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4話 夜のカーテンが翻る


 絶対許さないから。絶対に許さない。許さない、許さない。


『殺してやる』


 全身にを殴られたような衝撃が走り、うつ伏せで寝ていたベットから勢いよく飛び起きた。ぐらぐらと揺れる視界の端で、淡い光を灯しているマリオノールを見やり大きく息をはいた。緑の髪を振り乱し鬼気迫る勢いで、首を絞めようと手を伸ばしてくるあの見習い精霊使いの顔が脳裏に焼き付いて離れない。

 落ち着け……ただの夢だ、ただの映像。それにあいつは殺してやるなんて言わなかったじゃないか、妄想猛々しい。ああそういえば名前、覚えてない。恨まれてこんな夢まで見るくらいなのに、変な話だな。

 ため息を一つ、汗ばんで絡んだ髪をくしゃくしゃやりながら時計に目をやると短針は八番を指していた。体は疲労感いっぱいなのに目が冴えてしまった。酒は……無い、睡眠薬も無い、ホットミルクも作りに行けない。


「コンテンツ」


『マスター?どうされました』


 マリオノールから上半身を出して、きょとんとした顔で首をかしげているコンテンツに思わず笑みがこぼれる。


「話、しないか?なんでもいいから」


『ええ、構いませんよ』


 本の端に足をかけ、立ち上がろうと腕を突っ張りかけたコンテンツ。だが『うごぉ!』と女性らしからぬ声をあげて、また本の中に戻ってしまった。表情と様子から察するに、誰かに引き摺りこまれたらしい。おいおい大丈夫か、主に首と腰が。

  コンテンツが消えた後、波紋を残してゆらゆら揺れているマリオノールの表紙を眺めていると、その本の縁に小さな手がかかった。


『マスター、大変申し訳ないのですが』


 若干渋い表情をしたコンテンツが、こめかみをグリグリと揉みながら上半身だけ姿を現した。


『ディーヴァが是非ともお力になりたいと申し出ております、如何致しましょうか』


 ディーヴァか……別に誰でも構わない。ただ一人でいたくないだけで。


「分かった『CALL……ディーヴァ』」


『マリオノールが命ずる。実体となれ、ディーヴァ』


 コンテンツが顔を引っ込めるのと同時に黒い影が勢いよく飛び出した。目の前に着地した実体化済みディーヴァが、心配そうにこちらを覗きこんでいた。この間のきらびやかなドレスではなく、シンプルな黒いワンピースに白いカーディガンを羽織った大人しい服装だ。いつもそういう服でいればいいのに。


『御主人様』


 両手を伸ばして抱きしめようと近付いてくるディーヴァの両手を掴んで、隣に座らせる。


「そういう事をするために呼んだんじゃない」


『御主人様が己の為に犠牲にした物達はもう取り返しがつきません。来るべき日までただ粛々と待つしかないのです。何を悩む事があるのですか、鬱々としていても仕方無い事。男らしく背筋を伸ばしてシャンとなさいませ』


 窓から優しい月の光が降り注ぐ。慈母のような笑顔で、その細く頼りない指でさらりと俺の前髪に触れる。


「ディー……『しっかりなさい!』


 視界が潤みかけた一瞬、強烈な衝撃と激痛が背中に走った。……別の意味で泣きそう。背中を圧迫する痛みに、思わずうずくまって両膝をギリギリ掴んで堪え忍ぶっ。本当痛い!


 『ふふふ、お仕置きです。私達が心配しても一つも気付かないんですもの。コンテンツとアクアリウムに無理させて、いくら私達が精霊として万能でも本来の力をねじ曲げるような力の使い方をすれば負担がかかります。本当は彼らが直接話さなければならないものを、プライドばかり大事にして……まったくもう』


 ため息混じりに本を睨むと、少しだけ見えていた黒い頭がぴゃっと引っ込んだ。マリオノールの精霊同士でも意見の相違があるらしい、あれだけ個性が強いんだ、当たり前といえば当たり前だが。それにしても、二人に無理をさせていたとは……申し訳ない事をした。確かに今日はアクアリウムだけを使役していたな、神殿に侵入する時や大精霊と話す時なんて違う精霊を使えばもっとスマートに行動できたんじゃないか。そういう方向に考えれば考えるほど、自分の粗が見えてくる。


