本
外国語で受講することと、合間に交流も深めなければならないことも考えると、追加出来るのはあと三つほどだろうか。
ぱらぱらとシラバスを流し見て、良い授業がないかと探す。横ではログスが武術系の授業のあたりを、ユウルが技術や工学系の授業のあたりを見ていた。興味の範囲がわかりやすいふたりだ。ラグラはゼタの時間割を確認しているので、護衛の割り当てでも考えているのだろう。
「ねぇ、ちぃたん」
不意にユウルがチェスカリナを見る。
「ん?」
「技術系とか工学系でオススメはないの?」
「ああ」
ユウルが気になるのはそっちだよなと呟いて、チェスカリナがうーんと唸る。
「ぶっちゃけると」
「ぶっちゃけると?」
「ここの学生が受ける程度の授業をユウルやゼタが聞いて、意味があるのかって言う」
「それでゼタにも薦めなかったんだ」
「まあね」
チェスカリナが肩をすくめて、ペンを片手にユウルの持つシラバスを覗き込む。
「これと、これと、これと……」
頁を繰りながら、授業名にチェックを付けて行く。
「これと、これも、ああこれも。これとこれもだな」
技術系工学系の授業の八割ほどにチェックを付けて、チェスカリナは手を止める。
「今、チェックした授業は、教授と話したらレポートとか試験だけで私には単位くれたやつ」
「ほとんどじゃん」
「あと、これとこれと……この辺は教授がイマイチだから取らない方が良いと思う」
「そしたらあともう、数個しか授業残らないけど?」
ユウルが呆れた顔をして、シラバスを眺める。
「残ったのは、受けても良いと思うよ。私も受けた」
「ってことは、ちぃたんと受けるのは無理なんだ」
「そうだけど、まあ、工学とか技術なら、専門用語も二国で共通してる単語多いし、上位の授業でもユウルならわかるんじゃない?」
あっけらかんと言いながら、ああそうだとチェスカリナがシラバスの一頁を指差す。
「この授業、私が補佐に入るよ」
「え?」
「教授に気に入られて、頼まれた」
「どの授業」
ガタッと椅子を鳴らして、ゼタがユウルの手元を覗き込む。
「あ、でも、舞踏と被るから、」
「そっちにする」
「いや、王女殿下と交流を、」
「舞踏なんか受ける意味ないし」
「ダンスの作法が多少異なるから受けな。こっちの舞踏なら被ってない」
言ってチェスカリナはゼタのシラバスの一頁を指し、片手で紙片にメモをする。
「悪い、ティスプーン、ヨルハに伝言。急ぎで頼める?」
ティスプーンにメモを差し出せば、頷いたティスプーンがメモを受け取って消える。
「ありがとう、よろしく」
ティスプーンに手を振るチェスカリナに、呆れを深めた顔でユウルが言う。
「補佐引き受けるとか、どんだけ仲良くなったの?」
「客員教授で、本業が罠師なんだよ。私の知らない絡繰も、いろいろ知っててさ」
「うわ、絶対面白いじゃんその授業。ぼくそれ取る」
「ま、ユウルも話が合うだろうね」
チェスカリナが笑って、ログスに目を向ける。
「ログスは大丈夫そう?」
「いや困ってる。授業を受けたい教授がいるんだが、名前がわからなくてさ」
声を掛けられたログスが、助かったと言いたげに顔を上げた。
「んー?ログスが興味持つような教授だろ?何人か思い浮かぶけど、見た目は?」
「ひとりは小麦色の長髪を束ねた小柄な……女、か?あれは。歳は、若いのか老いているのかわからなかった」
「いやそれ男だ。槍術と棒術教えてる若造爺。あれで五十過ぎてんだ。名前はキンレン・ベルジ」
名前を聞いて、ログスがシラバスをめくる。
「お、これか」
該当頁に紙切れを挟んで、ありがとな、と笑う。
「もうひとりは、若かったな。林檎みたいな赤毛を髪の毛を短く刈り込んだ、オレと同じくらいの身長で、ガタイの良い、」
「それは教授じゃない。学生だ」
チェスカリナが首を振る。
「あー、そうか。まあ、若いからそんな気はした」
「体力育成上級にいると思うよ。去年もいたから。あとはいるとしたら、実戦剣術上級とか、槍術上級とか、馬上槍とか」
「お、そっか。ならその辺受けてみるかな。ラグラはなんか受けたい授業とかないのか?」
うんうんと頷いたログスが、ラグラに目を向ける。
「わたしが気になっていたのは、バウドルの医学や土着の動植物なので、ゼタさまと一緒に受けられればそれで」
話を振られたラグラが、笑って首を傾げる。
「ヨルハなら、魔術系の授業が気になるのだろうが」
「魔術はなあ」
眉を寄せたチェスカリナが、唸る。
「ここで教えてるのはあんま実用的じゃないんだ。ヨルハが聞いて面白いかは微妙なところだよ」
「ああ、貴族の学校だからか」
