3話 ディーヴァ③
すいません、ほんと何もかもがローペースですみません
現代の時間にして午後4時。朝からぐだぐだと昼寝とコンテンツとの雑談を繰り返しているため、どことなく気だるい。割合にして昼寝9割で雑談1割なので今日はもういい加減に体を起こしておかないと不味い事になる。まして相手は名のある冒険者を切り刻んできた極悪非道の勘違いストーカー野郎である。話し合いで解決するような内容ではない。
「コンテンツ」
頭元に置いた本からシュパッと音をきってコンテンツが飛び出してくる。何故かいつもスーツに淡いクリーム色の肩当てと胸当てを装備して、興奮覚めやらぬといった風に頬をほんのり染めている。
『お早う御座います、ついに決戦の日ですね!』
なにをそんなに浮かれているのか知らないが、その防具に意味はあるのか。まあそこそこデカイから胸を強調させるためにそれをつけているなら何も言うことはないが、戦闘のためにそんなものをつけているならそれは無駄だと断言してやる。実体化も、長期戦もやらないからな。
「いいから、いつも通りにしていろ『CALL……ディーヴァ』」
『いよっ!待ってました!』
だからなんでそんなテンション高いのかと。光を放つ本に向かって半透明の紙吹雪を撒き散らすコンテンツに視線をやる……前に、本から荘厳なオペラが流れ出した。
ウァーだのヴァーだの訳のわからん合唱と共にせりあがってきたのは、クセ一つない艶やかで豊かな黒髪に、人形の見間違うほどに整った顔、赤いドレスを纏ったボディスタイルも抜群だ。さすが歴代の夜伽を受け持ってきただけはある、歩く18禁とは彼女のためにある言葉だ。誰かモザイク持ってこい。
淡い光と共に湧き出たセクシャルな女が、スカートの裾を少し持ち上げて優雅に一礼する。おお、派手な見た目の割に淑やかだなと思った瞬間。
『ああん、御主人様ぁ!この瞬間をどれほど待ち焦がれた事でしょう、さあさあ敵はどちらに!?私が吹き飛ばして差し上げますわ!』
両手を組みキラキラと黒い瞳を輝かせて、此方に迫ってくる美女もとい戦闘狂? お淑やか路線かと思ったらとんだお門違いだ。まあコンテンツが何と言って焚き付けたのか気になるが、やる気があるのは良いことだろうさ。
「よろしく頼む。コンテンツから聞いていると思うが、男女の護衛だ。危害を加えようとする者は再起不能にしてやれ。鼓膜の一枚や二枚ぶち抜いてやって構わない」
『うふふっ、お任せ下さいませ。鼓膜と言わず脳まで破壊し尽くしてやりますわ』
口に手を当てて、コロコロと上品に笑う姿にうすら寒い物を感じる。さらに両手を腰だめにファイティングポーズではしゃいでいるコンテンツとディーヴァ。ワケがわからんし、その光景はシュールすぎるぞ。
『でっ、依頼が終わったら抱いて下さるのですよねっ?』
「断る。コンテンツから聞いてないか?」
『聞きましたわ。でもそんなに拒む事ないじゃありませんか。もしや初めてですか?』
「悪かったな、初めてで」
『あら、ステキですわ。御主人の筆下ろしを勤めさせていただけるなんて、恐悦至極。大丈夫、痛いのは剥くときだけですわ』
「剥けてない前提で話を進めるな。少しは慎しくしてろ、恥じらいを持て恥じらいを」
『恥じらい?恥じらいなら御座いますわ。ほらドレス』
ぴらっと裾をつまんでアピール。するのはいいが、ロングドレスの裾から白い魅力的な御見足が覗いておりますお嬢様。ドレスは標準装備であって恥じらいのために着ているのではないと断言してやる。やっぱりコイツは歩く18禁だ、今度全身を覆い隠すモザイク柄のサリーでも買ってやろう。
「よし、漫才は終わりだ。ディーヴァ、戦闘に関しては全て任せる、魔力も好きなだけ使っていい」
『ご信頼を賜り、ありがたき幸せ。必ずや望みの結末をご覧にいれましょう』
ディーヴァがドレスの裾をつまみ、膝を軽く曲げて優雅に一礼する。
『あのですねマスター、一つお願いがあるのですけれど』
コンテンツに視線を向けると、何故かディーヴァが頬を赤く染めて両手を添えた。
『ディーヴァが腕組みたいらしいんですけど』
「なっ、ことわ『マスター言いましたよね?やり方は任せるって』」
……言った。確かに言ったが。それとこれと何の関係があるのかと小一時間ほど問い詰めたい。いや、確かに女相手だと向こうが油断するとか色々あると思うが、その動機の中には恋人ごっこがしたいというディーヴァの欲望が見え隠れしているのは気のせいだろうか。いや、あえてここで乗せられた振りをしてディーヴァの機嫌取りをしておいた方が後々弊害が少なくて済む。
「分かった。腕組みならできそうだ。相手を油断させる事もできるしな」
『流石はマスター。堅苦しいだけじゃありませんね』
それじゃ誉めているのか貶しているのか分からないんだが。コンテンツにじっとりと視線を投げ掛けるがどこ吹く風と言わんばかりに、余所を向いて口笛を吹いている。この野郎、後で覚えてろよ。
『マリオノールが命ずる。実体となれ、ディーヴァ』
ぽんっと軽快な音をたててディーヴァの体が立体的に膨らんだ。鮮やかな色のドレスは更に光を反射してキラキラと輝き、胸と腰が強調されて丸みを帯びる。足元のハイヒールが音を立てれば、ドレスで隠されているほどよく引き締まった白い足が誘惑する。
『はい、完了ですっ』
「では、参りましょう」
無邪気な笑顔を浮かべたコンテンツと香り立つような上品な笑みを浮かべたディーヴァ。左右の腕を二人同じに絡め取られる。
一瞬宇宙人に連れてきていかれる人間の図式が思い浮かんだが、あまりにも色気が無さすぎる。上機嫌のディーヴァとコンテンツに引っ張られながら、俺はひたすら早くこの仕事が終わればいいのにと願い続けるしかなかった。