『CALL……アクアリウム、コンテンツ』


 胸の辺りまで持ち上げたマリオノールから手の平サイズのアクアリウムとコンテンツが揃って顔を出した。全身を見せない、言わば半召喚といった所だ。


『マスター、僕を呼んでどうするつもり?この件に関しての謝罪や意義申立てなんて聞かないよ、僕はこれでいいと思っているんだ。だいたいディーヴァ、どういうつもりだい。僕がいつ辛いだなんて言った?マスターに気に入られやすいからって調子に乗ってると痛い目に合うよ』


『アクアリウムもコンテンツも言い過ぎですよ。マスターはマスター自身で私達の使い方を知っていくしかないのです、私達が口を出す問題ではありませんよ。』


 不愉快ですと言わんばかりにいつもより強い口調で吐き捨てるアクアリウムに、静かな口調で諭すコンテンツ。いやいや、ちょっと待ってくれお前たち。


「ディーヴァの言い分は正しいと思う。考えが足りなかった、無理をさせるつもりは無かったんだ。ごめんな、アクアリウム。正式に呼び出したのに、本から出られないのはそのせいなんだろ」


 ぐ、とアクアリウムが言葉に詰まる。ここまで言って出てこない所を見ると、コンテンツも同じらしい。


『いや、大丈夫だよ。このままでも力は使える』


「それは大丈夫と言わないだろ。……コンテンツ、もし召喚中の精霊たちに負担がかかっているようならいつでも知らせてくれ。コンテンツがマリオノールに閉じこもって調整しなくちゃいけなくなるまで無理をしないでほしい」


『……はい、申し訳ありませんでした』


『少しくらい無理しないと僕らは成長できないんだけどね。わかったよ、もう何も言わないから』


 じゃあね、と捨て台詞を残してアクアリウムが姿を消す。半召喚状態のせいか、送らなくても勝手に帰ってしまった。コンテンツも申し訳なさそうな顔をして頭を下げると、マリオノールに戻っていった。ああ、なんだかどっと疲れた。

 両手を枕にしてベッドに倒れこむと、何やら嬉しそうに顔を綻ばせたディーヴァが隣にすりよってきた。一瞬手を出してくるかと身構えたが、そうではないらしい。


『御主人様、ごめんなさい。でも知って欲しかったんです。皆が皆、アクアリウムみたいに万能じゃないんだって。』


「いいんだ、次から同じ失敗はしない。魔法使いというのもなかなか大変なもんだな」


『マリオノールがありますもの。並みの魔法使いよりは楽な筈ですわ。自分の魔力を具現化するのに数年、それから使い物になるまで数年。マジックアイテムを使うのとは苦労がケタ違いです。今でこそ学校のおかげで魔法使いが沢山いますが、昔は希少価値だったんですよ』


 やっぱりゲームのようにレベルが上がりました、ファイアの魔法を覚えました、って具合にはいかないらしいな。それぞれ魔力の保有量もあるし、才能も必要だろう。凡人に優しい世界って無いんだろうか、まあ無いだろうな、世知辛いのがデフォルト設定だもんな。


「ああ、平凡よ永遠なれ。というわけで俺は寝る。ありがとな、ディーヴァ」


『あっ、ちょっ、ちょっとお待ち下さいませ!私、私まだ』


 焦って起き上がるディーヴァ。ははは、愛い奴め……なんて笑う気にもならん。


「だからやらない、やるつもりもない。そういうのは双方の合意がないと駄目だろ。俺はそういうの嫌だ」


『何故そこまで嫌がるのですか。そう固く考える事はないでしょう?』


「俺はまだ18だよ。そういう事は最後の最後にやる事だ、勢いでそういう事を覚えると後が怖い。だいたいお前の本質はなんだ、布団をあたためる事じゃないだろ」


『私の本質、ですか』


 きょとんとした顔でディーヴァが呟く。


「そうだよ。ディーヴァも万能さを求められて大事な事を忘れてないかい。喘ぎ声しか歌えないわけじゃないだろう、歌姫サマ」


 そこまで一息に話して、布団を掴んで頭から被った。ディーヴァの顔も見ず、目を閉じる。困ったように呼ぶディーヴァの声に、少しだけ迷って布団を持ち上げた。


「子守唄、歌ってくれ。なんでもいい」


『……はい、喜んで』


 少しだけ明るさを増した声色で、ディーヴァが静々とベッドの中に入ってくる。決して密着することもなく、肘を伸ばせば届く微妙な距離。広がった黒髪に埋もれて、ほんのり頬を桃色に染めたディーヴァが微笑んだ。

 可憐な唇から溢れるのは、単純明快な愛と家族への愛情を大切にする素朴な歌だった。友人と被るのは何故だろう、うつろになる視界の中、しゃららとギターが鳴ったような気がした。





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