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傷:再会

 アルガレン・バースレイズの姿は龍を想起させるにふさわしかった。目元には鱗が浮き上がり、仮面のように目の周りを囲む。瞳の赤い虹彩にも同様に鱗のような文様が浮き上がり、中央の瞳孔は丸ではなく、ひし形へと変わっている。鱗は目元だけにとどまらず、首元や指先にも現れ、赤黒く変色している。彼の周りに漂う魔素が赤く光り、彼自身が炎に成り代わったような錯覚すら覚える。

 鉄球が落ちるような勢いで、アルガは背後の壁を蹴り、刀へと姿を変えたアトリビュートを握り、ガロウへと切りかかる。勢いのままに地面に背中をたたきつけられながら、ガロウは瞬時に、己の刀で襲い来る龍の刀を受け止める。

 彼の周りの魔素が異常なほどの熱を持っていた。皮膚が最早熱ではなく痛みに悲鳴を上げていた。軍服に守られていると言えど、顔は当たり前のように熱波を浴びていることに警戒し、ガロウは体に水の魔法を軽く付与する。その直後、金具のボタンは熱に侵されシーリングワックスの様にドロドロと溶け始めた。普通の人間が耐えられる熱量ではなさそうだ。

 空気に舞い散る赤い魔素がすべてアルガレンの魔力に姿を変え、肺にも痛みに似た熱さが入り込んでくる。

「なぁアルガ? アルガー? 聞こえてんか~?」

 しかしガロウに焦りは感じられず、刀を受け止めながら、余裕そうにアルガレンに声をかける。しかし裏切り者の自分を罵るような言葉も、先ほどのような困惑に満ちた言葉も帰ってこない。

「うぅ あぁぁぁぁ ぁがぁぁ」

 代わりに聞こえるのは、獣とも変わらぬ唸り声。言葉を紡ごうとしているようには思えない。内側から湧き出る抑えようもない、抑え方を知らない何かをこぼすように唸っている。

「あぁー完全にいってんな。触った瞬間に魔力爆発起こしたってところか?」

 魔法使いが強い感情にさらされた時、魔力の解放、魔法使いの意志ともに関係なく突発的に魔法が発動する現象。これは魔法使いの魔力の源が、魔素と感情によるものであることを証明する現象だ。

 この世界に漂っている魔素は、動物や人間が生まれ持つ魔力と共鳴して魔法になる。そしてもう一つ、魔素は魔力よりも「感情」に強く共鳴するのだ。その証拠に魔法使いでなかった存在が、魔法使いへと変わるのは決まって、感情を大きく揺さぶられた時だ。

 いまアルガレンに起こっている現象は魔力爆発そのものだ。感情に支配されている時にアトリビュートに触れ、感情と魔力が一瞬で上昇した。そんな強い力に、十六歳の少年が耐えられるわけがないのだ。

「ま、理性がないなら不幸中の幸いってやつだわなっ!」

 言葉と同時にガロウの刀から青い炎が湧き上がる。アルガが瞬時に飛びのいた。どうやら理性がなくとも本能で動けるらしい。しかし間髪入れずに、間合いを埋めに来る。一つ、二つと、刀をいなしていく。ガロウが刀を折ろうとしても、アトリビュートが姿を変えただろうそれは一向に折れる気配もなく、むしろ自分の刀に無駄なダメージを加えるだけだとすぐにガロウはそれを諦めたようだ。

「あ˝あぁ……あぁ!」 

「どーっすかなぁ、時間稼ぎ出来りゃいいけど」

 彼が一人思案していようが、アルガレンには関係のないことだった。

 アルガが口から言葉すら紡げずとも、頭の中には猛烈な感情が濁流のように押し寄せ、心を支配している。

 殺す。殺すのだ。目の前の存在を。

 首を狙って、刀を横に振った。簡単に受け止められ、腹に踵がめり込んだ。体ごと飛ばされ、燃えた瓦礫の上に叩きつけられるが、熱も痛みも感じなかった。そして、もう一度奴の懐へと向かうために、体を起こして地面を蹴る。

