3話 ディーヴァ②
お下品な表現注意です
そこまでエロくはないはず……
無いよね?文才ないから無いよね?
四番通りの飲食街をさらに奧に奧に進むと、何やらピンク色のオーラを放つ妖しい町並みに出た。ホテルのような建物が軒を連ねる道を、薄い絹のようなドレスを来た女たちが、妖艶に無邪気に男達の腕を取る。女ばかりではなく着飾った男たちも負けずと道行く女に粋で甘い声をかける。一夜限りの愛を売る、人間の三大欲求の一つが集まる場所。浅ましいと言ってしまうには華やかすぎる、目も眩むようなきらびやかな世界だ。
腕を絡めて甘い声で誘惑してくる女たちを愛想笑いで避けて、目当ての店を探す。頭の上のコンテンツの案内も受けつつ、色とりどりの光で照らされた巨大なホテルの間を縫うようにして進んだその先、白い壁に繊細で豪奢な花の彫刻が施されたちょっと高級そうなホテルについた。垂らされた赤い布が目印だと書いてあったが、確かに淡い黄色の光に照らされたシルクの赤い布が風にふわふわと揺らいでいる。どうみても上流貴族サマ御用達です、本当にありがとうございました。入りにくいんですが、いや本当に、場違い感がすごい、いたたまれなさで悶えそうだ。
白い両開きの扉の取っ手を掴んで離して掴んで離してを繰り返していると、スカッと右手が宙を掴んだ。
「えっ。な、何か……?」
光放つような見事な金髪の女性が、マジマジとこちらを見つめていた。ええい、当たって砕けてしまえ。背筋を伸ばし、にっこりと人の良い笑みを浮かべてみせる。
「初めまして。ギルドで仕事を承りましたアヤノと申します。責任者の方に取り次いでいただけますか」
一瞬の考えるような間の後、女性が閃いたように目を見開いた。
「ああ、はい、こちらへどうぞ」
ふわりと甘い花の香りを振り撒いて、女性が先立って歩き出す。外装に対して内装は以外と普通である。目につくのは待ち人用の白い皮張りのソファーが幾つかと青と赤の宝石が散りばめられた高そうな振り子式掛け時計。普通ではあるが、金はかかっていそうだ。へーだの、ほーだの、感心したようなしてないような声が頭の上からあがっているが、一体何に反応しているのか皆目見当がつかない。もしかして娼館は初めてなのか、コンテンツ。蒼い絨毯を敷き詰めた廊下を渡り、魔法か何かで動いていそうな静かな動きのエレベーターに乗って最上階を目指す。窓ガラスから覗くクロックの町並みが夕闇に覆われていく姿は、どことなく幻想的だ。
『きれい、本当に綺麗ですね。マスター』
女性に悟られないように小さく頷くと、コンテンツが楽しいと言わんばかりに声を震わせて笑う。夜の町は不良の血が騒ぐぜぃ、なんてな。
二人で景色を堪能する間もなく、最上階への扉が開く。一度ちらっとこちらに視線を投げて女性が歩き出した。とは言っても、扉を二つほど通りすぎただけで直ぐに行き止まりの扉にたどり着いた。女神の差し出すドアノッカーをトントンと軽く二回叩くと、中からハスキーな声が聞こえた。
「失礼します、ギルドの方をお連れしました」
薄く煙った部屋のなか、黒いソファーに寝そべってキセルを燻らせた妙齢の女性がこちらを向いた。茶色のパーマの髪を無造作に背中に流し、豊満な胸を強調した赤いキャミソールのドレスを着たセクシィな女性だが、いかんせん眉間の皺と凶悪な怒り顔が全てを台無しにしている。部屋いっばいに充満したタバコの煙もだ。
「ああ、ギルドの。ついでと言っちゃなんだがクラムを呼んどくれ」
神経質そうにガリガリ頭をかきながら、キセルを持った方の手でもう行けと合図する。道案内をしてくれた女性が、頭を下げて部屋から出ていった。ご丁寧にドアをきっちり閉めて、なんの嫌がらせだ。こんな煙部屋にいたら肺癌になってしまう。
「とりあえずそこに座われ。いやにひょろいな、何だ?魔法使いか?精霊のほうか?」
「精霊の方です。どうぞ、よろしくお願いします」
女性の目の前のソファーに座りながら、笑顔で会釈する。途端に、男勝りな女性の顔がさらに渋い顔つきになった。
