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3話 ディーヴァ④

12月22日 修正しました

 クラムの約束の時間から約20分が経過した。相変わらず満面の笑顔で周囲に華を撒き散らしているディーヴァを腕にぶら下げて、俺は玄関ロビーに吊るされている目の前の時計をぼんやりと見上げていた。色とりどりの宝石を埋め込んだ文字盤に水晶の針、プラチナ製の装飾がシャンデリアを反射してギラギラ光り輝き目が痛い。悪趣味と言うべきか豪奢と言うべきか。

 後ろを通りすぎていく若い兄ちゃんがこれ見よがしに舌打ちして去っていく。ディーヴァのおかげでいたたまれなさは無くなったが変な注目は浴びているような気がする。さっきの兄ちゃんの様な反応もさることながら、受付でガタイのいい剣士がこちらを見ながら「あの娼婦はいつ空くんだ」なんて受付係を困らせているのを見ると営業妨害しているんじゃないかという気持ちになってくる。ディーヴァも無視すりゃいいものを、誘惑するように髪をかきあげたり摺り寄って足を組んだりするものだからタチが悪い。ゴメンよ、男前女主人。営業妨害するなよと釘をさされたのに、うちの歩く卑猥物体が思いっきり客を誘惑しまくっている。


「おい、そこの痴女。そろそろ自重してくれないか」


『あらあら、マスターったら。それがディーヴァのお仕事ですのに』


『いいのですコンテンツ!御主人が嫉妬して下さるなんてこれ以上嬉しい事はございませんわ』


「嫉妬じゃなくて良心的な問題ですよ、歌姫サマ」


『あらあら照れずともよろしいですのに』


「精霊も目が悪くなるんだな、人間用の病院でいいのか?」


『マスター、そんなに隠さなくっても男心はだだ漏れですよ』


『そうそう、ご安心下さいまし。私がお相手するのはマスターだけですから』


 鈴を転がすように笑うディーヴァにげんなりとした視線を投げる。もう言葉が通じない訳だがどーすりゃいいんだ。暖簾に腕押し、柳に風状態で嫌味すら手応えがないときた。まあ、久々に外界に出られたのと新しい所有者に会えて浮かれているのとで舞い上がっているんだろうな。うん、そういう事にしておこう。尚もピャピャと興奮したように言葉を紡ぐコンテンツとディーヴァの声を右半身で受け止めながら、ぼやーっと時計を眺めていたのだが。


「申し訳ありません。お待たせ致しました」

 背中越しに声をかけられて振り向くと、クラムと見知らぬ男が立っていた。中肉中背、どことなく牧歌的な雰囲気を醸し出している男の背中には結構な量の荷物が背負われている。ただ外出するにしては多すぎる、何というか長期旅行にでも行くような量の荷物だ。加えてクラムの姿である。娼婦の着るひらひらとしたドレスではなく、ジーンズにカーディガンのラフな格好をしている。


「初めまして、クラムの幼馴染みでライドグレイジングといいます。どうぞ、気軽にライと呼んで下さいね」


「クラム嬢からお話を聞いていると思いますが、この度護衛を努めるアヤノと申します。こちらは私の連れでディーヴァと。」


『どうぞ、お見知りおき下さいませ。』


 ドレスの裾をつまんでにっこりと微笑む。なかなか麗しい姿だがどこか迫力のあるオーラを放っているのは気のせいだろうか。

コンテンツはコンテンツで、マスターって外面は良いんですよなんてディーヴァに耳打ちしている。うるせえ、内緒話なら聞こえないようにやれ。


「あら……確かに私がお相手では力不足でしたね。先日は失礼を致しまして」


 恥じるように頭を下げたクラム。力不足もなにも女性的な魅力はクラムもディーヴァも同じだ。スミレとハイビスカスのどちらが美しいかなんて比べようもないのと同じで。


『いいえ、悪いのは御主人様ですわ。貴女の色香に耐えきれず中途半端な断り方をしたそうで、貴女のプライドを傷つけるような事をしてしまいました』


 確かに、昨日のは不味かった。人として不味かったとは思うが、何故ディーヴァがそれを知っているのか。昨日出した覚えはないはずだが。

 コンテンツに視線をやると、ついっと視線を反らして腰に下げている鞄に消えた。マリオノールに引っ込んだと言うべきか。この野郎、一切合切喋りやがったな。追求したいところではあるが、今はクラムの方が大事だ。


