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2話 クロノア①


 ギルドで依頼紙に認定印と完了印を貰い、薬草を手渡しデータ化した獲物を機械で読み取って、報酬を受け取った頃、ホールの大時計から軽やかなメロディが流れ始めた。丁度昼飯の時間だ、オルゴールに混じって腹の音も軽快に鳴っている。報酬も入った事だし、燃料補給に行くか。人間たるもの1に食事、2に食事だ。食う楽しみのない人生など花弁の無い薔薇か、着物の無いドリアードのようなもの。味気ないにも程がある、いや後者は大歓迎だが。


「クロノア、飯に行こう。そこそこ手軽で一般の人々に愛されている極々普通の定食屋がいい。どこか良い所を知らないか?」


「いやに普通だの一般だの強調するわね……。心配しなくても大丈夫よ、このクロノアさんに任せなさい!」


 可愛らしい胸を精一杯張るクロノアに不安がつのる。頼る人間がいないからどうしようもないのは百も承知だが、どうもこの女は良いところのお嬢様というイメージが拭えないのだ。仕草から何からお上品オーラが滲み出ていてなんとも言えず居心地が悪い。馴れるとそうでもないのだろうが、一般人の底辺で生まれ育った野蛮人のような俺にレースホワイトの清楚な空気はある種のイジメである。被害妄想ではない、自己防衛本能と呼ぶがいい。


「そんな疑念が凝り固まったような目で見ないで。大丈夫よ、家庭料理を出す定食屋を案内してあげるから」


「家庭料理とな」


 うむ、それなら大丈夫だな。それに品物名を覚えて、本屋でレシピを買えば料理のレパートリーも増える。一石二鳥だ。

 先立って歩き出したクロノアを追って行こうと足を踏み出した瞬間、服の裾をクイクイと引っ張られた。


『あの』


 はいドリアードの上目遣いいただきましたー。何でも好きな事を言うが良いさ、お兄さんが何でも聞いてあげよう。


『わたし、もう、戻ってもいいですか?お役に立てること、無さそうですから』


「……そうだな、また頼む。『BACK……ドリアード』」


 何を言うか。君はそこに存在してくれるだけで十分だよと口走りそうになったが精神に全力で歯止めをかけて小さく頷く。魔力が必要なのは出す時と力を借りる時だけだから、存在する事自体は負担ではない。だがドリアードの方が本に戻る事を望んでいるのなら、俺が意見するのは職権乱用に等しい。ああ、さらばドリアード、また会う日まで。深く頭を下げて光の粒子になって散ってしまったドリアードを名残惜しく見送った。


「ちょっとー!何してるのー!?」


 ギルドの入口で手を振っているクロノアに、軽く手をあげて足早に後を追いかける。ドリアードと一緒にコンテンツも戻ってしまったらしく、頭の上に寝転がっていた気配が消えてしまっていた。本の精霊同士積もる話でもあるのだろう。話が飛躍して尾ひれ背鰭のついたマスター変態説が蔓延していない事を心の底から祈る。








 ギルド前の三番通りを横切り、細い道を進むと四番通りに出た。こちらは馬車や車は侵入禁止らしく多くの人が通りを徒歩で行き来している。通り沿いには露店や専門店が並び、それなりに繁盛しているようだ。通りから少し外れた細い道でも店が並んでおり、ある特定の品を取り扱う専門店通りとなっているようだ。それを示すように細い道の入口には「魔法具専門店」だの食器の絵が書かれた看板が掲げてある。


「食料なんかはこの大きな通りを通るだけで事足りるわ。調味料やスパイスで希少なものを探すならあの通り、食器を揃えるならあっちがいいわ。」


 人波に流されながら、クロノアがあれやこれやと手で指しながら大雑把に解説してくれる。うむ……、困らない程度に頭に入れておこう。露店から漂ういい匂いに誘われて、腹がにわかに活動を始める。まてまて、早まるんじゃない。こういうのは耐えるほど美味く感じるものだ、そう焦るものじゃない。

 楽しそうに声をあげて道を行くクロノアの後をおのぼりさん丸出しで歩くのもそんなに悪くないもんだ。途中で通り過ぎた服飾関係の通りの配置を念入りに頭に叩き込んで、クロノアの大雑把な説明をうける。しばらく歩くと呼び子の賑やかな客寄せの声に混じって美味しそうな香りが漂いはじめた。

 店も開放的な店舗の造りから、レストランや喫茶店のような洒落た造りが多くなり、露店が多かった道端もファーストフードを売る屋台が増えていく。


「ああ、いい匂いだ」


「そうそう、ここに来ると急にお腹が減るのよね。……あの店よ」


 クロノアが指差す先にあるのは、白い壁が眩しい小さな一軒家だった。ぱっと見は普通の一般家屋だが、飲食店らしくテラスに洒落た木のテーブルセットが幾つかとオススメメニューを書いた看板が出ている。

 クロノアがベルの吊るされたドアを開けると、そこは木の香りに包まれたアットホームな空間だった。少しくすんだ木目調のテーブルと四足イスが並べられ、家族連れやカップル、武器を携帯した男女がそれぞれ思い思いに食事を楽しんでいる。形態としては定食屋というよりはファミレスのようだ。


「ここでいいわね?」


 唯一空いていた窓際のテーブルに二人で腰をかけると、店員がグラスに入った薄緑の液体とメニューを出してきた。なんて黒のエプロンがよく似合うおばさんだ。ベストオブエプロンコンテストがあれば間違いなく上位にくいこんでいる。


