表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/25

1話 転入生





――はるかなる永遠の 煉獄のような孤独







 時は大正。

 明治維新によって他国の文化が入り込み、華族は着物を脱いで洋服を着るようになる。外国の言葉やモノが流通して、今までとは違った、華やいだ文化を見せていた。

 そんな時代に生まれ育った加佐見(かざみ)(じん)も華族の一人だ。

 庶民とは一線を引いたところで、生活していた。




 迅はまだ学生なので、学校に通っている。

 ある日、教室へ行くと、友人の元村(もとむら)から、ある噂話を聞いた。

「あの洋館に、人が越してきたらしいぞ」

「洋館というと、街外れの洋館のことか?」

「ああ。この前、あそこの近くを通ったんだけどさ。ちょっと不気味な感じだったぜ」

 街外れにある大きな洋館は、長らく使われずそのままになっていた。

 誰かが引っ越してきたというのは初めて聞いたが、街ではずいぶんと噂になっているらしい。

「不気味と言うが、もともと古い建物だから、当然ではないか?」

 迅はそう言うと、元村は渋い顔で首を振る。

「加佐見も、いっぺん行ってみれば分かる」

 彼にしては珍しく、嫌な顔をしていた。

 よほどひどい建物だったのだろうか。

 いつもは陽気な元村の、険しい表情が気になり、迅は帰りに洋館へ寄ってみようと思った。

 その日のホームルームが始まる前に、とつぜん転入生がやってきた。

「新しく入った月読(つくよみ)君だ。皆、仲良くするように」

 教師に連れられて紹介されたのは、顔立ちの整った、美しい少年だった。

 少しくせのある髪は普通の男子よりも長く、本当に男か疑ってしまうほどだ。

「初めまして。月読です」

 凛とした声も高くて、ふわりと微笑む姿は、なんとも言えない魅力があった。

 みな、男と分かっていながら、ぽぅっとなっている。

 迅でさえ、少し変な気分になったくらいだ。

 チラリと、と横目で元村を見れば、予想に反して、睨み付けるような眼で月読を見つめていた。

 元村の視線に気づいたらしい月読は、くすっと笑みを浮かべる。

 ひょっとして、二人は顔見知りだったのだろうか。

 そんなことを思い元村を見たが、元村は迅の方を振り向くことはなかった。




 美貌の転入生は、すぐに噂に広まった。

 迅の教室に、他の教室から生徒がたくさんやってきた。ひと目でも、噂の転入生を見ようとしているのだろう。

「気にいらねぇ」

 常に生徒の中心的存在だった元村は、不機嫌そうに窓の外を見遣る。

 迅は、実直な性格と強面な顔が災いして、あまり仲の良い学友はいない。元村が一緒にいてくれるのは、近所に住んでいた関係で、小さい頃から付き合いがあったからだ。

「元村、他人を羨むものではない」

 厳しく躾けられてきた迅は、そう言って元村を諭す。そうすると、だいたい相手を怒らせてしまうのだが、元村は慣れたもので、迅の言葉などあっさり聞き流した。

「だいたい、胡散臭いんだよ。アイツ、俺が睨み付けてんのに、笑いやがって……!」

 喧嘩を売っているのだから、買って欲しい。

 元村が言いたいのは、そういうことだ。

 ずいぶんとおかしく見える理屈だが、元村という人間を知っている迅は「そうか」と頷くだけだった。

「あんなキレーな顔して、後で襲われてもしらねーぞ」

 ぶつぶつと文句を言いながら、元村は外を眺める。

 ここは、男だけが通う学舎だ。男は男だけ、女は女だけが集まる学校に入れられる。だから月読みたいな見目麗しい人間は、大抵どちらに行っても被害を受けるのだ。

「心配しているのか?」

 迅が尋ねたら、元村は思いっきり不機嫌な顔で「違う」と言い張った。

 だから迅は、そうなのかと単純に頷いて、机の上に読みかけの本を出した。

 最近、ずっと長い時間を掛けて読んでいるのは、外国の本を和訳したものだ。迅はこれを気に入っていた。

 元村がつまらなそうな顔をしている横で、迅は構わず本を読み耽る。

 そんな迅と元村を、見つめる者がいた。

 周りを数人の生徒に囲まれて、にこやかな微笑みを浮かべていた月読だ。彼は二人の方をじっと見つめていたが、誰もそのことに気づかなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