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5話 アイテムと魔法と精霊と


「アヤノは神殿についてどこまで知っているの?」


 目の前に並べられた色彩豊かな料理を舌の全細胞で余す事なく味わっていると、フォークで厚切りのステーキ肉をつついていたクロノアが話を切り出した。

 手に持っていたクロワッサンのようなパンを置いて、フォークを片手にサラダの皿を引き寄せる。


「神の代理である大精霊がいる場所。見習い精霊使いが精霊使いとして認められる場所。一般人立ち入り禁止って事くらいだな」


「つまり殆ど知らないワケね。どこから話したらいいかしら……」


「神殿に忍び込むにはどうすればいい?誰にも気付かれず、後腐れなく」


 返ってきたのは沈黙とため息、そしてじっとりと恨みのこもった眼差しだった。なんだ、そんなに睨む事ないだろう。


「ちょっと、コンテンツ呼んで」


 反論は許さないとばかりにクロノアがぴしゃりと言い放つ。仕方がないな、今日一日は休暇のつもりで緊急以外は呼ばないと言ってあったんだが。腰に下げたバックから、マリオノールを取り出して机の上に広げる。


『CALL……コンテンツ』


 シュパッと小気味の良い風切り音を残して、等身大の黒ワンピースが躍り出た。今日はオフ仕様なのか、いつもよりユルい格好で新鮮だ。いつもは凛々しくて仕事のできそうな姉さんだが、今日は50%増量で可愛い。


『マスター、どうされました?……あらま、クロノア様とデート中、ですね。あらあら』


 コンテンツが少し焦ったようにマリオノールに手を伸ばして、表面を一撫でした。見た目は変わらないが、何かしたらしい。


「コンテンツ、クロノアが話したいと」


『了解です。いざ実体化!』


 マリオノールが命ずるなんちゃらかんちゃらと長い呪文があったような気がするんだが、そんな簡略化して良いのか。色艶よく膨らんだコンテンツが、行儀よく隣の椅子に腰かけるのを腑に落ちない気分で眺める。


「コンテンツ、この人をちゃんと諌めて欲しい。無害そうな顔してやることなすこと無茶苦茶なんだから。使役されているから言いにくいとは思うけど……」


『クロノア様』


 背筋を伸ばして、まっすぐにクロノアを見つめる。キラキラと無垢な色をした瞳が、やんわりと細くなった。


『私達は人間世界のルールなど意に介さないのですよ。私達の世界はマスターそのもの、マスターの思考こそがマリオノールなのです。精霊たちと話し合って決めました。今度のマスターは善悪の判断が限りなく灰色に近く、正義感や倫理観のある精霊達には少々酷でしょう。しかし、マスターは確固たる想いのために行動されています、それも生半可なやり方ではいつまでたっても叶わないような願い。……いざと言う時には、我らマリオノールが全力を尽くしてマスターを世界から守ります。私達は誓いました、たとえ世界を壊す事になってもマスターについて行くと』


 コンテンツの言葉に対応するように、マリオノールが淡く明滅する。俺はどうしてこんなに幸運なのだろう。世界広しと言えど、ここまで尽くしてくれる物など見つかりはしない。私を利用して下さいと請われたからには一片一句余す事なく、俺の目的のために利用させてもらおう。目の前で頭を抱えて唸っているクロノアには悪いと思うが。その異世界を渡る神様に会った時に跪いて祈りを捧げてもいい。マリオノールと巡り会えた事に、異世界に渡ってきた事に。ただしその後の話し合いについては妥協するつもりは無い。


「分かってたわよ……、父様も当てにならんだろうって言ってたわよ……、ああもう本当にどうしよう」


 どうしよう、か。俺としてはやる事が決まっているからどーしようもクソも無い。


「とにかく俺は主要な神殿をまわって情報を集めたいんだ。急な話で申し訳ないんだが、水の神殿に連絡をつけてくれないか」


「いいわよ。どうせ、そのつもりで私の待ち伏せから逃げなかったんでしょ」


「……そうだ」


 あの待ち伏せに捕まったのは不可抗力と混乱によるものだったが、まあいいか。肯定しておいた方が格好が良いだろう。それに予定的には変わっていない。明日が今日に変わっただけの話だ。横目でこちらを見てニヤニヤしているコンテンツよ、頼むからあの大混乱は無かった事にしてくれ。


