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4話 アクアリウム①


 朝早くギルドを訪れたのに、神殿の依頼はすでに締め切られていた。依頼を受ける事ができたのは、ザッツのおかげ……正確に言えばザッツの親父さんの力だが。さすが人気のある仕事らしく、どこから情報がもれたのか開業前から並んでいた奴ばかりだったとか。前回の依頼成功でランクが上がったらしく宝石が淡いピンク色になった。それでも駆け出しらしく、掲示板に高額の依頼は無い。まだまだ先は長そうだ。

 待ち合わせ場所のギルドの入口左側にて、目印の白い花をつけるようにとのお達しだ。ちなみに一緒に宿を出たザッツは、見知らぬエルフ耳の剣士と何やら雑談を楽しんでいる。紹介してくれる気配もないので、頭の上で実体化を解いて肘をついているコンテンツとお喋りで時間を潰している。マリオノールのページを繰りつつ、次に出す精霊をどうしようか思案中である。


「さて、目立つようにとの内容だが……どうする?ディーヴァを呼んでもいいが」


『んー、音楽隊は呼んであると思うんですよね。マスターはどのくらい目立ちたいですか?パレードの先頭に立って視線を浴びてみたいですか?』


「勘弁してくれ……。普通でいい、普通すぎて目立たないくらいがいい」


 パレードど真ん中とか罰ゲームだろ。晒し者にしか見えない。


『では無難な所で水精霊にしますか。のんびりさんなので華美な魔法を好みませんし、急な戦闘になっても経験豊富な精霊なので大丈夫ですよ』


「水の精霊使いじゃないのに水の魔法なんか使って大丈夫なのか?」


『簡単な属性魔法は普通の魔法使いやマジックアイテムでも使えます。強力な魔法でなければ疑われる事もないでしょう』


 ……いまいち精霊使いと魔法使いの違いがよく分からん。そういえば普通の魔力を使う魔法について話を聞いた事がなかったな。それに他のマジックアイテムについても詳しく聞きたい。この依頼が終わったらなにがなんでも図書館で勉強大会だな。


「それでいこう。先に呼んでおいた方がいいな」


 水精霊アクアリウム。アクアと呼ばれるマリオノールの古参にあたる青年である。

 ……ん?個人情報がえらく簡潔だな。頭の中の精霊データを探っても出てくるのはその一文のみで、後に文章がない。呼べばわかるって事だろうか。


「さて、何が出てくる事やら。『CALL……アクアリウム』」


 マリオノールが淡く光り、パラパラと該当ページを割り出してピタリと止まった。が、ディーヴァの時のような派手さは無く、本から零れ落ちた水が軽やかな音をたてて人を形作っていく。それはさながら等身大のガラス細工の彫刻に水を注いでいる幻想的な光景で、思わず息を止めて見入っていた。やがて頭の先まで水が溜まり、ポツンと頭頂に滴が落ちると一瞬のうちに色と表情がついてなんとも素朴な青年の姿になった。ぽんぽんと裾を払ってから、胸に手を当ててゆっくり頭を下げた。


『マリオノールエレメンツの一人、アクアリウムと申します。どうぞ、アクアと』


「エレメンツ?」


『マリオノールの地水火風の基本属性を司る精霊の事だよ。あー、敬語いらないよね?』

 ただでさえ細い目が笑うとさらに細くなる。黙って頷くとふくふくとくぐもるような笑い声をたてた。


「神殿までパレードして歩くんだ。目立たないようにそこそこ演出してほしい」


『目立たない、ように?うーん、うん、まあどんな感じかな。これでいい?』


 広げた両手から水が生まれ、精巧な龍が姿を現しかけた……が、でかい!でかすぎる!視界一杯に広がった口が視界一杯に迫ってくる。


「やめっ、うわっ、ぎゃあ!!」


『こらっ、アクア!』


 コンテンツが指を振るのと同時に龍が霧散する。 うおおお、本当に酷すぎるだろっ!やめやめやめやーめーーろ!!