「今日の日替わりランチはサフランのあら煮にクレッテのパスタだよ。決まったら呼んどくれ。」


 忙しいのか、玉のような額の汗を拭っておばさんがニカッと笑う。その笑顔の中にいいねえ若いモンは的な意味合いが含まれていたのは気のせいだと思いたい。そりゃ男女二人で飲食店に来りゃ誰だってそう思うだろう、だが皆が皆そうじゃない。そうだろう?カウンター席で一人寂しくパスタを食ってる魔法使いっぽい兄ちゃんよ。

 切ないオーラを放っているような細い背中を見ていると何故か心の友を見つけたような親近感を感じる。


「……さっきから本当何やってんのよ」


 見知らぬ兄ちゃんの背中に熱のこもった視線を投げかけている俺は、きっと変質者以外の何者でもない。見方によってはそっちの人間にも見えるだろうが、ドリアードに誓ってそっちの気は無い。

 本日何回目かわからないクロノアのうろんげな視線を日光浴のように浴びながら、手元のメニューを開いた。メニューの幾つかは分かるような言葉に変換されているが、いかんせん名詞だけは変換しようがない。お手上げ状態だ。


「とりあえず日替わりランチ」


「サフランとクレッテね。サフランはこの近くの湖で取れる白身のこってりした魚よ。今の時期だと脂がよくのっていて美味しいわ。クレッテはキノコね。ヒラヒラとしたカサを持っていて焼くとほんのり甘くなるの。クレッテのパスタと言えばクリームソースのスープパスタが基本よ」


 なるほどな。要するに鮎と舞茸みたいなもんか。さっき森を歩いた時にも思ったが、世界が違っていても生息している植物はあまり変わらないらしい。それなら名前がわからなくても自炊は何とかなりそうだ。


「お姉さーん、オーダーお願いー!」


 クロノアの声に、さっきのおばさんがはいよ!と手をあげて振り返った。一瞬いくらなんでもお姉さんはないだろうと全力で否定したくなったが、ぐっと堪えた。ヤブをつついてヤマタノオロチが出てきたら笑い話にもならん、女心の分からない男など運が良くて全殺しだ。

 横でオーダー確認の声を聞きながら、黒いエプロンに包まれた恰幅のいい体を横目で見る。この体が胴体ならさぞかし安定感のあるヤマタノオロチになるに違いない。ただスサノオ役は俺じゃない違うやつでやってくれ、あそこで飯をかきこんでいるゴリマッチョとかな!

 脳内でゴリマッチョが見目麗しいヤマタノオロチと斬りあいどつきあいの大戦争を妄想していると、目の前の現実世界にいるクロノアが深く溜め息をついた。


「一人で楽しそうね」


「そうか?」


「ええ、とーっても楽しそう。初めて会った時から変だ変だと思っていたけど、ここまで変わってるとは思わなかった」


「俺は普通だ」


「そうね。ああ、もう警戒しすぎて損した!ほんっとに疲れたわ!」


 道行く間、ちらちらとこちらに視線を送っていたのは知っていたがそんなに気疲れするほど警戒されているとは。両手を広げて大きく伸びをするクロノアを改めて正面から眺める。


「それで、感想は?」


「まだ未知数だけど臆病で空想癖があるって所かしら。言ってる事は大胆だけど、本当にそれを実行する事ができるかしら」


「決めた事なら何があっても実行してみせる。どうしても聞きたい事があるからな」


「その聞きたいことって何?」


 まっすぐにこちらを見つめてくるクロノアに、心の中でため息をつく。ここでお前には関係ないだろと言いたい所だが、このお節介焼きかつ疑り深いお父上至上の女は納得しないだろう。下手すりゃ大激怒だ。

 だけど、そう軽々しく語っていいものだろうか。誰かに語り誰かの意見に触れる事で、炎に焼かれたこの想いが薄れて変質してしまうのなら……。


「何の説明もないのに飛ばされたんだ。理由くらい求めてもいいだろう?」


 おどけて両手を広げると、クロノアの眉間の皺が深くなった。嘘は言ってない。それも聞きたいことの一つだが、実際そんな事はどうでもいいのだ。重要なのは何故あの場所から火が出たのか、だ。あの火の回り具合からみて楽屋あたりから出火したのは間違いないのだが、バンドの連中はタバコなど一切やらない。それに不可解なのは、スプリンクラーや警報装置など火災を知らせる器具が作動しなかった事だ。点検不足だったと言えばそれまでだ、だけどもし神が世界に関与するために火を仕掛けたのだとしたら。

 火の中で澄んだ音を立てた友人のギターを思い出して、思わず手を握りしめた。奴はどんな気持ちでギターを爪弾いたのだろうか。祈るような歌を歌うやつだった、きっと最後の瞬間まで何かを祈っていただろう。


「会って聞きたい事を聞くだけだ。正当な権利だろ」


 何かを言い募ろうとした可憐な唇が、ぐっと力をこめて閉じられた。今の俺はきっと酷い顔をしているのだろう、言いたいことを飲み込んで視線を逸らせた。

 気不味い雰囲気の中、配られた日替わりランチに手を出したが味なんて微塵もしなかった。きっと正面に座って険しい顔でパスタを啜っているまだ幼い女も、同じ気分を味わっているに違いない。

 逃げて、誤魔化して、嘘をつく。いつも通りのはずなのに、今回に限って酷く焼けつくような感情が、胸を内に巣食っている。その感情が後悔という名前を持っているなんて認めたくなかった。




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