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ギルドにて

 道行く人波と朝の光を堪能しつつ、のったり歩きでギルドに到着した。昨日よりは幾分か人の出入りが多く、鎧に身を包み、剣や様々な武器で武装している人がほとんどで、俺のように町人めいた服装の人など数えるほどしかいない。どうやら討伐や護衛の仕事の方が盛んらしいな。

 腰にさしている剣の鞘や鎧の装飾をひっかけないように慎重に中に入る。さて、素人が闇雲に掲示板から依頼を持っていくのも危険だし、昨日の受け付けに初心者向けの依頼でも聞いてみるか。

 掲示板の脇をぬけて、少し離れたカウンターへ。受け付けには昨日と同じ男が座っていた……のだが。

 こちらに気付いたその受付係が、サッと立ち上がって、右手を振り上げた。何事かと身構えると目の前に飛び出して来たのは2人の鎧姿のいかにも荒事専門といった風体の男たち。後ろを振り返って駆け出すも、入口を違う2人で塞がれた。

 なんだ、一体何が起こっている?


「……このギルドでは冒険初心者を怯えさせるのが流行っているのか?」


「いえいえ、とんでもない!」


 受付係が昨日と同じ営業用の笑顔を浮かべて首を振るが、残念ながら今は何を考えているのかわからない不気味な笑顔にしか見えない。左腕のナイフを取り出して逆手に構えてみせると、目の前の2人が剣を抜いた。

 うわ、これは無理だ。俺とあいつらじゃリーチも経験も足りない、奇襲をかけるにもがっちり向かいあっているからどうしようもないときた。さて、どうするべきか。


「理由を聞いても?」


 受付係は一瞬戸惑ったようだが、頷いて懐から一枚の紙を取り出した。遠目でしか見えないが、メモ用紙サイズのそれは間違いなくギルドの依頼紙だった。


「さる大物政治家から早急解決を希望する依頼紙が届けられました。依頼はある男を無傷で取り押さえて依頼者のところに送り届けること。特徴は黒髪黒目で、中肉中背、黒の服、極めつけはその凶悪な目付き!私はピンときたのです、昼間に訪れた貴方の事だと!」


「で、依頼人は?」


「そんなの、言えるわけないじゃないですか。」


腰に手をあてて不敵に笑う受付係。長い話の間でも前後の男たちは少しも動く気配がない。男たちの立ち位置からみて、あの受付係が今回の作戦の中心となっているらしい。

 取引してみる価値はありそうだ。なんにせよこちらの利益もないのにただ他人に飯を提供するのは癪にさわる。

 それに取引に使えそうな手札も何枚か浮かび上がってきた。多分依頼人はあいつだ。水色のふわふわした髪の、水魔法を使う物騒な女。あのポシェットに入っていた金額や売国奴なんて罵られていた事といい、正に政治家の娘っぽい。で、この世界に来て禍根がありそうなのはあの女しか思い当たらない。


「まあ事情は把握した。だがこちらもただ連れていかれるのは割りにあわない。報酬の5割をいただこうか。」


「ごっ……!? そんな取引あってたまるか! だいたい有利なのはこちらだぞ、なんでそ………」


「なあ、そこのギルド職員さん。」


 剣を抜いた男たちの後ろで、成り行きを見守っていた女性職員に視線を向ける。いきなり話をふられて、女性が驚いたように背筋を伸ばして、はい!と言葉を返した。


「あの紙、あいつの懐から出てきたがギルド職員が仕事をこなすのも有り?」


「え、ええ、まあ。掲示板に貼り付けてあり、尚且つ他の登録者が手を出さずに1日経過した場合のみ可能と注意書きはありますが。」


「……その紙、本当に掲示板に貼り付けてあったのか?」


「申し訳ありません、少々おま「貼ってあったに決まっているだろう!」」


 困ったように口ごもる女性職員の言葉を掻き消すように受付係が叫ぶ。

 敬語の崩れた受付係に視線を投げ掛け、ニヤリと笑う。正規の方法で入手したものなら、何故そんなに顔色を悪くするのか。全く残念な男だ、黙って報酬を渡せば大事にならずに済んだものを。 


「俺はその政治家とやらに面識がある。ただ名前等一切伝えていないために、このような手段に出たのだろうさ。」


「なら話は早いじゃないか!つべこべ言わず黙って「だがそいつと知り合ったのは昨日の昼頃だ。」


 受付係の言葉を殊更強く否定する。お前の主張する1日分の掲示時間など存在しないんだって事をな!