「あの時は大変失礼を。どうにもそちらの経験があまりないもので、お見苦しいものをお見せしてしまいました。どうぞお許しを」


 胸に手を当てて深々と頭を下げれば、焦ったようにクラムが両手を振る。


『所でつかぬ事をお伺いしますが、ライ様とはどのようなご関係でいらっしゃいますの?これからどちらに?』


「それは道中、お話しましょう」


 人の良い笑顔で先を促したライとクラムの背中を追いかけて、ゆっくりと歩き出す。店の扉を出たところで、クラムが後ろを振り返った。下から上まで高級感たっぷりの建物を感慨深く見上げて、少し瞳を潤ませた。涙が溢れる前に何度か瞬きすると、またライの背中を追いかけて歩き出した。

 何だ?それじゃまるで……。


「辞表を出しました。もうこの場所も見納めになります」


 溜め息をつくようにクラムが言葉を紡いで、もう一度後ろを振り返り愛しげに目を細める。あまり詳しい事を聞く気はないけれど、慰めるように背中を撫でるライの姿を見ていると何となく想像がつく。夕闇に包まれた町の姿はノスタルジックに包まれて、道行く人もほとんど見かけない。お互いの距離感も曖昧なままで二人の姿を追う。


『お二人は恋人同士なのですか?』


 仲睦まじい空気をもろともしないディーヴァの問いに思わず頬が引きつる。おいもっと空気を読んでくれないか、人の事は言えないが。確かに心の底で見せつけてんじゃねえとか思ってたが。二人で顔を見合わせて頬を染める姿に、ゴチソウサマと言わざるを得ない状況だけどな。察するところ、昔から好きだった幼馴染みの生活が安定したか時期相応かで、クラムにの話が舞い込んだのだろう。照れて小さく頷く様は本当に幸せそうだ。


「おめでとうございます。」


『まあステキ。どうかお二人にディーテの加護がありますように』


 ディーテ?と聞く間もなく、ディーヴァがついと傍に寄ってきて恋人達に幸せをもたらすと言われている大精霊の事ですわと耳打ちする。なるほど、恋の守護霊異世界バージョンと言うわけか、どこの世界でもこの手の話は事欠かないな。


「ありがとうございます。どうぞお二人にもディーテが微笑んで下さりますように」


「は、はは。ありがとうございます」


 絶対あり得ませんなんて好意ぶち壊しの発言をする勇気はない。やけに嬉しそうなディーヴァの横顔を眺めて、もしかして俺もそれっぽく振る舞わないといけないのかと思い始めた時。

 しゅりん、と微かな金属音が耳を掠めた。平和な日本では聞き慣れない鞘走りの音に躊躇なく二人の前に飛び出す。人通りの無い薄闇の中、確かに人影が通せんぼしている。そのシルエットが子供ならば叱りつけて終わりだが、しかも剣をもった悪質な勘違い野郎とくればお相手せざるを得まい。

 鞄からマリオノールを取り出し……かけて、ディーヴァに押し留められる。自信満々と書いてある顔に、コンテンツを呼んで本から手を離す。光の奔流と共にコンテンツが姿を現したのと同時に俺とディーヴァがライ達の前に立ちはだかる。


『恋人達の邪魔する無粋な殿方。姿を見せて下さいませんか?』


 どこから取り出したのかディーヴァが扇を取り出して、やんわりと微笑む。腕に仕込んであるナイフを取り出して、はたと気付いた。もしかして小さいナイフと扇が武器の傭兵ってかなり見た目が弱そうじゃないか?しかも俺はもやしで、ディーヴァはお姫様だ。後ろを振り向く勇気は無いが、不安を感じるようなら対策を講じねば仕事に支障が出るかもしれん。

