7話 あたたかい
「俺はお前のことなんか、一切信用してねぇからな!」
きっぱりと言い切り、月読を睨み付ける。
その瞳には、燃えるような激しさがあった。
「それは……だいぶ、嫌われたみたいだな」
月読は、苦笑するように答えた。
敵意をぶつけても、受け流される。それがまた、元村には気に入らない。
「用なら、他の奴に頼め!」
キッと月読を睨み、元村は踵を返して早足に立ち去った。
そんな元村を呼び止めることもなく、月読は肩をすくめただけだ。
「しょうがない。家に帰るか」
月読は、沈む夕陽を眺める。
一刻も早く、日が落ちてしまえばいい。
瑠璃の体に、太陽の光は毒なのだ。
長時間浴び続けると、やがて死んでしまう。
「瑠璃……」
誰よりも愛する弟を想って、月読は我が家へと足を向ける。
この街へ来たからには、いずれ狩りをしなければならない。
月読が学校へ行くのは、愚かな人間の子供を餌にするためだ。
だが、元村は月読達のような異質なものに敏感らしい。
月読を毛嫌いするのも、本能がそうさせているのだろう。
今までも、似たような人間に会ったことがある。だから、今回もそういう相手だと分かっていた。
あえて元村に近づくのは、スリルを味わいたいという月読の遊び心だ。
「フフッ」
月読は楽しそうな笑みを浮かべて、ゆっくり歩き出した。
瑠璃との約束通り、迅は再び洋館を訪れていた。
先日の月読の態度を思い出し、警戒しながら、塀へと近づく。
瑠璃は、今日も庭にいるだろうか。
塀伝いに、そっと中を窺った。
昨日は、瑠璃に気を取られていたが、よく見ると、広い庭のほとんどを埋め尽くすように、薔薇の花が咲いていた。
深紅や純白の薔薇が、鮮やかに目に飛び込んでくる。
夕陽に照り返して輝く様は、神々しくさえあった。
外から覗くのではなく、中に入って直に触れてみたい。
「迅?」
こぼれるような声に、ハッとして身を乗り出す。
目をこらして薔薇の中を覗くと、藤色の着物を身に纏った瑠璃が迅を見上げている。
「瑠璃っ」
迅は口元に笑みを浮かべ、愛しい瑠璃を見つめた。
薔薇の下に座り込む瑠璃は、まるで洋書の童話に出てくる妖精のようだ。
迅の心を奪って、綺麗に微笑む。
「迅、来てくれたの?」
瑠璃が、声を弾ませる。その頬に、赤みが差した。
「もちろんだ」
「こっちへ来て、迅」
瑠璃は迅を手招きして、庭の中へ誘った。
迅は慎重に辺りを見渡して、人がいないのを確認してから、古びた鉄柵の門をくぐる。
瑠璃に誘われたとはいえ、月読に見つかれば、不法侵入だと訴えられるかもしれない。
中に入って改めて庭を見渡すと、植えられた薔薇の数に驚かされる。
この洋館全体が、薔薇に包まれているようだ。
むせるような薔薇の匂いに迅は頭を振った。
「迅……」
瑠璃がゆっくりと立ち上がるが、足下がふらついている。
迅は慌てて駆け寄った。
「瑠璃、座っていろ」
体を抱きとめて、叱るように強く言い放つ。
だけど、瑠璃はぎゅうっと迅に抱きついて、胸に顔を埋めてきた。
「どうした。具合が悪いのか?」
病気がちだということを思い出し、迅は焦ったように尋ねる。
顔を覗き込めば、人形のような玲瓏な美顔は、透き通るほど白い肌をしている。
赤みを差した頬が、唯一、人間らしさを表していた。
「あたたかい」
瑠璃は迅に抱きついたまま、夢見るように呟く。
迅の左胸に耳をあてて、早鐘を打つ心臓の音を、心地よさそうに聴いている。
「瑠璃っ」
抱きついて離れない瑠璃に、迅は居心地の悪い思いで立ちつくした。
柄にもなく緊張しているのが、瑠璃に伝わってしまう。
居たたまれない気持ちになるが、瑠璃が頬ずりしてくるので、口端が緩んだ。
二人は、お互いを抱きしめる。
そうしていると、時が経つのを忘れた。
「ねぇ」
瑠璃が、甘えるように迅を見上げる。
迅は、眩しいものを見つめるように、目を細めた。
「迅……」
瑠璃が、何か言いかけた、その時。
無機質な声が、割り込んできた。
「瑠璃様」
ハッと振り返ると、昨日見た褐色の肌の使用人が姿を現した。
いつの間に!?
気配もなく現れたことに、迅は驚く。
「瑠璃様、お薬の時間です」
事務的に告げる声は、何の感情も見られず不気味だった。
とっさに、瑠璃を強く抱きしめる。
瑠璃も、使用人から顔を背けて、迅に縋りついた。
「いやっ。向こうへ行って」
「瑠璃様。せめて、お部屋へお戻り下さい。風邪を召されてしまいます」
微動だせずに、使用人は淡々と告げる。
瑠璃はイヤイヤと首を振って、幼子のように迅の腕をぎゅっと握る。
だが、迅は瑠璃の体が冷えていることに気づき、瑠璃の頬に掌をあてた。




