7話 お誘い
突然、頭の中に黒電話の呼び出しが鳴り響いた。朝の図書館と言えど、ちらほら他の利用者も見える。手元にあった基礎魔法の本を慌てて放り出し、周りに愛想笑いをしながら素早く携帯を確認。電源が入ってない!
『な、何ですかっ!?』
あわわあわわえらいこっちゃと鞄の中身を引き摺り出して発音源を探していると、コンテンツが焦ったように頭の上から飛び降りてきた。
「何か鳴ってる。電話のような」
『マスター、腕輪ですよ腕輪。本人のみ聞こえるようになっています』
ハッとして腕輪の宝石を見ると、伝言アリと表示されていた。本人のみって、骨伝導みたいだな。そういや通信機能があったの忘れていた、誰だ一体。宝石をつつくと名前と電報並の短文が表示された。差出人は……アイリス。夜の予定は空いていますか、だとさ。文の終わりの辺りの返信を押すと送信用のフォームに切り替わった。
「これってどうやって返信するんだ?」
『音声認識なんで宝石に触れながら喋って下さい。一秒たったら録音が始まりますよ、30文字以内でお願いします。文章の修正する時は、同じ操作を繰り返して最初から入力し直して下さいね』
「変な方向に便利だな」
とりあえず一言。謹慎中だから無理とだけ書き込み、返信する。数分もしない内にまた脳内に黒電話のけたたましい鳴き声が響いた。マジックアイテム愛好者の茶会があるから、一緒に参加しよう。と来たもんだ。
面白そうだ。そういやクロノアが収集家が自慢しあう会があると言っていたがコレがそうなのだろう。昼はクロノア大先生から呼び出しを食らっているが、夜なら大丈夫だ。無理なら理由をつけて抜ければいい。
行きたいと返信すると、夜6番に四番通りのリベラリストという店に来てねと具体的な指示が返ってきた。
コレクター達の楽しい楽しい見栄張り合戦か。物欲にまみれた有象無象の黒々しさやその道のマニアが持っているであろう選民思想、想像しただけで胸が高鳴ってくる。他人の突出して醜い部分を嘲り眺めながら、自分が清らかな人間であると錯覚する。そんな俺自身も汚い人間だ。そう自覚していても、やめられないんだよな。
『楽しそうですね、マスター。デートのお誘いですか?』
「マジックアイテムの収集家が茶会を開くんだとさ。普通のデートより楽しいかもしれないな」
『げー、収集家ですか。あの人たち苦手ですよ、いつもマリオノールを眺め回して触らせてって煩いですから。セクハラですっ』
「無機物にセクハラって通用しないだろ。コレクターってそういうもんじゃないか?あとは知識を披露したり収集物を見せあったり」
『使ってもらえなきゃ意味ないですけどね。マスターはコレクターにならないで下さいよ』
「心配ない。マリオノール一筋だよ」
なら良かったですと、コンテンツが胸を撫でる。反応を見ていると歴代のマスターにもコレクターのような人間がいたのかもしれないな。木を隠すなら森にとは言うが、他の美しい道具を愛でるマスターの姿にコンテンツ達精霊の内心は複雑だったのだろうか。
図書館の時計を見ると、もう11時近くを指していた。そろそろ出ようか、クロノアとの約束の時間に遅れると困る。
手元に積んであった本を纏めてカウンター横の返却場所に置く。ついでにカウンターで明日の朝10時に魔法の項目で講師の予約を入れた。魔法の基本?と首を傾げられたが、旅人だと告げると納得したようだ。同時に物珍しげな目で見られたが。
『マスターも定住する場所を探さなければなりませんね。賃貸もありますが、やはり持家が一番かと。』
「マリオノールにそういう精霊はいないのか?家関連の」
『執事がいますよ。ハウスキーパーや庭師の仕事を兼任しています。家の事ならお任せあれのやり手君ですよ』
「執事のやり手君と言うことは、男か……」
『残念ながら親は女性でしたので、メイドさんではありません。でもその方はハウスキーパーと言う仕事に誇りを持っていらっしゃいました、彼女の情熱と愛情はしっかりと彼に受け継がれています』
残念ながら現代の高級屋敷に縁の無い俺には、ハウスキーパーと執事とメイドの違いが分からない。なんにせよ家の事なら任せとけの超エキスパートという事だろう。
「ついでに家も出して貰えないものか」
『マスターのお世話をするための精霊ですからね、家はマスターが選んで下さいな』
お気に入りと言ってもなあ……1DKあれば事足りる。招く人も無い、私物が多いわけでもない。家賃が安く、見晴らしが良ければ文句無しだ。ああ、老後を考えると賃貸じゃ困るのか。年金制度や生活保護の制度が無いなら、固定資産と食と住だけはしっかり確保しておかないと。
「働くしかないな」
『貧乏ヒマ無しですね。頑張りましょう』
全財産は日本円にして10万と少し。あまりにも心許ない。前の世界でもそこそこの金しか持ってなかったが、衣食住が満たされていただけに今回の事態は相当重い。まあ仕方がない、異世界を渡る神に財産を弁償してくれと言っても聞いてもらえなさそうだ。
ため息をつく俺のそばを、本を抱えた三人組の女の子たちが談笑しながら通り過ぎる。
「……俺も学生からやり直したい」
『後見人と学費さえあれば可能ですよ。何年後かわかりませんが、火の精霊使いに変化したら神殿の教育棟にて無料で教科履修できますよ』
「火の精霊使いになるって確定なのか?」
腕を組んで渋い顔をしたコンテンツが、目の前に降りてくる。
『確定とは言い切れませんが、その可能性が高いです。少しずつですがマスターの魔力が変質しています。かなりゆっくりなので自覚は無いでしょうが、このペースだと数年後には確実に』
「その……大丈夫なのか。アクアリウムやドリアードのような火を嫌う精霊たちは」
『その辺りはお任せ下さいませ。属性の因子を濾過して無属性にした魔力を精霊に供給できるようになっています。精霊ごとに切り替えができますので、火の属性を持つ精霊にはそのまま供給しています』
何だか思ったより大変そうだ。
「悪いな、余計な手間をかけさせて」
『何を仰いますやら。火の力とマリオノールの力を合わせもつ最強の精霊使いになって下さいませ』
丁寧に頭を下げるコンテンツに、曖昧な笑みを向ける。最強は無理だな、魔力量的に考えて。
きょとんとした顔をしたコンテンツを頭の上に押しやり、図書館を出る。とりあえず今のところ欲しいのは最強でも精霊使いでもなく、腹が膨れるくらいの飯だな。