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カトラリー

 それから校内を回る間中、皇子殿下一行は注目を集め続けた。六人中四人が背の高い集団なのでチェスカリナが埋もれていたことと、さすがに初日に話し掛ける猛者がいなかったことは幸いだったが、皇子殿下直々に案内人として指名されたチェスカリナの名は、学校中の噂になっているだろう。当たり前だ。ちょっと家柄が良いだけの地味でぱっとしない女が、美貌の皇子に手を取られたのだから。

 授業計画を相談したいとのたまうゼタたちと共に、お茶会や勉強会用の個室に入ったチェスカリナは、扉が閉まるなり叫んだ。

「なんってことしてくれたんだ!近寄るなって言っただろう。平穏な学校生活が、台無しだよ!!」

「おいおい叫んで良いのかよ」

 側近のひとり、短く刈り込まれた黒髪に山吹色の瞳のログスが、呆れたように言う。

「大丈夫でしょ、結界貼られてる」

 それに同じく側近のひとり、ゆるく波打つ肩ほどの長さの黒髪を右耳の後ろでひとつに束ねた、月草色の瞳のユウルが答える。背の高い皇子殿下御一行のなかで、唯一彼だけが小柄で華奢だ。

「相変わらずの展開速度ですね」

 苦笑するのはヨルハ。長いサラサラの黒髪を結びもせず散らした、撫子色の瞳の青年だ。

「本当に。この速度、我が国で出せるものが果たしているか」

 感心したように呟く常盤緑の瞳の青年はラグラ。ヨルハと同じく真っ直ぐな長い髪だが、こちらは後頭部でひとつに縛っている。

「うるさい結界の感想はいいんだ。この程度大したことないだろ。そうじゃなくて」

 チェスカリナは、真っ直ぐで真っ黒な長髪を掻き上げて、自分より頭ひとつ半高い位置にあるゼタの顔を睨み上げた。

「なんでわざわざ近寄るなって釘刺したのに、声掛けて来たんだよ。嘘八百並べ立ててまで」

「嘘吐いた覚えはないけど、声掛けたのは、親友に意地悪を言われたから仕返しかな。確かに近寄るなって手紙は受け取ったけど、ちゃんとそれは断るって返信したから」

 な?とゼタに問い掛けられたヨルハが、そうですねと頷く。

「オリザの領館あてで、伝書鳩を飛ばしました。我々の出立前に」

「受け取れるわけないだろうが!お前らと違って陸路なんだぞこっちは。とっくに出発してるわ!!」

 オリザ辺境伯領は国の西端で、領館は広大な辺境伯領の西寄りに建てられている。対するバウドル王都は国の東寄りに位置する。寄宿学校は王都よりさらに東の山の上なので、オリザ辺境伯領館から王都までは、陸路ならどんなに飛ばしても一週間は掛かる道のりだ。ましてチェスカリナは辺境伯令嬢として、道すがらオリザ辺境伯領を見て回るので、追加で二週間、計三週間は旅のひとをして学校に来ている。

 対するゼタたちは、快適な空の旅で、ルスカダ皇都からでも二日で着く。伝書鳩はきっと、チェスカリナは学校に着いてから、オリザの領館に着いたことだろう。

「ティスプーンとシュガートングならどこにいても私のところに来るんだから、手紙ならティースプーンかシュガートングに運ばせろよ。なんで鳩。なんのためにうちの大事なカトラリーを貸してると思ってんだ取り上げるぞ」

「受け取ったら、断るのを断るって返事を書くじゃないかお前」

「当たり前だろこっちは平穏なまま卒業したかったんだ」

 今からでもどうにか出来ないかと、チェスカリナは思考を巡らせるが、おそらく全校生徒が注目していたなかでの暴挙だ。尾鰭背鰭どころか胸鰭とヒゲまで付いた噂が、学校中を泳ぎ回っているだろう。