『ふ、ふ、ふ。やだなあ、ちょっと遊んだだけじゃないか。今回のマスター、ちょっと面白いね』


『アクア!ちょっとやりすぎ!』


「あのなあ、お前な!お前らな!!」


 立ち上がって二人を睨み付けた辺りで周囲が静まり返っているのに気付いた。と言うかそこそこお集まりの皆様から大注目されている。とりあえずへらりと目の前のザッツに笑ってみせるが、あえなく無視される。こらこら、お前昨日俺に助けてもらっただろ、こんな時に返さなくてどうすんだよ。 「は?知らない奴だけど」とか言うなよ、仲間だろ俺達、そうだろ盟友よ。だからそんな目で俺を見るんじゃない。ほんっとやめて下さい本当。


「お、お騒がせしました。誠にすみません……」


 もはや頼りにならないザッツから視線を逸らしてそろりと頭を下げると、舌打ちやら蔑みの声が上がっただけでなんとか許していただけたようだ。そうか、そうだな、信じた俺が馬鹿だったよ……昨日今日の付き合いしかしてない奴にそんな大役勤まるはずなかったよな。うん、アテにした俺が悪かった。


『あ、あはっ。あの、すみませんでした、マスター?』


「すみませんで済んだら警察いらないよな」

 これ以上注目を浴びるのはゴメンだ。ギリギリと両手を握りしめて必死に耐えている自分がすごく惨めです、ハイ。腹が立ちすぎて気が狂いそうとは正にこの事。


『まあまあ、そんなに苛々しないでよー。ただの遊びだよ?』


『あのねえアクア!』


「何?何なんだ、喧嘩売ってんのか」


『うん』


 笑い混じりにとんでもない事を言われたような気がするんだが。唖然としてアクアリウムを見ると、口元に手を当てて相変わらず何が楽しいのかくふくふと笑っている。


『気が付かなかったかい。これの魔力に色がつきかけてるよ。しかも僕が大嫌いな色だね。普通のつき方じゃないから気付かないのも分かるけど、コンテンツともあろうものが……』


『なっ……ちょっと、ちょっと待って下さい。マスター、じっとしてて下さいね』


 コンテンツがおもむろに両腕を捲りあげ、俺の持っているマリオノールに触れる。目を閉じて淡く青い光を帯びた姿に思わず溜め息をついた。今度は何をさせられるやら。


「色って何だ。一体何の事だ」


『魔力に属性がつきかけてる。基本的に魔力とは無属性であるんだけど、精霊使いの素質を持っているものは僅かに属性がついてるんだ。精霊使いに素養が必要っていうのはその辺にも関連してるんだけどね。その属性のついた魔力と大精霊の加護を合わせて初めて精霊使いを名乗れるんだけど……何だろうね君のは』


 腕を組んでマジマジとこちらを見つめるアクアリウム。細い瞼の隙間からダークブルーの瞳が覗いている。


『なんかこう……普通は魔力全体についてるもんなんだ。マスターのは例えると底の方から侵食されつつある、じわじわと時間をかけて』


 な、なんだそれ。語りからして都市伝説みたいな怖さがあるんだが。だいたいそんな事言われても思い当たる節がない。いや本当、そんな探るような目で見られても困る。


『これはイメージなんだけどね』


 アクアリウムの指先に水が集まり、小さな円錐になった。


『これが君の魔力の形。マリオノールはこの頭頂から少しずつ魔力を吸い取ってるんだけどね、問題の属性はココ。』


 円錐の底から揺らめく触手のようなものが姿を現す。ご丁寧にうにうにと触手を動かしてアピールすると、ぐるりと底辺を一周した。


『底の方から少しずつ上に向かっていると思っていい。まあ底の底だから今は分かんなくてもしょうがないよね』


 両手を広げて少し意地悪な笑みを浮かべた。あ、こいつ性格悪いな。分からないの前提でコンテンツにあんな事を言ったのか。さらに何か言いかけたアクアリウムを遮ってコンテンツが声をあげた。


『言われてみれば……って感じですね。もうちょい表に出てきてもらわないと判別しようがないです。アクアの嫌いな色ってので想像はつきますが、確証がないのでもう少し待っていただけますか』


『まあ今すぐどうのって訳じゃないから、気にしないで。ただ僕がマスターとあまり相性よくないとだけ覚えてくれてたらいい。仕事はきっちりこなすよ』


 何が悲しくて呼び出したばかりの精霊に嫌われないといけないのか。しかも肝心の事はさっぱり分からないまま保留になっている。コンテンツに説明を求めようとした瞬間、東の方から控え目なホイッスルの音が鳴った。


「パレード参加の皆様、本日は依頼を受けて下さりありがとうございます。今から資料をお配りしますので、一列に並んでくださーい」


 資料があるのか……あんまり複雑じゃないといいんだが。精霊はこんなんでコンテンツは振り回されてるし、この先どうなることやら。ぞろぞろと並び出した冒険者に混じって、不安一杯の溜め息をついた。




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