 彼を殺さなくてはいけない。奴を殺さなければいけない。殺さないといけない。

 刀を振り下ろし、止められようとも力を緩める理由にはならない。眼球めがけて刀を突きさそうとする前に、胸にガロウの手が触れる。その瞬間、自分を中心に青い爆発が起きる。

 青い炎を許してはいけない。ころすのだ。目の前の男が、息絶えるまで、自分が死んだとしても、今すぐに、この男を殺さなければいけない。

 体が動くなら痛みなど、止まる理由になどなりはしない。アルガは刀を決してその手から離さない。心臓を狙いもう一度アルガは走る。軌道を変えて、後ろに回れど、次は頭を掴まれた。

 また悲劇が起こる。自分の大事なものを奪った男を、また誰かの大事なものが奪われる前に、今すぐに、僕が殺さないといけない。

 頭が、地面にめり込む。鼻から血が溢れだし、唇のはしも切れていた。

 殺す。

 立ち上がる。いつの間にか、足から血が出ていた。

 絶対に殺す。僕が、殺す。逃がさない。決して、絶対に。

 アルガは刀を振るっていた。振るい続ける。自分の頬に、腕に、足に傷が出来ていることにも気づかない。炎に焼かれ肌が爛れようとも、体ごと宙に飛ばされ頭を打ち付けて、血が出ようとも。彼は気づかない。気づくことが出来ない。

 殺す。絶対に許さない。

 立ち上がっては切りかかる。立ち上がっては殺しにかかる。

「はぁ、はぁ……」

「まだやんのかよ」

 太陽がまだ消えたくないとすべてを赤くして、アルガの魔素と混ざり始める頃、暗く揺らめいた瞳で立ち上がる少年に、裏切り者は飽き飽きしていた。

 目の前の少年はボロボロで、最初に見せたおぞましさは随分大人しくなっていた。目元のうろこもほぼ消え薄く皮膚を色づけているだけだ。そのうえ頭からも、体からも血が流れだしどう考えたってこれ以上戦うことなんて出来ない。とっくに倒れててもおかしくない出血量だった。

 それでもやはり、龍に成りそこなった少年は目の前の男を殺すことをあきらめない。

 太陽が真上に昇る頃から始まった戦いを経てもなお、ガロウは最初に焦がされた手袋と溶けた金具以外に損傷はなく。血どころか、かすり傷の一つもついていなかった。

「まぁもう時間か」

「うぁぁぁ……!」

 何十回目かの追撃も、ガロウは刀で簡単にはらう。今まで力強く握られていた刀が、アルガの手から離れた。その瞬間に刀は魔素となり宙に舞い散った。ガロウそれを一瞥して、左手でボロボロになったアルガのシャツを掴み上げ、いとも簡単に宙に浮かす。

 刀が、アトリビュートの力が、一瞬でも自分から離れた影響かアルガはぐったりしたように、足を浮かしうつろな目でガロウを見ていた。しかしそこにはいまだ消えぬ、黒い、黒い殺意が滲んでいる。

