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3話 兄弟





「薔薇で傷つけたのか。早めに手当をしなければ、跡が残ってしまうぞ」

 迅は瑠璃の両手を掴んで、痛々しく傷ついている手を優しく包み込む。

 思っていたよりも、冷たい手だった。

「いいんだ。すぐに治るから」

 震える声で、瑠璃はそんなことを言う。

 悲しげな声さえも、迅の心には美しく聞こえた。

「瑠璃……」

 どうしようもない気持ちになって、瑠璃に顔を近づける。

 どんな顔をしているのか確かめたかったのだが、瑠璃はスッと顔を上げた。

 可愛らしく微笑み、迅を見つめる。

 手のひらが痛むはずなのに、笑みを見せる姿が切なかった。

「瑠璃は、泣いていただろう? 痛いのなら、我慢しなくて良いんだ」

 優しい言葉で告げると、瑠璃が驚いた顔を見せる。

 そして、フワリと嬉しそうに笑った。

「っ!?」

 心を攫っていくような、微笑み。

 迅はまた、心臓が爆発しそうになる。

 頬が熱くなり、うまく言葉を紡げない。

「だ、だから……その、ッ」

 早く手当をして欲しいと思ったのに、瑠璃は愛くるしい顔で迅を見つめる。

 言葉が喉の奥で止まってしまって、迅は口ごもった。

 その時だった。

「瑠璃っ!!」

 鋭い声が、二人の間を引き裂く。

 振り返ると、そこには学生服を着た月読が立っていた。

 睨むように、迅を見ている。

「雨藍」

 瑠璃は弾むような声で月読を呼び、パッと身を翻した。

 まっすぐに、月読の元へ駈けていく。

「瑠璃、外へ出てはいけないと言っただろう」

 月読は瑠璃を抱きしめると、顔をのぞき込んで、優しく言い聞かせる。

 瑠璃は僅かに表情を曇らせて、小さく謝った。

「ごめんなさい」

「あまり心配させないで」

「うん」

 瑠璃が、月読の頬にチュッとキスをする。

 そんな瑠璃を、月読は愛しげに瑠璃を見つめていた。

 ……アイツは、あんな顔もするのか。

 教室で見るのとは、まったく違う表情だ。あれほど慈愛に満ちた顔ができるとは、想像も出来なかった。

 二人の様子を呆然と眺めていると、月読が顔を上げた。

「それで、我が家に何のようかな?」

 月読は瑠璃を抱きしめたまま、怒りを露わにする。

 元来の美しい相貌には似合わない、きつい形相だった。

「いや、その……」

 圧倒されて、迅は何も言えなくなる。

 不法侵入で訴えられたらマズイと思うものの、月読の腕に抱かれた瑠璃が気になって仕方ない。

「雨藍、だめ」

 瑠璃が首を振って、月読を見上げる。

「ぼくが怪我してるの、心配してくれただけだよ」

 瑠璃は傷ついた右手を、月読の頬にあてる。

「瑠璃……」

 月読は、瑠璃の小さな手を取り、唇を押し当てた。

 そして、軽い仕草で、そっと舐めあげる。

 そうすると、怪我が治るとでもいうように。

 二人が寄り添う姿は、お互いだけを頼りにしているように見えた。

「……加佐見。家へ上がっていくと良い」

 月読は迅を睨んだまま、舌打ちしそうな勢いで告げた。

「弟を助けてくれた礼だ。茶くらいは出そう」

 不機嫌な顔で言い捨てて、月読は瑠璃を抱き上げた。

 そのまま、家の中へ入っていく。

「弟……?」

 思いがけない言葉に驚いたが、返事をする前に月読はどんどん遠ざかっていく。

「迅」

 月読に抱き上げられた瑠璃が、迅を手招きする。

 迅は迷ったが、ここで瑠璃と別れるなんて、ありえなかった。

 月読の後をついていき、家の中へ上がる。

 建物の中は、洋風の造りになっていた。いたるところに、珍しい装飾品が飾ってある。

「こちらへ」

 月読は振り返り、迅を応接間に通した。

 迅がソファーに腰掛けると、月読は瑠璃を抱き上げたまま、応接室を出て行こうとする。

「雨藍っ」

 か細い声で、瑠璃が月読を咎める。

 瑠璃が訴えるように月読を見上げると、彼は小さくため息をついた。

 再び応接間へ戻り、迅が座った向かい側のソファーに、瑠璃を下ろした。

 瑠璃は、ニコニコと嬉しそうな顔になる。月読は瑠璃の額に手を当て、安堵したように頷くと、部屋を出て行った。

 その後ろ姿を見つめていると、瑠璃が迅に微笑んだ。

「びっくりした?」

「いや……」

 瑠璃の着物が乱れてるのが気になり、迅は視線を逸らした。

「雨藍は、ぼくに過保護だから。迅には、変に見えるかもしれなけど……」

 瑠璃が、困ったような顔で眉尻を下げる。

 その表情を見て、迅は慌てて首を振った。

「俺は、立派な兄上だと思うぞ!」

「本当?」

「ああ」

「嬉しい」

 瑠璃が、花が咲いたような笑顔を見せる。

 頬を赤く染めて「よかった」と両手を胸に当てた。

 月読のことを想う姿に、迅の胸はチリッと痛む。






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