1話 転入生
――はるかなる永遠の 煉獄のような孤独
時は大正。
明治維新によって他国の文化が入り込み、華族は着物を脱いで洋服を着るようになる。外国の言葉やモノが流通して、今までとは違った、華やいだ文化を見せていた。
そんな時代に生まれ育った加佐見迅も華族の一人だ。
庶民とは一線を引いたところで、生活していた。
迅はまだ学生なので、学校に通っている。
ある日、教室へ行くと、友人の元村から、ある噂話を聞いた。
「あの洋館に、人が越してきたらしいぞ」
「洋館というと、街外れの洋館のことか?」
「ああ。この前、あそこの近くを通ったんだけどさ。ちょっと不気味な感じだったぜ」
街外れにある大きな洋館は、長らく使われずそのままになっていた。
誰かが引っ越してきたというのは初めて聞いたが、街ではずいぶんと噂になっているらしい。
「不気味と言うが、もともと古い建物だから、当然ではないか?」
迅はそう言うと、元村は渋い顔で首を振る。
「加佐見も、いっぺん行ってみれば分かる」
彼にしては珍しく、嫌な顔をしていた。
よほどひどい建物だったのだろうか。
いつもは陽気な元村の、険しい表情が気になり、迅は帰りに洋館へ寄ってみようと思った。
その日のホームルームが始まる前に、とつぜん転入生がやってきた。
「新しく入った月読君だ。皆、仲良くするように」
教師に連れられて紹介されたのは、顔立ちの整った、美しい少年だった。
少しくせのある髪は普通の男子よりも長く、本当に男か疑ってしまうほどだ。
「初めまして。月読です」
凛とした声も高くて、ふわりと微笑む姿は、なんとも言えない魅力があった。
みな、男と分かっていながら、ぽぅっとなっている。
迅でさえ、少し変な気分になったくらいだ。
チラリと、と横目で元村を見れば、予想に反して、睨み付けるような眼で月読を見つめていた。
元村の視線に気づいたらしい月読は、くすっと笑みを浮かべる。
ひょっとして、二人は顔見知りだったのだろうか。
そんなことを思い元村を見たが、元村は迅の方を振り向くことはなかった。
美貌の転入生は、すぐに噂に広まった。
迅の教室に、他の教室から生徒がたくさんやってきた。ひと目でも、噂の転入生を見ようとしているのだろう。
「気にいらねぇ」
常に生徒の中心的存在だった元村は、不機嫌そうに窓の外を見遣る。
迅は、実直な性格と強面な顔が災いして、あまり仲の良い学友はいない。元村が一緒にいてくれるのは、近所に住んでいた関係で、小さい頃から付き合いがあったからだ。
「元村、他人を羨むものではない」
厳しく躾けられてきた迅は、そう言って元村を諭す。そうすると、だいたい相手を怒らせてしまうのだが、元村は慣れたもので、迅の言葉などあっさり聞き流した。
「だいたい、胡散臭いんだよ。アイツ、俺が睨み付けてんのに、笑いやがって……!」
喧嘩を売っているのだから、買って欲しい。
元村が言いたいのは、そういうことだ。
ずいぶんとおかしく見える理屈だが、元村という人間を知っている迅は「そうか」と頷くだけだった。
「あんなキレーな顔して、後で襲われてもしらねーぞ」
ぶつぶつと文句を言いながら、元村は外を眺める。
ここは、男だけが通う学舎だ。男は男だけ、女は女だけが集まる学校に入れられる。だから月読みたいな見目麗しい人間は、大抵どちらに行っても被害を受けるのだ。
「心配しているのか?」
迅が尋ねたら、元村は思いっきり不機嫌な顔で「違う」と言い張った。
だから迅は、そうなのかと単純に頷いて、机の上に読みかけの本を出した。
最近、ずっと長い時間を掛けて読んでいるのは、外国の本を和訳したものだ。迅はこれを気に入っていた。
元村がつまらなそうな顔をしている横で、迅は構わず本を読み耽る。
そんな迅と元村を、見つめる者がいた。
周りを数人の生徒に囲まれて、にこやかな微笑みを浮かべていた月読だ。彼は二人の方をじっと見つめていたが、誰もそのことに気づかなかった。