「なぁアルガ~もう飽きたろ?俺は飽きたんだわ。もうみんなのところに逝こうぜ?お前もあいつと同じ、で何も成せない、誰も守れない、弱くてみじめな人間だったんだよ」

「……だま、れ。父さんを侮辱、するな」

「あ、なんだよぉ、意外と理性戻ってきてたりする?じゃあちょうどいいわ」

 刀がアルガの首にあてがわれた。赤い線がまた一筋服を血でぬらした。裏切り者は、笑って終わりを告げる。

「このまま死ね」

 ガロウの瞳にアルガが映る。あの日も、そうだった。彼は決して目をそらさない。

 幼いころから、そうだった。

 思い出されるのは、彼が父と結んだ誓いの話を聞いた日のこと。

 ニッっと歯を見せて明るく笑う、ガロウ君が好きだった。そんなガロウ君にあそこまで言わせる父さんが好きだった。母さんが好きだった。

 そんな人が、今僕に向かって刀を振り下ろし、殺そうとしている。父との誓いを果たさぬまま。

 そんなの、おかしいじゃないか。

 首に振り落とされた刀を龍はその手で掴んだ。

「は? お前マジかよ」

「教えてくれ、ガロウくん。君は、いつも言っていた」

 刃を握る左手からは血があふれ出る。それもかまわずに龍はつづける。

「死んでも父さんが偉大な男だったと世界に知らしめると。そう誓ったと」

 ガロウがどんなに力を込めても、龍がつかむ刀はびくともしない。その手から逃れようと、ガロウは腕を下げる。アルガの足が再び地面に着いた。

「クッソ離せ。おい、アルガ」

「誓いとは愛する人間や尊敬する人間と果たすべき約束だと、君が僕に教えてくれたんだ。でも、君がそれを果たさないなら、放棄するのであれば!」

 地に着いた足に力を入れた。地面がひび割れ、えぐれても、また一歩前に進む。今度こそ、自分の意思を持ったまま。

 一度消えても、思いが消えなければ、アトリビュートはともにある。右手にもう一度現れた刀を握り締めて、奴から目を離さない。そのままアルガレン・バーズレイズは、家族だった男に向けて刀を振り上げた。

 ガロウの胸から鮮血が舞う。彼の視線の先には、赤い瞳の龍が、たしかな炎を宿して、こちらを見据えていた。

「ならばその誓い、僕が請け負う!」

 その言葉と共にアルガレンの姿が消え、ガロウは宙に投げ出される。宙に投げ出されたガロウの後ろに回り炎をまとった刀で切りかかる。瞬時にガロウの刀に受け止められるが、力を弱めることなくそのまま、刀を勢いのままに振り下ろせば、ガロウは燃え盛る民家へと叩きつけられた。

「ちっ、生意気に育ちやがって」

 今度こそ僕が、理性をもって確実に殺しに来ていると察したのか、ガロウ君は見たこともない顔で僕を見る。衝撃で崩れた髪の隙間から見える瞳に悲しむのは、今じゃない。

 感じていた、アトリビュートが応えてくれている。その覚悟を見せてみろと、僕の手で刀となって見届けようとしている。悲しむのはあとだ。覚悟なら今決めた。

 とっくにボロボロになっている体がなぜか今は痛まない。周りに漂う魔素が、僕をずっと見守って来たアトリビュートと共に、自分の力へとかわっていくのを感じる。

 まだ戦える。ならば、迷う理由などどこにもない。

 ガロウが立ち上がる前に、アルガは一気に距離を詰めた。炎と共に切りかかるが寸でのところで避けられる。上に飛び上がったことを瞬時に察知して、自分も飛び上がる。空中で刀を持ち直していた奴の首をねらう。先ほどと変わらぬ戦い方。しかし、ガロウが薙ぎ払おうとした刀は、一瞬で消え失せ、目の前に炎の弾丸が現れたと同時に、背中に憎悪を感じる。

 刹那、地面に血が落ちた。

「いってぇな……」

 その言葉と同時にアルガレンの頬を炎の弾丸がかすめた。ガロウの腕から血が流れている。炎がジュッと音を立てて皮膚と筋肉を焼いた。

 アルガは弾丸を放ったと同時に、ガロウが避けるだろう方向をふさいだのだ。自分に弾が当たることをいとわない、捨て身の策だ。しかし、先ほどよりも何倍も頭の使った戦い方。

