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1話 ドリアード①


 ピチュピチュと可憐な鳥の声が深い眠りから意識を引き上げる。寝惚け眼で枕元の目覚まし時計のスイッチを切って、大きく伸びをする。

 昨日は本当に大変だった。今まで気絶なんてした事が無かったから、ある意味貴重な体験だったともいえる。が、もう二度と体験したくない。

 頭元にある本を引き寄せ、もう一度じっくりと眺めてため息をつく。まずはこの訳の分からん原理で動いている本を使いこなさねばならない。それが強い力なら尚更だ。

 昨日、コンテンツに流し込まれた知識。今考えるととんでもない話だ。魔方陣に向上の概念を組み込んであるため、レベルがあがるにつれて威力も技も格段に増えていく。その溜まりに溜まった経験値が最古の精霊で300年分だ。まだ中身は見てないが、婆さん爺さんの精霊ばかりだったら手に負えない。……まあ、そんな事をいつまでもうだうだ考えてたってしょうがないけどな。

 とりあえず、ギルドに行って金稼ぎから始めるか。働かざるもの食うべからず、だ。ついでに、稼いだ金で服を買おう。そろそろ臭いが気になる。

 整容し、二日間着っぱなしの服を整え、部屋を出て鍵をかけた。

 右手に本、左手をポケットに入れて、エントランスホールを歩いていると、来客用の椅子に座っていた一人が手を振った。

 ふわふわした水色の髪、白のワンピースがひらひらと揺れて、気の強そうな……もとい、利発そうな顔の女がこっちこっちと手招きをしている。


「……何でここが。」


「誰が貴方を宿まで運んだと思ってるの?父上がカードキーから宿屋を割り出して運んで下さったんだから感謝しなさいよ。」


 そういえば何の気なしに起床したが、意識を失ったのは田中さんの執務室だった。


「どうも、ありがとう。それで、お嬢さんは何か用事が?」


「今日一日、貴方について行こうと思って。父上曰く、こちらの世界に来たばかりだから、何かと入り用で困ってるだろうから助けてあげなさいって。それから、これを渡しに」


 ハイと手渡されたのは、見慣れた形をしたウェストポーチ。側面についているピンパッチからして、間違いなく俺のだ。そういやすっかり忘れてたな……。

 礼を言って受け取ると、クロノアが座りなさいよと椅子を指差した。腰にポーチを装着してその中に本を入れてから、椅子に深く腰をかけた。


「朝御飯まだでしょう?」


「これからだよ」


 テーブルに置いてある白銀のベルを取って優雅な手付きで鳴らす。さすが良いところのお嬢さん、そういう仕草も様になっている。 出てきたウェイターに二言三言呟いて下がらせた。


「えーと、タチュキ……タッキ……タツゥキ……言いにくいわね、もう!」


「アヤノでいいから。」


 笑い混じりに答えると、クロノアが赤くなり咳払いを一つ。


「じゃあアヤノ、アヤノって呼ぶわ。私の事はクロノアって呼び捨てて。あと、その妙に気取ったようなしゃべり方止めてちょうだいね。好きじゃないの」


 気取ったようなとは心外だな。初対面の人間に不快感を与えないようにという俺の心遣いが……まあ、分からないだろうな。


「そうか、無愛想になるけどそれでいいんだな? クロノア。」


「それでいいわ。」


 満足そうに微笑むクロノアに目を閉じて瞑目する。

 やれやれ、なかなか意志の強いお嬢さんだ。嫌いじゃないけれど、こういう人は大概トラブルメイカーだ。


「今日は何をするの?」


「今日はギルドで適当に仕事を見つけようと思っている。金が無きゃどうしようもないからな。」


「その本があれば何でもできるわよ。討伐も生活支援もお手のものだから。」


「そうか。」


 作りたてとおぼしき湯気のたつ朝食が目の前に置かれて、会話はそこですっぱりと途切れた。

 カゴに詰められた焼きたてのマフィン、皿一杯に盛られたサラダ、色とりどりの煮豆、数種類のジャムとバター。くっ……この豪華な朝食も、田中さんとクロノアのネームバリューによるものかッ!昨日の質素な朝食は何だったのかというくらい量も盛り付けの気遣いも段違いだ。

 クロノアのじっと値定めるような視線を全身で受け止めながら、釈然としない気持ちでマフィンにかじりついた。







 ギルドにて。武装した逞しい傭兵達や女戦士、杖を持ったいかにもな魔法使い達に混じってクロノアと一緒に掲示板に貼られた依頼紙を眺めていた。あれだけ読むのに苦労した依頼紙が、今では日本語と同じように流し読みできる。