「くそ!やっと来たと思ったら、こんな貧相なペチャンコ。依頼紙に写真でも貼り付けとくんだった!」
勢いよく飛び起きると、ソファーに胡座をかいてまたガリガリやりだす。ふざけんな、怒りたいのはこっちだ。何がペチャンコだ、生まれてこのかたそんな悪口なんぞ一回も言われた事がない。と、内心で中指を立てながらも、顔はあくまで笑顔で通す。雇主は大事にせねば。
「護衛して欲しいのはクラムって子さ、ちょっと面倒事に巻き込まれててね。普段なら自業自得で済ませるんだが、今回はちょっと質が悪い。ほら、アンタも根暗そうだから分かるだろ、娼婦に惚れちゃお仕舞いさ」
一瞬机をぶん投げちゃろうかと両腕に力を込めたが、すんでの所で耐える。口が悪いだけだ、口が滑りすぎていて配慮の欠片もないだけ。歳相応の図太さでむしろ納得だろ、耐えろ耐えるんだ。ひきつり笑顔でギリギリと拳を握りしめていると、背後で控え目なノックが鳴った。
「失礼します」
煙が吸い込まれるように後ろへ流れていく。振り向いた先には淡いクリーム色のドレスを纏った若い女が立っていた。茶色のボブへアがよく似合うその女は、さっきの女や雇用主と比べると若干地味だが、庇護欲をそそる純朴そうな雰囲気がきっと男には堪らなく映るのだろう。しかし庇護欲勝負ではドリアードの足元にも及ばない。
背中越しに会釈すると、ゆったりと優雅な礼が返ってきた。
「遅かったね、また油でも売ってたのかい。ギルドから客が来てるよ、精々タラシこむんだね」
「はい、ご迷惑おかけします。ギルドの方、どうぞ私の部屋へおいで下さい」
説明は彼女がしてくれるらしい。これ以上ストレスを溜めなくていいのは大歓迎だ、クラムがどんな子か知らないが、この勝気な毒舌女よりはマシだ。
「それでは、これで失礼します」
「詳しい事はソレに聞け。後、こっちは一切合切関与しないからそっちで好きにやんな。営業妨害だけはするなよ」
キセルの煙を吐きながら、シッシッと言わんばかりに片手を振る。二度と来ねえよ!なんて念をこめてにっこり微笑んで会釈し、先を歩き出したクラムの後ろについて歩く。
『はあ、なかなか凶悪な女性でしたね。なんというか、女盗賊?女王様?』
「SMプレイなら余所でやってくれ、俺は全力でお断りだ」
さっきの雇用主がレザー装備で嬉々として鞭を奮う姿がなんの苦もなく想像できたが、そういう特殊な大人遊びはお互いの合意の上でやってくれ。 俺は尻を貸すのも踏みつけられるのも心底嫌だ。
『SMはお嫌い、と。ふむふむ、ディーヴァに伝えておきますね』
何やら真剣な表情で、目を閉じたコンテンツ。ディーヴァ?と聞き返す間もなく、脳内に情報が浮かぶ。
ディーヴァ。一夜の愛を歌う歌姫。愛の歌を、子守唄を、人の繋がりを歌い続けた精霊はいつしか閨で主人のためだけに愛を歌うようになった。
「俺にはそういうの、必要ないぞ」
『まあまあ、そう仰らずに。音の精霊としての力も相当なものですから』
目の前に降りてきたコンテンツが、両手を組んで首をかしげる。まあそういう事なら……、それに今回はそういう夜の仕事に耐性を持っている精霊が一番無難かもしれないな。音という要素も結構応用がきく。
「そうだな、ディーヴァがいつでも出られるように準備しておいてくれ」
『了解です!』
満面の笑みと敬礼でコンテンツが答える。うむ、頼もしい限りだ。 本の中に戻っていくコンテンツを視線で追って……、途中でバチリと焦げ茶色の視線にぶつかった。何かこう、気の毒そうな可哀想なものを見るような感情がこもっているような。
「なにか?」
「いえ……、ここが私の部屋になります」
赤い塗料の塗られたドアに、雀のような鳥が彫られた木札がぶら下がっている。開けたドアの内部は、これまた悪趣味としか言いようがないような華美な装飾で埋め尽くされていた。金の刺繍いたる所に施されたピンク色の天涯つきダブルベットに、淡く紫の光を放つシャンデリア、壁には一面に貼り付けられた巨大な鏡と見たこともない動物の剥製が飾られ、床には何かの毛皮が敷かれている。