「詳しい事は連絡する。とにかく三日間は謹慎してなさい、ギルドも禁止。誠意のある所を見せないと、今後の活動に支障が出るわよ」


「了解だが、ちょっと待ってくれ。クロノアのアドレスを知らないんだが」


「えっ」


 なにそれと言わんばかりに目を見張るクロノア。いやいや、可憐な目玉が転がらんばかりに驚かれても反応に困るんだが。どういう事だよ。


「ま、まさかここ数日連絡が無かったのって……」


『さすがのマリオノールでも、知らない所には連絡できませんね』


 ひいいぃとムンクの叫びに似た悲痛な叫びを残してクロノアが机に突っ伏した。あー、あー、まあよくある事だ。仲が良くなったのに携帯のアドレス交換忘れて、そのまま消えてゆくその場限りの友情とか。アドレス登録忘れてて、連絡したい時にできないとか。


「とりあえず、登録しよう」


「うっ……、何でアンタも言わないのよ……。ちゃんと連絡先知らないって言いなさいよ」


 おや、何という理不尽な言いがかり。こちとら女の子のアドレスを聞くまでに何行程も必要なのに。向こうじゃアドレスひとつに幾年月費やしたと思っているんだ。


『これでお互いデートもしやすくなりますね』


 したり顔で何を言っているのだろうか、この空気読めない嬢は。どこをどう見てもそんな雰囲気じゃない、冗談にしては悪質すぎる。ははは、何にも笑えない。マリア様も裸足で逃げ出してしまうような般若様が見てる。お姉さま、御髪が逆立っていましてよ。


「アンタのためじゃ……無いんだからね……」


 言葉だけ聞けば形式通りのツンデレを代表するセリフだ。もはやツンデレの代名詞といっても過言ではない。それが顔を赤らめて照れ隠しで言い放たれた言葉なら、俺も少しは胸が高鳴るだろうさ。だが悲しいかな、歯を食い縛って悔しさと八つ当たり的な憎しみと自分への嫌悪感で一杯になった表情でそんなセリフを言われたって何一つ嬉しくない。

 どーしてこの女と会食をすると、こんな殺伐とした雰囲気になるのだろうか。いっそご飯無しで誘った方が余程良い雰囲気になるような気がする。

 手軽に登録を済まし、遠くにあったクリームスープをスプーンと共に引き寄せる。ぷちぷちとしたゼリーの食感とまろやかなクリームが魅力的だが、やはり味がしない。

 何か、違う話題は無いものか。もくもくと目の前の物体を消化しながら、きっかけを探す。


『マスター。お邪魔みたいなんで帰ってもいいですか』


「駄目」


 地雷を振り撒いてから帰るたあ、なんてふてえ野郎だ。こうなったからには最初から最後までいてもらうぞ。そろそろ終わりに近づきつつある料理を端から端まで眺め、何か話題をとクロノアの顔を見つめた瞬間。はたと気になる言葉を思い出した。


「そうだ、クロノア。キライとはどういう事だ」


「は?」


 ヤダ、般若様怖い。もういいですと言いたいが内容が気になる。


「精霊使いになるための儀式が嫌いだって言ったな」


「……嫌いなのは儀式じゃなくて、パレードの方よ。本来は神殿に行って大精霊の祝福を受けて精霊使いになる宣言をして、一ヶ月くらい神殿で修行すれば良いだけの話なのよ。あのパレードはね、精霊使いを晒し者にしてこの町から出さないためのものよ。風の精霊使いを縛りつけるには、皆の手を借りなくちゃいけないからね」


 ……一体どういう事だ、ひどく生臭い話じゃないか。精霊使いが希少だとは聞いていたが、それほどまでに必要なものだろうか。精霊使いはいなくとも、皆それぞれ魔力があるのだから魔法は使えると思うんだが。