 まずはゲームのクエスト系で一番初めにやる事の多い採取をやってみよう。生活支援系の……アレだな。カルサイトの採掘、クジャクタチバナの採取、アゲートシャランクスとコルタスの採取、5種類の薬草の採取。所々聞き覚えのある名詞があるものの、薬草やら鉱物は想像すらできない。まあ、本の中に植物系を司る精霊がいるから問題ないだろう。

 依頼紙の色と説明枠を確認して、近場に生えていそうな物を幾つかピックアップする。場所は草原を東に進んだ所にある小さな森だそうだ。 


「ふうん……クラッシュハーブとコケモクね。どちらも泉の近くに生えているから探しやすいわ。」


 どうやら有名な植物らしい。クロノアはクロノアで、何枚かの依頼紙を手にしている。


「それは?」


「これは討伐系の依頼よ。やり方を教えるわ。赤ランクだけど一緒にやれば大丈夫だから」


 無色と赤の間に幾つランクが入るのかは知らんが、本当に大丈夫なのか……?正直なところ、クロノアの第一印象が良くなかったせいか、あまり信頼はできない。たまに感じる探るような視線も含めて、だ。危険はできるだけ避けたい。が、機嫌を損ねて今後の関係にヒビが入るのはもっと避けたい。キリンさんも好きだけど、相手に媚びを売るため象さんはもっと好きですと言わざるを得ない状況なのだ。世の中結構世知辛い。


「了解だ。ただし報酬は折半な。」


「ええ、いいわ。」


 報酬折半は渋られると思ったが、すんなり通ったな……何だか拍子抜けだ。

 クロノアから用紙を受け取って、空いているカウンターへ足を運んだ。ギルド職員の制服に着られていると言っても過言ではない金髪碧眼のウサギ耳をしたまだあどけない少女がにっこりと笑った。

 手にした用紙を差し出すと、後ろでクロノアがこれを先にお願いと別の依頼紙を差し出した。


「おはようございます。田中様のご依頼ですね、確かに承っております。」


 クロノアの用紙を受け取って、手元のメカメカしい物体にカタカタと何か記入していく。あれは向こうの世界でいう所のワープロやらパソコンに該当するものらしいな。

 一通り入力し終わると手元に置いてあった完了印をぺたこんと勢いよく押し、今度は引き出しから一枚の赤いカードを取り出して機械のカードリーダーに差し込んだ。またカタカタと機械を操作して、カードを取り出す。


「アヤノ様、こちらが依頼報酬です。高額のため、キャッシュでのお渡しになります。お引き出しの際は腕輪の宝石にカードを縦に滑らせて『現物化……金額』と唱えて下さい。またカードにお金を戻す時は、腕輪をしている方の手にお金を乗せて『情報化』と唱えて下さい。」


「それはいつでもできるのか?」


 少女が一瞬きょとんとした顔をしたが、笑顔で大丈夫ですと頷いた。銀行のキャッシュカードと同じだが、使い勝手は向こうの世界より良いな。特に24時間引き出し放題というのは強みだ。バイト終了後、猛ダッシュでATMに滑り込むのは結構辛かったからな……。

 少女の差し出すカードと引き替えに、数枚の依頼紙を渡した。入力と判子押し作業の合間に、手にしたカードを眺める。キャッシュカードは裏側に細かい模様で書かれた魔方陣、表側の真ん中にデカデカと名前が彫られている。軽いが材質はまるで鉄の様に頑丈だ。高額と言っていたが、一体どのくらい入っているのか……。試しにカードを縦にして宝石に当ててみると魔方陣が僅かに光を灯らせて、カードがグシュッと音をたてて宝石の中に埋まった。そのままそろそろと手前に引いてみると、洒落た文字で宝石に金額が映し出された。えーと……10……100000ルクス!? コレは……ちょっと凄まじいな。あの男が血迷ったのがよく分かる。俺があいつの立場ならきっと同じようにしただろう。いや、もっと上手くやるな。


「はい、お待たせしました。頑張って下さいね。」


 差し出された依頼紙を受け取って、カードと一緒に腰のウェストポーチに入れておく。

「さて、目指すは森ね。散歩するには丁度いい距離だわ。」


 心なしか楽しげな表情を浮かべているクロノアの後ろに続いて歩きながら、俺は思考に耽っていた。

 俺、もしかして、田中さんに、ものすっごくお世話になっているのでは。

 このカードに入っている金額といい、この得体の知れない本といい。何から何までお膳立てしてくれているが、娘を助けただけでこれだけの物を揃えてくれるだろうか。いや仮に田中さんが裏で何か企んでいても、知らなかった振りをして利用されるくらいの恩返しをするべきだ。

 面倒事に巻き込まれるのは御免だが、人に恩を受けたまま放置するのはもっと嫌だ。

 ふわふわ、ふわふわと優雅に風にそよぐクロノアの髪を眺めて、密かにため息をついた。

 なかなか異世界で生きていくのも大変だ……。




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