夢想歌:占いの館へ7:不可侵
夢想歌:占いの館へ7-1:不可侵:寿 小羽
「いったい何なのよ、栞まで」–――と、ぼやいていたのは燈火で、「なんか、寒気がするんだけど」–――と肩を竦ませていたのは、兄さま。
二人とも、栞達が自分たちを残して行ってしまった意味がよく分からないらしい。さきほどからちらちらと電車の扉を気にしつつも、二人とも動こうとはしない。
というのも。
「「あの栞は、怒らせたらダメ」」–――ということ。
仲間はずれにされた最初こそ、燈火はブツブツと文句を垂れつつ、兄さまにちょっと盗み聞きしてくるように促していた。けれど、兄さまは動こうとしない。
そんな兄さまに痺れを切らせた燈火が途中で席を立とうとしたのだけれど、それを兄さまが静止した。その一言が、これ。
「顔が笑ってるのに、目が笑ってなかった」–――と。
私も、ほぼ真正面から栞を見ていたので、あの異質さは理解できる。
燈火は栞の隣で、一番窓側。つまり、窓際に座っているため彼女の表情を観ること無く済んだのだけれど。
けれど、燈火は見ずに済んだ、そんな栞の表情が容易に想像できるらしく、おとなしく渋々と下様子で席に戻った。そのとき、兄さまが手を引いて燈火を引き止めたこともあって、燈火は今、もともと栞が座っていた席で、兄さまの目の前に座っている。だから、「席に戻った」という表現が適切かどうかは分からないけれど……?
(ん?)
兄さまが、こちらをじっと見つめていた。
ふと、視線を兄さまに合わせる。すると、兄さまは私に合わせていた視線を少しずつ扉の方へずらしつつ、「扉をすり抜けれられたらなー」と誰とも成しに呟いた。
間髪入れずに燈火が、「問題はそこじゃなくて栞でしょ、バカ」と返している。
けれど、わたしはそんな兄さまのおバカな言葉に隠された、真の意味をくみ上げることが出来る。つまりは–――
(わたしに、盗み聞きしてこいって兄さまは言ってるんだろうな……)
私は兄さま以外の人には見えないみたいだし、壁だってすり抜けられる。だったら、扉の向こうに消えた誰にも気取られずに近づくことだって、可能だ。けれど、盗み聞きって言うのは、あんまり気が進まない。
(でも、兄さまのお役に立てるのなら……)
心のどこかで、「兄さまは盗み聞きなんてしない」と声がした。けれど、私はそれに目をつむり、兄さまを再び見る。
自然と交わる視線に私はうなずくと、すっと席を立つ。
そして、そのままトトトトと、通路をひとっ走り。
そして、扉の取手には手を掛けず、そのまま扉をすり抜けようとして―――
私は、昼間にもかかわらず、星の輝きを幻視することになった。
信じられないくらいの、激痛とともに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
夢想歌:占いの館へ7-2:不可侵:東 利也
ゴッ!
という無駄にリアルな音が耳に届くと同時に、俺は驚きのあまりに飲んでいた熱々のコーヒーを鼻から吹き出していた。
「あんた、何してんの!?」
目の前で峰岸が若干引きつつ、テッシュをこちらに差し出す。
俺はそんな心優しい峰岸に「ありがとう」と礼を言い、未だひりひりする鼻を擤んだ。
もし、さきほど図り間違って峰岸にコーヒーをぶちまけていたら、今この席は地獄絵図と化していたに違いない。さすが、俺。
根性で口を閉じて鼻から出したのは、やっぱり間違いじゃなかった……にしても。
(あいつ、大丈夫か?)
視界では、扉の前で顔を押さえたまましゃがみ込んだ幽霊が、プルプル震えていていた。先ほどは思わず腰を浮かして助けに行こうとしてしまったが、それもコーヒー同様、なんとか我慢した。
(あいつ、電車の扉はすり抜けられないのか?
……いや、この車両に乗り込むとき、あいつは間違いなく「あの扉」をすり抜けて入ってきた。だから、あれ? ならなんで、いや、あいつは「何」にぶつかったんだ?)
痛みが治まったのか、プルプル幽霊はフラフラと立ち上がると、涙目で扉をペタペタとさわり始めた。そして今度は扉の取手に手をかけると、おもいっきり、がちゃがちゃとやりだした。
その音は、確かな質感を持って、車内に響く。
「ん? なに、この音?」
峰岸が後ろを振り替えり、幽霊が悪戦苦闘しながら開こうとしている扉を見つめる。不思議そうに首を傾げているところから察するに、幽霊は見えていないらしい。
「子供がいたずらしてんじゃないのか?」
すかさず、俺は2割本当8割嘘の配分で、峰岸に言葉をかけた。
子供が何かしているのは間違いないが、悪戯なんかじゃない。
扉の前で必死に頑張ってくれているあいつには悪いが、ここはこうでも言っておかないと、話がややっこしくなる。
俺は、もういっぱいコーヒーをすすると、キヨたちの出来るだけ早い帰還を祈り、目を閉じた。
―――――――――
夢想歌:占いの館へ7-2:不可侵:朝影 里奈
尋常じゃないくらいにガタガタ揺れている扉に背をもたれさせ、栞は「夜になるまで、メールの件は二人に内緒ね?」と、全員を脅迫していた。
……峰岸にしろ久遠にしろ、自分たちの意見が必ず通ると思っている節を隠そうともしないのが、本当に腹が立つ。
私たちは今、電車の正に連結部分に身を寄せ合って話している。
なにもこんなところで話さなくてもと思うのだけど、栞がガンとして「此処」が良いと言い張ったのだ。
「久遠、ドアがさっきからガタガタ揺れてるいるみたいだけれど?」
ある意味では直接的に、ドアから離れろと久遠に忠告した。しかし、彼女はもうすぐ話は終わるからと、いっこうにドアからはなれる気配を見せない。
「じゃあ、みんなそれでお願いね?
キヨ君以外は、特に普通にしてれば良いだけだから、なんてことは無いでしょう?」
これからのそれぞれの役回りを二三確認した後、久遠は、その身を起こした。
それと同時に、「壊れろ!」というような、ものすごい勢いで電車の連結ドアが開いた。
それこそ、バシン!という音すらした–――と思う。それだというのに、久遠の背後には、だれもいない。
……久遠がドアを開けたにしては、不自然な開き方だった。しかし–――
「ねぇ、久遠さん。
今日明日は不可思議なことが少しだけ起るかもしれないけれど、目をつむってくれない?
そうすると、私も楽なんだけど」
……静かな笑みで、久遠が警告する。だから、私はーーー
「あら、不思議なことに目をつむるなら、これから向かう場所は「そう言う場所」でしょう?だったら、行き先を変更しなければならないんじゃなくて?」
それだけを返し、久遠の脇をすり抜ける。
たった、それだけ。
たったそれだけが、朝霧である私が久遠に出来る、精一杯の意地の張り方だった。