 そうこうしているうちに、建物の影から一人の男が姿を現した。歳は24、5といったところで、健康的な肉体に嫉妬にまみれたギラギラした目ばかりが印象に残る。磨きに磨かれた真っ白い刀身の西洋剣を構えやる気満々である。礼儀正しくしていれば確かにいい所の坊っちゃんで好青年だっただろうが、今は浅ましい感情ばかりが全面に押し出されて上品さや気品といったものは見る影もない。


「無粋な人間はどっちだ。俺は今日もクラムに予約を入れた、契約違反でしかるべき場所に訴えるぞ」


 吼えるといった表現が正しいだろうか。俺達には目もくれず、ひたすら訴えるどこへ行くと叫び続けている。


「ザッツ様、お話は受付嬢に聞いておりますでしょう?嘘をついてまで私に執着なさるのですか」


 嫌悪感を含んだトゲのある言い方に、男が一瞬息を飲む。が、ライがクラムを背中に庇ったのを見て、今度は標的がライにうつったらしい。


「煩い!俺はちゃんと半年先まで予約してたんだ!!そんな質の悪い服を着た貧乏人など相手にして、俺を蔑ろにする気か!?」


 俺の後ろにいるライを指差して一方的な嘲笑と罵声を浴びせる勘違い野郎。俺とライの位置が微妙に重なっているため俺を馬鹿にしているように感じる。と言うか発言が低次元で聞くに耐えない。父親がギルドの経済科担当責任者で偉いのは分かるが、お前の人間性とはなんの関係もないだろ。

 幼稚な演説に空気が荒々しくなり、お互いの緊張がこれ以上無いくらいに高まる。どちらが飛び出してもおかしくないという空気の中。


『あらあら、まあまあ』


 鈴を転がす可憐な笑い声が、底冷えするような空気をほろりと溶かした。扇を口元にあて、相変わらず夕闇の中で輝いている。


『余程クラム様を愛していらっしゃるのですねえ。ライ様より金持ちで将来有望で、誰より幸せにできると。』


「そうだ!!」


 全力で肯定しやがった。ここまでくると呆れを通り越して尊敬すら覚える。よくまあそこまで自分に自信が持てるもんだ、半分くらい分けて欲しい。


『うふっ、ふふふふっ。だそうです、クラムさん。はっきりと言ってさしあげたらどうかしら』


 心底楽しいと言わんばかりに笑うディーヴァに、クラムが一つ大きく深呼吸をする。きっと正面を向いてたった一言。


「私は娼婦を辞めました。ザッツさんとお付き合いする事は一生ありません。私はこの人と生きていく、邪魔をしないで下さい」


 力を込めて叫ぶクラムに寄り添うのはライ。右手にはナイフよりは長い手頃なサイズのショートソードが握られている。愛する者と恋敵から敵意を向けられているのに、ザッツは何故か気遣わしげな表情でクラムを見つめた。


「ああ、可哀想に。その男に脅されて……おいお前ら、犯罪者の肩を持つとはギルドに属しているとは思えない凶悪さだな。データを照合して資格剥奪してやる……もう二度と平和な生活ができると……思うなよ……」


 俺に振るな、俺に。不毛な脅しに返事をするかわりに、ディーヴァに視線を投げる。


『あらあら、無様ですわねえ。まだ恋を知らないお坊ちゃんなのですね、青いですわあ』

 相変わらずの上品笑いだが、どことなく絶対零度の冷たさを感じる。


『恋とは二人の男女が認め合って初めて成されるもの。その素晴らしさを微塵を理解できない畜生以下のゲスはとっとと尻尾を巻いてママンのミルクでも召しませ』


 うわ、きっつい。ていうか怖い、色んな意味で。怒気と殺気がぐちゃぐちゃに混ざり合った狂気の気配が膨れ上がる。ああ、話し合いすら不可能になったんじゃないのか。手の平のナイフを握りしめて、ディーヴァより少し下がる。今ほど自分の表情が出にくい顔に感謝した瞬間は無い。冷や汗がだらっだらの青い顔をするのはマスターとして示しがつかないからな。

さあ、音の精霊の力を見せてもらおうか。

低く構えて走り出したチキチガイ野郎を正面から見据え、ディーヴァは不敵に微笑んではらりと扇を広げた。




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