表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/26

21話 遠くへ行く





 瑠璃が、泣き出しそうな声でそう言った。

 迅はギュッと抱きしめて、首を振った。

 瑠璃を忘れるなんて、出来るわけがない。何より、瑠璃と離れるなんて、考えられないのに。

 一緒に居たいと願った想いは、叶わないのだろうか。

「瑠璃とは、一緒にいられないのか?」

 返事をくれなかった瑠璃に、もう一度尋ねてみる。

 躊躇うように震えた手を、優しく握りしめた。

 瑠璃はゆっくり顔を上げる。まなじりに涙をためて、肩を震わせた。

「瑠璃……」

「……ぼく、遠くへ行くの」

 遠く……また、引っ越すということなのか。

 離れるという現実を突きつけられて、迅は胸が痛んだ。

「いつ?」

「分からない」

「どこに引っ越すんだ?」

「それも、分からない」

 瑠璃は、静かに涙をこぼした。

 迅は、無骨な指先で涙を拭い、やりきれない顔で瑠璃を見た。

 大人の都合は、残酷だ。

 どれほど願っても、子供はそれに従わざるを得ない。

 迅は、それが分かるくらいには大人だった。

 離ればなれになるというのなら、きっと、そうなってしまうのだろう。

「……瑠璃と、離れたくないっ」

 迅は、瑠璃を強く抱きしめる。

 この愛しい温もりを失うなんて、考えられない。

 でも瑠璃は、悲しげな顔をしただけだった。

「いつかの話だよ。迅」

 今すぐじゃないよ。

 瑠璃はそう言いながら、迅の髪を撫でる。

 だけど、瑠璃の瞳は、涙に潤んでいる。

 そう遠い話ではないのだと分かり、迅は愕然とした。

 そして、ふと思い出した。

 この前、瑠璃が迅に尋ねた、あの謎の言葉。

「瑠璃」

「なに?」

「俺は……瑠璃と一緒には、行けないのか?」

 それが叶うなら、瑠璃と共にありたいと思った。

「瑠璃の側にいられるなら、どこへでも行くと言っただろ?」

 迅は、真摯な想いで瑠璃を見つめる。

 けれど、瑠璃はとつぜん、迅を突き飛ばした。

 透きとおる涙をいくつも零して、澄んだ瞳に迅を映す。

「瑠璃っ!?」

 驚きに、言葉も出ない。

 気のせいか、薔薇の香りが濃くなってきた。

 息を呑む迅の前で、瑠璃はゆっくりと口を開いた。

「それは、永遠の夢だよ……」

「どういうことだ……?」

「……」

「瑠璃?」

「もし、迅が……永遠の夢を、見たいと……願ってくれるなら」

 瑠璃が、スッと手のひらをさしのべる。

 その白すぎる腕は、迅の目には眩しかった。

「ぼくは、迅と遠くへ行けるよ?」

 向けられる眼差しは、悲しみに満ちている。

 それを、瑠璃が望んでいないのだと悟った。

 遠くとは、どれくらい離れた場所なのだろう。

「瑠璃……」

 だが、はるか彼方であったとしても。

 迅の答えは、すでに決まっていた。

 瑠璃のためなら、永遠を誓える。

 瑠璃と共に居られるのなら、地の果てまでだって行ける。

 迅を引き留めるものは、何もなかった。

 迅にとって、この世に瑠璃より大切なものはなかったのだ。

「瑠璃。俺は、瑠璃と一緒にいたい」

「迅……」

 さしのべられた手のひらを、迅はそっと握りしめる。

 ひんやりとした手のひらを温めるように、両手で包み込む。

 瑠璃の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。




 + + +




 元村と月読は、例の神社にやってきた。

 ここに着くまで元村は無言だったが、この前と同じ場所に来ると、険しい顔で月読を振り返った。

「怖い顔してるね、元村君」

 月読は階段に腰掛けると、右隣をぽんぽんと叩く。

 座れ、という合図に、元村は首を振った。

「このままで良い」

 月読を見る視線は鋭く、化けの皮をはがしてやろうという勢いが見られた。

 元村は拳を固く握りしめて、口を開く。

「月読。洗いざらい全部話してもらおうか」

「全部って言われても……何が知りたいんだ?」

 月読は、首をかしげる。

 その態度にイラッとしながら、元村は単刀直入に尋ねた。

「月読。お前は何者だ?」

 元村にとって、一番知りたいのは月読の正体だ。

 なぜ、元村に接吻をしたのか。

 あの凍るような冷たさは、まるで人ではなかった。

 月読一家が引っ越してきたとたんに、きな臭い事件が起こるようになった。元村にとっては、婚約者が殺されたという疑惑もある。

 元村は、何が起こっても対処できるように、魔を払うお守りを懐に忍び込ませてきた。 こんなものに効き目があるか分からないが、元村は己の神社を信じることにする。

「その前に、一ついいかな」

 月読は、にっこりと笑顔を見せる。

「何だ?」

「君の返事を、聞きたいのだけど?」

 月読が可愛らしく首を傾げれば、黒髪が揺れて、いっそう美しさを際だてた。

 不覚にも、心臓がドキッと高鳴る。

 それに気付いて、元村は舌打ちした。

 これが、月読の作戦なのだ。

 元村は自分に言い聞かせながら、拳にぐっと力を入れた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