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23話 君以外に何もいらない





 瑠璃は、迅の膝に乗り上げて、顔を近づけた。

 肩に手をおき、唇を噛む。

「瑠璃」

 迅は、人差し指を瑠璃の噛んだ唇にあてた。

 痛々しい唇をみて、悲しそうな顔をする。

「噛むな。血が出てしまう」

 今にも、接吻しそうな距離なのに、二人は互いに見つめ合っているだけだ。

「うん……」

 迅は、瑠璃の綺麗な瞳に見惚れていた。

 涙で潤んでいるのも、ひどく扇情的だ。

「ぼくは」

 瑠璃が、口を開く。

 迅に微笑みながら、言った。

「ぼくは、迅とこうして居られるだけで、幸せだよ」

 瞳を潤ませながら、嬉しそうな顔をする。

 迅も頬を緩めて、瑠璃を見つめた。

「俺も同じだ。瑠璃」

 庭の片隅で、二人抱き合って、時を過ごす。

 この時間が幸せで、迅の心は満たされていった。

「迅。ぼくのそばに、いてくれる?」

 瑠璃は、なんども迅に尋ねた。

 まるで、幼子が、同じ言葉を繰り返すように。

「もちろん。側にいる」

「でも、迅は悲しむよ?」

 瑠璃は、謎かけのような言葉を紡ぐ。

 その赤い唇に、薔薇の花びらを口に含んだ。

「悲しむ? なぜ?」

「だって……すべてを、捨てないといけないから」

 瑠璃は花びらを飲み込み、目を伏せたまま答えた。

 迅には、瑠璃の言葉の真意は分からない。

 ただ、己の想いを伝えることで、瑠璃を笑顔にしたかった。

「構わない。瑠璃の傍にいられるのなら、それ以外には何も望まない」

 きっぱりと答える迅に、瑠璃は顔を上げた。

 その口元に、笑みを浮かべている。

「本当に、いいの?」

 首をかしげて、問いかけてくる。

 まるで、迅の想いの強さを確かめているようだった。

 だから、迅は迷わずに頷く。

 パァッと花が咲くように、瑠璃が笑った。美しい瞳が、涙に濡れて輝く。

「大好き。迅」

 瑠璃が、迅の頬に接吻をする。

 温かくて、幸せな感触だった。

 迅は、もう二度と離さないと瑠璃をきつく抱きしめた。

 瑠璃以外に、何もいらない。

 迅が告げると、瑠璃は幸せそうな貌になる。

「ずっと、ぼくを愛してね?」

 愛くるしい声が、耳元で囁く。

 迅が頷くと、首筋に鋭い痛みが走った。

「……ッ!?」

 ぐらり、と体が傾く。

 力が入らず、そのまま地面にどさっと倒れた。

 揺らいだ視界に、一瞬だけ愛しい顔が映った。

 瑠璃、と呼ぼうとしたが、すぐに意識が途切れた。




 + + +




 雨藍は洋館に帰りつくと、真っ先に夫人の元へ向かった。

「母様っ!!」

「あら、お帰りなさい」

 大声で呼ぶと、すぐに夫人が瑠璃の部屋から出てくる。

 雨藍は眉間に皺を刻んだまま、不機嫌に告げた。

「しくじった」

 火傷した右手も未だに痛む。

 見せると夫人は驚いたように雨藍を見た。

「まあ、本当に?」

「ああ。この街を出よう」

 例の事件の犯人として、探りを入れられるかもしれない。

 本村の前では余裕を見せていたが、雨藍は焦っていた。

 疑われるのは、別に構わない。

 どうとでも言い訳は出来るが、弟を不安にさせたくなかった。

「急に言われても……あの人が戻るまで、待っていて」

 夫人は困ったように、壁時計を見る。

「じゃあ、準備をしておいて」

 雨藍はそう言うと、瑠璃の部屋へ向かった。

 まったく、とんだ失態だと舌打ちする。

「瑠璃?」

 雨藍は軽くドアをノックして、中に入った。

 瑠璃はベッドに腰掛けながら、兄を迎える。

「雨藍。おかえりさない」

 ふわふわと微笑んで、瑠璃は雨藍を見上げた。

 だが、その傍らによく見知った男が眠っているのを見て、怪訝な顔をした。

「どうしたんだ、それ」

 ベッドには、迅が眠っている。

「ぼくが、やったの」

 無邪気に答える弟に、雨藍は苦笑した。

 なるほど、そういう訳だったか。

「瑠璃。ちゃんと飲めたんだね」

「うんっ」

 瑠璃は、体質的にどの露でもいいわけではない。ふだんは雨藍以外の露を飲まないので、ちゃんと摂取できたのは良かった。

 雨藍が瑠璃の頭を撫でると、ニコニコと笑う。

「瑠璃。この街を、出るよ」

 柔らかな髪に指を絡ませて、雨藍はそう告げた。

 瑠璃が、首をかしげる。

「もう?」

「早くしないと、疑われるかもしれないからね」

 瑠璃の髪に触れながら、優しくなだめた。

 瑠璃は、何も言わなかった。

 迅を見つめながら、幸せそうに微笑む。

 雨藍は瑠璃を抱き寄せると、頬に接吻をした。

「雨藍。好き」

 瑠璃が、にっこりと笑う。

 愛する弟の笑顔と、その言葉が、雨藍にとっての救いだった。






 瑠璃は、ベッドに眠り続ける迅を、愛しそうに眺めた。

 雨藍は、今夜にもこの土地を離れると言っていた。

 そうしたら、もう二度と、ここへは帰ってこない。

「迅……」

 瑠璃は、ベッドに乗り上げて、迅の隣に寝そべった。

 その横顔を見ながら、頬を緩める。

「迅」

 呼びかけても、迅は目覚めない。

 実直で、優しくて。

 熱い眼差しを、甘い言葉をくれる迅を、瑠璃はとても愛していた。

 手を伸ばして、迅の腕を掴んでみる。





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