どこをどう気取ったってここでは寝泊まりしたくない。庶民と呼んでくれ、今なら喜びをもってその言葉を受け入れよう。
「さ、どうぞ。」
クラムがベットに腰かけて、隣をぽふぽふと叩いた。そこか、いきなりそこに座れと言うか。ほんの少し間を空けて、そっと腰をかける。
「改めましてクラムと申します。お名前は?」
「アヤノです、クラムさん。依頼内容について詳しくお聞かせ願いたいのですが」
一瞬の沈黙。焦げ茶色の瞳を物憂げに伏せて、溜め息をついた。その細やかな仕草にさえ庶民には優雅にうつる。
「もう一年ほどになりますでしょうか、大変懇意にして下さる常連の方がおられまして……私もあまり指名をして下さるお客様がいないため、長い事専属のような状態になっておりました。それが、ついこの間の事です。久方ぶりに新しいお客様がご指名して下さいまして」
……まるで昼ドラだな。いや、火曜サスペンス劇場の方か。
「懇意にして下さる方……ザッツ様のご指名もあったのですが、その日は少し申し込みが遅う御座いましたので、一見様のお相手を致しました。お仕事の最中は何も無かったのですが、問題はその後。娼館の帰りに辻斬りにあわれたそうです。」
「ああ、その展開は」
「お察しの通りです。その後も何度か同じ事が続き、困り果てております。明確な証拠はございませんが、被害者の言う通り魔の特徴とザッツ様があまりにも似通っているのです。私が依頼したいのは、明日こちらを訪ねてくる私の幼馴染みを護衛して頂きたいのです。」
「幼馴染み?」
「はい、正確には幼馴染みと私を……です」
話の流れからして犯人はそのザッツという男だが、確証がない。つまり捕縛するなら現行犯で、と言うことか。幼馴染みとの関係が気になる所だがデバガメはやめておこう、無粋だ。
「では、本格的な護衛の仕事は明日という事に」
「はい。明日の今日と同じ時間に、娼館の玄関にてお待ちしております。そういう事で、今日は明日の分の報酬を支払いますのでこちらに泊まって頂きたいのですが」
「ああ、その件なのですけれど……」
断りを入れようと顔の前でひらめかせた手を、クラムがそっと両手で包む。淡く瞳を揺らめかせ、音をたてて手の口付ける様はひどく蠱惑的で艶かしい。流石その手の人間、男を手玉に取るのも手慣れている。地味だの指名が無いだの言うがプロはプロだ、引き込まれたらヤバい。
「申し訳ありません、クラム嬢。その件でお話しなければならない事が」
しなだれかかってくる柔らかな体を両手で押しやって、申し訳なさそうな笑みを作ってみせる。甘く良い匂いがするけれど、おあずけだ。
「私では……役不足でしょうか?」
落ち込んだように俯くクラムの右手を取って、軽く甲に口付ける。
「いえ、そうではありません。こちらに非がありまして、どうしても貴方を抱けません。大変個人的な理由なので詳細はお話できませんが、貴女に原因は無いと断言します。あと、報酬も従来の金額で結構ですから」
「えっ、そ、それではあまりにも……」
「ではまた明日。よい夢を」
引き留めようと伸ばされた細い腕をすり抜けて、浅く一礼する。彼女の表情を見ずに競歩で部屋を出て、勢いよくドアを閉めた。吹き出す冷や汗と本能的な熱に、今頃心臓が焦って運動を始める。とりあえず帰ろう、出口へ向かわねば。
真っ赤になった顔を右手で隠して、大きく息を吐く。何だかんだ言い訳してても俺だって所詮は男だ、あんなのされたら形振り構わず押し倒したくなる。あの細く白い手を取って、茶色の髪に指を絡ませ、唇をなぞり、形の良い胸を思うままに蹂躙したい。
ああもう、静まれ妄想。変態思考はそれまでだ。アヤノタツキよ、お前の性欲は紙より薄いはずだ。抱かないと決めたのだから全力で死守するのみ。決めた事に従わぬは武士の風上にもおけぬ!いや別に武士じゃないけれども!とにかく勿体無いなど思うなかれ!
その夜、結局妄想止まらず、自室にて座禅を組んで必死に瞑想する羽目になったのは言うまでもない。