3話 ディーヴァ①
三話はちょっとエロスにいきたいです
そういう気分
ギルドの掲示板を前にして、もう30分ほどになるだろうか。朝の爽やかな空気をまとった冒険者達が、入れ替わり立ち替わり依頼紙を外して持っていく。今日はクロノアの姿は無く、コンテンツを呼び出して頭に乗せているが興味深く掲示板を眺めているだけで具体的な意見は無い。時間をかければかけるほど美味しい仕事が取られていくのは分かっているが、ランクが無色で危険で放浪癖のある神が気付くような目立つ仕事なんてそうそうあるわけが無い。並んでいるのは採取に採掘に討伐と地味な仕事ばかりだ。地道にランクをあげていった方が早いのはわかっているが、いかんせん採取や採掘をするにも地名がわからん。唯一分かるのは、昨日採取に行ったあの森くらいだ。まあ、場所なんかはマップを買えば済む話なんだろうけれど。
採取から護衛や警護の掲示板に視線を移すが、こちらも似たり寄ったりだ。要するに気分が乗らない。
『マスター、このままだと日が暮れますよ』
「……まあな」
いや、分かってはいるのだが。
あれやこれやと比較してみるが、やはり気分が乗らない。もう全てが未知の様態で、ホイホイと手を出すのがはばかられる。ランクは無色でそこそこ給金もいい、そして猿でもわかるような簡単な仕事は……。
『もう、マスターったら優柔不断です。私が決めてさしあげますっ!』
コンテンツが頭の上で仁王立ちになり、ビッと掲示板を指差した。何をするのかと思いきや。
『どーれーにーしーよーうーかーな』
こらこらこら、お前は小学生か。確かに神様の言う通りと歌詞には出てくるが、そんな安直な選定じゃ神様どころか死神だって全力でお断りするだろ。俺の初めてのソロでやる仕事をそんな適当に決めないで欲しいのだが、心の中でいくら否定の意見を述べた所で俺の根拠も強さもない貧弱な言葉など採用されたりしないのは分かりきっている。
ついついと一つずつ丁寧に指を差していくコンテンツの呪文が、何故か異様に長い。
『あかとんぼ 黒とんぼ 白とんぼ』
まあこの呪文は地域によって差があるらしいから、特別長いものもあるだろう。俺の所は短かったがな。
『きんこんかんこん、あーぶーらーむしー』
聞いた事のあるフレーズだな、これは知っている。よく遊んだもんだ。
『アッポッペーのヨイヨイヨイ』
……な、なんだそれは。どことなく民謡のような気がするんだが。
『かっかのかっかの柿の種、ねんねのねんねのネズミ捕り、りんりのりんりのりんご取り』
一瞬吹き出しそうになったが、何とか堪えた。可愛いと言うより語呂が愉快すぎる。というか柿の種の意味を知っているのか、コンテンツ。
『池のまわりにお茶碗置いて危ないこっちゃった』
おいおいおい、混ざってる!混ざってるだろ、それ!ずいずいずっころばしじゃないのか!?
『なのなのな げげげのきたろう、12345678910、ばばんばばんばんばん、うー、おまけ付き!』
喉から出た変な声が出た。そこで鬼太郎がくるのか、随分えらくなったもんだな鬼太郎、ばんばん勢いよく鉄砲撃ってんのか鬼太郎、しかもおまけつきとかドンだけ鬼畜だよ!