「まあ来て早々こんな話を聞かされても困るわよね。……そうだ、父様から伝えておいて欲しい事があるって言われたわ」


 一旦区切り、咳払いをしてから一字一句間違えないように言葉を繋ぐ。


「この世界で精霊使いと称されるのは髪と目が同色で、尚且つ神殿にて宣言したもののみ。マリオノールの人工精霊を使役しても、精霊使いとは呼ばれません。以後気をつけて下さい……以上。ギルド登録はマジックアイテム使用に変更しているから、心配しなくて大丈夫よ。」


「この世界のマジックアイテム使い、魔法使い、精霊使いの違いがよく分からない。特に魔法使いと精霊使いだ」


  クロノアが右手側に連なっている幾つかのガラスポットのうち、赤い色の液体が入っている物を取ってグラスに注ぐ。


「簡単に説明するわよ。マジックアイテム使いは魔方陣を描いた道具を使用して、魔法を使うの。基本的に魔力の少ない者がなるんだけど、最近はマジックアイテムに骨董品の価値を見出だしたり、ブランド品を集めるような感覚でいる人もそう呼ぶみたいね。収集家がよく茶会で自慢話をしているわ」


 そう言えばアイリスも、50年ものの何社がどうとか言っていたな。説明を聞くとオタクっぽい人間像が浮かぶのは何故だろうか。


「魔法使いは自分の魔力を使って魔法を使う人の事。と言ってもこの世界の人間ならみんな魔力を持っているんだけどね。簡単なモノだと体の機能を高めたりするくらいだけど、熟練になると周囲のマナと魔力を絡めて精霊使いもどきの属性魔法を使えるみたい。魔法の発動に呪文を使わない、威力よりテクニックを重視するのが特徴ね。魔方陣を刻んでマジックアイテムを作るのも魔法使いの仕事なの」


『どんな職業にも魔法が絡んできます。しかしギルドで魔法使いになるためには規定以上の魔力が必要です。登録の時に測定しましたね?』



 測定ってあの血圧計みたいな、機械の塊の事か。なんというか……奥が深い。魔力の無い人間がいないと言うなら、さぞかし魔法が発展しているんだろう。魔法使いの質はピンキリで、優秀な人間がギルドに専属で雇われると。研究家タイプは大学院的な所で魔法の開発に勤しみ、世の人間達は情報誌に載せられた新技術に感嘆の声をあげるわけだな。


「最後は精霊使いね。私を見てるから良く知ってると思うけど、髪と目が属性の色をしている人間の事よ。魔力も多少はあるけど、一般人に比べたら無いのと一緒。魔力じゃなくて空気中のマナを使うわ、魔法使いみたいにテクニックじゃなくて、パワー重視。意外とごり押しで何でも出来ちゃうのよね、要はイメージよ。魔法を使う時は必ず呪文を使うの。まあ精霊使いに関しては説明するとキリが無いから、こんなもんね」


 コンテンツがじっと興味深そうにクロノアを見つめる。何か言いたい事がありそうだが、何かを考慮して控えているようだ。


「……分かった。ありがとう」


「分からない事があったら遠慮なく言って。後、何か行動する時は絶対に連絡してよ!?勝手に暴走するのはやめてよね!」


 ビシリとフォークを突き付けられ、苦笑い混じりに頷き返す。連絡?いやいや、お忙しいクロノアの手を煩わせるのは心が痛む。と言うのは建前で、止められるのが分かっているのに連絡などするわけないだろう。要は暴走しなければ良いんだ、穏便に秘密裏に動けば何も問題は無い。


「分かっているよ、迷惑はかけないようにする」


 よそ行き用の笑顔を向けると、何やら心底疑いを含んだ視線を向けられた。ハハハ、信用ないな。まあ、今までの行動からして信用などあるわけない。

 

「……明日、9番に『猫の目』の前で待ち合わせしましょう。やってもらいたい事があるのよ」


「リョーカイだ」


『了解です』


 ビシッと敬礼するコンテンツに合わせて、ゆるゆると敬礼をする。さあて、明日は何をさせられる事やら。

 冷えたスープに匙を突っ込んで、グルグルとかき混ぜる。濁った白い泡が糸を引きながら緑色のスープに溶け込んでいくのを、ただぼんやりと眺めながら密やかにため息をついた。





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