 アルガは間髪入れずに、眼前に現れた拳を避け、負傷させた左腕に向かい刀を振る。刃は刀で受け止められるが、すぐに腹に向かって蹴りを入れる。しかしこれも防がれた。

 全ての行動を読まれているとわかる。アルガは確かに、この男から戦いを学んでしまっていたから。奴の教えが体に染みついていた。

 ならば、教えに背けばいい。

 間合いをつめてきたガロウの胸倉をつかむ。腹部に奴の刀が突き刺さる。

 突然のことに、奴の瞳孔が開いた。そしてそれをアルガレンは見逃さなかった。

 殺せる。

 そう思った瞬間に、彼は不敵に笑った。

「悪くねぇけど、まだまだガキだな」

 刀を握る僕の手が魔法によって弾かれた。ダンスを始めるかのように顔を寄せられ、奴は僕の首を掴む。青い熱が火を噴いた。

「ぐあぁ! あぁぁ!」

 熱い、熱い、熱い、熱い、熱い! 焼けるような、刺すような、違う、違う。これは熱さも感じないほどの、強烈な痛みだ。

 皮膚が爛れ、激痛の上からさらに奴の手袋の布がこすれていく。痛みが、皮膚を超え、肉を焼き、筋肉にまで達するのがわかる。

「あ˝、あぁぁぁぁ!」

 ただ、痛みだけが体を支配し、僕の首をもたげていく。

 ガロウの手を掴むが、びくともしない。血が流れるより前に焼かれて、止まる。痛みに、声も出なくなっていく。

「いてぇな~? アルガ、じゃあそろそろ終わろうぜ」

 痛みと共に、意識が遠のく。熱が、記憶を呼び覚ます。

『アトリビュートと共にあらんことを』

 誓いを果たさなきゃいけない。父さんと最後に結んだ誓いも、僕が幼い頃に結んだ誓いも。まだ、果たせていない。まだ、会えていない。もう一度、会いたい。まだ、死にたくない。

「よく頑張りましたぁ」

 奴の手の下にあてがわれた刀が首に食い込む、龍が最期に見る景色は憎い男の笑みと、己の髪と血で赤く——。

「「アルガ‼」」

 突如視界に広がったのは、目の前で誓いが果たされる瞬間だった。

 叫びとともに、ガロウの後ろから現れたのは、路肩に咲く花のようにきれいな金髪の少女と、朝の海のように鮮やかな青髪の少年だった。

「はぁぁ!」

「あぁぁぁ!」

 二人はお互いの得物を手にガロウの首めがけて迷わず、刃を振り下ろす。しかし一瞬にしてガロウはその場から消え、二人は勢いのまま地面に着地する。同時に支えを失ったアルガの体が倒れるのをレイピアを手放し、ポラフェスが受け止めた。

「アルガ!」

 そんな二人を守るように、ゼンがしゃがみ込んで辺りを見渡す。しかしそこに、奴の姿がない。

「ちっ、どこいった!」

「ポウ、ラ?」

「遅くなってごめん!」

「ゼン……」

「助けに来た!」

 その言葉でアルガは自分の衝動が落ち着いていくのを感じる。殺意だけで満たされていた心が違う何かで塗り替えられていく。

「なんだよぉ、感動の再会ってやつじゃん。良かったなぁアルガ」

 しかし、それもすぐに現実から聞こえた声でかき消される。いつの間にか瓦礫の上に、ガロウがしゃがみ込んでいた。膝に腕を置き頬杖をついて、その姿には余裕さえ感じた。

 彼は立ち上がり、腰に手を当てて不敵に笑う。青い炎がいくつかの塊になって、ゼンへと投げられる。二人を守るように炎を薙ぎ払い、剣を握り締め、ゼンが一歩踏み出す。

 その瞬間にガロウの手から何かがきらりと光った。それは一瞬でゼンの横を通り過ぎる。

「まずい、ポラフィー!」

 その手から放たれたものにゼンが叫ぶ、アルガをめがけて一直線に投げられたナイフを視認し、ポラフェスは魔力の膜を張る。しかしなぜかそれはバリアとしての機能することなく貫通した。

「えっ」

 貫通した事実に一瞬だけ固まった彼女の額に、そのまま一直線に向かい。

「——! ……ぐっ!」

 とっさに庇ったアルガの腕に突き刺さった。

「アルガ!」

「なんだよ。つまんねぇな。もう一つ奪ってやろうと思ったのに」

「二人は、関係、ないだろう!」

「てめぇ!」

 後ろから畳みかけようとしたゼンの剣を難なく避け、そのまま腕をつかみ、瓦礫の山にゼンを投げつける。

「ゼ、ン! ダメだ! やめてくれ!」

 そのまま、再度アルガのもとへ追撃を仕掛けようとするガロウに、ポラフェスが真正面に手をかざす。

 小さな魔方陣と、ともに強烈な光があたりを包む。もう夜に慣れかけていた目に魔力を持った光は強すぎたため、ガロウはとっさに止まり、目を覆う。

 目を開けると、アルガを支えながら、先ほどより遠く離れた場所に彼女が移動している。

「へぇ、頭はわりぃが動きは良いな。にしても、いいのかー? 瀕死の奴をそんな乱暴に動かして」

「……」

 図星を指されてポラフェスは押し黙る。とっさに逃げたが、さっきのナイフも相まって出血が止まっていないアルガレンをこれ以上動かすのはそれこそ、彼を殺しかねない。

 肌で分かる。直感で分かっていた。今の自分たちには勝てっこないと。でも、ここで死なせるわけにも、死ぬわけにもいかない。

 ポラフェスはガロウを視界の端に入れたまま、ゼンの位置を把握する。吹っ飛ばされ瓦礫の下敷きになっていたが、何とか這い出てきたようだ。かすり傷はあれど、まだ動けそうだ。