「そ。嗜み程度にやるか、研究者になるかの両極端だから、ヨルハにとっちゃ、改めて習うまでもないものか、机上の空論だよ」
お手上げ、と両手を上げて、首を振る。
「実用的な魔術はむしろ、魔術って謳ってない授業の方が学べる。体術に合わせて身体強化したり、武器に魔力をまとわせたり」
「つまり、騎士を目指すような生徒は、実用的な魔術も学ぶと」
「そう言うこと。でも、それだって、ヨルハもラグラももう使えるやつばっかだよ。わざわざ習う必要はない」
机上の空論の方は、理解出来れば知識として役に立ちはするんだろうけど。
「学者の授業だから、言い回しがなあ。ヨルハでもバウドル語じゃよほどしっかり予習復習しないと理解出来ないと思う。で、そこまで労力割くほど身になる内容でもない」
「なるほどな、助言感謝する。ヨルハにも、あとで伝えておこう」
「まあ一回受けてみて取るか決めるのもアリだよ。私が価値を感じられなかっただけで、ヨルハも価値を感じないとは限らない」
言ってチェスカリナは紅茶を飲む。自分の役目はここまでだ、とばかりに。同じく息を吐いて、ゼタがシラバスから目を離す。
「あとは、王女殿下の予定次第か」
「まあこっちに寄せてはくれると思うよ」
あの王女殿下が王位を継ぐことは、よほどの政変でもない限りはない。彼女は政略の駒として、誰かに嫁ぐことになる。ならば、そうあくせくと授業を取る必要もないのだ。義務だから学院に通っているだけで、彼女が王女として生きるために必要な知識は、学院に入る前に親や周りの大人たちから、学び尽くしているだろうから。彼女が学院に通う目的は、勉学よりも交流だろう。
そして、王女殿下の目下最も関わらなければならない相手こそ、隣国の皇子ゼタなのだ。ゼタから同じ授業をと打診されたなら、ほかのなにを退けても優先させるだろう。
「にしても、相変わらずの情報通だな」
「情報は武器になるからな」
チェスカリナは、未来の領主と目されている。領民たちの命を預かる立場である領主として、『知らなかった』では済まされないのだ。領主には領地と領民を守る責任があり、その背に負うものは果てしなく重い。
「人脈も武器になるが?」
「そうだな」
にこっと笑って、チェスカリナは他人事のようにひらひらと手を振った。
「頑張れ、ゼタ」
人脈を武器とする気はないらしいチェスカリナに、ゼタがため息を吐く。
「なら、協力してくれ」
お茶のカップを手に取り、椅子に背を預けて、ゼタはチェスカリナに言った。
「これから交流しようってときに、情報は重要だ。ちぃたんの持っている情報で、俺に開示出来るものがあったら教えてくれ」
「……見返りは?」
「ルスカダとバウドルが揉めないのは、オリザにとっても良いことだろう?と言うのはまあ、置いておいて」
にこっと笑ったゼタが、ラグラに目を向ける。
頷いたラグラが、部屋の端の棚に置かれていた、重たげな布袋をチェスカリナの前へ運ぶ。
「とりあえずはそれ」
「とりあえず?」
首を傾げながら袋の中を見たチェスカリナの目が輝く。
「本だ」
「まだ皇都でしか手に入らないやつ。しばらくすれば国境付近にも出回るかもしれないけど、こう言うのは鮮度が大事だろ?」
「良いのかこれ、最新版の研究会報もあるじゃないか。図鑑や辞典も、最新だ」
「流通版の方だから」
玩具を与えられた子猫のような顔で、チェスカリナが袋から本を取り出して行く。分厚くしっかりとした装丁の本と、比較的薄めで簡易な装丁の冊子が入り混じった本の山は、合わせて三十冊ほどだろうか。
クスクスと笑って、ラグラが言う。
「ちぃたんと関わらないのは嫌だけれど、ちぃたんに嫌われるのも嫌なゼタさまが、真剣に吟味してかき集めた賄賂です。どうぞお納め下さい」
「大好きじゃないか私のこと」
「大好きだよ」
躊躇いなく発された言葉を聞いたチェスカリナは、他人事のように、ルスカダの年頃の娘の何割が、ゼタにこう言われることを夢見ているだろうと思った。
「わかったよ」
チェスカリナはお手上げ、と両手を上げる。
「とりあえず、この本代分は情報をやる」
が、とカップを持ち上げ、ラグラにお茶のおかわりを要求するチェスカリナ。
「ヨルハを待ってからな。二度手間は嫌だからさ」
「ありがとう、ちぃたん。待ってるあいだ、お菓子でも食べようか」
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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