 ちくしょうとしゃがみ込んだチェスカリナが、膝に顔を突っ伏して頭を抱える。

「もうお前と友達やめる。絶交だ」

「これでも俺は気を遣ったと思う」

「どこが」

「だって、ちぃたんって呼ばなかったし、抱き締めも抱き上げもしなかったし、頬擦りもしてない」

 膝から顔を上げたチェスカリナが、胡乱な目をゼタに向けた。

「やってたら飛んでただろうな、お前の首が」

「ちぃたんの親父さんの手で?」

「そう」

 ここはオリザ辺境伯領ではないのだ。他国の皇子に公衆の面前でそんな扱いをされては、どんな醜聞にされることか。

「ルスカダと裏で繋がってるとでも思われたら、アルトゥールは一族そろって処刑かもな」

「そうなったら、ルスカダに来れば良いよ。一族まとめて俺が養うから」

「お断りだ。私はオリザに骨を埋める」

 そのために、好評も悪評も高めず、平穏に学校を卒業したかったのに。

「なんでそんなに嫌がるの?悪い話じゃないでしょ、これから交友を深めようって国の、皇族と知り合いなんてさ」

 椅子に座って頬杖を突いたユウルが、細めた目でチェスカリナを見下ろす。

「むしろ感謝しなよ、あんたのとんでもないやらかしを、上手くぼかして隠してやったんだからさ」

「……そこは感謝してる」

「なら絶交はなしね。と言うか、今更遅いでしょ」

 ユウルに鼻で笑われて、チェスカリナが唸る。

「でもそもそも他人の顔をしてくれたら、わざわざ隠すまでもなく誰も気にしなかっただろうがあああ」

「せっかく2年も同じ学校なのに?2年間知らんぷりしてろって?」

 チェスカリナの前にしゃがんだログスが、にこっと笑って首を傾げる。

「交流に来たんなら、もう知ってる奴より知らない奴と関われよ」

「嫌だよ見なかったかオレらを見る目。水槽の金魚でも見るみたいな目だっただろ。どう仲良くしろと」

「そんな目だったか?」

 チェスカリナは立ち上がりつつ、げんなりした顔のログスを見下ろして首を傾げた。嘆いていても仕方ないし足が痺れる。

「単純に珍しいのと、」

「珍しいのと?」

「…………顔が良いからだろ、お前らの」

 褒めるのは癪なのか顔を顰めてチェスカリナが答える。

「ヨルハ、お茶」

「はいはい」

 チェスカリナは椅子に腰掛け足を組むと、当然のようにヨルハにお茶を要求する。ヨルハも心得たとばかりに、部屋の隅に用意された茶器へと歩み寄った。

「ここ、在学中はゼタたちの占有なんだろ?良い部屋貰ったね。さすが皇族」

「そうだな。広いし日当たりも良い。ちぃたんも、いつでも使って良いぞ」

 チェスカリナの座った椅子に椅子を寄せて座り、ゼタはシラバスを広げた。

「で、まあ、真面目な話をすると」

「ん」

「教室で言ったのも事実だよ。ちぃたんのお陰で日常会話なら問題ないけど、授業の内容までって言うと怪しい。かと言って、ルスカダの代表として不様な成績は取れない」

 ヨルハからお茶を受け取りながら、チェスカリナは問う。

「そのくらい、こっちの王様だって理解してるだろ。無理して授業受ける必要あるのか?」

「2年間無駄にしろと?」

「交流すりゃ良いだろ、お題目通りに。ここには国中から領主の子弟が集まってるんだ、親しくなって、その領地の視察でもしてりゃ、2年なんてあっという間だ」

 チェスカリナは故郷であるオリザ辺境伯領にしか興味がないので、他領のことは授業で知れる内容で十分だが、ゼタは違うだろう。実地で見て回る方が、いずれ国を動かす地位に着くゼタの血肉になるはずだ。

「ちぃたんはそんなことしないのに?」

 ゼタの言う通り、他家との婚姻を避けたいチェスカリナは、ほとんど交流していない。授業の一環で話すことはあるが、個人的な交流をしているのはフェリシラとその婚約者のセドリック、それから彼らの親しい友人くらいのものだ。

「オリザは閉じた土地だから、それで良いんだよ。でも、ルスカダはこれから開くんだろ?私と一緒じゃ駄目だ」

「わかった」

 ゼタが唇を尖らせながらも、頷く。

「確かにちぃたんの言うことも一理ある。が、学生としてここにいる以上、まるきり授業を受けないわけにも行かない」

 とん、と立てた指をシラバスに置き、ゼタは横に座るチェスカリナを見据えた。

「交流を深めやすい授業を教えてくれ。実技が多いものや基礎的なものなら、予習復習さえすれば俺の語学力でも付いて行けるだろう。それからお前が受けるなかで、俺の身になりそうなものを。組み合わせて時間割を決める」

 そこが妥協点か。

 チェスカリナは頷いて、シラバスに手を伸ばした。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


カトラリーの正体は次回


続きも読んで頂けると嬉しいです

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