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7話 書類


「時間通り来たわね。ちょっと座ってて」


 パタパタと机の上の書類をひっくり返しながら、クロノアがソファを指差した。何だか切羽詰まっているようだが、大丈夫なのか。部屋まで案内してくれた職員が、頭を下げて退出し茶器を持ってくるまでその大騒動は続いていた。

 お目当ての物が見つかったのか何枚かの書類を引き出して、俺の目の前に並べるとずずいと羽ペンを差し出してきた。


「戦争に参加するための同意書よ。これが報酬と保険、これが誓約書、これがその他細々した規約を守りますってやつ」


 指差しで教えてくれたは良いが、書いてあるのは相変わらず解読不可能なの記号の山。簡単な言葉と数字くらいなら分かるようになったが、ここまで長文だと流石に無理だ。


「コンテンツ」


 肩から飛び降りたコンテンツが、どこから取り出したのか銀縁メガネをかけて書類の上を歩き出した。


『では、僭越ながら。まずは報酬から行きましょう。報酬は基本5000ルク、働きにより上乗せあり、必要経費は書類で申請。ただし裏面記載の必要経費しか受付ませんので悪しからずとのお達しです。重体、四肢欠損については治癒の神官が無償で治療を承ります。まあ、要約するとこんな所ですね』


「命に関わるものだけって事か」


『無料で治療してくれるものは、と言うことです。他の怪我についての注釈は色々書いてありますが、うちにはセラがいますので割愛させていただきました。裏面の必要経費についてですが、鎧の欠損具合や消費した弾薬についての記載なのでこれも必要ないかと』


 報酬5000ルク……日本円で五万くらいか。保険ありで依頼の報酬としては良い方じゃないだろうか。ただ命をかける金額としては安すぎる。それに五万円で人殺ししろと言われてもやる気にならない。ここじゃあ人の命なんてこの程度のものなんだな。


『そんでもってこちらが誓約書ですね。全力を尽くし、帝国のために戦います。上官の命令に逆らわず、隊を乱さず、騎士道に則り行動するように、とあります。まあ簡単に言うと風紀を乱したり裏切り行為をしませんよね?って確認の書類です。』


 かなり曖昧な説明だが、そんな事で大丈夫だろうか。コンテンツが書類を読むことに妙に慣れてて怖いんだが、これってどこも同じなのか?ギルドと提携をしていて大体統一されていたりするんだろうか。


『こちらが罰則についての規約です。味方に対する殺人や傷害は投獄後、法により裁かれます。虚偽の申告、情報の漏洩、スパイ行動、その他戦争に不利になるような行動は上官の判断により、戦争終了まで投獄になります。以上の刑罰を受けた者は賠償責任を負う事になり、報酬の支払いは行われません。大人しくしていれば何の問題もありませんよ』


 上の独断で投獄されたりするのか、戦闘中に長々裁判をされても困るがそれはそれで如何な物かと。

 まあ最良の案を出せと言われても困るけどな。とにかく大人しく静かに問題を起こさず、嵐が過ぎるのを待つしかない。

 禁止事項と規約を簡単に記憶し、コンテンツに文字を教わりながらサインする。クロノアはと言うと、また事務机について忙しそうにパタパタと書類整理をこなしていた。

 戦争稼業も大変そうだ、雇われ精霊使いがこれだけ忙しいのなら帝国の官僚は忙殺されているだろう。


「サインできたぞ」


「ありがとう。ついでに書類整理手伝っていきなさいよ」


 両手に書類をつまんで笑みを浮かべるクロノア。本人は可愛い仕草をしているつもりなのだろうが、背後のオーラが阿修羅が見える。


「ご遠慮します、見てはいけないものまで見てしまいそうで怖い。じゃ、またな」


「あーもう、薄情者ッ!念押しするけど、絶対絶対大人しくしてるのよ。厄介事は動くな触るな近付くな、だからね。この世界の勉強がしたいなら人をつけてあげるけど」


「いや……いらない。コンテンツもいるし、のんびりやっていく。ありがとう」


「分かったわ。じゃあ、またね」


 クロノアが手に持った書類ごとひらひらと手を振る。あんな若い頃から仕事に追いまくられる人生は嫌だなあ。

 後ろ手でドアを閉めて、ドアの前に立っている職員に軽く会釈する。キリリな表情の若い男だが、やけに濃い色の赤い目が印象深かった。髪はグレーがかっていて、アルビノというわけではなさそうだが……。


「あんな目の色もあるんだな。赤でもなく黒でもなく」


『東の方じゃそうそう珍しくないようですよ。アジア系の先祖返りが多いですから、ここよりももっと落ち着いた髪と目の色をした種族がたくさんいます』


「黒髪黒目は?」


『あまり多くはないでしょう。こちらの世界では黒というのは珍しいのです。髪も目も黒というのは、低確率ではないでしょうか。』


「むこうの世界じゃ濃い色の方が遺伝しやすかったように思うが……そんな所から違うんだな」


『基本的な体のつくりは同じですけどね。ただ長い年月を経て、少しずつ変化していっているのは確かです』


「その変化が良い方向に向いているか分からないけどな。文明が進化するにつれて心労ばかりが増える」


 皮肉混じりに言葉を返すと、コンテンツが心底不思議そうに首を傾げた。


「気にするな。こちらの世界じゃ心配しなくていい事ばかりだからな。ガソリン代、保険代、医療費、国民年金、税金その他諸々。ああ、金ばかりだ」


『金の心配をしなくちゃならないのはこっちも同じですよ。それにこっちの世界じゃ早く固定資産を持たないと老後に苦労するって先代マスターがぼやいてました』


「そうだな、小さな畑か店くらいは持ちたい。悠々自適な老後でありたいものだ。」


『マスターはまだ十代のはず。もう老後の心配ですか』


 呆れたようにため息をつくコンテンツを肩に乗せ、それもそうだと笑った。日本のように生き急がなくてもいい、力を抜いて好きな速度でゆっくり生きていこう。この世界じゃ執拗に周りに合わせる必要なんて無い。




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