1話 ドリアード④
森を出てクロノアからクロックの町についてあれやこれやと話ながらしばらく歩くと、城壁に囲まれた白い町並みが見え出した。おお、我が愛しき第二の故郷よ、なんてな。まだそこまで慣れ親しんだ訳じゃないが、これからずっとお世話になっていく町だ。それくらいの心意気があってもいいだろう?
光に照らされてキラキラと輝いている町並みを眺めて、クロノアと並んで歩く。前の世界なら考えられなかった光景だ、異国で生活する事も外国人と歩く事も。言葉にしたって一生日本語だけを話して生きていくんだとばかり思っていた。
「まさかこんな事になるなんてな」
「何の話?」
「異世界で生きていく事になるなんて、日本にいた頃は想像もしなかった。物語の中の話で、選ばれた架空の人間が体験するものだと」
そのいずれの人間も聡明で勇気があり、知識にも富んでいた。少なくとも卑屈で小心者の人間が選ばれたりはしなかった。まして生き物を殺して苦悩すらしない冷徹な人間なんてお話にもならない。
「その物語が本当は実話だった……そうだったら面白いわね。私達の世界には極稀に前世の記憶を持つ人間が出てくるの。その人達が前世で体験した事を書いたのだとしたら辻褄は合うんじゃないかしら」
「前世なんて本当にあるかどうか分からないけどな」
「あら、あるに決まってるわ。ねえ、ドリアード?」
クロノアに振られてドリアードが小さく頷き、コンテンツがほんのりと微笑んだ。
『転生を司る大精霊がいると云われています。正義と司政を司る神が死人の魂の価値を見出だし、適切な来世を授けるのだとか。前世を知る者はいても、神の儀式を知る者は誰一人存在しません。儀式の内容は大精霊を通じて知らされるからです。』
『裁きを受けた魂は、一度冥界と呼ばれる清浄な場所で暫く過ごした後、転生します。人間は人間に。動物は動物に』
『儀式の内容を想像した書物はたくさんありますが、どれも正しい正しくないと断定する事はできないのです。もしかしたら儀式など無く、大精霊が無造作に転生させているのではないかとの見方もあります。彼女は否定していますが』
「……彼女?まるで知り合いのような口振りだな」
『一応、知り合いですよ。37代目のマスターが死生観に多大な興味をお持ちでしたので、研究と称して会いに行きました。大変厳格で生真面目な方でした』
「大精霊は知ってるけど、会えるって言うのは初耳だわ」
「そういう存在って普通は伝説じゃないのか。そんな一般人が会いに行けるようなものなのか?」
いえいえ、とんでもない!と、コンテンツが大袈裟に両手を振る。
『37代目マスターの地道な努力があってこその話です。まず自らの経歴を英雄レベルまで引き上げ、各地の神殿を渡り歩いて奉納と司祭へのアプローチを続けてようやく面会したのです。一朝一夕で出来る事ではありません』
コンテンツが誇らしげに胸を張り、ドリアードがうむうむと神妙に頷いた。
「……神と会うには、それほど準備が必要なのか?」
召喚主の神に会うまで、俺が生きていられるかどうか大変不安なのだが。研究家の男がそこまでかかったのだ、どんな神なのか予測すらできていない一般人の俺なんか倍以上かかりそうだ。
『そうですね……マスターが探していらっしゃる神は大変気紛れだと聞いています。世界の変革を司るだけあって、一定の場所に留まる事がないそうです。遥か昔には神殿も建っていましたが、神の訪れない神殿などとうに廃れてしまいました。神出鬼没な神ですが異世界の人間が書いた伝記に何度か言葉を交わしたという話が出ています。気紛れな神と言えども様子くらいは見に来るでしょう』
「それもいつになるか分からない話ね。父上も何度か接触を試みようと色々やってみたらしいけれど、姿を見る事すら出来なかったそうよ。ちょっと変わった事でもやってみないとダメなのかしら」
政治家が目立たないとか、どんだけ変わったことをやらなきゃならないんだ。それに何かしなくてもいつかどこかで会える、なんて楽観視もしたくない。寿命で死ぬ直前に神が現れて「良い人生だったね〜」なんて言われたら死んでも死にきれん。平将門ばりに居着いて呪いを振り撒いてやる、日本の祟りを嘗めんなよ。
「何にせよ、今のままじゃダメって事か」
地道に薬草狩りから始めていたら、英雄レベルになるには白骨化している事だろう。もっと危険度が半端なく高い超難易度の目立つ仕事をしないとな。
「……この世界でも早死にしそうだ」
何だか悲しくなってきた。一年もたたない内に再死亡とか、笑い話にもならん。
『大丈夫ですって!ちゃんと私達もサポートしますから』
『がんばります』
「無茶しなきゃ大丈夫よ、生きてればいつかは会えるんだから。自暴自棄になってあちこち破壊したり殺人鬼になったりしないでよ」
善処します、としか言えない。クロノアのじっとりとした視線を、顔を背ける事でやり過ごして前を向いた。
歩みに合わせて巨大な扉が少しずつ近付いてくる。いつも隠し通路から出入りしているから、今度からきちんと正門を利用しないとな。
「アヤノ、正門の両側に置いてある二つの黒い柱みたいなのがあるでしょう?」
クロノアが指差す先にクレパスのように鈍い輝きを放つ長方形の柱があった。集団が通る度に淡い光が明滅していて、データを読み込んでいるパソコンのようだ。
「あれは父上が考案した個人情報を読み取る魔法アイテムよ。ギルドの登録情報から顔の識別まで一瞬で識別する事ができるの。すごいでしょう?あれが出来る前は門の前に長蛇の列が出来てて治安は悪くなる一方だったのよ」
誇らしげに笑うクロノアに頷いてみせる。……つまり本屋やら服屋やらの入口に置いてあるやつの強化版だよな。人間を品物に見立てて、赤外線のようなものでギルドが管理している宝石の情報を読み取ったり顔の識別をしたりするといった所か。
意外と元の世界での知識も活用できるんだな。ギルドにはパソコンみたいなものもあったし、精密機械もそれなりに発達している。前の世界と文明の違いで不自由を感じる事はあまりなさそうだな
「時間ができたら俺も何か作ってみよう」
「その時は是非相談してね、きっと力になってあげられるわ」
特許の申請して不労所得暮らし……なんと素晴らしい響きだろう。嗚呼、ニート万歳。歳を取って日本の事を忘れないうちに構想だけでもメモしておこう。
「うむ、よろしく頼む」
がっちりと握り合った業務提携と言う名の握手は、そこはかとなく銭の香りがした。