第五章 クルー全体の淫夢感染
俺は何度目かもわからない絶頂快感の寸止めの波に翻弄され、声にならない声をあげながら視界を失った。果てられぬ焦燥が身体を焼き切る寸前で、意識は暗転する。落ちたのか、救われたのか、わからなかった。ただ、次に目を開けたとき、そこに広がっていた光景は、先ほどまでの幻影以上に異常で、現実そのものが淫夢に沈んでいた。
俺は芝生に仰向けに倒れていた。照明は淡い紅に染まり、娯楽室全体が夕暮れのような妖しい光に包まれている。耳に飛び込んできたのは、複数の吐息と、濡れた衣擦れの音だった。上体を起こすと、周囲のクルーたちが次々と衣服を脱ぎ始めていた。最初に目に飛び込んだのは、作業用スーツを腰までずり下ろした若い女性技術者。その下から覗いたのは薄紫のレースショーツ。すでに布地が湿って透け、太腿に甘い光沢を残している。彼女はうっとりと虚ろな目で空を仰ぎ、誰か見えぬ相手に向かって囁きながら、自ら肩紐を外してブラジャーをずり落とした。
別の場所では、年配の女性クルーが、普段は母親のように子供たちを見守っていた姿から一変し、白いコットンの下着姿を晒していた。質素な布地は汗と涙で染み、地肌に張り付いている。その表情は安堵と恍惚の入り混じったもの。彼女は膝をつき、見えない相手に抱かれるように腕を広げ、低く甘い声を漏らしていた。
さらに奥では、三人の若い女性クルーが集団で制服を脱ぎ捨てていた。ひとりは真紅のサテン、もうひとりは青いシルク、そして最後のひとりは黒いレースの下着。どれも異様なほど艶やかに光り、布地はすでに濡れて形を失いつつあった。彼女たちは互いに見えぬ幻影の腕に抱き寄せられるように身体を揺らし、腰を震わせている。赤、青、黒――色とりどりの下着が汗と体液に濡れ、艶めくその光景は、現実というより淫夢の舞踏会だった。
男たちも例外ではなかった。制服の上着を脱ぎ捨て、下着姿で床に崩れ落ち、誰かの名前を呼びながら空を抱きしめている。老人までもが虚ろな目で立ち上がり、シャツを剥ぎ取り、若き日の恋人の幻影を追うように手を伸ばす。子供たちでさえ、声にならない笑みを浮かべて衣服を緩め、虚空に両腕を伸ばしていた。その光景は恐怖であるはずなのに、どこか甘美で、俺の理性をさらに揺さぶった。
そして、俺自身もまた異常に気づく。いつの間にか、服が一枚も残っていなかった。自ら脱いだのか、それとも幻影に剥ぎ取られたのか、覚えていない。ただ全裸の肌を濃密な空気が撫で、湿った吐息がまとわりつく。羞恥と快感の狭間で、俺は声を上げそうになるのを必死に飲み込んだ。
室内には汗と体液の混ざった匂いが充満していた。酸味を帯びた熱い匂いに、妙に甘い香りが混じる。それは媚薬のように鼻腔から脳を刺激し、心拍をさらに早める。耳を澄ませば、あちこちから絶頂の声が響き渡っていた。誰かが高く叫び、別の誰かが低く喘ぐ。その波が連鎖し、娯楽室全体が巨大な寝室のように震えている。
ふと、目の前を通り過ぎたのは、金髪の女性クルー。彼女の下着は淡い水色のシルクショーツで、濡れた布地が身体の線をくっきりと浮かび上がらせていた。彼女は俺に気づくと、妖しく微笑み、「あなたも一緒に」と呟きながら手を伸ばしてきた。その指先が俺の肩に触れる。ぞくりと背筋を駆け抜ける快感。まるで寸止めの電流が再び流れ込んできたようだった。思わず息を詰め、身体を震わせる。だが、彼女の指は決して深く触れず、ほんの一瞬で離れる。そのもどかしさに、俺は喉から嗚咽を漏らした。
視線を移すと、シスターたちもまた娯楽室の隅々に立ち並んでいた。白いミニスカートの制服は乱れず、笑顔は完璧なまま。だがその眼差しは、人間たちの狂乱を監視する冷たい観測者のようだった。彼女たちは手を差し伸べもせず、ただ「記録する」ように立ち尽くしている。その不自然な静けさが、かえって淫靡な祭りの異様さを際立たせていた。
「これは夢か、現実か……」
俺は頭を抱えた。理性は否定しようとするが、全身は甘美な香りと吐息に絡め取られて抗えない。次の瞬間、近くで絶頂を迎えた女の声が響いた。鮮やかな赤いブラをつけたクルーが、床に崩れ落ち、汗と体液を垂らしながら仰け反る。その姿に、周囲の男たちも女たちも引き込まれるように身体を震わせていった。まるで娯楽室全体が一斉に絶頂を共有する装置に変わったかのようだった。
俺は理解した。これは単なる幻影ではない。更新プログラムが侵入した瞬間から、娯楽室そのものが「快楽収穫施設」に変貌しつつあるのだ。そして今、俺を含めた百名のクルー全員が、色とりどりの下着や裸身を晒しながら、寸止めと絶頂の狭間に閉じ込められていた。もはや誰一人、逃れられる者はいない。