 膝をついて、アルガを地面に預けようとすると、肩を貸している手に力が入った。

「ポウ、ラ。にげて、くれ……」

 うなだれたまま動けないアルガの手に、視線を動かさぬままポラフェスは自分の手を重ねた。

「いや。守るって約束した。逃げるなら、アルガと一緒」

「だめだ……! あいつは、僕が」

 血と泥にまみれた手で、会いたかった大切な人を止める。でも、顔を上げた瞬間に見えた彼女の横顔が、僕の願いをかなえてくれるとは思えなかった。

 血に濡れて、まともに動かない頭を何とか動かす。

 考えろ。二人だけでも逃がす方法を……!

「あーーーなんか、飽きたわぁぁ」

 ふと、張りつめていた空気が嫌に緩んだ。ガロウは心底飽きたとでも言うように、冷たい瞳でアルガレンを眺めている。その目にはもうアルガに対する殺意も、興味も映っていないように見えた。

 逃げられる。

 それを理解したとたんに、軋む体も関係なく、無我夢中で手を伸ばす。勢いのまま動いたせいで、ポラフェスの支え失い地面に倒れた。

「行く、な!待て!」

 いつの間にか爪がはがれ、傷にまみれ、土と血でボロボロになった手を、奴に向かって伸ばす、届かないとわかっていても、行かせるわけにはいかない。

「なに?まだ遊びたい?じゃあ最後に一回だけな」

 体に力を入れた瞬間、気づく間もなく、目の前に炎の刃が迫っていた。

「うっ! ぐっあぁぁ!」

 瞬時にアルガの前に出たポラフェスが、レイピアで応戦するが、鍔ぜることなく、彼女の体ごと吹き飛ばした。

「ポウラ!」

「アルガ駄目だ! あいつから目を離すな!」

 ゼンの声が響き渡り、ポラフェスと変わるように、アルガの前に出る。

「ははっ、殺してやろうと思ったのに」

「がっっ!」

 腹に踵がめり込み、勢いのままゼンが燃えた家に放り込まれる。

「運が良かったな。でもこれで本当におしまいな?」

 子供をあやすように、ガロウは笑った。

 体に力が入らない。自分を守ってくれる騎士の助けになることすらできず、体を引きずることも叶わない。それでも、感情だけがアルガを奮い立たせてはアトリビュートが応えている。しかしそれも、もうただの残り火でしかなく、彼がまた立ち上がる力にはなりえなかった。

「じゃあーなー。アルガ、生きてたら、また会おうな」

 逃がしてしまう。

 駄目だ、そんなの許されない。逃がしちゃならない。ふざけるな、行くな。行くな、頼む、行かないでくれ——。

「               」

「行くな!ガロウ!」

 何かを小さくつぶやいたまま青い炎の魔素が、ガロウの体にまとわりつく。やがてそれは彼の姿を完全に見えなくしていく。そしてその塊がはじけたときには、もう奴の姿は、気配はどこにもなかった。

「行くなぁぁぁぁぁぁぁぁ!あぁぁぁぁぁぁぁ!」

 喉が切れるのも血が溢れるのも厭わず、ただ苦しみのまま故郷を失った少年が叫び続けていた。やがて、流れ出る血と共に、その声も出尽くしたようだった。


 ガシャンと大きな音を立てて、金髪の少女が瓦礫から這い上がる。息を大きく吸うと、そのまませき込んだ。

「がはっ。ぐっ、うぅ。……ゼン! 死んでないでしょう!」

「あたりめぇだろ……おえっ、うぁ、くっそ……」

 瓦礫に叩きつけられた二人が何とか立ち上がる。その場にはもうあの男がいない。魔力の気配も感じないことを信じて、瓦礫から抜け出したポラフェスは虫の息のアルガに駆け寄る。うつぶせで倒れていたアルガをゆっくりと仰向けに横にする。ゼンも戦う前に草むらに投げた荷物を魔法で取り寄せ、中から救急箱を取り出し、アルガのもとに走った。

