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20話 さみしかった





「月読っ!」

「何かな。元村君」

 月読は、笑いを含んだ声で聞き返す。

 元村がカッとして声を荒げる前に、月読は澄んだ声音で、柔らかく告げた。

「話は、放課後にしよう。君が知りたがっていたこと、教えてあげるよ」

 艶やかな微笑に、元村はブルッと身震いした。

 他の者なら、うっとりと見惚れる笑顔だろう。

 だが、元村には、鳥肌が立つほどに気持ち悪かった。

「ああ、加佐見。君は駄目だよ」

 月読は茶目っ気に笑って、迅を見た。

 その月読の横顔を、元村は凝視する。

 底知れぬ恐ろしさを感じ、元村はきびすを返して、その場から離れた。

 残された迅は、妙な雰囲気に飲まれて、どうして良いか分からない。

「俺も席に着かないと」

 月読はそう言って、加佐見に笑いかける。

 そして、通り過ぎる間際に、小声で言った。

「瑠璃の熱は、下がったよ」

 迅がハッと振り向くと、もう背中しか見えない。

 愛する瑠璃の熱が下がったという知らせに、迅は心から安堵する。

 なぜ、月読がわざわざ知らせてくれたのかは、分からない。もしかしたら、瑠璃が月読に頼んでくれたのかもしれなかった。

 今日こそは、瑠璃に会える。

 そう思うと、迅は浮かれた気分になる。

 たった一日、会わなかっただけなのに。

 もう何日も離れていたような気がして、放課後が待ち遠しくなる。

 迅は浮かれいてたせいで、元村と月読の会話もすっかり忘れ、頭の中は瑠璃のことで一杯になった。






 一日、なにごともなく無事に過ぎた。

 放課後になると、月読から元村に近づいて、話しかける。

「元村君。今日は、俺に付き合ってくれるだろ?」

 月読自らのお誘いに、周りの級友達は羨ましそうな顔をした。

 元村の態度は変わらず、憮然としている。迅には、今日こそ正体を暴いてやろうという意気込みが見て取れた。

「それじゃ、またな。加佐見」

 月読はなぜか、迅を振り向き、笑顔を見せた。

 ひらひらと手を振って、別れを告げる。

 そこに、今までのとげとげしさはない。

 迅が今から、月読の愛する瑠璃の元へ向かうことは、分かっているはずだ。

 それなのに、睨み付けるどころか、笑顔だった。

 迅は不気味さを感じて、眉を顰めた。

 元村と教室を出て行く月読の背中を、ジッと見送る。

 月読が何を考えているか、よく分からない。

 だが、瑠璃に会うことを考えると、迅はすぐに二人のことを忘れた。






 迅は、洋館の鉄柵から、庭へこっそり入り込んだ。

 そこに、瑠璃がいると思ったのだ。

 甘く香る薔薇の群れの中で、着物を着た瑠璃は、ぺたんと座り込んでいた。

 迅の姿を見つけると、嬉しそうに声を上げる。

「迅っ!」

「瑠璃っ!」

 迅は走ってきたので、息を切らしていた。

 ようやく愛しい瑠璃を目にして、迅は高揚した。

「瑠璃……!」

「迅、来てくれたんだね」

「もちろんだ」

 瑠璃は、決して太陽の下には出ない。だから、曇り空の時には、よく庭に出て薔薇と戯れているのだ。

 近くには、例の使用人がいるはずだが、姿は見えない。

「熱は、もう引いたのか?」

 心配して迅が尋ねると、瑠璃は頬を赤らめて頷く。

「雨藍が、大げさに言ったんだね。大した熱じゃなかったのに」

 そう言いながらも、嬉しそうに口元を綻ばせる。

 瑠璃に手招きされて、迅は傍らに座った。

 そうすると、瑠璃は手に持っていた薔薇を放りだして、ぎゅっと迅に抱きついた。

「迅。淋しかったよ」

 瑠璃は幼子のように、頬をすり寄せて甘えてくる。

 迅が優しく抱きしめると、嬉しそうに笑った。

「瑠璃。俺も、寂しかった」

「ふふ」

 瑠璃と抱きしめ合うだけで、迅の心は満たされる。

 ずっと、こうしていたいと願ってしまう。

 ……瑠璃と、いつまで一緒に居られるだろう。

 できるなら、この先もずっと、瑠璃の傍らにありたい。

 その為には、どうすればいいのか。

 迅は真剣に考え始めていた。

「ねぇ」

 瑠璃が、とろけるような声で呼びかける。

 迅は優しい眼差しで、瑠璃を見つめた。

「ぼく、迅が好きだよ」

「瑠璃」

「迅が、好き」

 甘く痺れるような囁きに、胸がときめいた。

 腕の中に抱きしめた瑠璃は、縋るように迅のシャツを掴んでくる。

 迅は瑠璃の背中を撫でて、同じように返した。

「俺も、瑠璃が好きだ」

 愛の重さを比べることなんてできないけど、おそらく迅の方が、瑠璃を愛している。

「俺はずっと、瑠璃と一緒に居たい。この気持ちは、変わらないから」

 それだけは信じてほしい。

 迅は、瑠璃に想いを告げる。

 すると、瑠璃は瞼を震わせて、迅の服をぎゅっと握った。

「迅は、ぼくを、嫌いにならない?」

「嫌いになるわけがないだろ?」

「……離れても、忘れないでいてくれる?」






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