きます!
どれだけ小羽ちゃんが暴走しても、マイクが必ず食い止めてみせます!その間に、わたしはーーー」
念を救い出す方法を探し出すと、妄言を吐くシロさん。
なんの迷いも映さない瞳で、彼女はそう、言って退けた。
それを私は、今年一番に冷え込んだ目で見つめて、一言、こう、返したのだ。
「お引き取りください、魔術師殿ーーー」と。
シロさんには悪いですが、これ以降彼女の出番は在りません。
だって、渦中に在った三人が、苦境の中で「それ」を選んだ時点で、物語の結末は決まっているのですから。