 俺に人差し指を突きつけたまま、受付係がワナワナと体を震わせている。顔色は青から赤へ、ひきつった表情からは初めて会った時の営業スマイルが完全に失われている。


「う、嘘だッ!」


「間違いなく昼頃だな。じゃあ今からその依頼人とやらに会いに行くか。直接会って、その依頼紙はいつ出したのか証人を伴って聞こう。もしそちらの言い分が正しければ報酬は全額そちらのもの、だがもし俺の言い分が正しければ迷惑料としてその紙をこちらに渡してもらおう。不正に得た依頼紙で報酬が貰えるなど思っていないだろうな?」


 ナイフを袖に収めて、受付係の前に立つ。後ろの男たちが困惑気味に顔を見合わせ、それぞれがバラバラと剣を鞘におさめた。

 もうお前に後などない。政治家の依頼だと言っていたが、それから察するに人探しにしては破格の値段がついていたのだろう。そして自分はその人物を知っている、と。魔が差したのは分かるが、人生真面目に生きなければ天国に行けなくなってしまうぞ、天然パーマのお兄さんよ。

 にっちもさっちもいかなくなって俯いてしまった受付係を仁王立ちで見下ろしていると、さっき協力してもらった女職員がこちらに歩いてきた。

 それに注目すると同時に周りを様子が目にはいり、思わずため息をついた。いつもなら冒険者たちが依頼紙を持ってカウンターに並び、ギルド職員が忙しく業務をこなしているであろう時間なのだろう。だが、俺が(正確に言えばこの天然パーマの兄さんが)引き起こした騒ぎのせいで、ギルドの業務が完全に停止してしまっていた。

 ここは謝るべき、だろうな。俺のせいじゃないけど……いや、騒ぎを大きくしたのは俺か。

 静まりかえったホールの中、ヒールの音も高らかに受付係の前に立ち、微塵の躊躇もなく受付係の懐に手を突っ込むと、さっきの依頼紙を取り出した。

 おぅ……この姉さん意外と思いきりがいいな。

 ギルド内全員の視線を受けて尚、その女職員は俺に依頼紙を手渡すと深々と頭を下げた。


「申し訳ありません。この度はギルド職員の自分勝手な振る舞いのせいで、大変なご迷惑をおかけしてしまいました。どうぞ、その紙は貴方がお持ちください。お詫びといってはなんですが、依頼人のところまでお送り致しましょう。……皆様、大変ご迷惑をおかけ致しました。今後、このような事態にならぬよう一同気を引き締めて参ります。誠に申し訳ありませんでした。」


 女職員が頭を下げるのと同時に、カウンターに座っていた職員や警備についていた者が一斉に頭を下げた。ギルド内はと言うと、戸惑いと不満気なざわめきと困惑した空気を残したまま、無理矢理日常へと帰っていった。 天然パーマの兄さんたちは警備の人間に連れられて、カウンターの向こうへと姿を消した。一瞬だけ、身の毛のよだつような視線をこちらに向けて。

 人間は金が絡むと浅ましくなるものだ。地獄の沙汰も金次第というけれど、金のせいで地獄に落ちちゃ元も子も無いだろうに。

 女職員に連れられその後ろ姿を追って歩きながら、密かにため息をついた。









カウンターの奥、そこそこ広い廊下を歩いて幾つ目かのドアを開けると、そこには淡く光を放つ魔方陣があった。魔方陣の模様はホテルのものより複雑で、床に書かれているためかなり大きいものだった。半径だけでも2メートルはあるだろうか。


「どうぞ、こちらへ。この上に乗って下さい。」


 女職員に導かれ、恐る恐る魔方陣の中心に立つ。

 なんかこの後どうなるのか想像できなくてすごく怖いんだが。

 女職員が両手を広げて何やらブツブツと早口で呪文を唱えている。手慣れた様子ではあるが、呪文に抑揚が無さすぎて念仏に聞こえる。それが余計に怖い。プライドも手伝って顔は何でもないように繕っているが正直なところ、膝ガックガクで生まれたての子羊状態である。

 全身で身構えていると、唐突に呪文が途切れて景色が掻き消えた。体を引きちぎるほどの負荷と体の中から何かが引き摺られいく感覚に耐えきれず、ガクンと体が崩れ落ちた。急激に暗くなっていく視界に、ぐっと目を閉じる。

 もしかして……俺にも罰があたったのか?物事を無駄に引っ掻き回した罰とか?

 んな訳あるかと脳内で突っ込んだのを最後に全てが真っ黒に染まってしまった。






迷走しています

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