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5話 クールビューティ


 と言うわけで、やってきましたギルド支部。ギルドの道行く獣人人間たちをぼんやりと見送りながら、マリオノール片手に人間観察ならぬ日向ぼっこを楽しんでいる。ああ、ほっこりする、今日はのんびりできると良いけれど。大きなアクビをしてからゆっくり立ち上がった。ギルドの入口にあるベンチは木組みの洒落た物で座り心地も良く、このまま日の光にとろけてしまいたくなる。


『マスター、行きましょうか』


 今日は等身大サイズで宙に浮いているコンテンツ。いつもの引き締まったスーツを身に纏い、営業スマイルを浮かべている。

 嫌な予感しかしないが、行くしかない。




 ギルドは相変わらず人通りが激しくて嫌になってくるな。人にぶつからないようするすると避けながら、今回は掲示板に行かず一番空いている屈強な兄さんが座っているカウンターに向かった。筋骨隆々な兄さんが窮屈そうに座っている姿は何だか哀愁を誘う。


「コレを頼む」


「はいよ。……ん?」


 依頼紙と機械を交互に見比べて首を傾げる男性。あ、すげえ嫌な予感がする。


「ちょっと待ってくれないか」


 返事を聞くまでもなく、男性は依頼紙を持ったまま奥へ引っ込んでしまった。何だろうな、思い当たる事がありすぎて今すぐ逃げ出したい気分だ。左手にマリオノールを持ち、コンテンツのアイコンタクトを交わす。脳内で使えそうな精霊をピックアップしていると、男性が誰かを引き連れて戻ってきた。ああまた来やがった、本当何者なんだよあの人。見覚えのあるクールビューティに思わずため息をつく。


「アヤノ様、別室で話がございます。おいで下さい」


 神殿の方から話が出たんだろうか。下手すりゃ牢屋に放り込まれかねん。緊張感で萎縮しそうになる体に気合いを入れて、ギルドの奥へ歩き出したクールビューティを追った。




「とある方々より懲罰の申請がありました。調査の結果、今回の報酬と経験値を没収、クロノア様の手伝いという事で合意致しました。クロノア様の口添えあってのものです、よく尽くすように」

 


 黒の革張りソファに向かい合って、淡々と告げられた内容は予測済みのものだった。それにしても一方的すぎる、こちらの言い分は聞かないのか。念のため、はいと控えめに手をあげるとどうぞと刺々しい言葉が返ってきた。


「申請があったと言うことは状況の説明を受けたんですね。しかし一方しか意見を聞かないのは公平さに欠けるのではないでしょうか」


「状況証拠が無ければ話し合いの場を設けます。ですが今回は神殿側から現場データの提供と証言がありますので、話し合いは必要ありません。そしてそんな権利もアナタにはありません、これっぽっちも!」


 切り裂くような打撃音が耳を叩く。ああ、怒ってたのか……分かりにくいなあクールビューティ。手のひらを叩きつけて真っ赤な顔をしているが、何というか掴みかかってこないし可愛いもんだ、でも魔法を使われそうになったら逃げよう。


「ご自分が何をやったのか分かっているのですか。町の発展を担う精霊使い、しかも希少な風の精霊使いのクビにナイフを!こんな懲罰で済ませるなんて信じられません、これは凶悪犯罪です!反逆者です!」


 びりびりと耳に刺さる打撃音が大変不愉快だが、黙っていた方がよさそうだ。大激怒しましたと言わんばかりに机を殴打しているクールビューティ。迫力満点だしあれ絶対俺を殴るつもりでやってるよなあ、さっきから目線で殺してやると言わんばかりだ。長引きそうだとコンテンツに視線を投げると、しょうがないですねと諦めのこもった笑顔を向けられた。ははは、ですよねー。尚も怒り狂った形相で濁流の如く言葉を吐き出し続けているクールビューティの言葉を右から左へ流していると。


「クロノア様に誠心誠意感謝しなさい、アヤノタッキ!クロノア様とタナカ様の申し入れが無ければアナタのような余所者、ギルドで受け入れなんかしませんでした。ギルドに偽りを申し立てるのもれっきとした犯罪ですよ。恥を知りなさい!」


 おや、田中さんから手回しがあったのか。しかも話からして、異世界の人間だってのも聞いてるらしい。一体どこまで話してあるんだろうか。マリオノールの事まで知られていたら、厄介な事だが……つらつらと流れていく話の中にその面影は見られない。この部屋には俺とクールビューティしかいないから意図的に隠す必要もない。神殿じゃアクアリウムしか呼び出してなかったから水の精霊使いだと……あ、駄目だ。髪と目の色が黒のままだった。


「聞いているのですか!?」


 一際強く叩きつけた手の平が、甲高い音を立てる。うるせえヒステリーと中指を振り上げる事もできない、この状況が恨めしい。というか面倒くさい。精霊使い本人から叱責をうけるならまだしも、何故あの場に居合わせなかった赤の他人からこうも説教されねばならないのか。

 しおらしく「はい」とは言ってみたものの、このままでは埒があかん。逃げ出そうにも隙が無さすぎる。適当に火でもばら蒔いて逃げようか。それとも幻に相手させようか。マリオノールを手に持ったまま、視線をクールビューティとコンテンツ交互に向けて合図を送った。少しだけマリオノールを持ち上げ、コンテンツにだけ見えるように少しだけ口角をあげる。

 コンテンツの反応は至ってシンプルだ。するりと背後に寄り、マリオノールに手を伸ばす。耳元で囁く声は少しだけ楽しげに躍っていた。どうぞお気に召すまま、と。


「ふざけるな、アヤノタッキ!!」


 顔面紅潮を超して、どす黒くなってきたクールビューティの顔を見返して笑う。もはや怒気と言うには生ぬるく、怒髪天と表してもいいくらいだ。もっと冷静さを無くしてくれれば、術もかかりやすくなるだろう。


「お前に一体何が分かるんだ。この世界の尺で、常識で、やり方で、正論を説いてるだけじゃないか。俺はそんなものよりもっと大切にしたいものがある。『CALL……イリュージョン、ディーヴァ』」


 演出は控えめに。本からするりと抜け出したのはいつもの黒ドレスのディーヴァともう一人、幻を司る精霊のイリュージョンだ。ひらひらとした薄絹と露出の激しい服を身に纏い、踊り子のような姿をしたイリュージョンがクールビューティに向かってそっと指を伸ばした。さらにそのほっそりとした指に沿うようにディーヴァが腕を伸ばす。


『主様、今のうちに出てしまいましょう。こちらの方には数刻前の部屋が固定されて見えています。移動しても気付かれませんから』


『音も消しましたわ。まあこの様子じゃ気配を探るなんて繊細な作業はできなさそうですわね』


 二人の美女に艶然と微笑みを向けられ、やさぐれた気分が緩む。さらにコンテンツが軽く肩を叩いて慰めてくれた。クールビューティは相変わらず怒鳴っているが、ディーヴァのおかげで全く声は聞こえない。三人の美女それぞれの顔を見返して、堂々と部屋から出た。

 あんたの言い分はきっと正しい。見習い精霊使いには恨まれているだろうし、歴史のある由緒正しい儀式をめちゃくちゃにしたと罵られるのもわかる。でも、俺は俺のやり方で神様を探すよ。英雄になってから神殿からの招待を待つなんて回りくどいやり方をやっていたらいつまでたっても辿り着けやしない。理解してもらう必要なんてない、せいぜいマリオノールを取り上げられない程度に頑張ってみるさ。

 



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