 尋常ではない血の量と傷だらけの姿は、すぐにでも手当てを始めなければ、命が危ないことを明確に表していた。

「止血をお願い、私は……アルガ?」

 手当てを始めようとしていたポラフェスの腕をアルガがつかむ。真っ赤な目が灰色へと変わり、焦点が合っていない。

「まずい、魔力が……」

 しかしそれでもアルガの瞳には映っていた。懐かしい騎士の姿が。

「ポウラ、ゼン……」

 声はかすれていて、小さく、覇気のないその声で命の危険がそこに差し迫っていることがわかる。ギリギリ意識を手放していなかったアルガは、手当を始めようとする二人を止めるために小さく首を横に振る。

 何もできなかった僕に、することなんてない。

 首を横に振ったのが、二人は見えたはずなのにそれには答えてくれなかった。代わりに発せられたのは、謝罪の言葉だった。

「間に合わなくてごめんね」

「気張れよ、必ず助けるから」

 今度はさっきよりも大きく首を振った。

「もういい、いい。これ以上、君たちに迷惑かけられない」

 立派な人間になって、君たちを迎えると決めていたのに。現実は、こんなにも情けなくて、みじめな自分で、二人を迎えに行くことすらできなかった。

「動かないで」

 それでも二人は手を止めてくれない。

 悔しさと、苦しさと、怒りがないまぜになって、顔がずるずると下がっていく。体中が痛くて、力が入らない。今朝は白かったシャツがドロドロに汚れていて、破けているのが見える。視界に入った右手にはもう、刀は握られていない。

「もう、このまま死んでしまえばいいんだ」

 空っぽの右手に少女の右手が重ねられた。それと同時に、魔素が体の中にながれこんでくるのを感じた。魔力供給だ。顔を上げれば、ポラフェスがアルガを見つめていた。

 金鳳花みたいな瞳は、悲しそうでなおかつ、少し怒っているようにも見えた。

「……あなたが、生き残らないといやだよ」

 感情をすべて押し込めたように、ただ一つの本心を彼女は伝える。

「後で、いくらでも私たちが何とかするから。生きてよ。せっかくまた会えたのに」

 いつの間にか取り出していた布をゼンは出血が酷いわき腹に押し当てる。痛みと同時に重さが乗っかる。

 海より綺麗な髪が視界の端に見える。

「守るって約束したんだ。だから、俺たちは絶対お前を死なせないからな。お前が嫌でも生きてもらうからな。お前が今ここで、死ぬなんて、絶対に正しくないんだよ」

 どんどん魔力が体に入り込み、どんどん傷が布で覆われていく。

 僕は、生きていていいのだろうか。生きていて、これから何をすればいいんだろうか。何も守れなかった。守り続けたアトリビュートを取り込んでまで、僕は奴を殺せなかった。

「ごめん、本当にごめんなさい」

 それだけ言うのが精いっぱいで、張りつめていた糸が切れてしまったのか、急激に襲ってきた疲労感が体を包む。僕はそれにあらがえないまま目を閉じた。

 目を閉じても、二人がくれる暖かさと重さが消えなかった。


 アルガが意識を失ったことに、一瞬焦った二人だが、呼吸や状態から、死には至ってないことを確認して手当てを続けていた。しかし、自身も傷を負っている中でのしっかりした処置は思った以上に難航する。

「ゼン、そろそろどこか安全なところに移動しないと……」

「……これ終わったら行く」

 太陽が沈み、青い炎も消え去っていく。暗くなる視界に焦りを感じていると、突如琥珀色の炎が二人の間を照らした。

「ふむ、世界が変わってしまったようだな。それでどういう状況だ?」

「貴方は……」

「なんで、お前がここに」

 照らし出した炎と同じ髪色をした男が、怪しく笑う。夜は、かりそめの太陽により隠れた。

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