フェリシラ・ボヌール
部屋を出るチェスカリナを見送ってから、ユウルは口を開く。
[ちぃたんってさ]
しみじみと言うのは、きっとここにいるほかの四人も思っていること。
[本当に、自分のこと普通だと思ってるんだね]
チェスカリナ・アルトゥール。オリザ領内でアルトゥールの寵児と囁かれる、オリザ辺境伯令嬢。
一般的な貴族令嬢は15歳から4年間通う学院に、10歳で入学した少女。その上でかなりの授業の修了を、受けることなく試験のみで認められている。
普通なわけがないのだ。そんな少女が。
[目立ってないって?あまりに格が違い過ぎて、騒いだり話し掛けたり出来ないだけじゃないか]
[友人にも恵まれたんだろうな]
ゼタが肩をすくめて笑う。
[隣国の皇子を、視線で牽制して見せた。立場上逆らいはしなかったけれど、なにかあれば動く気だろうあれは]
[ミラルダ伯爵の娘だそうです。婚約者は、次期クラウディア侯爵だとか]
[クラウディア……オリザの隣の領か]
親よりも叔父と親しかったために、国境の皇領によく入り浸っていたゼタは、叔父の影響で留学が決まる以前からかつての敵国であるバウドルに詳しかった。
停戦なんてお飾りで、隙があればいつだって、ルスカダはバウドルを攻めるつもりだったのだ。
その気持ちは、今も変わらないけれど。
[流石にわかっていると言うことか、オリザがなければどうなるかを]
少なくとも、チェスカリナがバウドルの民としてオリザを守るあいだは、ルスカダがバウドルを落とせる日は来ないだろう。
それくらい、チェスカリナが防衛に加わってからのオリザは鉄壁だった。
[警戒もしているでしょうね。もし、オリザがルスカダに付けばどうなるか]
ヨルハはさきほど会った令嬢を思い出して言う。王女との時間割のすり合わせを済ませてゼタの待つ部屋に戻ろうとしていたヨルハに、青年を付き添わせた少女が話し掛けて来たのだ。少女はチェスカリナの友人の、ミラルダ伯爵令嬢フェリシラ・ボヌールだと名乗った。
そして、チェスカリナとはとても親しくしているから、どうか共にいることを許して欲しいと。
牽制だ。直截な言い方ではないが、確実に。
チェスカリナと親しいのは自分たちバウドルの人間だから、余計な横槍を入れるなと。
[べつに]
肘を立てて机に懐いたゼタが、不貞腐れたように言う。
[ちぃたんの意思を無視してなにかを強要するつもりはないのに。嫌われたくないし]
もちろん本国の狙いとしては、ゼタがチェスカリナを籠絡出来れば儲けもの、と言うものだろう。だがゼタとしては、チェスカリナの意思を優先したいのだ。友人で嫌われたくないからと言うのもあるが、なによりも。
[そもそも、ちぃたんをどうにか出来るって言う発想が、ちぃたんを知らないからって言うか。無理だよ、ちぃたんにオリザを捨てさせるのは。だから、落とすならちぃたんじゃなくてオリザなんだ]
オリザがまるごとルスカダにくだるならば、チェスカリナもルスカダに着くだろう。
[操るならちぃたんより王女だ]
[それ]
ヨルハが困ったような笑みを浮かべる。
[よそで言わないで下さいね]
[操りやすそうではあったな、王女]
[ログス]
ヨルハに睨まれて、ログスが首をすくめる。
[だってそうだろ、王族のくせに、アルトゥールの功績を理解していないなんぞあり得ん。頭が軽いにも程がある]
[こちらとしては、その方がありがたいが]
ラグラが呟いて、クスッと笑う。
[ちぃたんなりに、目立たないようにしてはいるんだろうな。でなければ、いくら頭が軽かろうがちぃたんを軽んじるなど出来ないだろう]
[いや]
そんなラグラの言葉を、呆れもあらわな顔でユウルが否定した。
[単純に、ちぃたんが自分の異常さに気付いてないからでしょ。出来て当然だと思ってるから、ひけらかさないんだよ]
はぁ、とため息を吐きユウルは自分の髪を掻き混ぜる。
[出会ったときから変わってない。天才だから凡人の能力を知らないだけ]
ユウルの言葉で、みな出会ったときのチェスカリナを思い出す。一様に、顔に浮かべたのは苦笑。
ゼタたちがチェスカリナと初めて出会ったのは、7年前。チェスカリナはまだ、5歳の幼女だった。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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