肩を震わせて密かに笑っている間に、どうやら決まったようだ。コンテンツが上機嫌で俺の頭から飛び上がり、器用に手だけ実体化させて紙を持ってきた。
『決まりましたよ、マスター!……って、何を笑ってるんですか、なんか面白い事しました?』
「……ぶふっ、おま、それ、どこで習った」
『どこって日本の歴代マスターから教えてもらったものを繋げたんです。結構長くなりましたでしょう!せっかくですからマスターも教えて下さいな』
にっこりと微笑むコンテンツに、笑みで答える。誰かの記憶や生き様がコンテンツを通していつまでも繋がっていくというのは、ある種の感動を覚える。
依頼紙を受け取り、コンテンツを手の平にすくいあげて頭の上に乗せた。小さな声で歌うように呟く呪文は、僅かな郷愁と胸の痛みを含んで軽やかに流れ出す。こうやって昼飯を、選択科目を、遊び場を、友人達とふざけながら選んできた。あいつらと一緒にこの呪文を唱えることはもう二度と無いだろうから、コンテンツにこの思い出ごと託してしまおう。見知らぬ誰かとコンテンツが、遠く異世界の地で歌い継いでくれるように。
渡した依頼紙を読んだ途端、嫌悪感丸出しの目でこちらをじっとりとねめつけて手元の機械に入力を始めた女性職員を見て、はたと思い出した。コンテンツから依頼紙を受け取った。コンテンツと歴代マスターの話で意気投合して、友好度が上がった。それは良い、そこまでは良かったんだ。問題はその後。話に夢中になって受け取った依頼紙を確認するのをすっかり忘れていた。場所からして護衛だと言うのは分かっていたが、それっきり確認もせずカウンターに渡してしまったのである。
え、何なんだ。そんな目で見られるような仕事って。
慌てて差し出された紙を確認。そして自分の浅はかさを呪った。
「娼婦の……護衛……。」
『報酬は一日150ルクスと娼婦一人ですって。良かったですね、マスター』
何も良くない。何をもって良いとぬかすかこの疫病神は。ギルド三日目にして人間性疑われるとかどうなんだよ、俺。一つ隣のカウンターに行けばガテン系の戦士みたいな兄貴が、若いからしょうがねえよな、なんて苦笑い混じりにデータ入力をしてくれただろうに。よりによって10代のうら若き乙女に、こんな卑猥な文章の書かれた紙を……。
『ま、落ち込んでも仕方ないですから。』
神様の言う通りですから!と軽快に笑う頭の上の小悪魔。確かに八割くらい俺が悪いが、お前に全く罪が無いとは言わせん。
何故異世界まで来て娼婦を抱かねばならんのだ、自慢じゃないが性欲は紙より薄い。可憐な少女や麗しい淑女を見て愛でたり会話したりするのは好きだが、偽りの愛を押し付けられるなんて御免だ。
「俺とお前は一心同体、仕事のパートナー。そうだな?」
『え?はあ、もちろんです』
「つまり報酬も折半だな?」
コンテンツがぎょっとして体を起こす気配がした。
「俺だけが報酬を味わうのはダメだよなあ。コンテンツも同じ報酬をもらわないとフェアじゃない、そうだよな?」
『は?あ、え、いえ、まさか、私たちはマスターにお仕えしている身で御座います故、そのようなお気遣いは決して』
「大丈夫、女同士でもやれるから安心しろ。ああ、そういやコンテンツは金なんか使わないよな。俺が150ルクスでコンテンツが実体化して体の方でどうだ?これなら半々で」
『勘弁して下さいな……。わかりました、そんなに嫌なら何とか考えますから。マスターもそれらしい理由ちゃんと考えて下さいね。』
「ああ、分かった」
頭の上からげんなりとした表情のコンテンツが降りてきて、本に手を当てる。
『ちょっと作戦会議してきますね。仕事が始まる前には出てきます』
本に吸い込まれたコンテンツを見送って、大きく息をついた。それらしい理由……ね。男しか愛せないんだ!なんて安易な嘘はつけないし、幾つか手を考えておいてコンテンツの作戦に合わせる方が一番無難だな。
依頼紙に書かれた仕事開始の時間は夕暮れ時だ。時間はたっぷりあるから、宿で仮眠して仕事に備えよう。背中に受付の女性の視線を受けながら大きく伸びを一つして、コンテンツ自作の呪文を口ずさみながら気まずいギルドを後にした。